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黒いモノクロな世界と白いカラフルな世界 長文版  作者: ちぇしゃ


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19/22

018「私の力……」

 明るい日差しが私の瞼の裏を刺激する。自主的にした事ではないが、久しくしていなかった夜更かしというものをして、睡眠が足りていないのか、瞼は重い。太陽の位置からして、そこまで早い朝ではないが昼と言うにはほど遠い時間だと言えよう。

 食事後に眠ってしまったが、その後の記憶はない。この見覚えのある部屋と隣で眠る黎翔を見て、いつもの部屋だと納得する。黎翔が起きていない事を珍しく思うが、体から仄かに漂うアルコール臭から、あの後も会は続いていたのだろうと当たりをつける。彼は私がいる時はアルコールの類は飲んでいなかった。気を遣ってくれていたのだろう。

 一体どれほどの時間まで会が続いていたのか見当もつかないが、私にとっては夜遅くまで続いていた事に間違いはないのだろう。

 隣の黎翔の匂いを嗅ぐが、アルコール臭よりも遥かに石鹸の良い香りの方が鼻を擽る。黎翔は昨夜風呂に入ったのだと結論づけてから、自身の風呂の心配をするが、汗がまとわりついている感覚も、気持ちの悪さも感じられない為、夜に誰かが入れてくれたのだろう。 

 

 黎翔の隣から抜け出し、少しだけ窓を開ける。季節特有の肌寒く、冷たい風が私の体を撫でる。この寒さも嫌いでは無い。と、ここで少しの違和感を抱くが、何に対して違和感を持ったのかは分からず、気のせいかと思考を放棄する。普段は足首まである長いワンピースタイプの寝間着だが、今日は膝丈の短いワンピースだ。どうりで少し肌寒い訳だ。

 冬では無いとは言え、暖かいとはお世辞にも言えないこの時期は温かい布団が唯一の味方だ。空気を入れ替えた事ですっきりとし、窓を締めた後にまだ眠っている黎翔の元へ戻る。床の冷たさを感じた後の布団は天国だ。黎翔が温かい事もあり、まるで温泉にでも浸かっているかのような安心感だ。横を向いている黎翔の腕の中に背を預け、目を閉じようと試みる。

 

 目を閉じようした所でふと、視界の隅に入り口横にある台が入る。


「……?」


 違和感を感じつつも、気のせいかと思い、温かさに目を閉じる。昨日は遅くまで起きていた為、今日くらいは黎翔と共に寝坊するのもよいだろう。先ほど見た太陽の輝きが目の奥にこびりついて離れない。今は太陽に背を向けている為、その眩しさを感じ取る事は出来ないが、いつか太陽とは言葉を交わす事が出来る予感を抱く。この国は空と近い。

 

「ん?」


 先ほど見た光景の違和感についても考えていたが、何故窓と台に違和感を感じたかが分からない。窓は普段から自身の部屋のものを開けている。窓から見える景色は、部屋が異なると違っていて当たり前だ。

 そして、漸くそこで違和感の正体に気がついた。


「れ、黎翔様!」


 黎翔の腕の中に背を向けて入り込んでいたが、体を反転させ、ベッドの上に座り込む。その感覚で違和感の正体。はっきりと感じ取ってしまった。

 黎翔は身動ぎをしたが、直ぐに動きを止めた為、もう一度名前を呼ぶ。

 

「黎翔様、起きてください!」


 私の2回目の呼びかけに漸く動く気になったのか、額に手を当てながら起き上がる。


「どうし……」


 黎翔は私は見るなり驚きに目を見開きながら言葉を止めた。私の事を上から下へとまじまじと眺める。


「それは大丈夫なのか……?」

「わ、分かんないです……」


 変化にだけ目がいっていたが、改めて自分の体を探ってみても体調の不調は見られない。黎翔はもう一度私の体を上から下へとゆっくり見下ろすと再度私の顔に目を向けて口を開いた。


「……成長したな」

「うん……」

 

 5歳ほどの私の体は、現在10歳ほどの大きさになっていた。元々15歳であった為、そこから一度小さくなっているという経験もしているので、そこまでの驚きはない。けれども、焦って黎翔を起こそうとするほどには慌てていたのだろう。黎翔が慌てず冷静な態度でいる事から私自身も少し気持ちが落ち着いてきた。一度経験しているとはいえ人間の体はそう何度も体の大きさが変わるものではない事は知っている。そのため今回の件は何かしらの力と意志が働いたとしか考えられない。それはともかく、姿が変わった事で「誰だ」と言われない事に安堵した。


「ねぇ、この世界の人って、急に体の大きさ変わったりする?」

「その様な事例は聞いた事がない」


 一体私の体はどのような仕組みになっているのだろうか。体に不調がないから良いものの。


「私、変。ですよね」

「……績を呼ぶ」

 

 績に見てもらえばなにか分かるかもしれない。績が来るまで顔を洗ったりして準備をしていようと考えた所で盛大なくしゃみが漏れる。大きくなった事で普段より肌が隠れない服は少し寒い。

 

「服もないな。取りあえずはこれを着ておけ」


 上から真っ白なシャツをかけられた。

 

「黎翔様の匂い、する」


 私には随分大きいそれは、袖を何度も捲った事で何とか着られた。丈は足首辺りまでに届いたため、先ほどまでに比べると随分暖かい。


「黎翔様の服、おっきいですね」

「大人だからな」


 背が伸びたという事は、私も大人に一歩近づいたという事だろう。残る疑問はなぜ私の外見年齢がこのように変化するかという事だ。私の望むままの年齢に体を操れるというのならば私は何を望んでこのような年齢になるのだろうか。それとも何か外的要因があってこのように変化するのだろうか。なぜここに来た瞬間にあのように小さくなったのだろうか。なぜ現在このように少女の姿になったのだろうか。


「績を呼んでくる。待っていろ」

「はぁい」


 黎翔はそれだけ言い残すと部屋から出て行った。隣に黎翔がいて良かったと心底思う。もし1人ならばこの動揺した気持ちをどう消化すれば良いか分からなかっただろう。表情には見せないが黎翔も共に動揺してくれた事で私の動悸も少し収まったと言っても過言ではない。私も一度体が小さくなるという経験をしていなければこの動揺の行き場をどうすれば良いかわからなかっただろう。

 

 黎翔と績がくる間に何をしようかと迷うが、身長が伸びた事で出来る事もあるだろうと思い返す。そして先ほど考えていた洗顔も自分一人で出来るだろうと思い洗面所へと向かう。するとかろうじてではあるが、今までは決して届かなかった蛇口の取っ手にも手が届くようになった。


「よいしょっ!」


 背伸びをしてつま先で立ちなんとか今まで届かなかった蛇口に手を伸ばし水を出す事に成功した。


「でたっ!」


 出た水で顔を洗うと今までにない達成感が顔をすっきりとさせた。水は冷たくがあったがそれが逆に気持ち良い。身長の事などもうどうでもよくなってくる。

  

「あれ、タオル……」


 顔を洗い終わったのでタオルで拭こうと考えるが、そのタオルが見当たらない。顔が濡れたまま歩き回る事も出来ないため途方に暮れる。そこで蛇口の水も出しっぱなしの事に気づく。


「あ、お水止めないと」


 先ほどと同じように背伸びをしながら取っ手に手を伸ばすが、途中で顔についていた水が目に入ってしまい、手を顔に戻す。しかしその過程で蛇口の先に手が当たってしまい水が四方八方に飛び散ってしまった。


「……」


 言わずもがな自身はびしょ濡れだ。そして鏡や床洗面所も当然のように濡れた。


「……どうしよう」


 この状況をどうやってごまかすかという事が問題だ。このままでは黎翔に怒られる事は間違いない。どうすれば黎翔は誤魔化されるだろうか。そもそも私の浅い知恵で誤魔化されてくれるだろうか。タオルでもあれば全てを拭いて証拠隠滅を図るというのに、それすらも出来そうにない。簡単な洗顔すら出来ないという事実に我ながら呆れて、目から涙さえ溢れてくる。


 カチャリと音がして、黎翔が帰ってきた。


「……どこにいる」


 ベッドに私がいない事に気がついた黎翔は、私を探し出してしまった。足音が二つあり、「聖女様?」と、私を探す声からも績が、そこにいる事がわかる。


「水道の音がしますね」

「……洗面所か」


 私の居場所を突き止める声がして、とうとう逃げ場所を失った。


 そして、とうとう、私を見つけ出してしまった二人が私の目の前にやってくる。

 

「ここにいたか」

「聖女様……?」


 黎翔の表情は安堵と呆れに満ちており、績の表情は、驚愕だった。

  

 固まっている績を他所に黎翔が私に向かって手を伸ばす。迫り来るであろう痛みに目を閉じると、以外にもやって来たのは頭への温もりだった。

 

「派手にやったな」


 水浸しの中心に私がおり、水道の水が出っぱなしになっている事から事態を察したのだろう。


「……」


 黎翔が蛇口の水を止める姿を見て、やるせない気持ちから更に涙が零れる。


「大きくなった事で出来ると感じたのか」

「うん……」

「そうか。部屋に台があっただろう。次からはそれを使え」

「……」


 黎翔は呆れた表情はするものの、1度だって私に怒りを向けなかった。

 

「……なんで、」


 だからこそ、怖くなった。

 

「なんで、怒らないの?」

「何故怒る必要がある」

「……だって、」


 気持ちをどう言葉にして伝えれば良いのか分からず、口を噤む。

  

「わざとやったのか」

「……ちがう」

「ならば次に気をつければ良い」


 黎翔は洗面所の下の引き出しを開け、中からタオルを1枚出した。こんな所にタオルがあったとは、と過去に戻りたい気持ちに苛まれる。

 私の体を優しく拭きながら、私の濡れた服を脱がせる。

  

「績」

「はい」

「私は、聖女と共にここを拭く。彩月に女児の服を持ってこいと伝えろ」

「分かりました」


 黎翔の言葉が少し引っかかりつつも黎翔のするがままに流される。結局、私は洗面所の掃除をさせてはもらえず、布団にくるまれて、ベッドに転がされた。未だに流れる涙の止め方がわからず、ひたすら枕に顔をうずめていた。


 




 



  

 

『……だって、』


 ――――――いつも、そうだったから。 

 







 



 黎翔の温かい手が私の頭を撫でる。それだけで、記憶の糸か解けているのを感じ、更に涙がこぼれ落ちる。どうやら私の涙腺は記憶の糸とともに解けてしまった様だ。


「黎翔様は……、どうしたら怒るの」

「叱られたいのか」

「ううん、叱られたくないから」


 だから、怒られないようにしたい。


「……分からんな」

「え?」


 思わず枕に押し付けていた顔を上げ、黎翔を見る。

 

「私がどういう時に怒るか、それは内容にもよるな」

「例えば?」

「例えば、か。……少なくなくとも聖女に対して怒りは湧いてこない」

「じゃ、じゃあ、私がお皿割っても、怒らない?」

「わざとかどうかにはよるが、危険だからやめておけ」

「じゃあ、」

「落ち着け」


 ぺしりとおでこを叩かれる。叩かれたのに痛くないというのは不思議だ。 


「つまりは、私に怒られない為に、私が怒る要因を知りたいという訳か」

「そう」

「くだらんな。それではお前がお前のまま過ごせないではないか」

「え」

「お前はこの先、ずっと誰かの顔色を伺い続けるのか? そんな事をするならば、共にいない方がお互いのためだ」

 

 ガチャリと扉音がして、績と彩月が入ってきた。


「……ノックをしろ」

「忘れました。それよりも、やはり見間違いではなかったのですね」

「本当に聖女様が大きくなっている……」

 

 いそいそと部屋に入ってきた二人は、私を見るなり驚愕の表情をあらわにした。


「績から聞いて冗談だと思っていたけれど……」

「私自身も、自分の眼を疑っていましたが、まさか本当に……」


 未だに入口で固まる二人は、次々と言葉をこぼしつつも、こちらに来ようとはしなかった。

 最初に痺れを切らしたのは、黎翔だった。


「績、診察。彩月、着替え」

「「はい」」


 まさに鶴の一声だった。



 服を着ていない私はとりあえず採寸をする事にした。なぜ採寸かと言うと、彩月曰く、今後のためだそうだ。何も洋服を纏っていない為、羞恥が湧くが、いつも通りかと気にしない事にする。

 その後は漸く着替えだ。彩月が持ってきた服を着せられるが、私には少し大きいようだった。サイズを細かに伝えられていなかったので当然とも言える。しかし、服を着ていないよりは幾分かマシだ。小さいよりも断然良い。


 淡い青色の花柄のワンピースは涼しそうな見た目とは反対に、暖かい。

 

「ごめんね、彩月さん」

「どうしましたか?」

「彩月さん、たくさんお洋服作ってくれたのに、あんまり着られないまま、大きくなっちゃったから」

「良いのですよ。子どもの成長はこういうのを含めて祝うべき事ですから。何より作るのを十分に楽しんだので後悔はありません。また沢山作らせてくださいね」


 彩月はそう言ってくれるものの、あの服達は私にとっては宝物だ。どうにか着られないものか。


「大丈夫ですよ、聖女様。私は魔法使いですから」

「え、魔法使い?」

「そう。任せて」


 最後に仕事モードが解かれた彩月が自信満々に頷いた。


 





 


「見解は」 

「……異変はありません。ただ成長しただけ……、という他ありませんね」


 績に身体中を触れられ、「痛くないですか」「違和感は?」と沢山聞かれた。体の不調はどこにも見られなかった。


「このような事例は今まで見られませんでした。もしかするとこれが聖女様の力なのかもしれませんね」

「私の力?」


 それは一体どのような力なのか。問おうとした所で扉が開いた。


「それは私が説明しよう」

「霙さん、白鴎さん!」

「……だから、お前達は揃いも揃って、ノックを忘れるな」


 黎翔は額に手を当てうなだれた。


「仕方がないだろう。仕事中に私も白鴎も突然違和感を感じたんだ。二人揃って感じたという事は、何かしらの事が聖女様にあったという事だろう。黎翔が来ないから、代わりに各国陛下の見送りに行っていたというのに」

「……すまない」


 つまりは、本来黎翔がすべき仕事を霙と白鴎が代わってしていたという事だろう。


「聖女様が無事なので良いでしょう。それよりも」


 霙と白鴎の視線が私に向けられる。


「体に違和感は無いんだよね?」

「うん」

「そっか。成長してもやはり可愛い聖女様のままだね」

「そうだな」


 頭に乗せられた二人の手が暖かい。白鴎はそのまま私を後ろから抱きしめ、膝の上に乗せた。


「……所で、あの、私の力って?」

「あぁ、そうだったな。この世界に来たばかりの聖女様には多くを説明し、理解してもらうというのは酷だと感じ説明していなかった事がある。聖女様というのは、本来いるだけで、国を豊かにする存在だが、それだけではない。聖女様には神から与えられた力というのが体の中に備わっている」

「神から与えられた力?」

「そうだ。これは本来他言すべき事ではないが、私にも力は宿っている」

「霙さんも?」

「ああ、この世界には何人かそういった人がいる。暗黙の了解でそれを話したり、聞き出したりする事は避けられているがな」


 まさか、その様な力がこの世界にあるとは思いもしなかった。


「聖女様にどのような力が宿っているのかは分からないが、神から授けられた力だ。神に愛されている聖女様にとって不都合な力ではないだろう」


 まだ私の成長が神の力だという事は確定してはいないけれど、その可能性があるというだけで、力んでいた体から力が抜けていく。正体が分からない変化こそ、恐ろしいものはない。変化の理由の可能性があるだけで、恐怖がほどけていく。


「私の力……」


 それは一体どのような力なのだろうか。もし体の年齢を自由に動かせる能力だとしたら。それとも何か外的要因、内的要因を条件に年齢が動くとしたら。いや、それとも。

 考え出せば、キリがない。ただ幸せになれば良いと言われたこの世界で、何をすべきかわからなかったが、自分の力を探ってみるのも良いかもしれない。どのような条件で発動し、どのような影響が出るのか。


「聖女様、楽しそうだね」 

「……そう、ですか?」


 そう見えたのならば、よかった。正直、ワクワクしていると言っても過言ではない。今まで、魔法や能力というものとは無縁の世界で育ってきたものだから。魔法という言葉を思い浮かべて、先程の彩月の言葉を思い出すが、能力は公にするものではないという霙の言葉を思い出し、言葉を飲み込む。


「もしくは民の声が聖女様を成長させたのかもしれないね」

 

 頭の上か白鴎がポツリと呟く。

  

「どういう事?」

「ほら、よく言うでしょ? 信仰心が聖女様の力になるって」


 私にとっては、初耳な情報だけれど、他の皆は「あぁ、」と覚えがあるように呟くものだから、よく耳にする単語なのかもしれない。

 

「おおーい、食事だぞー」


 いきなり扉がガチャリと開き良い匂いのする料理をもって、緑弥が部屋に入ってきた。


「……だから、ノックを……、はぁ」


 黎翔が項垂れながらも、諦めているのを側で感じる。


 黎翔が少し気の毒になってきたので、白鴎の膝から降りて、黎翔の頭を撫でておいた。止められなかったから、嫌ではないのだろう。


「え、誰その子?! てか、聖女様は? その子めっちゃ聖女様に似てるけど」


 ああ、そうか、誰も緑弥に私が大きくなった事を伝えていなかったのか。


「緑弥さん、私だよ」

「…………え! 本当に聖女様なのか?!」

「うん」

「ま、まじかぁ。ご飯足りるかなぁ」

「え、そこ?」


 思わず突っ込んでしまった私は悪くないだろう。


「いやだって、績がいるって事は、診察も終わったんだろう。皆が平静にしているって事は、問題ないんだろ」


 緑弥の言葉からは、皆に対する信頼しか伺えなかった。なんだか胸が温かくなる。 


「という訳で、聖女様は、飯食いな」 

「はぁい」

 

 元気よく手を挙げた私は良い子だ。

 

「足りなかったら絶対言うんだぞ。ちゃんと言えたらデザートもつけてやろう」

「!」


 デザート。それは魔法の単語だ。


「聖女様が食べている間に、何があったか教えてくれ」


 






 

 話を聞き終えた後、緑弥は叫んだ。

 

「なにそれ、俺がご飯作ってる間に、めっちゃ愉快な一大事になってるじゃん?! 呼べよ!」

 

 愉快な一大事という言葉に言い得て妙だと納得してしまった。


「緑弥さーん」

「ん、どうした?」

「もうちょっと食べたい」


 緑弥は足りなければ用意するといったものの、用意されたオムライスで十分満腹になるだろうと思っていた私は、あっさりと食べきった自分に驚いた。そして、まだ満腹を訴えていない腹にも驚いた。


「無理をしている訳ではないな。どれぐらい食べられそうだ?」

「えっと、たぶん、おにぎりふたぁつ?」

「ん、分かった。デザートも一緒に持ってくるな」


 緑弥が出て行ってから私はフォークを握りしめたまま皆の会話に耳を傾ける。


「国民への知らせはどうする」

「落ち着いてからすべきだな」

「各国王への知らせは?」

「聖女様のお力といえば納得するでしょう」


 国王と聞いて、昨日会った人達を思い出す。 


「そう言えば、昨日パーティに来てくれた人は皆帰ったの?」


 昨日は、私が早くに寝てしまったから、その後の状況がわからない。 

 

「この国のものは昨日帰ったな。屋敷が遠いものは今朝出た。国王たちはその辺にいるだろう」

「え」

 

 何だか国王達だけ適当だ。黎翔も面倒そうに思いを馳せている。

 

「神羅が買い物の荷物持ちに連れ出したようだ」

「他の王様たちも一緒に行ったの?」

「ああ、恐らく神羅に連れ回されている」

 

 その表情はよくよく見ると面倒そうというよりは、他の国王たちへの同情だ。 

 

「この世界は女性は少ないからな。特にアレでも王だ。何かあってはな……」


 恐らく、そのような理由で、他の国王もついていったのだろう。黎翔も同じ立場になればついていくのだろう。黎翔は面倒そうにしながらも、優しい人だから。 


「持って来たぞー」


 突然開いたドアに黎翔は、もう何も言わなかった。


 目の前に置かれた料理に心がときめく。

 

「はんばぁぐ!」

「今作ったのか?」

「まさか。何かあった時のために、作ったのを冷凍しておいたんだよ」

「相変わらず準備が良いな」

「それが俺だからな」


 フォークでさせるように、小さく切られたハンバーグと小さく丸められたおにぎりたちに緑弥の愛を感じる。


「んまーぁい!」


 白米とお肉の組み合わせは、神が与えた、最高の組み合わせと言っても過言ではないだろう。


「ほれ、味噌汁」

「!」


 白米、ハンバーグ、味噌汁。完璧すぎて言葉が出ない。


「緑弥さん大好き!」

「ありがとな」


 美味しいご飯を堪能し、食べきった後はデザートだ。


「緑弥さん、デザートは?」

「ほれ」

「はわわぁ!」


 目の前に現れたのは、宝石だった。薄い黄色の透明な宝石。食べ物であると理解してはいるが、本当に食べれるのかという疑問も湧いてくるほど神々しい。


「ゼリー!」

「リンゴのゼリーだ」


 前もゼリーを出してくれたけど、それも驚くほど美味しかった。きっとこの世界では料理の水準が高いのだろう。幸せな事だ。


 食事を終えたタイミングで、彩月は城を出て向こうの家に帰っていった。何でも、やる事があるそうだ。私は帰らなくても良いのだろうかと考え、そう言葉を放つが、


「……もう少し、ここにいろ」


 黎翔の言葉で滞在が継続されそうだ。

  

「つまり、黎翔が寂しいからここにいろって事か?」


 頭の後ろで手を組みながら緑弥が黎翔に向かって言う。


「……そうは言っていない」

「そうとしか聞こえない」


 来客とかがあるから滞在の必要性があるのかと思っていたけれど、どうやら黎翔の私情のようだ。胸が異様に暖かい気がして触れてみると、いつも通りの体温で首を傾げる。


「黎翔様も、一緒に住んだらダメなの?」


 ふと感じた事を口に出すが、黎翔だけでなく、他の皆も驚いたように、私を見た。

 

「!」


 なぜ皆がこんなに驚いているのかわからず、私は自分の意見とメリットを出してみた。

 

「歩くのも近いから、すぐに行ったり来たり出来るよ」


 あぁ、けれども、近いならば、わざわざこちらに泊まる必要はないのか。メリットが一つ消えてしまった。

 

「その発想がなかった」

「どぅして?」

「国王は城に住むのが当然だからな」


 やはりそうか。物語の中でも、王様や王子様はいつだって城に住んでいる。それがお約束というものだろう。

 

「じゃあダメ?」

「そうは言っていない」

「つまり、黎翔の部屋も用意しておけって事だよな」

「……」

「無言は肯定と取るぞ」

「……」


 緑弥は黎翔の通訳になれる気がする。というよりも国王である黎翔に遠慮なく話せる存在というのは、貴重なのではないだろうか。物語の王様はいつだって、威張って人を寄せ付けない、寂しい存在だった。けれども、黎翔からは寂しさは感じられない。仲の良い優しい人達がいる。それはとても幸せな事だ。

 

「という事で、聖女様、黎翔の部屋も向こうに用意して良いか?」

「勿論!」


 私としても、数少ない知り合いである黎翔が共にいてくれるならば、喜ばしい事だ。

 

「じゃあ、神楽に知らせておくか」

「……かぐら?」 

「ウチの大工だ。聖女様はまだ会った事が無かったか」


 昨日の披露目会を思い出す。そこにいた数多くの人の中の一人が、その神楽という人なのだろう。

 

「俺が知らせてくるよ。どうせ帰るつもりだったし」


 どうやら、緑弥も向こうに帰るようだ。

  

「あいつ、腕はめちゃくちゃ良いけど、仕事風景見せてくんねんだよ」

「……鶴の恩返しみたい」

「ふっ、あいつは鶴ってより、懐かないインコだな」

「インコ?」

「そ、可愛いし、賢いけど、態度がでかい。口が悪い。喧しい。でも可愛い」

「へ、へぇ」 


 散々な言われようだ。仲良くなれるだろうか。可愛いを二回言った。見た目が可愛いというよりは、生意気な所も可愛いという意味だろう。本当に仲良くなれるだろうか。今から不安しか湧いてこないが、私の部屋も可愛く作ってくれたのも彼である為、一度会って礼を言いたい。

 

 今日は帰らずに、もう1日だけ城に泊まるようだ。来客が来るかもしれないから、ここにいろと言われた。「来客が来るまで待ってる」と伝えたが、「大幅に姿が変わった事で来客が混乱する可能性もあるため、聖女のその姿を広めてから会わせる」と断られてしまった。来客に会うために、ここに残っているというのに、来客には会わなくて良いというのは、矛盾が生じている。

 意味が分からなくて霙と白鴎を見るが、苦笑いで返された。ともあれ、ここに残るのは決まったようだ。


 黎翔は「残った仕事を片付けてくる」と言って、部屋を出ていった。私は何をしようかと考えた所で、霙が向こうから、色鉛筆とスケッチブックを持ってきてくれていたので、お絵かきでもしようと思う。


 何を書こうか。あの景色なんかはどうだろうか。バルコニーから見下ろした景色は美しく、そして、何色にも色づいていた。一言では言い表せない、人が生きている温かい色。それを絵で表現など到底出来ないが、今1番描きたいと思ったのはそれだ。


「お散歩行ってきます」


 スケッチブックと色鉛筆を持ち、部屋を出ようとすると霙に「待て」と止められた。


「何処に行く」

「バルコニー、です」

「一人で行く気か」

「ダメですか?」

「道を覚えているのか?」

「何回も行ったから大丈夫」

「そうか。迷ったら必ず近くにいる誰かに知らせろ。あまり遅くなるなよ」

「はぁい!」


 想像以上に霙はあっさりと引いて拍子抜けだった。やはり体が大きくなった事で、自由度が増えた気がする。 


「本当に一人で良いの?」

「うん。だって、お姉さんになったもん。出来ます」

「そっか、頑張ってね」

「うん!」


 どうやら白鴎も見守ってくれるようだ。


「行ってきます!」


 扉を出て進んで行くと見覚えのある景色だ。白だけれど、真っ白ではない見慣れた景色。ここからの道順は覚えている。昨日も緊張しながら通った道だ。あの夜も通った道だ。あの時は周りの景色ばかり見ていたから道順も忘れようがない。









 

  

「着いた!」

 

 霙も白鴎も心配しすぎだ。何度も通った道を迷子にはならない。何より、先日までの私と比べると、少しではあるが身長も精神も成長している。気の向くままに歩いて迷子という失態は犯さない。




 

「絵を描くなら、ここ」


 実を言えばバルコニーから見える景色も描きたいものだが、それでも先に描きたいものがある。


「綺麗な額縁だ」


 部屋から見たバルコニーの景色。窓枠を額縁にして描くのだ。バルコニーは雪色。足場は翳っていて少し暗い。反対に光が当たる部分は輝いている。こうしてみると、白にも色々ある事が分かる。この色鉛筆で表現しきれるだろうか。いや、この世にひとつとして同じ色はない。同じように見えるだけで、実際は少しづつ違うのだ。本当は、色に限りはない。人間が認識出来る色を私達が知っている名称で区別しているだけだ。


「同じ色なんて無理」 


 ならば私は自分が感じた色を自分で作っていけば良い。まずは大まかな背景を書く。水色を使って額縁とバルコニーを描いていく。バルコニーは綺麗な楕円。柵はまっすぐに足場へと降りている。ものさしも何もない為柵が少し曲がっている気はするがそれが絵を描くという醍醐味だろう。

 絵に色をつけようと景色と色鉛筆を見比べて少し迷う。柵から見える木々の緑は、萌葱色に浅緑、暗緑色に木賊色。でもここにそのような色の色鉛筆はない。


「じゃあこの色とこの色を混ぜて」


 黄色と緑、茶色と緑、赤と緑、たまに黒。様々な色を組み合わせながら自分が好きな色を描いていく。本物とは到底似ても似つかない。私だけの色だ。木々の葉というよりは、まるでカラフルな絨毯の様。けれども、それでこそ柵の白さが際立つというものだろう。

 空の色は勿忘草の空と銀鼠と鉛白の雲。水色ほど薄くはないけれど青よりは濃くない空。2つの色を混ぜると理想と近くなった。雲は白い雲に黒を塗り重ね鼠色を作る。私の中で雲は白という固定概念があったが実際はそうではなかった。


「……」


 色鉛筆は不思議だ。色を塗り重ねる事で全く別の色を作る事が出来る。塗り重ねる色の比を変えると、同じ2色の色を使っていたとしても全く違う色が出来る。色は無限の可能性だ。


 少しずつ移り変わっていく雲を眺めながら、手を動かす。


「……」

 

 今更自分の絵の腕を恨んだりはしないが、少しずつ上手になっているのではないだろうか。やはり体が成長した事で色々な面が成長したのかもしれない。


 柵も自分の思う色で作っていく。


「出来た」


 青と緑と白。とっても、カラフルだ。そういえば、カラフルの定義とは何だろう。私にとっては、白というだけでカラフルだけれど、七色以上をカラフルという人もいる。色の認識は人それぞれだから、難しい。

  













  

「……迷った」


 絵を描き終わって、部屋に戻る道すがら見えてきた景色は見覚えのないものだった。 

 しばらく考え込んだ後、冷静になり思い立った事がある。私は普段バルコニーから帰る時、眠っていたり抱き上げられていたりと、自分で歩いた事が無い。来た道を歩けば良い。理屈としてはその通りだが、行きと帰りでは不思議な事に景色が全く違って見える。

 歩いていればいつか着くだろうという気持ちから、角を曲がったり、見覚えのありそうな花瓶を目印に進んでみるが、辿り着いた場所は全く見覚えのない廊下だ。


「……」


 確か霙は困ったら、誰かに聞けと言っていた。しかしながら、私に話しかける度胸もないし、何より近くに誰も通りかからない。

 けれどもどうにかなるという確信がある。なぜならば、私は成長し、昨日までの小さな子どもではないからだ。


 些細な事では泣かないし、弱音だって吐かない。何より、あれほど自信満々に迷わないと宣言しておいて、迷ったとなると、霙と白鴎に合わせる顔がない。 

  

「あっ……」


 遠くから、コツコツという足音が聞こえ耳をすませると、少しずつこちらに近づいてきているようだった。慌ててどこか隠れる場所を探すと、近くに花瓶が置いてある台があったので、その後ろに隠れる事にする。しばらくそこで待ってみると、見覚えのある人物が、私の横を通り過ぎた。私が初めて城に来た時に黎翔の部屋の前に立っていた人だ。


「あ、あの……」


 とうに通り過ぎてしまった彼との距離が遠かったのか、私の声は届かない。しかし他には人は見当たらない。ここで見失ったらたどり着かないかもしれない。決して、自分自身を信じていない訳ではないが、念のための保険も必要だろう。


 彼に気がつかれないように、足音を隠しながら後ろをついていく。彼は私と比べると、足が長いため、歩幅も大きい。小走りで、なんとか、彼についていく。曲がり角では、彼を見失わぬように、彼が曲がり角を曲がった瞬間に、全力で走る。なぜか途中から彼との間隔は広がらず、走ってしまうと、彼との距離が縮まりすぎて、気がつかれてしまうのではないかと焦るほどだった。恐らく彼も長い距離を歩いていて、疲れが出てきてしまったのだろう。


 そうして彼の後ろをついて長い距離歩いていくと、途中で見覚えのある扉が現れた。初めて城に来た時に訪れた黎翔の執務室だ。自分一人でも、ここまで辿り着けた事に間違いはないだろうが、それでもたまたま居合わせこの執務室を通りかかった彼に少しだけ感謝の念を送る。黎翔の執務室を訪れずに通り過ぎた彼はどうやらこの部屋に用事があった訳ではなさそうだ。それでもここを通り過ぎる彼の後ろをついていった自分自身の運に感謝をする。


 少しだけ扉が開いていた為、隙間から中をのぞき込むと中からは聞き覚えのある声が三つ聞こえた。

 

「無事に着いたのか」 

「ああ。成長した事で、自分でやりたいという欲が強いようだ」

「まぁ、一人の時間も必要だよね」

「迷ったとしても彼を傍につけているから、今は安心だろう」

 

 何の話をしているのかは定かではないが、その場に他の人物が居合わせない事に安心し、三人に声をかける。


「来たよ!」


 想定外の私の声に驚いたように、こちらを見る三人。


「どうしてここに?」


 霙が私の方に手を差し出しながら尋ねる。私はその手にスケッチブックと色鉛筆を預けながら答える。


「えっとね、探検してたの」


 そう、あれは探検だ、決して迷子ではない。


「そうか。良く辿り着いたな。絵は描けたのか?」

「うん!」

「早かったな。もう少しかかるものだと思っていた」


 我が物顔でソファに座ろうとすると、黎翔か項垂れるように机に倒れ込んでいた。


「黎翔様、どうしたの」

「……はぁ。遂に聖女にまでこいつらの悪影響が出たか」

「?」

 

 私は何か悪い事をしただろうか。全く身に覚えがない。


「黎翔様、ため息は幸せにげちゃうのよ?」

「誰のせいだ」

「さぁ?」


 黎翔は再びため息を漏らし、「何故皆私の部屋にはいる時にノックをしない……」と呟いた。「だって扉が開いてたもん」とは言わないでおいた。


 それから、執務をする黎翔に話しかけ、絵本を読んでとせがみ、果てには「遊んで」と服を引っ張り続けると遂に追い出された。バタンと閉まる扉に虚しさを感じる。しかし今回は仕事を邪魔した私が全面的に悪い。


 さてどうしようかと扉にもたれかかっていると、先程と同じ足音が再び聞こえた。今度は隠れる場所がないため、下を向いて通り過ぎるのを待っていようと考える。しかし、意外にも、その足跡は、私の目の前で止まりうつむいている私の視界に白い靴が映り込んだ。

  

「こんな所でどうしましたか?」


 見覚えのある顔と聞き覚えのある声に、少しの安堵を覚えつつ事情を説明する。

  

「お仕事の邪魔をして、黎翔様に追い出されちゃった」


 やはり成長したと言っても、私の精神年齢はまだ幼い。自分の状況を冷静に分析する事は出来るが、本当に成長しているのならば、邪魔になっていると気が付いた時点で、大人しくすべきだったのだ。自身でも気づかなかったが、一人で探索していた時は、少なからず不安を感じていたのかもしれない。

 

「ふむ、なるほど」


 目の前の人は頷いて黎翔の執務室を見たあと微笑んで口を開いた。


「それは恐らく、仕事場などというつまらない所におらず、探索の続きでもしておいでという事でしょうね」

「そう、なのかな?」

「ええ、きっと」


 黎翔と長年共にいる彼が言うのだから、その通りかもしれない。何故先程まで私が探索をしていた事を知っているのかという疑問湧くが、彼が鋭いだけだろう。

  

「ご一緒しても宜しいですか? このお城の中ならば、ご案内出来ますよ」


 彼の提案に迷わず頷く。


「良いよ!」 


 彼とはぐれなければ、それだけで迷子になる可能性が減った。


「初めはどこに行きますか?」


 そもそも、この城の中でどこへ行きたいかと聞かれても「ここ」という場所はない。

 

「えっとね、うーん。……所で、お兄さんの名前は?」

「ああ、お伝えを忘れていました。私は鶴羽と言います。黎翔様の側仕えをしています」

「側仕え?」

「……要するに、お傍で一緒にお仕事をする人の事ですよ」

「へー」


 なるほど、側仕えとは、そのような意味なのか。大人は社会に出て、仕事というものを行なわなければならない。子どもにとっては、大人は大きくて、偉大な存在だが、大人はいつだって、子どもに戻りたがる。私は中途半端な年齢で時が止まってしまった。大人には小さすぎるが、子どもには大きすぎる。私はもっと自分の年齢を堪能すべきだったのだ。


「神様……」


 もしかすると、神様は私にやり直すチャンスをくれたのかもしれない。それはとても尊いようで、残酷だ。


「神がどうかしましたか?」 

「ううん、何でもないの。ただの独り言」


 この世界に私を送り込んでくれたであろう神に感謝こそすれ、恨む理由は無い。


「鶴羽さんは、神様ってどんな姿してると思う?」

「……神、ですか? 神を信じるものが多い中、滅多な事は言えませんが、想像もした事がありませんね」

「そぉなの?」

「ええ。いるいないを考えた事も特にありませんね。いてもいなくても、私にとっては影響がないというか……」


 説明が難しいですね、と呟く。しかしながら、鶴羽の言いたい事が分からない訳では無いのだ。私も前の世界では神がいるとかいないとか、考えた事など無かった。明透なく言えば、どうでも良かったのだ。宗教によっては神を信じる人も実在していると考える人もいる。自身こそが神だと主張するものもいる。


「聖女様は神を信じているのですか?」

「……分かんない」


 そう。実際はよく分からないのだ。神がいるとは思っているが、それが本当に神の仕業なのか。


「いたら、きっと。優しくて、朝日が似合う、ふわふわした人だと思う」

「それは、随分素敵ですね」


 そんな人が私を呼んでくれたのなら、私の事を見守ってくれているだろうか。ああ、なんだか無性に、


「絵が描きたい」

「絵、ですか? 先程も素敵な絵を描いていましたよね」

「うん。……あれ、その時鶴羽さんいたの?」

「……たまたま通りかかりまして」

「そっか。スケッチブック持ってきて良い?」

「ええ」


 扉を開けて中に入ると、皆が座って書類と向き合っていた。ギィという音を立てて扉が開くと、皆は私が入ってきた事に気づいた。


「どうかしたか」


 霙は書類を纏める手を止め、私の元まで来て座り込む。座り込んだ霙より低い事は変わりないが、以前よりも目線は近い。


「スケッチブック、お散歩に持っていこうと思って」

「そうか。……一人で行くのか」

「ううん、鶴羽さんと一緒に行くの」


 開たままにしていた扉の向こうにたっている鶴羽に視線を向け説明する。

 白鴎がもって来てくれたスケッチブックを受け取り部屋を出る。


「待て」


 私の歩みは黎翔の低い声に遮られた。


「どぉしたの?」

「調理場に行けば菓子を用意してもらえる」

「行ってきます!」

 

 黎翔の言葉を聞いた後の私は迷いなく言葉を返し、扉の方に足を向ける。

 

「スケッチブック落としてますよ」


 扉の前に立っている鶴羽を追い越した所で、その鶴羽から声がかかる。その言葉を聞いて漸く自分の手に何も収められていない事に気がつく。


「あれ?」


 信じられなくて、自分の手を見る。先程までのスケッチブックは確かに色鉛筆と一緒に、この手に収められていたのだ。一体いつの間に床に移動したというのだろうか。


「菓子と聞いて両手を上げた時に落としていた」


 黎翔の言葉になるほどこれは確かに私が悪い、とスケッチブックの自立性を疑っていた自身を責める。なぜだかスケッチブックに責められているような気がし、無意識とはいえ、落としてしまったスケッチブックを丁寧になでる。心の中での言い訳を添えながら。


「行ってきまーす」


 今度こそ行こうと仕事をしている三人に手を振る。白鴎以外は手を振り返しはしないが、目線を合わせてくれていたため、問題はないだろう。


 鶴羽と共に調理場に向かって、足を進める。調理場までの場所は分からないため、鶴羽に道案内を頼む。一人でこの城の中を歩く時のために、歩きながら地図を頭の中に入れようとするが、どうにも上手くいかない。やはり地図は、頭の中に思い描くのと実際に行ってみるのでは、全く感覚が違う。実際に歩いているため、何度か行けば覚えられるだろうが、今回に限っては、それも難しいと思う。私は、道順を距離と感覚で覚えている部分もある。その距離と感覚というのはどのように歩くかで、全く変わってくる。例えば、人と歩いている時は時間が早く過ぎていくためそこまで距離を歩いたように感じない。しかしながら、一人で歩いた時は、道のりは、とても長く感じる。きっと、次に来た時は、この道は長く感じるのだろうな。

  

「所で、随分と成長されましたね」


 今更ながらに以前会った時と今では私の身長に大きな差がある事に気がつく。自分の身長が変わっていたという事実を忘れかけており、改めて自身の姿を見下ろす。確かに大きくなった手足がそびえていた。


「びっくりした?」

「ええ、とても。この分だと、直ぐに素敵なレディになりそうですね」


 レディという聞きなれない単語を聞いて、どういう意味だっただろうかと思い返す。私の記憶が正しければ、素敵な大人という意味だったはずだ。つまりは、もうすぐで素敵な大人になるという事だろう。

 

「そぉなの。もうお姉さんなの。だから、お風呂だって今日から1人ではいるの」

「それは、どうでしょうね」

「えー」 

「シャワーヘッドに背が届くのですか?」

「届くよ。だって、お姉さんになったんだもん」

「うーん、届かないと思いますけどねぇ」


 実際に風呂にまで行ってみないと届くかどうか分からない。けれども、身長は間違いなく伸びているのだから、届かないという事は無いだろう。

 

「鶴羽さんは、なんだか意地悪ね」

「可愛いものほどいじめたくなるのです」


 意地悪である事を認めた鶴羽の言葉に首を傾げる。

 

「私、可愛いの?」

「そうですね。私が今まで出会ったものの中で、上位を占めていると思いますよ」

「そうなんだ! 私、すごいねっ!」


 どうやら、私は初対面にもかかわらず彼の中のランキングの上位に位置しているようだ。そして話しているうちに本当に道順を覚える事なく調理場までついてしまった。扉が閉まってるにもかかわらずなぜここが調理場であるという事が分かるかというと、ここまで近づくにつれ良い匂いが漂ってきていたからだ。食事をした為、空腹ではないが甘いものは別腹という言葉がある通り、菓子ならば問題なく腹に入るだろう。


 良い匂いに惹かれ足がふらりと調理場の扉の方へと向かう。これは何の匂いだろうか。甘くて何かを焼いたような香ばしい匂い。


「良い匂いするね」

「そうですね。少し小腹が空いてきました。ここでお菓子を頂いてお庭でティータイムなどいかがですか」

「すごく素敵!」

「ではお菓子を頂きに行きましょう」

 

 鶴羽はドアをノックして重たい扉をゆっくりと開く。間違って怪我をしないようにか調理場の扉は厳重だ。重たくギーッと鳴る音からすると私では開けられない事は間違いないだろう。鶴羽の影から扉の中を見ると複数の人が動き回る気配がして、ひとまず鶴羽の後ろに隠れる。鼻を動かすと扉を開ける事でより一層強くなった匂いは私の鼻と腹を刺激する。もし食事を終えていなかったならば、私の腹はとうに鳴っていただろう。


「すみません、菓子と飲み物を頂けますか?」

「はいよ。あんたが菓子を取りに来るなんて珍しいな」

「ええ。聖女様と頂こうかと思いまして」


 鶴羽の声を聞いていたが、会話相手の声にも聞き覚えがあり顔を鶴羽の足のから離し、相手の顔を覗き込む。  


「あれ、緑弥さん? 帰ったんじゃないの?」


 一足先に向こうに帰ったはずの緑弥が、そこではオーブンの前で何かが焼けるのを見ていた。

 

「一度帰ったんだが、聖女様は今日はこっちにいるんだろ? 途中小腹が減った時用に菓子でも作っておこうかと思ってな」

「お菓子!」

「どうやら出番は思ったよりも早かったようだな」


 先ほどから漂う良い匂いはどうやら私のためのお菓子だったようだ。 

   

「成長したから食事量も増えたんじゃないかと思ってな。あれだけじゃあ、足りなかったろ」 


 この世界の人達は優しすぎる気がする。


「えっとね。お腹いっぱいにはなってるから足りないなんて事はなかったの。でもね私、緑弥さんのご飯大好きだから、たくさん食べられるようになったのが嬉しいの」

「……は、なあ鶴羽、こいつ可愛すぎねぇか」

「わぁっ!」


 緑弥は先ほどまでいたオーブンの前から立ち上がり私の目の前までやってくる。そして私を抱き上げたかと思ったらそのままくるくると回った。こういう経験がなくどういう反応すれば良いかわからなかったが視界が高くなった事に少し緊張するもくるくると回るのがアトラクションのようで楽しさは隠せなかった。


「聖女様の可愛さにはとっくに気づいていましたよ」

「そうなんだけどさぁ、何て言うか自分の気持ちを伝えるようになってさらに可愛くなったというか」 

 

 緑弥は回るのをやめ、私を腕の上に座らせたまま鶴羽と話を続ける。

 

「そうなのですね。それは良い傾向です」


 自分の話をしているというのに、どこか他人事のように思う。


「それって、わがままとは違うの?」


 首を傾げながら聞くと、二人は少し思案しながら頷いた。


「そうですね。自分の思った事を伝えるという事と、やりたい事を伝えるという事でしょうか」

「気持ちを伝えるっていうのは、自分の事を知ってもらえるという意味でもあるな」


 その言葉に思わず目を見開いた。


「知ってもらう為には、気持ちを伝えるのが良いの?」

「まぁ、そうだな。言わなくてもわかる事はあるが、伝えなければ分からない事もあるからな」

「……」

「難しく考えるな。聖女様の場合はまだ子どもなんだし、何でも口に出して良いんだよ」

「そうですよ。気持ちを伝える事も立派なレディへの道のりです」


 私は黎翔に「私を知って」と伝えた。あれは完全に黎翔へ任せ切りの発言だった。二人の会話から自身を知ってもらうためには、私の努力も必要なのだという事がわかった。何もしないで知ってもらおうなんて傲慢だ。

 そして知ってもらうには、他人の事も知らなければならない。私は自信を知ってもらう事だけに重きを置いて、相手を知ろうなどと考えた事がなかった。


 目の前にいる二人ですら、緑弥の作る料理は美味しい事、鶴羽は優しいけれど、少し意地悪な時があるという事しか知らない。知っている事なんて、それくらいだ。ずっと一緒にいてくれている霙や白鴎ですら私は、彼らの事を何も知らない。


「これから知れば良い」

「聖女様がもっと自身の気持ちを知らせてくれるならば黎翔様もきっとお喜びになられますね」

「そうなの?」

「ええ、もちろん」


 今まで私は他人を知ろうなんて考えた事がなかった。だからこそ、他人を知れる余裕があるというのは、とても幸せな事のように思えた。

 

「焼けましたよー」

 

 奥から緑弥では無い別の男性から声がかかる。


「おー、今行く」


 緑弥は私を床へおろして男性の元まで歩いて行った。オーブンを開けたのか、良い香りが先程より強くなる。


「良い匂い……」

「本当に」


 何を作ったのか気になり、今すぐにでも駆け寄りたい気持ちがあるが、調理場は危ないと言われているため、呼ばれるまでじっとしておくのが良いだろう。何より、他の料理人さんは料理をしている訳だから、邪魔をしたくない。


 覚えのある甘い匂いが鼻をつつき、一体何の匂いだっただろうかと首を傾げる。

 

「クッキー?」

 

 私の知っているお菓子を頭に思い浮かべる。匂いが異なるものは消去していく。そうして残ったお菓子がクッキーだった。匂いからすると、クッキーで間違いはないだろうが、それでも少し違う気がした。


「確かに材料などもほぼ同じですし、似てますね。けど、これは別物でしょうね」

「そぉなの?」


 彼の口ぶりからすると、彼はお菓子の正体が何かをわかっているのだろう。 

 

「何ていうお菓子なの?」

「それは緑弥に聞いてください」 

「えー」


 こういう時に焦らすなんてやはり鶴羽は意地が悪い。しかしせっかくなので緑弥がおやつを持ってきた時に名前を聞くとしよう。

 

「お待たせ。飲み物は紅茶とココアで良かったか」

「ココア大好きです」


 緑弥は小さなバスケットに菓子を入れて鶴羽に渡した。


「緑弥さん、なんていうお菓子ですか」

「それは後でのお楽しみだ。所で一つ相談があるんだが」

「何ですか?」


 お菓子の名前が気になりつつも、相談の内容の方を促す。

 

「俺も一緒で良いか?」


 どうやら緑弥はすでにバスケットの中に3人分のティーカップを入れていたようだ。その証拠にバスケットの中にはいかにも2人では飲みきれない大きさのボトルのようなものが2つ入っている。恐らくどちらかにココアどちらかに紅茶が入っているのだろう。


 そこには美味しい匂いも漂っていたが結局「後でな」と言って菓子の名前は教えてくれなかった。

 

「構いませんよ」

「一緒に行こ!」


 緑弥の参加を特に断る理由もなく、承諾する。



 



 


 


「素敵素敵!!」 


 やってきたお茶会会場は、卯の花色の花が咲き乱れてとても美しい。なんという名前の花だろうか。


「お、あの東屋なんてどうだ?」

「良いですね。そこにしましょう」


 二人が指差す先には花に囲まれた小さな建物があった。建物と呼ぶにはあまりにも小さすぎるが、休憩するにはちょうど良さそうだ。これほどまでの数の花を育てようとすれば、大層手がかかっている事は間違いないだろう。一体誰が世話をしているのだろうか。


 東屋には、亜麻色のテーブルと駱駝色のベンチに練色のレースが敷かれていた。


「とっても可愛い所ね!」


 そして言うまでもないが、ここまで来る道のりは全く覚えていない。このような素敵な場所であるならば一人でも来られるように道順を覚えておくべきだったと後悔する。けれども、向こうの家の方にもこのような綺麗な花畑があった気がする。そこにこのような可愛らしい東屋があったかどうかは分からないが、許可が取れたのならばそこで休憩するのも良いかもしれない。向こうに行けば毎日緑弥がいてくれる訳だから美味しいものもついてくるだろう。


 あぁ、なんだか。無性に向こうの家が恋しくなってきた。ここが嫌だとか居づらいとか、そのような事は全くない。むしろ居心地が良すぎてここも私の家という感じがしてくる。けれどもやはり、自分の居場所がある向こうの方を家と感じる。黎翔とともに寝るのも悪くはないが。

 

「じゃあ今日のおやつはこれな」 

「おいしそぉ!」

「流石は緑弥ですね」


 中からは焼き立ての良い匂いが漂う。見た事があるかと聞かれるとわからない。クッキーの何倍も分厚く、1つのサイズもクッキーより少し大きい。しかし匂いはクッキーそのものと言えよう。少し、パンに似ていた。


「これなぁに? パン?」

「これはスコーンという食べ物だ」 

「すこーん?」

「そう」


 気の抜けそうな名称のお菓子だと感じた。


「本当はこれに玉ねぎやウインナー、チーズを入れても美味しいんだが、今日はプレーンな」


 お菓子というよりも惣菜パンに近しいものになりそうだ。

 

「じゃあ、他のも楽しみにしてます!」

 

 それでも想像しただけで涎がたれそうになるのだから、緑弥の力は凄い。 


「スコーンの由来は知っているか?」

「由来?」


 スコーンという名前すら今日初めて聞いたのに由来なんて知る訳がない。


「スコーンはその名前に似た国の王様が戴冠した時に食べられた菓子らしい。聖女様も昨日正式に聖女の地位に着いたんだから、似たようなもんだろ?」

「……」

 

 国の方である国王と比べても良いのかどうかという疑問は私だけではなかったようで、隣で鶴羽も微妙な顔をしている。


「食おうぜ」


 先ほどのスコーンの由来に関しては頭の隅どころか、頭の外においやる事にした。


「いただきまぁす!」


 所々狐色にこんがり焼けている丸いスコーンを手に取る。初めはフォークか何かで食べるのかと思っていたが用意されていたのはお皿だけだった為、クッキーのように出て食べても良いのだろう。


 鶴羽が私のティーカップにココアを入れているのを眺めながら一口かじり口に含む。


 クッキーよりも柔らかく、口の中に入れるとポロリと溶けていく食感が面白い。けれどもパンよりは硬い。


「おいしい!」


 食べた事のない料理を食べるというのは勇気がいる事だ。けれどもこの世界でそれを気にせずに食べられるというのは間違いなく緑弥と皆のおかげだろう。緑弥の作ったものは美味しいという固定概念と安心して食べられるという状況を作り出した皆のおかげだ。本当に私は何という幸せ者だろうか。


「美味いだろ? ほらこれも」


 私が手に取ったスコーンにバターナイフで緑弥がジャムを塗る。


「これは何のジャム?」

「これはブルーベリージャムだ」


 ブルーベリーというのは酸っぱい印象があったがジャムになるという事は砂糖なども混ぜているだろうから、恐らく甘いジャムだろう。

 

「!」


 ジャムがついている場所を一口食べると私の周りにふわふわと花が飛んだ。その私を見て緑弥は理解したのか微笑んだ。


「目は口ほどにものを言いますね」

「俺も最初そう思った」


 鶴羽の感想に、そういえば初めて緑弥に会った時もそのように言われたと思い返す。あの時は確か


「トマトスープ…………」

 

 トマトは苦手だけれど緑弥の作ったトマトスープは本当に美味しかった。


「そうそう。それ食った時。聖女様、よく覚えてるな」  


 忘れる訳がない。ここで食べたもの感じたもの知り合った人。全部私のものだ。忘れてなんてあげない。

 ふと自身の横に置いてあるスケッチブックが目に入る。持ってきたは良いが、描く時間はなかった。本当は今いる東屋を描きたいのだけれど、食べる方に集中したいし、何より食べながら絵を描くのは行儀が悪い。

 また来ればよい。

 

 私は食べる事に集中していたが鶴羽と緑弥の会話は面白かった。


 太陽の国は聖女様のお陰で木々が緑に色づいた事。黎翔が最近やって来た猫を可愛がっているが、首輪はきらいみたいなので、何をプレゼントしようか迷っている事。彩月がみーの服を量産している事。緑弥が異国の料理を研究し始めた為、今後の食事にも出てくる可能性がある事。


 気になる話もいくつかあって口を挟みそうになったけれど、2人の話を聞いていたい気分だった為、何も言わなかった。 

 

 その話を聞いていると満腹だったはずの腹は端の方から空間が出来、その隙間にスコーンが入り込んだ。

 綺麗な花に囲まれて大好きな人達と美味しいお菓子、美味しい飲み物に囲まれた。こんな時間を切り取れたらどれだけ幸せだろうと思った。


 


 


 



  

「ひ、一人で出来るもん!」


 黎翔の部屋についている脱衣場に私の大きな声が響き渡った。

 

「洗面所を水浸しにした奴が何を言っている」

「うぐっ」 


 散歩から帰ってきてしばらくすると夕方になった為、風呂に入ろうと思ったのだが、一人で脱衣場の方へ向かって行くと黎翔に止められてしまった。


「私大きくなったの! お姉さんになったから一人で入れるの!」

「もう少し身長と精神年齢を成長させてから言え」

「意地悪!」


 拳を握りしめ真っ向から黎翔を睨む。近くにいた霙と白鴎に助けを求めようとしても、2人も「黎翔と共に入らないのならば、私達と入ろう」と私の1人風呂を許可してくれなかった。

 

「分かった。では今日の所は一緒に入る。私は何もしないから聖女が一人で風呂に入れるのを確認したら明日からそうしよう」


 ここが私が譲歩出来るラインだ。と黎翔はため息をつきながら言った。


「……分かりました」


 黎翔も譲歩してくれたのだから、私も少しは譲るべきだろう。霙と白鴎も納得してくれたようで黎翔の部屋から出て行った。

 服を脱ぎ風呂場へ入るといつもの手順通りに、まずシャワーヘッドを取る事にした。大きくなったのだから届くはずだ。鶴羽に届くと宣言したばかりだ。

 私の予想ではすっと手が届くはずだったシャワーヘッドに大きく背伸びをしてつま先立ちをしながら手を伸ばす。

 

「とっ、どいた!」

  

 シャワーヘッドの持ち手の下の方に手が届いた為、そこをつつきながら取っ手から外す。取っ手から離れたシャワーヘッドは、私の手の中に収まらず、頭に向かって落ちてくる。迫り来る衝撃に目を閉じるが、痛みはやってこなかった。


「?」


 目を開けると黎翔がシャワーヘッドを掴んでいた。


「そんな事だろうと思った」

「え、えっとぉ」


 呆れた顔で私の方を見た黎翔に嫌な予感がした。

 

「1人風呂は禁止だ」

「そ、そんなぁ」


 嬉しくない事に予想は的中し、私の一人風呂は機会を失った。 


 



 風呂上がりにテーブルを見ると見覚えのあるプレゼントを見つけた。


「あ、これ」


 昨日国王達からもらったプレゼントだ。昨日は眠ってしまい今朝は体のサイズが変わってそれどころではなかった為、開けるのをすっかり忘れていた。


「黎翔様、開けても良い?」

「ああ」 

 

  一つずつ順番に開けると中から出てきたのは4つとも同じものだった。


「何これ?」


 中から出てきたのはビー玉サイズの小さな玉だった。別々に用意しただろうに、こんなにもプレゼントが一致する事かあるのだろうか。それよりもこれは一体なんだろうか。宝石のようにキラキラしており安くない事は想像に難くない。

 

「中々良いものを寄越す。これには、国王達の力が封じられている。つまりはこれを使えば何かしらの能力が使えるという訳だな」


「……力、能力?」


 今朝聞いたばかりだが、まだ聞き慣れない単語に思わず言葉を繰り返す。


「この世界のものはごく一部ではあるが聖女と同じように能力を持つ。聖女様のように浄化の力を持つものはいないが」


 黎翔も何かしらの能力を持っているのだろうか。ただしそれを聞いても良いものかわからない。

 

「まぁ、使用回数、時間は限られているが、全部国宝と呼べる代物だな」

「こく、ほう」

「国の宝と書く」

「国の宝……。それって、高いやつ?」

「まぁ、普通には買えないな」

「ひ、ひぇ」


 そんな大切なものを、こんな小娘に渡すなんて、何を考えているのだろうか。正直、美味しい食べ物をもらった方が心は穏やかだった。売り払ったら、一体いくらになるだろうかと考えていたが、そもそも、普通には買えないのだから、売れないだろう。何より私はお金を必要としていない。


「彩月に腕輪にでもして貰え」


 国宝を腕にぶら下げて歩けという事だろうか。そんな恐ろしい事を出来るはずがないだろう。黎翔にそう訴えるが、「いざという時に使える力がない事の方が恐ろしいだろう」と、冷静に返されてしまった。


 どうやら私はこの石をつけるアクセサリーが完成した瞬間からそれを身につけて行動しなければならないようだ。自身の総額が恐ろしい。


 

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