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黒いモノクロな世界と白いカラフルな世界 長文版  作者: ちぇしゃ


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20/23

019「天使様みたい」

「ん、んぅう」


 なんだか顔がくすぐったい。まるで何かに触れられているかのようだ。眠るのに迷惑だと感じつつも、不思議と振りほどきたくはない。この暖かな手をずっと感じていたい。私の頬を撫でる手は、気がつけば頭を撫で髪の毛をすいていた。私の目が覚めるとこの手も離れて行ってしまうだろうか。そう思うと意識は覚醒してきているのに目を開きたくはない。


「起きたか」 


 しかしながら黎翔には私の狸寝入りもお見通しだったようで声をかけられてしまった。


「おき、てます」


 起きて直ぐだった為、声ははっきりと出なかったが起きている事は伝わっただろう。そして私の予想通り優しい手は私から離れて行ってしまった。


「なぜそんなに不満そうなんだ」

「……もう少し頭撫でてください」


 黎翔は目を見開きながらも「分かった」と呟き、撫でるのを再開してくれた。


「今度は満足そうだな」

「ふむ。苦しゅうないです」

「どこの殿様だ」 


 空の国の聖女様だ。


「今は朝?」

「ああ」 


 黎翔が起きているのだから、私が寝坊したのかと思ったがそうではないようだ。


「今日はやる事が多い」

「そうなの?」

「何せ私は引っ越しだからな」


 あぁ、そういえば昨日そんな話をしていたと他人事のように思う。


「黎翔様と一緒に暮らすの楽しみです。でも黎翔様はあっちで暮らす事を思いついていたのではないですか?」

「……なぜそう思う」

「だって黎翔様はこの国で一番偉いんですよね? そんな人がすぐに住む場所を変えられると思いません。という事は前々からそういう段取りがあったのかなと」

「…………」


 私の言葉を聞いた黎翔の気まずそうな表情から、やはり私の勘は間違っていなかったのだと確信した。


「どうしてもっと早くお引越しをしなかったのですか?」

「……あれは聖女であるお前の建物だ」


 それを聞いて、そういえば最初の頃、それにあの建物の主人は私だけだと言われた覚えがある事を思い出す。


「主人であるお前が言い出さない事をこちらから言う訳にはいかない。何よりお前は、お前が例えそれを望んでいなかろうと私が言えば頷くだろう」


 黎翔は私の事を分かっているのだ。もし私があまり親しくない頃の黎翔に「そちらへ住まわせろ」と言われて断る事が出来ただろうか。間違いなく出来ないだろう。

 例えば今そのように催促されたとしても私は間違いなく許可を出す。それは強制力などではなく私の意思からの返事ではあるが黎翔からすると私が何を思ってるのか、分からないだろう。


「黎翔様、ありがとう」


 彼は私の事を自分の意のままに操ろうとはしていないのだ。聖女だからというのも勿論あるだろうが、それでも私を一人の人間として見てくれているのだ。一人の人間として意思を確認してくれているのだ。それがどれだけ私の心を満たしているか彼は分からないだろう。

 

「それはこちらのセリフだ」


 







 黎翔とともに朝の身支度をしているとノックの音が聞こえ鶴羽が入ってきた。黎翔が小声でやはりノックはいるな、と呟いていたのが聞こえたが、私も昨日ノックを忘れたうちの1人である為、そっと目線を逸らしておいた。

   

「失礼いたします」

「おはようございます。鶴羽さん」

「おはようございます。聖女様、黎翔様」


 綺麗な角度でお辞儀をした鶴羽の手には、沢山の書類が収まっていた。


「鶴羽さん、お仕事ですか?」

「はい。と言っても今朝までに確認していただきたい書類が数枚あるだけですので、すぐに終わりますよ」


 そうか今日は引っ越しがあるから、あまり仕事をする時間を取る事が出来ないのだろう。

 

「……お引越しするから、お仕事大変になる?」


 黎翔をあの建物に誘ったのは、黎翔の事を思っていたようで実際は私の自己満足だったのかもしれない。明日からは書類の確認をする為に黎翔は近いとはいえ城まで出向かなければならなくなる。今までは城に住んでいた為、今のようにこの場で完結していたというのに。 

 

「そうですね。以前よりも時間に限りがあるという点はありますが、そもそも陛下は働きすぎです。この方が良いでしょう」

「……そうなの?」 

「何より聖女様がいらっしゃる間は、陛下も早く帰ろうとなさるので良い傾向です」


 そういえば、霙達も以前黎翔は働きすぎだと言っていた気がする。国王である彼が休まなければ他の人も休み難いそうだ。そういった面では私は皆の為に一役を買っているのだろう。


「じゃあ黎翔様はお仕事を頑張って、私と一緒にだらだらしましょうね」

「それは良いな」

「でしょ!」


 初めは無表情で怖かった黎翔だが、話すうちに表情豊かで言葉が優しい人だと気がついた。そんな彼だからこそこれからも一緒にいたいと思うのだ。


「黎翔様はなんだか私のお父さんみたい」


 私の口からこぼれた発言に鶴羽は噴き出したが黎翔は頷いて満足そうだ。 

 

「ふむ、父親か。悪くないな」


 休日に一緒に遊んでくれるお父さんになるといいな。


「では、黎翔様は父親として、あとの人は?」

「えっとね、霙さんもお父さん、白鴎さんと、緑弥さんはお母さん。彩月さんはお姉ちゃんで、績さんはお兄ちゃん」


 私が素直に答えると鶴羽さんはもう一度吹き出して笑った。


「彩月は姉なのですね」

「うん。だって素敵なお洋服をたくさんくれるから」

「なるほど聖女様の姉の基準はそこなのですね」


 鶴羽はひとしきり笑って満足したのか書類を黎翔へと押し付けた。

 

「確認をお願いします」

「ああ」

 

 立ったまま書類を確認し手早くサインをしていく姿は無性に目を逸らしにくい。仕事をする父親が格好良いというのはこういう感覚なのだろうか。


「この書類に不備がある。明日までに直して再度提出するように伝えろ」

「かしこまりました」

「こちらの事業は明日からでも取り組むように。会議にも通しているから私のこのサインさえあれば進めて行けるだろう」

「伝えておきましょう」


 私はする事がなく黙って二人の話す姿を見ていたが不思議と退屈しない。 

  

「そういえば神楽はなんと言っていた」

「怒りながらも、すごく嬉しそうに部屋の準備をしていたそうですよ」

「そうか」


 黎翔の顔が一段と優しいものになった。黎翔と神楽は特別な関係であったりするのだろうか。詳細は分からないが黎翔がこのように優しく微笑むのだから悪い人間ではないのだろう。いくら私があの建物の主人と言っても私は新参者だ。彼らに受け入れてもらえるように良い子でいなければ。


「これで全部か」

「はい。残りは後日でも大丈夫です」

「分かった」

 

 どうやらあっという間に書類は片付いたようだ。


「さて、とりあえず向こうに行こうか」

「え?」


 そんな簡単に引っ越しの準備が終わるものだろうか。


「ここの荷物を持って行かないですか?」


 黎翔の部屋には黎翔が普段使っている荷物が山のようにある。引っ越すというのはそれを持っていくという事ではないのだろうか。


「まあここも一応私の部屋だからな。引っ越しと言っても向こうに帰れないほど仕事が忙しい日はこちらに泊る」


 その言葉を聞いて納得した。やはり黎翔は国王である為ここに部屋を置いておく事も義務の一つだろう。


「じゃあ黎翔様がこっちに泊まる時、私も時々ついて行ってもいいですか?」

「当たり前だ。ただ忙しい日はお前の相手をする事も叶わんだろう。向こうでいい子に寝ていろ」

「はぁい」


 黎翔にそう言われてしまっては頷かない訳にはいかない。少し不満を残しつつも了承の返事を送る。


「という訳で鶴羽、行ってくる」

「はい。こちらお任せください」


 鶴羽の表情は少し寂しそうに見えたが、なぜか嬉しそうだった。






 


 

「もう行くのか」


 城門まで行くと、門番と話している霙の姿があった。


「ああ」

「そうか。白鴎は聖女様の荷物をまとめているから後で来る」

「分かった」


 どうやら霙は私達と共に向こうへ帰るそうだ。私は自分の荷物の事を頭の片隅から外へと放り出していた。今霙に言われ、自分の手には今、くまのぬいぐるみであるみー以外は何も持っていない事に気がついた。


 帰ってから白鴎にきちんと礼を言おう。

 

 






 

「この道を歩くのも久しぶりだ」

「この道ね、とっても綺麗なの!」

 

 綺麗な花も美しい空も何でもある。


「そうだな。以前通った時よりも何倍も美しい」

「でしょ!」


 黎翔と霙に挟まれて2人と手をつなぐ私は、まるで親に連れられている子どもだ。このまま万歳をしてくれれば私は宙に浮くのではないだろうか。そうすれば空を飛ぶという夢も叶いそうな気がする。


「黎翔様、霙さん万歳してください!」

「は?」

「えっとね、ぶらーんってしてほしいの!」

「あぁ、そういう事か」


 霙と黎翔は私とつないでいる方の手を軽く上げる。


「きゃあっ!!」


 私の足は地面から離れ空を舞う。まるで空を飛んでいる様だ。


「お空、飛んでるみたい!」


 先ほどと比べてそこまで差はないが、遠い空が少し近くなったような気がした。 


「空を飛びたいのか?」


 霙は不思議そうに私に尋ねる。人間、生きてるうちに一度は空を飛びたいと願うはずだ。


「いつか、飛んでみたいですっ!」


 空を飛べるのならば、きっと、生きたい所へ行ける。空は、きっと、何処までも繋がっているから。

 目的地も分からない空を、永遠と探しながら飛び回るのも良いかもしれない。そして、疲れたら此処へ帰ってくるのだ。

 

「空は飛べるぞ」


 バサリと、視界に大きな白が広がる。

 

「……え?」


 まるで、目の前を沢山の鳥が飛び交っているかのようだ。意思を持って動くそれは、私の目を奪うには十分すぎた。

 

 付け根から先まで美しい白で統一されたそれは、まるで、童話で見る「翼」の様だった。先から付け根に視線をやれば、それは間違い無く、霙の背中から出ている。

 

 何故、人が「それ」を持っているのか。不思議で堪らない。

 

「ほら」


 霙は私と繋いでいる方の手を離し、その翼を大きく動かす。まるで鳥が飛ぶ準備をしているかのようだった。意思を持って動いているように見えるそれが、不思議で堪らない。


 

 そして、バサリと一際大きい音を立てたかと思えば、



 そのまま宙を浮いた。


 


「………………え」


 あまりにも信じられない光景に、息をするのも忘れてしまう。


「え、うい……、え?」

 

 私の認識では人は浮かない。空は飛べない。

 何故彼は当然の顔をして、空と一体化しているのか。

 

 そこで改めて思い返す。あぁ、ここは異世界だった。


 私にも他の皆にも力が宿るという魔法のような世界だ。ならば人が浮かんでも不思議ではないのかもしれない。

 

 それにしても、なんて美しい光景だろうか。白髪金瞳、白い翼。まるで天使のような姿に私は息を飲んだ。


「天使様、…………みたい」


 溢れた声はあまりにもか細く、霙に届いたか分からない。


「まあ、間違いではないな。我々の種族は天使族だ。みな、息をするように空を飛ぶ」


 まるで違和感のないその言葉に私は納得した。

 

「天使族……」

「言っていなかったか?」


 国について大まかな説明を受けたが、そこに住む人々についての説明を受けてはいない。霙と黎翔を交互に見比べ、天使とは、こう言う人たちの事を言うのか、と、頭の片隅で記憶する。

 

「そうか。ならば帰ってから説明をするとしよう」


 地面に降り立った霙はまさに地に降り立った天使のようだった。


「ほら」

「?」 


 霙は私に手を伸ばした。


「空を飛びたいのだろう」

「!」 


 私の小さな手を、霙の大きな手に重ねると、そのまま優しくつつみ込まれる。そして、霙は私を抱き上げたまま地を蹴った。


「っ!」

 

 地から足が離れる。


 白髪が視界に靡き、私の黒と混ざる。

 同じ速度で飛ぶ鳥に心を奪われる。

 勿忘草色の空に私が近づき、すっと遠ざかる。

 風が速い速度で私に吹き付け、心臓が音を立てる。

 少し肌が震える度に、霙の服を強く掴む。

 今まで見ていた景色は、遠い様で、ものすごく遠かった。


「空、飛んでるの…………?」

「ああ」


 まるで、夢でも見ているかの様だった。


「空、近いね」

「そうだな」


 肌が冷たい。

 

「何処まで行けるの?」

「何処までも」


 頭が熱い。


「何処までだって、………………行けちゃうね」

「そうだな」


 空の向こうは果てなく、青以外には、何も。


「……何も」


 見えなかった。


 

 

 一生に一度の今までに見た事はない素晴らしい景色だった。あの景色は一生忘れない。


 









 


 

 

「おかえりなさい」


 家に帰ると績が出迎えてくれていた。

 

「ただいま帰りました!」


 やはりこの建物の雰囲気が好きだ。黎翔は物珍しそうに建物の中を見ている。


「……ここはこんな雰囲気だったか?」

「以前から変わりないですよ」


 績が首を傾げながら答える。私は以前の雰囲気を知らないから何ともは言えないが、それが悪い印象ではないのならば良いだろう。


「聖女様おかえり」


 気の抜けた笑顔で大量の布を持った彩月が通りかかる。

 

「ただいま帰りました。……彩月さん、その沢山の布はどうしたのですか」

「あーこれ?……皆がいるからちょうど良い。手伝って」


 彩月はそう言うと績と黎翔、霙に布を持たせ、当の彩月は私と手を繋いだまま歩き出した。

 

「おい」

「あんたが聖女様とイチャイチャしてた間、こっちはずっと仕事してたんだよ。文句ある?」

「……」


 私まで彩月の威圧に圧倒されそうだ。黎翔は特に言う事もないのか黙ってついてきていた。私は最近常々思う事がある。


(国王って一番偉い人の事だよね……?)


 黎翔を見ていると申し訳ないがそのようには見えない。勿論仕事をしている黎翔は素敵だし威厳もある。しかしながら他人と接している時の黎翔は、あまりにも雑な対応をされている。国王に対する態度があれで大丈夫なのだろうか。

 いや私が口を挟む事ではない。今まで彼らはそのような関係でずっとやってきたのだ。私が考えるよりも信頼関係があって深い関係なのだろう。


「彩月さん、どこに分かっているの?」

「聖女様の部屋」

「私の部屋?」

「そう」

 

 彩月はそう言い、霙と績、黎翔が持っている布を少し受け取り自分でも荷物を持った。


「彩月さん、私も持つよ」

「聖女様はいいよ。その代わりしっかり前向いて歩いてて」

「はぁい」


 見慣れた私の部屋の扉は相変わらず2つのドアノブがついている。


「聖女様、扉開けれる?」

「はい!」


 ほんの出来心で2つのドアノブのうち上の方を使って開けようとしたけれど結局は下のドアノブを使って開ける事にした。どうして下のドアノブを使う事にしたかは察してほしい。


 扉を開けた私はもう一度扉を閉めた。 


「?」 


 扉を確認した後、もう一度扉を開けた私はやはりもう一度扉を閉めた。


「どうした」

「私の部屋に知らない人がいる……」


 予想外の出来事にドアノブから手を離し黎翔の後ろへと回る。

 

「知らない人だと?」


 黎翔は彩月を見るが、彩月も来客は知らないようで首を横に振る。


「……」


 黎翔は手に持っていたものを全て彩月に預け、私の代わりに扉を開けた。 

 

「…………神楽ではないか」


 緊迫した雰囲気の中、扉を開けた黎翔は息を吐きながら中の人の名前を呼んだ。


「え?」


 その名前に聞き覚えがある。確かうちの大工という人だ。


 短髪の若い青年は、不機嫌そうな顔を一気に明るくさせ、こちらに近寄ってきた。


「黎翔様! いらしてたんですね!」

「ああ」

「お出迎え出来ずにすみません!」

「よい。私の部屋も作ってくれていたのだろう」


 まるで大型犬という言葉が合いそうなほどご機嫌に、黎翔に尻尾を振っている。予想よりもはるかに人懐こく仲良く出来そうな人という事に安堵を覚え、黎翔の後ろに近寄り、挨拶を試みる。


「こ、こんにちは……」


 小さな声で神楽という人に声をかけるが先ほどまでの嬉しそうな表情とは一変、不機嫌そうな顔にまた変わった。

 

「何、このガキ」

「ひぅ」

 

 一体何だろうこの人は。黎翔に対する態度とあまりにも違いすぎる。睨まれた事で萎縮し黎翔の後ろに隠れる。


「黎翔様、この人こぁい」


 黎翔の後ろで震えていると、その空に後ろにいた霙が私を背後から抱きしめる。

  

「神楽」


 霙が彼の名前を呼ぶと彼は背筋を伸ばし息を飲んだ。


「は、はい!」


 私に対しては上からで、黎翔に対しては尊敬。霙に対しては直属の上司に対面するような畏怖。彼が分からない。

 

「彼女はこの国に来てくださった聖女様だ。失礼のないように」 

「聖女……? このチビが?」


 神楽は驚きながら私を見る。彼は披露目会の時に私の姿を見ていなかったのだろうか。もし見ているならば私が聖女と聞いてこのように驚く事はないだろう。しかし先ほどから私の事を小さいと言葉にするが侵害だ。

  

「ちょっと大きくなったもん……」 


 少しではあるが本当に成長はしているのだ。


「チビである事に変わりはない」

「うぐっ」


 これ以上私は彼を言い負かす言葉が見つからず、顔を横に背ける。


「!」


 そこでなぜ大工である彼がこの部屋にいたのかに気がついた。


「……」


 少しではあるが部屋が変わっていたのだ。以前よりは少し家具の背が高くなっている。椅子の脚やテーブルの背。一昨日より伸びた背は前の家具では少し合わない。けれどもそれはあくまで少しだ。あのままの家具で生活出来ない事は決してなかったのだ。恐らく緑弥が黎翔の部屋の事を伝える時に私の事も伝えてくれたのだろう。そしてこの神楽という人はたった1日で私の部屋を改装してくれていたのだ。

 よく見れば、ベッドの柵も変わっている。上げ下げ可能な柵は必要がなければ下げたままでも良いだろう。今更飛び跳ねて遊ぶ事もしないだろう。


「……お、へや。ありがとうございます」

「お前の為じゃない」


 私のお礼も彼に打ち返されてしまった。きっと私では彼との言葉のキャッチボールは不可能なのだろう。


「……むぅぅ」 


 恐らく彼と仲良くなる事は不可能に近い。


「はい、お邪魔するよ」


 彩月は私たちの様子を全く気にした様子もなく、大股で部屋の中に入っていく。そしてクローゼットを開けたと思いきや、


「その手に持っているドレスたちをハンガーにかけて」

「え?」


 そこで漸く私は皆が持っていた大量の布がドレスだという事に気がつく。そして漸く今クローゼットが空だった事に気がついた。


「えっ、えっ?」


 何故かけられていた洋服が全てなくなっていたのだろうかと考えたが、それはハンガーにかけられている洋服を見て納得した。見覚えのあるドレスたちは変わらないが変わっている。


「大きくなってる……?」


 洋服に少し手が加えられ、現在の私でも着る事が出来るようにサイズが直されている。


「彩月さん、お洋服のサイズ直してくれたの?」

「ああ、聖女様、服が着れなくて寂しがってたからね」


 その通りだ。いくら新しいものを作ってくれるとはいえ、それでも前の服が恋しい事に変わりはない。だってあれは彩月が私の為に作ってくれた大切な洋服達なのだから。

 

「彩月さん、すごい!」


 これだけの仕事量をたった1日でやってのけたというのか。


「魔法使いだって言っただろう?」


 そういえば昨日そのような発言を彩月がしていたと思い返す。

 

「本当に魔法みたい!」


 そういえばこの国の一部の人には力が宿ると言っていた。可能性として彩月はドレスを作ったりする事に関する能力があるのではないだろうか。


  







「おおーい、飯出来出てるぞー」


 彩月と績と共にドレスの整理をしていると、良い匂いをさせた緑弥が私の部屋まで入ってきた。霙と黎翔は神楽と部屋から出て黎翔の新しい部屋を案内していたようだ。

 

「おか、緑弥さん!」

「おい、今お母さんと言いそうにならなかったか?」

「き、きのせい、ですよ?」


 原因は間違いなく、今朝鶴羽と家族構成について話をしたからだ。加えて緑弥が母親のようなセリフを言ったからだ。先ほどのセリフは母親が子どもに向かって言うセリフそのものだった。少し懐かしいと感じた。


「今日のご飯はなぁに?」

「今日はトマトスープとミートソーススパゲッティだ」

「トマト尽くしですね。聖女様は……」


 メニューを聞いた績は微妙な顔をして私を見る。績は私がトマトを好きでない事を知っているからだろう。

 

「楽しみ!」


 しかしながら、トマトスープは以前一度飲んだけれど、とても美味しく私でも食べられた。ミートソースはトマトであってトマトではない。あれはトマトのスパゲッティではなくミートソースという食べ物なのだ。

 

「トマトスープは飲めるのですか?」

「うん!」 


 績は驚いたように緑弥を見るが、緑弥は無言で頷いた。


「聖女様は生のトマトが食べられないだけではないのか?」

「……?」


 そこまで多くのトマト料理を食べた事はないし食べたいとも思わないから返答に困る。


「ほれ」


 緑弥がお盆に乗せた料理を机まで運ぶ。


「いいにぉい!」


 まさかトマトを良い匂いと思う日が来るなど想像もしていなかったが、緑弥の料理だからだろう。緑弥のあとを追うように机につくと、手を合わせて料理が置かれるのを待つ。


「ほれ、食え」

「いっただきまーす!」









 料理をありがたく頬張っていると神楽達が戻ってきた。黎翔や霙が戻ってくる理由は分かるが、わざわざ神楽がこの部屋に来る理由が分からない。


「すまない食事中だったか」

「はい、ほぉふよ」

「トマト尽くしだな……」 

「ほぃひぃよ!」

「しゃべるなら口の中のものを飲み込んでからにしろ」

「ふぁい」


 神楽の事を気にせず、美味しく食事を頂いていたというのに、やはり彼は私の食事に水を差した。 

  

「子どもは燃費が悪いな」


 この言葉には返す余地がない。以前の私なら1日や2日食べなくても何とかなっていた。けれど今は毎日何かしら食べないと空腹を訴えている。毎日食事を食べる事で燃費が悪くなってきたのだ。けれども、そんな自分自身を嫌だとは思わない。食に対して喜びを持てる生活は幸福への道の一つだろう。


 だからこそ神楽の言葉は素通りするべきだ。


「はむっ」


 しかしながら少しだけ食欲が落ちるのも仕方がないというものだろう。

 


 

  



 

「お昼寝するの」


 時間的にはまだ朝だけれど、食事をしたら少し眠たくなってきた。


「そうか」


 霙は頷いた後、私の頭を撫でて出ていった。他の皆も同じようにして出て行きこの部屋にはなぜか黎翔と神楽だけが残った。彼らが出て行った後にベッドに入ろうと2人の目線を送るが出て行こうとする神楽に対して黎翔は動き出す気配がない。疑問に思い黎翔を見つめると、漸く言葉を口から放った。


「神楽をつける。寝かしつけてもらえ」

「は……?」

「えっ?」


 黎翔が口にした事があまりにも衝撃的で私も神楽も言葉を失った。


「ひ、一人で寝れます!」

「そうです! なんで俺がコイツの傍に?!」


 彼からも不満だらけの言葉が漏れる。

 

「年の近い者同士、仲良くしろ」

「近くねぇし……」


 どう見ても彼との年齢が近い様には見えない。彼は15歳ほどの年齢に見えるが働いてる事からすると、もう少し年が上のはずだ。精神年齢だけならば確かに近いかもしれないが私は現在幼子の容姿をしている。どのようなくくりで年齢が近いと言っているのだろうか。


「ではな」


 私たちの不満をものともせずに黎翔は一言告げて部屋から出て行った。


「「………………」」


 私達に残されたのは沈黙のみだ。一緒にいたくないという気持ちがありつつも黎翔の言葉を無視出来ないという葛藤がある。


「私、お昼寝するので」

「勝手にしろ」  

「……」


 出て行ってくれないのだろうか。


「俺に出て行けと? 俺が黎翔様の言い付けを破れる訳がねえだろォが」

「……」 

「勝手に寝ろ」


 何故この人は、寝られる訳がないこの状況で私が寝られると思うのだろう。こんなに緊張感のある部屋で寝られるとしたら、それは勇者か何かだ。


 しかしながら黎翔や霙という後ろ盾を失った今、私に彼に抵抗する力はない。私より何倍も大きい彼に言葉で勝つ事も暴力で勝つ事も難しい。


 私に出来る事と言えば、彼の言葉に従い素直に眠りに入る事だろう。それでも素直に動き出すのは彼の言葉に従っているようで少し癪だ。頬を膨らませてそっぽ向いていると彼はじれたように私の両脇をつかんだ。


「……っ!」


 どうされるのかと思ったが意外にも彼は優しく私をベッドに下ろした。


「……寝ろ」


 そして優しく掛け布団をかける。


「……」


 先ほどまでの彼とは態度が全く違い困惑する。


「……なんで優しくするの」

「あ゙? 別に優しくしてねェよ。ただベッドに連れて行っただけだろ」


 やはり優しくなった訳ではなさそうだ。というよりもなぜ彼はここまで私に対して、このような態度を取ってるのだろうか。私は一体彼に何をしたのだろうか。しかしながら彼は私の部屋を作り変えてくれた。感情と仕事はまた別物のようだ。


「私、何かしましたか……」

「はぁ?」

「だ、だって」


 このような物言いは慣れているとはいえ、傷つかない訳では無い。恐ろしくない訳でもない。


「……してねェよ」

「えっ?」

「……してねェよ。俺は元々こういう奴だ。黎翔様やここの皆は俺に生きる術を教えてくれたしな。…………怒らせると怖ェんだ」


 尚更私への態度に納得出来ない。私が何もしていないのならば、なぜ彼は私にそこまで鋭い言葉を投げかけるのだろうか。

  

「黎翔様は優しいのに」

「はぁ?」

「霙さんは抱っこして一緒に空を飛んでくれたのに」

「空?」


 彼らの優しさとは反対の彼に、納得がいかない。勿論全てのものが私に優しいなどという、そんな都合の良い事は考えていない。理不尽な怒りや、存在の否定など様々な事を経験してきたが、彼はそのどれでもない。

 

「何、お前。空飛べねェの?」

「それがどうしたの」


 私の突き放すような言葉に、彼は軽く首を傾げた。


「……一度は空を飛びたいって思ってたのです。でも霙さんが抱っこしてお空飛んでくれたから、もういいの」


 夢は叶ったから。そして、叶わない事も、察したから。彼との会話も億劫になってきて布団を頭まで上げ、布団の中に隠れる。「そうか、コイツは天使族じゃねぇから……」そう呟く彼の声に疎外感を感じる。

 

「…………………………空、飛ばせてやろォか?」


 長い長い沈黙の後に彼は絞り出すようにその言葉を放った。先ほどの私の言葉を聞いていなかったのだろうか。

  

「もう、霙さんと飛んだ」

「…………そうじゃねェ。ああ、もう!」


 彼の突然の大きな声に体をびくりと震わせながら布団の中で縮こまる。


「?!」


 突然の体の浮遊感に体を更に縮こませる。


「な、なに?!」


 恐らく半分以上の確率で神楽の仕業だろう。浮遊感に身を任せるとかけ布団が体から落ちた。


「?!」


 最初に視界に入ったのは神楽の複雑そうな顔だった。


「か、神楽さ、ひゃぁ!」


 彼の名前を呼んだ瞬間、私は宙をくるりと回転した。そしてそのままゆっくりとベッドに着地した。


「……?!」


 頭の上には複雑な疑問マークが飛び交っていた。


「え、と、とんで……? へ?」


 霙と飛んだ時は、私が飛んだのではなく、あくまで霙に抱き上げられていただけだ。それとは違う感覚に手を震わす。

 不思議と空を舞った時に、恐怖はなかった。信じられない出来事が起き、驚きと少しの期待感。


「は、ぁははっ。も、もう、いっかい。もう1回っ!」


 目の前の神楽にもう1回宙に浮かせるように要求する。


「……」


 神楽は無言でもう一度私を宙に浮かせてくれた。


「あははっ! くるって、して!」


 神楽は私の要求通り私を一回転させた後、部屋の中を自由に飛び回らせてくれた。


「すごい、すごいっ!」


 私にこんな声が出せたのかと自分自身でも驚くほど大きな声ではしゃぐ。霙と飛んだ高い空は美しく、自分一人で飛ぶ部屋はとても狭く感じる。


 ああ、これが彼の能力なのだと私は頭の片隅に記憶した。



 




  

「ありがとう、お兄ちゃん!」

「…………」


 満足した私は再びベッドの上に下ろされる。神楽は先ほどよりは表情は柔らかいが、複雑そうな表情は消えていなかった。

 

「楽しかったのか……?」

「すごく」


 私の夢が叶った。夢をかなえてくれた神楽に対しての警戒心はもうない。 


「そうか……」


 彼の複雑そうな顔の理由が分からない。


「どこか痛いの?」

「……いや、」


 けれども彼は痛そうな表情していた。怪我をしているのではない痛いのは彼の胸だ。

 

「お兄ちゃんが痛いのは、ここ?」

「!」

 

 彼の胸にそっと手を当てると、彼は息を呑み、そして、それをゆっくり吐き出した。

 眉を寄せた表情に、何故か少し胸が痛む。

 

 小さく口を開いた彼の口から、恐ろしく低い声が漏れた。

 

「…………この世界のものに能力が宿る話は聞いてるんだろう」

「うん」


 彼が話し始めた為、私は大人しく聞き役に徹する事にする。


「俺の家……、さ、高能力を持つのが当たり前の家系で、……俺も当然家の役に立つ能力が備わる予定だったんだ」


 予定だった。つまり彼は、家庭の当たり前に当てはまらなかった訳だ。


 彼にはもうすでに能力が備わっている。その能力は、役に立たないはずなど無い。十分に立派だ。

 

「だが、俺に宿った能力は飛翔だった」


 何故、彼はそれほどまでに自分の能力を卑下するのか。


 少し考えて、なんとなく、分かってしまった。この国では息をするように空を飛ぶ、と霙と黎翔は話していた。息をするように誰もが飛べる国で飛翔の能力というのは、一体何の役に立つのだろうか。私でも考えがつく事を彼の家庭、彼自身が思いつかないはずがない。


「当然、俺を見る目は冷たかった。すぐに家から追い出された。能力を隠して建設現場で働いたんだが色々あって、そこも辞めた」

「…………」


 今まで家がないという事を経験すらしなかった私にとって、想像もしがたい出来事だ。

 

「そんな中、路頭に迷っている所を拾ってくれたのが黎翔様だ」


 彼が黎翔を信頼する理由が分かった。私がこの世界の人を見る目と同じようなものだろう。

 

「俺は自身の能力が嫌いだ。だが、俺の能力を含めた技術を黎翔様は買ってくれてんだ」


 当時の彼の様子など、全く分からない。けれども、黎翔が、一体どれほど彼の救いになったのか。それは、少し分かる。


「でも、能力を見られるのは好きになれねぇ。だから、能力使う仕事中は誰も入れたくねぇんだよ」


 彼のあの態度は劣等感からくるもの。彼が信頼している者たちに無条件に優しくされている私が気に入らなかったのだろう。それでも私に空を飛ばせてくれたのは彼なりの誠意という事だろうか。それとも私への態度の罪悪感からか。


「…………話してくれて、ありがとう、お兄ちゃん」


 だからといって、私は彼に何も出来ない。彼を救う事も、心震わす言葉をかける事も、出来ない。

 

「なぁ、そのお兄ちゃんって何なんだ?」


 ただ、出来るのは、彼の能力を肯定する事のみだ。

 

「私の夢を叶えてくれたから!」


 彼の劣等感をこれ以上刺激しないように、意味のあるものだと、伝える為に。

 

「答えになってねぇよ」


 彼の温かな手を、これ以上冷やさない為に。 

 

「あと、黎翔様がお父さんだから!」


 黎翔がここに私達を残したのは、彼の為だろう。私の昼寝は口実だったに違いない。

 

「意味分かんねぇ」

 

 神楽は初めて見せる優しい顔を私に向けた。


「お兄ちゃ、」

「お前の……、おかげで。少しこの能力を好きになれた」

「私の?」

「俺の能力を必要としてくれるのが、お前だったって話だ」


 神楽は満足そうに自己完結した。

 私の存在意義が、1つ、生まれた。

 

「私、何にもしてないよ?」

「良いんだよ」


 私は楽しく空を散歩しただけだ。礼を言われるような事は何もしていない。

 

「何より、黎翔様はこれを見越して聖女と二人にしたんだろォしな」

「え、なに?」

 

 ぽつりと呟いた神楽の声は、私の耳までは届かなかった。

 

「何でもねぇ」


 神楽は「ほら、寝るんだろ」と言いながら布団をめくった。


「……」

「どォした」

「眠くない」 


 あれだけ燥いだのだ。今更睡魔など来る訳がない。大体私の睡魔を彼方まで追いやったのは神楽自身だ。


「子守歌、歌って」

「俺がうたうよォに見えるか?」

「じゃあ、絵本読んで」

「……正気か?」

「じゃあ、」

「ったく!」


 彼はめんどくさそうにつぶやいた後、私を布団の中に押し込め、そして彼自身もベッドの中に入ってきた。


「ベッドが小せぇ」

「そんな事ないもん」

「ちっ」


 彼は私を抱きしめるようにベッドの中に入り込み私の頭と背中に手を回した。


「言っておくが、俺は子守唄は歌わねぇ。絵本も読まねぇ。……ここにいるだけだ」


 彼は私の後頭部を撫で、反対の手で背中を一定の速度で叩いた。彼の胸に押し付けられた私の耳に彼の心臓の音が一定のリズムで鳴り響く。


「私が寝たら、何処か行くの?」

「行ったら悪いのかよ」

「悪い」

「そォかよ」

  

 これは私なりの我儘だ。彼は私に対してそこまで良い印象を持っていない。という事はいくら私が彼に我儘を言っても、これ以上彼が私への評価を下げる事はないだろう。


 何より兄は妹のわがままを聞き入れるべきだ。


「寝ろ」


 寝ろと言われてすぐに寝られる訳がないだろう。けれども不思議と私の意識は夢の中へと旅立っていた。 

 

 




 

 


 彼の能力はいつか私の夢を叶えてくれるだろうか。

 




 




 



 



 


「んーぅ、とぁとのおぅしゃまが……」

「起きろチビ」

「ふぁ」


 鼻を摘まれた事で意識が覚醒する。このよう起こされ方をしたのは初めてだ。

 

「な、なに?」


 目が覚めて目の前を見ると、寝る前と変わらず神楽が私を抱きしめていた。


「ずっと一緒にいてくれたの?」

「……ちげえよ。お前が俺の服を離さなかっただけだ」


 そう言われて寝る前に握りしめていた手は気がつけば彼の服を握っていた。


「ご、ごめんね?」

「……別に」

 

 彼の服を離すと私を離し、大きく背伸びをした。彼が何と言おうと、彼は起きるまで私の傍にいてくれた。理由なんて何でも良い。


「お兄ちゃん、また一緒にお昼寝しようね!」

「やだよ」

「えー!」

「お前の昼寝は長えんだよ」

「そんなぁ」


 彼の言葉に窓の方へ目を向けてみると、昇りきっていなかった太陽は、現在沈みかけている。確かに間違いなく寝すぎた。


「子どもは寝て育つのですよ」

「やかましい」


 軽く頭叩かれた。地味に痛い。






 

 

「仲良くなったようで何より」

「!?」


 突然声が聞こえてきて私も神楽も驚き振り向く。そこには黎翔は壁に寄りかかり腕を組んで立っていた。

 

「黎翔様!」


 どうやらいつの間にか扉を開けて入ってきていたようだ。


「……いつからそこにいたんですか」

「神楽が起きる少し前からだな」

「!」


 神楽が起きる少し前という事は。


「お兄ちゃんも寝てたの?」

「……寝ていない。少し目を閉じただけだ」

「私が来た事にも気づかないくらいにはな」

「……コイツに比べたら眠りは浅かったですよ」

「何を張り合っているんだ。聖女はまだ正真正銘の子どもだ」

「…………」


 神楽はそれを聞いて再び目をそらすがそのような神楽を見て黎翔はまた吹き出すように笑った。


「聖女よ、空中散歩は楽しかったか?」

「はい!」

「良かったな」

「コイツ、大声あげて叫んでたからなぁ」

「だって、楽しかったもん!」


 

「随分と仲良くなったな」


  

 最初と同じく繰り返された黎翔の言葉に私たちは顔を見合わせる。そして私からは深い頷きを、神楽からは無愛想な顔反らしを贈る。


 そこは空気を読んで頷いて欲しかった。

 


 



 

 


 


「ヘッタクソだなぁ」

「じゃあ、お兄ちゃんは書けるの?!」

「当たり前だろ」


 私が今何をしているかと言うと、一昨日国王たちからもらったプレゼントのお礼の手紙を書いているのだ。しかし考えても見てほしい。私はこの世界に降り立ってからまだ一度しか文字の練習をしていない。そんな私が文字を書ける訳がない。


「蛇かよ」

「……」


 今回ばかりは神楽の言葉を否定出来ない。黎翔の書いた文字を真似して「プレゼントありがとうございます」と書きたいのにままならない。漸く1枚を書き終えたが、まるでミミズが這っているかのようだ。


「……」


 果たして国の代表である国王にこのような手紙を渡しても良いものだろうか。


「……これじゃダメ」


 書き直そう。丸めて捨てようと手紙に手を伸ばした所で手からそれを抜き取られてしまった。

 

「お兄ちゃん?」


 ミミズがはったような文字を神楽は見つめる。


「……これでいいんだよ。ですよね、黎翔様」

「ああ、これで良い」

「え?」

 

 このような汚い文字の何が良いというのだろうか。


「……頑張って書いたんだろう。じゃあそれでいい」


 投げかけられた優しい言葉に、そうか、手紙は気持ちを込めて贈る物だと言っていたがこういう事だったのか。日本でもSNSという機器が流通している中で未だに手紙という文化が衰えないのはそこに込められている気持ちを届けるからであろう。


 先ほどまで捨てたいとすら感じていた手紙はなぜかとても輝いて見えた。


 そして私は長い時間をかけながら計4つの手紙を書き終えた。あれだけの短い文章にとても多くの時間がかかったが黎翔や神楽が急かしてこない事がありがたかった。


 そうして手紙を書き終えた頃にはすっかりと日が落ちていて、城から戻ってきた白鴎に風呂に入れられた。風呂から上がれば美味しいジュースを飲み絵本を読み、眠るといういつも通りの夜の生活が過ぎた。

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