022「……最初の目的って何だっけ?」
朝起きて、みーと一緒におままごとをしていると、霙と白鴎が部屋の中に入ってきた。
「今良い?」
「うん。どうしたの?」
「まだ、紹介してない奴がいてな。顔合わせておこうかと」
「なるほど」
恐らくこの建物には、まだ私が会った事のない人が多くいるのだろう。正直、会うのは少しずつで助かった。一気に多くの人に会ったならば、私は覚えきれないだろう。
「ほら、入ってこい」
霙がそう呼びかけるけれど、私の部屋には誰も入ってこなかった。
「……?」
首をかしげていると霙も白鴎も「さっきまでいたのに……」と大きな為息をついた。
「どうしたの?」
「いや、何ていうか、その……」
白鴎が口から言葉を発するのを戸惑っている。何か都合が良くない事が起こったのだろうか。それとも紹介するはずだった彼がここにいないという事が何よりの問題なのだろうか。
「その、あいつは……、」
白鴎だけではなく、霙も言葉に詰まっている。
「すごく、方向音痴なんだ……」
「方向、音痴……?」
「ああ……」
「……」
初対面の、まだあった事の無いその人に対する感想としてはものすごく失礼かもしれないが、よくそれでこの建物でやってこれたと思う。ここは建物全体が迷路のようだ。私だって迷う。そんな建物の中を方向音痴の人が生きていけるとは思えない。
「えっと、その人を探しに行かなくて大丈夫なの?」
「……行ってくる」
「漸く捕まえたと思ったのに」
どうやらその人は普段から方向音痴という名の神出鬼没で、なかなか会う事が難しいようだ。
「というより聖女様も来てくれ。捕まえた瞬間にまたどこかに行きそうだ」
「う、うん」
私は毎日これと言った用事はないから問題ない。寧ろ人探しはかくれんぼみたいで楽しそうだ。日常茶飯事の事ならば、その探そうとしている人に緊急性はないようだし。
「どんな人なの?」
探すにしてもその特徴が分からなくては探しようがない。
「白髪で……」
霙は言葉をそこで止めるが、肝心な情報が何も入っていない。私が今まで見た人は白髪ばかりだ。白髪の人を探そうにも辺りを見渡せばすぐに見つかる。
「……銀目」
「!」
この国で初めて聞く特徴だ。けれども、それならば見つけやすいかもしれない。けれどもやはり、黒という特徴は未だに見られない。
「その他に特徴はありますか?」
「……身長は聖女様より少し高いくらいだ」
「おぉ! 子ども!」
この世界で私以外の子どもに会った事がない。もしかすると、あの子だろうか。以前後ろに行こうとした時に走り去っていった白い服を着た男の子。
「いや、彼は…………、まぁいいか」
「?」
霙と白鴎はよく分からない表情で私を見た後に「じゃあ行こうか」と歩き出す。
「あ、まって!」
「どうしたの?」
「飴もってく!」
相手が子どもだと言うならば、きっと飴も好きだろう。1つだけ舐めながら行こうとしたけれども、「喉に詰まるからダメ」と言われてしまった。
「おおーい、…………」
途中まで霙と白鴎と共に探していたけれど、効率が悪いとの事で3手に分かれて探す事にした。私は一人でも迷ったりしない。行った事のない場所や、そもそも覚えていない場所は分からないが、一度覚えた場所は大丈夫。
飴の入った瓶を両手で抱きかかえ、行った事のある場所だけを探す。
私が迷うとしたらどこだろうか。同じ景色がずっと続いている所。それはこの建物が白い事が原因だ。この建物全部が白い為、探すとすればこの建物全体だろう。
そして探そうとして問題がある事に一つ気がついた。
「おーい。……えっとぉ」
そもそも彼の名前を知らない。聞くのを忘れていた。
「飴あるよぉー」
歩いていると、無意識に庭に出てきた。昨日神楽と共に焚き火をした場所には、燃え尽きた木が灰となり積み重なっていた。
「お芋……」
そういえば昨日大きな芋を取ったばかりだ。あの芋掘りは楽しかった。出来る事ならば、またしてみたい。
「…………しても良いよね」
いつかと思っていたけれど、この世界ではしたい事をしたい時にしても良いのだ。
「よし!」
昨日行った場所は覚えている。林の奥にある開けた場所だ。
「……」
行こうと思い、林の方へ足を踏み出すが、さすがに飴を持っていくのは良くないだろう。何より芋を採れた場合、持ちきれない。少し戻った所に一昨日座ったベンチがある。そこに置いて行こう。
「ちゃんと道は覚えてる」
スキップでもしそうなほど軽い足取りでベンチを目指す。
「あっ!」
途中見つけた小さな花に目を奪われた。
「この花知ってる!」
小さな花が集まっている。可愛らしくて、儚い。
「かー……、か、すみ草!」
最近記憶力が衰えてきてる気がする。新しい事を覚えて来ている事が原因だ。新しい事を脳内に詰め込むせいで古い事が頭の端の方に追いやられている。
「これ摘んじゃってもいいのかな?」
こんなに綺麗な花を摘むのはやはりもったいないだろうか。けれども、私の好きにして良いと言ってくれていたし。
「……」
少しだけいただく事にしよう。そう決まったのは良いものの、さすがに素手ではかすみ草を切り取る事も出来ない。
「ハサミをもらってこよう」
どこに行けばハサミを貸してもらえるだろうか。ナイフでも良い。ナイフならば昨日神楽が持っていた。神楽を探そう。
彼は今仕事中だろうか。まずは試しに彼の部屋に行ってみる事にする。彼の部屋はここから近いようで遠い。走っていく過程でベンチを通りかかった為、そこに当初の目的であった飴を置く。
「あ、鈴蘭!」
先日もらった鈴蘭は順調に大きくなっている。優しい風に吹かれて左右に揺れる様に、まるで鈴の音でもなりそうな心地がする。
「〜♪」
いつかの歌を思い出すように鼻歌交じりで歌う。所々やはり歌を忘れてきている。そろそろ歌詞を覚書きしておいた方が良いかもしれない。本当に忘れてからでは遅いのだから。そのようなものがメモ出来る何かを持っていただろうか。思い返してみるが私が持っているのはスケッチブックのみで何かをメモ出来るようなものを持っていない。
「お願いしたらもらえるかな?」
ペンは普段使っている色鉛筆がある為、必要なのはメモ帳だ。誰が一番メモ帳を持っていそうだろうか。1番メモをするとすれば、緑弥か、黎翔だろうか。
「……」
黎翔は恐らく今、仕事で城に行っているだろう。今すぐもらえるとすれば緑弥だろうか。
「緑弥さん探しにレッツゴー!」
一人だけれど両手を上げてガッツポーズをする。少しやる気が出てきた。緑弥がいるとすれば、間違いなく調理場だろう。調理場はここから近い。
「……」
調理場に行けば何か美味しいものもあるかもしれない。そう考えた瞬間、私の素直な腹は悲鳴をあげた。
「そういえば今日はまだ何も食べてないよね」
緑弥の所に行って、ついでに何か美味しいものを貰おう。
方向転換をして調理場の方へと向かっていく。この建物は広い為、迷いやすいけれど1回通った道はなんとなくだが分かる。もちろん迷う事はあるが。そして、進んでいくと「医務室」と書かれた扉が視界の端に移った。
「……ちょっと、寄り道ぃ」
せっかく医務室に通りかかったのだから、績に会っていこう。「医務室」に用事は全くないが、績には会いたい。
思いっきり2回ノックをすると、何故か分からないが扉を叩いた人物が私だと分かったようで、「聖女様、入って良いですよ」と言われた。績はそういう方面の能力者か何かだろうかと思うが、そんな績でも一つだけ誤算があった。
「績さぁん、届かないです」
私の身長ではドアノブまで届かない。そう叫ぶと心外ながら吹き出すような声が扉の中から聞こえてきた。そうして苦笑を浮かべ隠そうともしない績が部屋の中から出てきた。
「いらっしゃいませ、聖女様。今日はどこを怪我しましたか?」
「してないです。遊びに来ただけだよ」
危うく、存在していない傷口に消毒液を塗り込まれる所だった。
「それはそれは。歓迎しますよ」
績の勧めでソファーに座ると温かいお茶が出てきた。
「ありがとうございます」
「どういたしまして」
2人でゆっくりとお茶を口に含むと、ほっと温かい息を吐く。
やはり寒い日には温かいものが一番だ。
「所で今日はどちらまで」
「借り物をしに緑弥さんの所まで行きます」
「お急ぎで?」
「ううん」
今日は特に急ぐ用事もない。私がやりたい事をやっている日だ。私の返答に彼は「良かった」と呟く。彼のその返答に首を傾けるが彼のその次の言葉に私は体の動きが固まった。
「良い機会ですので、健康診断しましょうか」
「…………え?」
おかしい。先ほどまで私の耳は正常だったというのに急に言葉を正しく聞き取る機能が失われてしまった。
「健康診断しましょうか」
「………………えぇ?」
おかしい。やはりおかしい。私の聴覚は本当に先ほどまで正常だったのだ。どうしても績の言葉が「健康診断」に聞こえる。こうなれば3度目の正直だ。
「健康診断、しましょうか?」
やはり私の聞き間違いでは無かったのか。なにより績の笑顔が怖い。
「…………はい」
「ふふ、快く受け入れて下さり安心しました」
「…………」
そうか、今の返事が彼には快く聞こえていたのか。何という幸せな耳だろう。
「では、お茶を飲み終えたら始めましょうか」
「……はぁい」
時間をかけて、ゆっくりと味わう様にお茶を頂く。
「こちらもどうぞ」
「わぁ! クッキー!」
績が用意してくれたクッキーも美味しく食べる。丁度小腹が空いていた所だ。シンプルなプレーンのクッキーは、どこか懐かしい味がして、1枚、2枚と手元から消えていく。
「…………あれ?」
出来うる限りゆっくりと頂いていた筈のお茶は、気が付けば中身が無くなっていた。
「…………?」
自分でもこんなに早くお茶がなくなっている理由を理解出来ない。目の前の績はとても穏やかに笑っていた。
「さあ、しましょうか」
「はぁい」
「そんなに心配しなくても大丈夫ですよ。痛い事はありませんから」
「ちくちくもない?」
「ええ、採血も今日はしませんよ」
「なぁんだ」
あれほど怖がったのは無駄だったと言う訳だ。
「今日は何するの?」
「まずは身長体重などを測らせてくださいね」
績はメジャーを取り出すと、私のつま先から頭先まで当てる。
「大きくなりましたね」
「でしょ! この間、彩月さんにも測ってもらったよ!」
少しずつ元の年齢の大きさに近づいている事が嬉しい。
「身長がいきなり大きくなってから、何か不都合は無いですか?」
「不都合って?」
「例えば歩きにくいとか、視界が変だとか」
思い返すが、日常生活で困る事は全くない。強いて言えば、以前の洋服のサイズが合わない事だが、それは彩月の手により解決された。
「ない、かなぁ」
私は恵まれている。ここは、着れる洋服がある。美味しい食事もある。寝る場所もある。
「身体が痛いとかもありませんか?」
「元気!」
本当に何も変わっていない。むしろ少し手足が長くなった事で移動が早くなったように感じる。不都合ばかりではない。寧ろ良い事の方が多いのだ。
「あ、」
「どうかしましたか?」
違いというほどのものでもないが、ほんの少しの違和感は感じる。
「ごはん、前より沢山食べれるの!」
以前は、というよりもこの世界に来た直後は、焼き芋1つは、とてもではないが一人で食べきる事は出来なかった。その後に栗ご飯を食べるような胃も持ち合わせていない。けれども昨日は、その全てを食べ終わった後でも、少しの空腹を覚えていた。
私の発言に績も納得する部分があるようで腕を組みながら頷いていた。
「そうですよね。以前の聖女様は食事量が少ないという理由でここに来られた事もありました」
そういえばそのような事もあった気がする。
「ご飯を食べる事に慣れてきているのでしょうか。それとも体が大きくなった事で単純に食事量が増えているのでしょうか」
「んー?」
その答えは私には分からないが、身体が大きくなる以前より、少しずつ食事量は増えていたように思う。沢山食べられるという事がとても嬉しい。緑弥の作った食事は、幸せを呼ぶものだ。あの食事を食べる度に、私の中で幸せが増えていく。
「今、空腹ですか?」
「うん」
「では、体重も測りましょう」
空腹と体重がどう関係しているのかは分からないが、私に拒否権が無い事は分かった。
体重計のようなものに乗ると、緑弥は記録を紙に記した。
「少し増えていますね。ですが、身長と比較すると痩せすぎです」
「……」
それは悪い事だろうか。体重が軽い事は悪い事のように思えない。太っているよりは良いと思う。
「健康的な体になるように、沢山食べましょうね」
「……」
沢山食べる事に異論はないが、義務のように思うと苦しくなる。
「…………お腹、空かなかったら?」
「無理に食べる必要はありませんよ。今は毎日食事をされていますよね。それを続けて下さい」
「……それだけで良いの?」
苦しくなるほど食べなければならない訳では無い様だ。空腹でも食べられない事と、満腹だが食べ続けなければならない事。どちらの方が幸せでどちらの方が苦しいのだろうか。恐らく答えは見つからない。
「ええ。聖女様の食事量はすでに少しずつ増えていますので、急に無理をして増やす必要はありません。ただ、1つ約束があります。お腹が空いた時に我慢をしないでください」
「我慢しなさいじゃなくて?」
「ええ。前日の就寝時間や食事、起床時間や食事前の活動によっても食べる量や空腹の時間は変わるでしょう? ですから、お腹が空いた時に緑弥に強請ればよいのですよ。彼も喜んで準備します」
「時間とか、毎日って、迷惑じゃない?」
「自身が作った料理を美味しそうに食べてくれる事を喜ばない料理人がいますか?」
ここでは空腹の時に料理を要求する事は我儘にはならないのか。人間の三大欲求である1つを満たす為にここでは我慢をしなくて良い。何という贅沢で何という残酷。もし私がこの世界から元の世界に帰った時にこの世界の贅沢に慣れてしまっていたならば。私は向こうでは我儘になる。
「それではおしまいです」
績と話しながらしているとあっという間に終わった。身長体重胸囲。視力や聴覚、その他の検査も終わった。痛い事は何も無かった。
「所で緑弥の所に行く予定ですよね」
「…………、あっ、そうそう!」
「今忘れていましたよね。ついでにご飯でも強請っていらっしゃい。空腹なのでしょう?」
「はぁい!」
績にクッキーとお茶をごちそうになったとは言え、満腹とは程遠い。部屋を出て績の言葉通り緑弥に食事を強請ろうと思う。
「食堂は、あっち!」
部屋を出て食堂の方へと突き進む。よく行く場所ならば道を覚えた。それにしてもこの広い建物であまりにも人にすれ違わない。私の想像する広い建物は、建物が広い分、人も多くいる。きっとまだ私が知り合っていない人も多くいるのだろう。
白い床を靴で汚しながら駆け抜けていくのは、とても気分が良い。まるで白いキャンパスに模様をつけているかのようだ。まっすぐ突き進んでいた道を途中回ってみたり回転してみたりと足跡に面白みを出していく。
「お絵かきしようかなぁ」
真っ白なスケッチブックに、カラフルな色で絵をかけたらどれほど楽しいだろう。
「ん?」
スキップをするように廊下をかけていると、鼻に何かの匂いがたどり着いた。
「何の匂い?」
バターのような甘い匂い。レモンのようなツンとする匂い。それともゴーヤのような苦い匂い。今が香っているのは何の匂いだろうか。
ゆっくりと歩いていた廊下を全速力で駆け抜ける。目指していた食堂に近づくにつれ、その匂いは強くなる。にんにくのような匂いもする。炊きたてのお米の匂いもする。これの正体は一体何だろうか。
くぅぅぅぅぅ
腹があげる悲鳴に微笑ましくなる。食事をとる事が普通の生活は、とても幸せで。
「おなか、すいた」
食べたいと思えば食べられる環境。誰にも取られる事なく、自分の分を自分の分として食べられる。以前呼んだ本の戦時中ではとても考えられないような幸せ。それを当たり前に享受している私は、幸せでいなければいけない。
「ろーくやさんっ!」
食堂へ通じる重たい扉を開ければ、大きな釜の前で腕を組んでいる緑弥がいた。私の呼びかけに気づくと腕を組んだまま私の方に振り向いた。
「おう、どうした?」
「お腹すいた!」
調理場に広がる匂いは、やはり何とも言い難い良い匂いだ。それでも匂いを嗅いで余計にお腹が鳴るのだから、私のお腹は本当に正直だ。
「すぐに出す。……と言いたいんだが、今から作るから待ってろ」
「なんで? 今作ってたのは?」
いかにも出来立てだと言う釜の中身は見えないが、湯気が立っている事から、今現在まで試行錯誤していたのだろう。
「作ったはいいが、なかなか味が定まらなくてな」
「一口食べたい!」
味が定まらないという言葉の意味は理解が難しいが、今現在の私はこの匂いの元を目指してここまで来たと言っても過言ではない。その食事を一口でも食べられない事には私は満足しないだろう。
「……一口だけだぞ? あんまりうまくねえぞ?」
「一口だけのお約束は出来ないけど、緑弥さんが作ったものが美味しくない訳無いからいいの!」
「すげぇ信頼。嬉しいけどプレッシャーだな」
緑弥は苦笑しながら、スプーンを持ってきた。釜から一口分を掬い、私の前に持ってくる。
「ほわぁ! お米きらきら!」
やはりバターの匂いがする。けれどもそれ以外は何が入っているのか、スプーンに乗っていないから分からない。
「はぁむ!」
程よい温かさの米が口に飛び込む。まずはニンニクの香り。そして、バターの甘み。塩コショウ。
「美味しい!」
どうしても美味しくないとは感じない。緑弥が心を込めて作った幸せの味がする。けれども緑弥は満足いっていないのが現状である。
「ゴーヤを入れたのが失敗か…………」
やはりゴーヤも入っていたのか。最初に私の鼻にまでたどり着いた匂いだ。私の鼻は信頼出来るだろう。
「ゴーヤ、美味しいんだけどな」
私にはゴーヤを入れた事が失敗には思えない。程よい苦味はバターの甘みを引き立たせるだろう。
「所でこれってチャーハン?」
釜の中身を見ていない私にとっては、美味しいという事は分かりつつも正体が分からない。
「ああ、すまん」
緑弥は小さな茶碗にチャーハンを入れ、それは私の前に持ってきてくれた。
「おいしそぉ!」
スプーンで見た時よりもさらにお米がキラキラと光っているようだ。この光はバターだろうか。見た所野菜はゴーヤだけのようだ。チャーハンといえば定番はニンジンや玉ねぎだろう。けれどもゴーヤが入っている所にニンジンや玉ねぎを入れれば、ゴーヤに打ち消されてしまう。このチャーハンはこれで正解なのかもしれない。
「こんなに美味しいのにどうして失敗なの?」
「……んー、なんか、味がもったりしてる気がするんだよなぁ」
「もったり……」
私が分かりやすいようにその言葉を選んでくれたのだと思うけれど、かろうじて理解出来るくらいだ。
もったり。つまり味が少しだけ重たいという事だろう。
「レモンは?」
ふと、ここに来るまで匂っていたのに、この部屋に来て急に匂わなくなった匂いを思い浮かべた。
「レモン?……んなもん、使ってねぇぞ?」
「さっき、匂いがしてたよ?」
「あぁ、洗剤の匂いじゃねぇか?…………いや、ありか?」
緑弥は食材庫から1つレモンを取り出すとレモンを輪切りにし、私用に小分けにしてくれていたお皿にレモン汁を垂らした。
「食ってみてくれ」
「遠慮なく!」
緑弥から受け取ったスプーンを握りしめ、一口分だけスプーンで取り、口元に近づける。レモンは匂いが強いのか、口元に近づけただけで鼻にツンと酸っぱい匂いが届く。そして迷う事なくレモンがかかったチャーハンを口に入れる。先ほどと美味しい事に全く変わりはない。けれども圧倒的にあっさりとする味わいに食べやすさを感じる。
「俺にも一口くれ」
緑弥の開けた口に、迷わず自分が使ったスプーンを使い一口分を取って口に入れる。
「ん、いいな」
レモンを絞ったチャーハンを食べ、彼が満足いく結果になったのか手を口元に当てたまま頷いた。
「美味いな。お前のアドバイスのおかげだ」
特別何をしたという訳でもないが、元はといえばレモンの匂いのする洗剤で洗い物をしていた緑弥のお陰だろう。
「どういたしまして!」
緑弥は満足がいったのか残りの大きな釜に入ったチャーハンにもレモンを絞りかけた。
「たくさん作ったね」
「ああ。黎翔のヤツが、片手で食べれる物を届けてくれってさ」
「黎翔様が?」
「ああ」
片手で食べられるものという事は、本を読みながらや仕事をしながら食べられるものという事だろう。仕事が忙しいのではないか。ならば手伝おうと言いたい所だが、子どもの私では助ける事は不可能だ。
「お使い行く!」
「はあ?」
「黎翔様にご飯届ける!」
「…………」
先程の、味が纏まらないと言った時と同じ表情だ。
「だめ?」
「いや、駄目ではないんだが……」
「じゃあ行く!」
それでもやはり、緑弥の微妙な表情は晴れない。やはり、いくら聖女とはいえ子どもが城に入るのは黎翔の仕事の邪魔になってしまうのだろうか。役に立てれば良いと思って提案しただけである為、邪魔になるならばその提案は手元で抱えておこうと思う。
「……今日はやめておけ。黎翔も忙しくてなかなか捕まらない。それよりもなんか用事があって来たんじゃないのか?」
「あ、ご飯貰いに来たの」
先ほどチャーハンは頂いたが、まだ腹は膨らまない。
「食う量増えたよな。やっぱ身体がデカくなったからか?」
「分かんないけど、緑弥さんのごはん、たくさん食べれるから嬉しい!」
「……お前、本当に可愛いなぁ」
緑弥は明るく笑いながら、フライパンを掲げた。
「何が食いたい? 何でも作ってやるよ」
「ごちそぉさまでした!」
両手を合わせて緑弥に感謝を伝える。目の前の皿が真っ白になった時の緑弥の顔が好きだ。嬉しさと達成感を隠しきれていない表情を見る為に、私は白い皿を緑弥に掲げる。
「お粗末さん」
緑弥は食器を洗い始める。身長が届きさえすれば代わりに洗い物くらいするのに。
「そういえば、もうじきニンジンの旬が来るぞ。甘い人参がよく食事に出るようになるから楽しみにしておけ」
「!!」
今の私の一番の好物であるにんじんが食事でよく出るというのか。加えて今までのニンジンより甘いというのだろうか。
「楽しみだね!」
「そうだな」
洗い物を終えた緑弥は、私が座っている横に腰を下ろす。
「これから何処行くんだ?」
「これから……」
これから何をするのか。そう言われて、思い悩む。私はこれから、何処に向かうのだろう。ここへは何をしに来たのだろう。
「えっとね。お腹が空いたからここに来たの。……でも何か他にも緑弥さんに用事があった気がする。何だっけ」
確かここに来る道中で績に会いに行った。健康診断を受けて空腹を感じた。けれどそれ以前には何か用事があって緑弥を訪れようとしていたはずだ。どこかに向かっている最中で私は歌を歌っていた。その歌の歌詞はすっかり忘れそうになっていた。
「メモ帳!」
忘れない為に、形として残しておく為に、メモ帳必要としていた。
「メモ帳がどうした? 落ちてたか?」
「違うの、メモ帳余ってたら分けて欲しいの」
「そういう事か。構わねぇぞ」
緑弥は引き戸を開け、緑弥の手の大きさほどのメモ帳と、鉛筆、消しゴムを差し出した。
「鉛筆と消しゴムもいいの?」
「ああ。使いさしで悪いがな」
「ありがと!」
鉛筆と消しゴムまで手に入るとは僥倖だ。
緑弥と別れ、廊下に座り込みメモ帳を開く。
「♪~」
歌いながら歌詞をメモ帳に書きとめると、安心出来る。けれども、所々空いた隙間には私の心にも穴が空いたような心地を味わう。
「♪~、……♪~、」
歌う度に思い出せない所が増えていく。徐々に増えていく空白に、諦めが膨らむ。歌えば歌うほど、分からなくなる。他の曲に挑戦しても同じ結果だ。時間をおいて挑戦するのが良いか。同じ所で何度も止まる事に苛立ちを覚えた頃、何故歌を歌っていたのかを思い出した。
「お兄ちゃんの所に行かないと」
ナイフや鋏など、切るものを求めて神楽を探していた事を思い出す。なぜ他の人ではなく神楽を探していたのか。その理由は思い出せない。
部屋が近かったので、一度部屋に戻りメモ帳と鉛筆、消しゴムを部屋に置いてくる事にした。
当然ながら部屋には誰もおらず、入ったとしても静かな空間が広がっていた。
自分の部屋だとは分かっているけれど静かに足を滑り込ませスケッチブックの上にメモ帳を置く。
「ふふっ」
自分のものが増えるというのは気分が良い。自分の部屋に集められた自分だけのもの。誰にも犯される事なく当然のように行使出来る権利。安心出来る場所があるという幸せをスケッチブックとメモ帳に感じながら部屋を後にした。
「お兄ちゃーん、どこー」
探し続けても見つからない神楽を求めて動き回る。部屋にも庭にもいないとなれば、どこを探せば彼が見つかるのか分からない。私は神楽の事をよく知らない。どこを探せば誰がいるのか全くわからない。緑弥だけは調理場を探せば、見つかる可能性が高いが。彼らが私の事を知らないように私も彼らの事を知らない。知りたいとも思うけれど口頭で教えてもらうのも違う。出来る事ならともに時間を過ごす中で自分自身で彼らの事を知っていきたい。それが出来るのならば私はもっと彼らに近づける気がする。
「お兄ちゃ――ん」
探しても探しても見つからない神楽に、諦めの感情を覚える。時間制限がない為、見つかるまで探しても良いのだが、見つからない事に対する疲労が蓄積しているのを感じる。ここにいるかもしれないという期待が裏切られ続けた結果だろう。神楽を探して辿り着いた庭園のベンチで先ほど自身が置いた飴を見つけた。
「あっ……」
そこで漸くなぜ自分が鋏やナイフを探していたか思い出す。そして同時に視線を鈴蘭と少し離れた距離にあるかすみ草に向ける。
「そうだった……」
私は花を欲しがっていた。けれど今手元に何もない事と、仮にその花を切ったとしてどうするのか。もちろん花束にするのも良いが、不必要に採るのはあまり好まれないだろう。切る事で枯れやすくなってしまう。
「……まぁ、いっか」
花を採る事を諦め、ベンチに座り飴をなめる。
「どうしようかなぁ」
ブドウ味の飴を舐めながら、何をしようかと考え足を前後に動かす。瓶を両手に抱きしめ、片頬に飴を転がす。歩きながら飴は食べてはいけないと言われたから、食べるまでは動けない。
「あめ……」
飴を舐めている事で、ふと空を見上げる。私がこの世界に来てから一度も雨が降った事はない。それでも花が枯れる事も、野菜が育たない事もない。行き過ぎた光は全てのものを干からびさせるというのに、ここではそんな様子が全くない。雨が降らなくても水をあげているから育つという事だろうか。決して雨が好きな訳ではないけれど、時折あの雨の匂いが恋しくなる。あの独特な不快感を味わいたくなる。
「あ、」
白い鳥が飛ぶ姿を見て、私も自由に空を飛べたらと思う。遠い空に近づけたら、行きたい場所に行ける気がする。私が本当に行きたい場所にはいけない。自分一人の力では怖くてそこにたどり着く事は出来ない。きっと空を飛んだとしてもそこにたどり着く事は不可能だ。
「何をしているんだ?」
「彩月さん!」
空を眺めていると、視界に彩月が映り込んだ。太陽と同じ黄金の瞳を輝かせる姿に余計に目がかすむ。
「彩月さんは何してるの?」
「アイデアだし。衣装に花を入れたくて、花の観察中。そういう聖女様は?」
「……お散歩?」
「何故、疑問形なんだ」
「飴を舐め終わるまで休憩中なの」
少し小さくなった飴を左右に転がす。歯に当たる感覚が好きだ。
「好きな花はある?」
「うーん、鈴蘭と、かすみ草は好き」
「なるほど。いい趣味をしてる」
「褒めてる?」
「褒めてる」
もう一度飴を左右に転がす。歯にあたりコロンと響く音が虫歯への近道だと感じる。
「で、これから何をするの?」
「うーん、お兄ちゃん探してたんだけど、見つからないから諦めたの」
「神楽の事だよね?」
「そう」
「神楽なら、さっき畑にいたよ」
「!」
灯台下暗しとはこの事だろう。そしてそのおかげで私は本来の目的を思い出す事が出来た。そしてタイミングよく口の中の飴もなくなった。
「お芋採りに行ってくる!」
私の本来の目的は畑で芋を取る事だ。飴を置いていたら違う事に気を取られて当初の目的にたどり着くのが遅くなってしまった。
「いってらっしゃい」
神楽も畑で芋を取ろうとしているのだろうか。
ここからそう距離が離れていない畑へと向かう。
流石に飴を持ったまま芋は掘れない為、先程も通りかかった焚き火場へ瓶を置く。
「誰にも踏まれませんよぉに」
ここの人達は背が高いから、足元のものに気が付かないかもしれないが、注意力があると信じよう。
「おーい!」
走りながら声を出すのはしんどいけれども、神楽もいきなり私が来たら驚くだろう。事前に声を出して私が近くにいる事を知らせるという私の優しさだ。
「お兄ちゃーん、私だよ!」
所が不思議な事に、昨日芋を採った場所には神楽はいなかった。
「お兄ちゃん、どこ?」
今の所、芋を採った形跡もない。まだここに辿り着いていないのだろうか。けれども、彩月は神楽がここに居ると言っていた。
「……まぁ、いっか」
当初の目的である芋掘りは出来そうだ。昨日、神楽が蔓を切ってくれていた場所を掘り進める事にする。
「ミミズさんだ……」
掘り始めた途端、柔らかい土の中から土の耕し手が登場する。ミミズは嫌いでは無いが、好んで触れたいとは思わない。ミミズを乗せた土ごとそっと持ち上げ、別の所に移動して頂く。
手に当たる硬い感覚に、芋に辿り着いたと確信する。爪を立てないように優しく土を払い除ける。土にまみれた芋は、汚れているのに誇らしげだ。
「…………」
そうして芋が全ての姿を現した時、私は後悔していた。
「よいしょっ!」
恥ずかしがり屋の芋は私が引っ張っても土の中から顔を出そうとしない。
「よい、っしょ!」
やはり何度引っ張ってあげても体をこちらに持ってくる気配はない。何より昨日よりもさらに大きな芋を私一人で持ち上げられるはずもない。
「……むり!」
諦めるのは良くないという言葉を聞くが、こればかりはどうしようもない。私の力が足りない事は今に始まった事ではない。後悔すべきは、自分の力量を分かっていないのに1人で芋を掘ってしまった事だ。掘る前に誰かに近くにいて貰えば良かった。先ほど近くには彩月がいたのだから、彼を連れてくるのが正解だった。
「……」
けれども彩月はここに神楽がいると言っていた。それならば神楽がここに来るのを待てば良いのではないか。
疲れてしまった足で土の上にお尻をつけて座る。服が汚れてしまうかもしれないが、濡れている訳ではない為、叩けばある程度は落ちるだろう。
私は昨日も服を汚してしまった。怒られるだろうかとドキドキしていたが、誰も私の服を見て怒らなかった。服を作ってくれた彩月ですら怒らずにどこが嬉しそうだった。「自分が作った服でこれほどしっかり遊んでくれるのならば嬉しい」という事だったが、その理由は私にはよく理解出来ない。
私はどちらかというと自分の作ったものを汚されると悲しくなる。彩月が許してくれるからと言って無意味に服を汚すつもりはない。ならば今はどうなのかという疑問も浮かぶが、疲れた体で長い時間立ったままでいるのは酷だ。大人ならば何かにもたれて我慢出来るかもしれないが、今の私は子どもだ。
「ふぅ……」
ここにいると空気が綺麗という言葉の意味もよく分かる。黒の世界とは違う色に溢れた世界。ここは息がしやすい。
空の優しい色の中で優しい色の鳥が羽ばたく。冷たく優しい風が吹く。身を震わせながら遠い空を切望の眼差しを込めて見つめる。太陽ならばそこへたどり着けるだろう。
「何やってんだ、お前」
「?!」
風に吹かれながら座っていると、訪れた睡魔に身を任せる為に目を閉じた。けれどもその瞬間足音もなく帰ってきた神楽の声に飛び起きた。
「お、お兄ちゃん、なにそれ」
「どう見てもカボチャだろうが」
彼の脇には大きな萱草色の球体が抱えられていた。神楽の体の向きから察すると、これは焚き火をした場所からここに来たのではなく、更に奥の方へと足を伸ばしていたのだろう。大きなカボチャに目を奪われると、そのカボチャは私の膝の上に置かれた。
「お、おもっ!」
持てないほどではないが、これを抱えて歩く事は不可能だろう。間違いなく立ち上がる事も出来ない。なぜ彼が私の膝の上にこれを乗せたのかはわからないが、怒っているような表情ではない為、私で遊んでいる可能性もある。
「んで、お前は何で俺を探してたんだ?」
「え?」
「彩月さんから聞いた」
そういえば私は神楽を探していたのだと今更ながらに思い出す。
「あ、えっとね。お兄ちゃんにナイフ貸してもらおうと思ったの!」
「はぁ? なんでナイフなんかいるんだよ」
「お花を飾ろうかなって」
「ふぅん、で、俺を探してウロウロしてた訳か」
途中目的を忘れていたがそれは言わない事にしておこう。
「途中で績さんや緑弥さんの所も行ってたの!」
「調理場か?」
「うん、そうだよ!」
「じゃあ何で、そこでナイフかりなかったんだよ。調理場なら、ナイフくらいあるだろ」
「………………」
唖然とするとはこの事だろう。調理場にナイフや鋏があるのは当たり前だ。ナイフは危なくとも鋏だったら借りるのは可能だったかもしれない。それに績がいる医務室も鋏ならばあっただろう。神楽しか持っていないという固定概念で随分と遠回りをしたものだ。
「やっぱアホだな」
神楽は呆れた表情を隠そうともせず、私の膝の上のカボチャを持ち上げた。
「奥の方にカボチャ畑があるの?」
「ああ。他にも色々あるぞ」
「行ってみたい!」
「別に構わねえが、お前はこんな所座って何してたんだ?」
今日の私はあまりにも物忘れがひどい。言われてから漸く自分が何故座っていたのかを思い出す。
「お芋が採れない」
「はぁ、またかよ。仕方ねぇなぁ」
ここから近い場所の芋を掘っていた為、神楽は直に芋の場所を特定した。
「………………いや、デカいな」
呆れた表情から一変し、驚愕という言葉がふさわしい表情で芋を見つめた。
「昨日よりでかくねえか? 本当に何だよ、お前」
「わかんない」
この世界の聖女がどういう役割をしているかなど、私よりこの世界の人の方が知っているはずだ。私に「何」と言われても分からないし困る。
それでも神楽は軽々と芋を掘り上げた。
「お兄ちゃん力持ち!」
「普通だろ」
神楽は掘った芋を私の前に置いた。私自身では持ち上げる事はやはり不可能だった。それでも昨日よりもさらに大きな芋を掘れた事に達成感を感じる。
「んで、お前。最初の目的を覚えてるのか?」
「……最初の目的って何だっけ?」
またもや私は何かを忘れているのだろうか。私は今日何をしていたのだろう。本来の目的である芋掘りは済ます事が出来たはずだ。その他の目的といえば花を生ける事だろうか。けれどもそれは最初の目的ではない。
「人探しをしてたんじゃねえのか?」
「……………………はっ!」
そうだ。それこそが、本当に私の最初の目的だ。どうして忘れていたのだろうか。今日の私はあまりにも忘れが酷い。
「そうなの! 寄り道しすぎた!」
本来ならば、人を探して見つけて出会って終わる1日だったはずなのに、気が付けば余りにも多くの場所へ寄り道をしている。なぜ今日の私はこうも集中力がないのだろうか。
「探しに行かなくていいのか」
「いく! お兄ちゃん、私の代わりにお芋持って帰ってて! また明日一緒に、焼き芋するの!」
「へいへい」
お芋を神楽に託すと素早く林から抜け、焚き火をした場所まで戻ってくる。飴を回収するの忘れてはいけない。
「……こっち!」
目的の場所が分かっている訳ではない為、感覚で歩き回る事にする。朝も探しに行っているが、探している人物も移動しているだろうから、朝と同じ所ももう一度探す。
庭を探すと言っても、私は自分が行った事がある場所以外を探すつもりはない。探したが最後、自分が迷子になっておしまいだ。この建物が狭いのならば行った事がない所も探してみるのだけれど、そうもいかないのがこの大きな建物だ。
調理場にも、医務室にもいない。一通り探したが分からず一体私の探している人物はどこにいるのだろうか。
前回、あの男の子を見かけたのはこの建物の出入り口の近くだ。私が城に向かっている途中、振り向いた時に見つけた。あれが彼だったのならば。
「……行ってみようかな」
こうなれば、と事ん探すべきだ。霙と白鴎がもう見つけている可能性はあるが、どのみち、霙と白鴎と合流出来ない事には、それもわからない。目的の人物を探すついでに霙と白鴎と合流すれば良いだろう。
「……えーっと、確か」
一度庭から出て建物の中に入る。そして、出入り口の方に足を進める。一人で入り口の方へと歩くのは初めてだ。この建物から出ようとする時は必ず傍に誰かがいた。一人で向かおうとしている事で、見かけた人に逃げようとしていると思われないだろうか。誰にもすれ違わない事を祈りつつ足を動かし続ける。
「聖女様?」
気持ち早足で廊下を駆け抜けていると、通り過ぎた脇道から白鴎が出てきた。
「あ、えっと。今から門の所に行ってみようと思って」
「うん。霙もそこにいるから聖女様を呼びに来た所なんだ」
「……え?」
霙がそこにいるとは、どういう意味か。一度合流して共に探そうという事か。将又、既に目的の人物を見つけ、逃さないように確保しているという事か。
どの道私の行動は一歩遅かったようだ。
「今、霙さんとその子は一緒にいるの?」
「うん、下手に動き回る方が逸れるから待機してもらってる」
「ふぅん」
先程までとは違い、速度を大分落として門の方へと向かう。
門まで行くと、霙が立っているのが見えた。
「霙さん、来ました!」
遠くから手を振り、速度を早めて駆け寄る。私の早足が白鴎の通常と言うのが悔しい所だ。こちらに向かって手を振る霙の横に、霙よりも背の低い男の子が立っているのが見えた。やはり、先日見た男の子とそっくりだ。彼があの子だろう。後ろを向いている為、男の子の顔がまだわからない。
霙の隣まで来ると漸く男の子がこちらを向いてくれた。
私は、漸く彼に会えた。
男の子は、私を見た途端、大きく目を見開いた。
「…………――霧?」
そして、目の前の男の子を見た瞬間、私の中から、何かよく分からない感情が込み上げてきた。それは渇望か、喜びか悲しみか。それとも――
男の子は、息も忘れたかの表情で、私の肩を掴む。その表情は、焦りとも、驚きとも捉えられる。
「お前、なんで?! しかも小さく……! 俺がどれだけどれだけあんたを探したと!」
目の前の男の子がそう嘆くのを私は呆然と見つめていた。私は彼を知らない。彼が嘆く理由もわからない。
「どうしたんだ、南葵」
動揺したように霙が彼に問いかける。けれども彼の衝動は収まらない。
「俺を置いて今までどこに行っていた!」
南葵。彼の名前に聞き覚えはない。ないはずなのにどこか懐かしい。
「今まで……、どこにっ!」
涙交じりの絞り出した声は、彼が一体どれだけその人物を追い求めていたのか深く実感した。
「………………お兄ちゃん、だぁれ?」
今の状態の彼にこの言葉ほど残酷な言葉はないとは思うが、他にかける言葉が見つからない。仮に彼の胸に刺さるような言葉を紡ぐ事が出来たとしても、私は彼が求めている人ではない。より彼を深く傷つけるだけだ。
私の残酷な言葉で彼が探し求めている人が私ではないと気づいたのだろう。長い間私を見つめた後、彼は息を何度も深く吸い込み吐いた。
「いや、悪い。昔の知り合いによく似てた。髪色も違った。……あまりにもよく似ていて」
落ち着いたのか、静かな声で私に謝る。完全には納得はいっていないような目だが、それでも私ではないと気づいたようだ。
「改めて、南葵だ。」
銀色の瞳に吸い込まれそうになって言葉を忘れる。やはり彼の銀色を見た事がある。ずっとずっと昔のような気もするし未来で見た気もする。
「……おい」
「え、あっ! この国の聖女になりました! お願いします!」
改めて南葵の顔をよく見るけれど、迷子になりそうな顔はしていない。私より少し目線の高い彼は、生きた年数で言うと私よりもずっとずっと上なのだろう。
そういえば、何故彼を今まで見た事がなかったのだろうか。大抵の人は顔だけならば披露会の時に見たはずだが。そこに彼はいなかった。彼のように背が低い人はいなかった。彼もそれまでに私の事を見た事があるのならば、彼は私を見て先程のような反応をしていない。
「……お兄ちゃん、今までどこにいたの?」
「……どういう意味だ?」
「今まで会った事がなかったから」
「あぁ、お前披露会の時いなかったしな」
「仕方ないだろ。全員が出席したら誰が警備するんだよ」
彼が今までどこにいたのかわからなかったが、披露会の時は警備の為にあの場にいなかった事は分かった。恐らく普段は迷子にでもなっていて、なかなか会う事が叶わないのだろう。
「俺は仕事に行く。またな」
彼は背中に翼を生やして空を飛んで行った。もう少し話したかったけれど仕方がない。
「仕事場は真反対だ…………」
呆れたようにそう呟く霙の声が頭に残った。




