012「いきなり罵倒、ですか……?」
「今日は何がしたい?」
布団の中でごろごろしていた私に白鴎がそう問いかけた。今日も静かな朝焼けが綺麗だった。
「うーん」
顎に手を当てて考えるけれども、やはりここでの生活は何をすれば良いか分からないから、絵を描くか、おままごとしか出てこない。それかまたこの建物を探検してみても良いかもしれない。この間探検した時は調理場にしか行けなかったから。もし探検した時には誰かに会えると良い。
探検したとしても、私が分からない道だったらこの部屋まで戻ってこられる自信がない。この建物を歩き回ってみたい気持ちもあるが、強いて言うならば
「お外でお散歩」
外に出たいというよりも綺麗な空を窓越しではなく、この目で見たい。綺麗な花や緑をこの目で感じたい。
「外か。ならば今日は私と白鴎もついていこう」
「ではあ、一緒にお散歩ですね!」
「ああ」
ここでは、私は大事にされているようだけれど、籠の鳥ではないようだ。こうもあっさり外に出る事を許可されるとは思わなかった。大事にされているけれど、自由もくれるなんて、矛盾だ。だが、その矛盾が私にとっては心地よい。
「あ、黎翔様の所は?」
「行きたいのか?」
「うん」
以前黎翔は「また来い」と言っていた。毎日外に出れるかは分からないから、外に出られた日に行くのが良いだろう。いつか黎翔も、この建物に来てくれたりするのだろうか。
「……今日、国王は忙しいだろうか?」
「うーん、でも一昨日のあの様子を見るからに、ずっと連れてこない方が後々面倒そうなんだよね」
「まあ、確かに」
あぁ、そうか。黎翔は私と違って忙しい人だ。この間の机いっぱいに広がった書類の山を私は決して忘れる事が出来ない。私が来た事で増えた仕事もあるだろう。
「それに」
白鴎が言葉を続ける。
「こういう時に休んで貰わないと、黎翔は休まないよ」
「確かにな」
そうか。私が来た事で仕事をする手を止める事になるという訳だ。果たして手を止めてくれるだろうか。私が来た事なんて知らん振りで仕事をしていても黎翔だから違和感は無い。けれどこの間は手を止めて、私の相手をしてくれたし、黎翔も「また来い」と言ってくれた。
「とりあえず行ってみるか」
「そうしよう」
忙しそうならば、また出来る事を見つければ良い。取り敢えず、時間を潰すために会いに行くのも悪くない。そうしよう。ダメならば、他の何かを考えれば良いだけだ。
というより、霙と白鴎は黎翔の事を名前で呼んだり「コクオウ」と呼んだりしている。気分で変えているのだろうか。それとも特に意識していないのかもしれない。
「黎翔様に会うときは、あの真っ白の綺麗なドレスとベールをつけないといけないの?」
「いや、あれは初対面だったからな。形式というものが必要だったんだ」
「へーぇ」
形式は難しそうだから、分かるようで分からない。少なくとも、私は考えなくても良い事だと思う。だって、この世界の常識すら分からないのに形式を理解しようなんて無理な話だ。
「まぁ、とりあえず着替えるか」
「はーい」
「私は緑弥に食事はいらないと伝えてくる」
あぁ、そうか。緑弥はいつも食事を作ってくれるから、伝えておかないと今日も作ってくれるかもしれない。緑弥のご飯が今日は食べられないのか。それはそれで寂しい気がしたので、少し落ち込む。しかし、黎翔に会いたいのも事実なので、今日くらいは我慢しようかと思う。それに。
「じゅるり……」
想像しただけで、思わず涎が出てきそうだったが、黎翔の所で食べたうどんも美味しかった。あわよくば今日も美味しいご飯が出てきてくれないかなぁ、なんて考える。
「お腹すいたの?」
私の涎が垂れそうな事に気がついたのか、白鴎が、私の顔を覗き込んでくる。
「えーと、今お腹が空いた訳ではないけど……、あっ、あめ食べたいです! コロコロして甘いやつ!」
そういえば、前回黎翔の所に行く時も、準備をしている時に飴を食べた覚えがある。あの甘さを思い出したら、もう一度食べてみたくなってしまうのも仕方ないだろう。
「良いよ」
白鴎から帰ってきた答えはなんともあっさりしたものだった。許可を出した白鴎はキッチンの方に向かうと、戸棚を開き、中から飴が入っている瓶を取り出した。
「ふわぁ!!!」
私が今いる場所は、キッチンとは少し距離が離れていたため、遠目からしか見えなかったが、飴とはあんなに綺麗なものなのだと、初めて知った。遠くからでも分かる、あの輝かしさは、まるで宝石だ。
「きれい」
キッチンがほんの少しだけ暗い事からも、余計に輝いて見える。白鴎が瓶ごとこっちに持ってきてくれたので間近で見るとより一層、それが宝石に見えた。色とりどりのものはまるでこの世界そのもののように見えた。
「これ本当に食べれるの?」
「うん、飴だからね」
「……」
それが飴と知らされても、どうにも信じられない。これも食べられなさそうだ。宝石を食べたら味なんてしないし、絶対に硬いだろうから。宝石なんて食べた事はないけれど。
「何色の飴が良い?」
そこにある瓶の中の飴は、恐らく、七種類。まるで雨上がりの綺麗な橋を詰め込んだかのようだ。
「じゃあ、緑色……」
私の中で、なぜか一段と目を引いたのは、その色だった。
「じゃあ、あーん」
白鴎が飴を瓶から取り出し、私に近づけてくれたので、遠慮なく、しかし、ゆっくりと口を開けてみる事にする。
「はむ」
ころり。歯に当たって、そんな音がした気がする。口に含んだ感触としては、前回と同じだ。歯に当てるだけではなく、それを舌で舐めとってみると、微かにだが味がした。これは
「……めろん?」
「正解」
メロンなんてほとんど食べた事は無いけど、美味しいものだ。食べ慣れない味はするけれど。
「先に髪をしていくから、動かないでね」
「はーい」
目の前の鏡を見ながら飴を右へ左へとコロコロする。リスのように、頬がぷっくりと膨らむが、反対に飴を持っていくと、反対もぷっくりと膨らむのが面白い。
「聖女様、リスみたい」
笑いながらつぶやく白鴎に心の声が漏れたのかと冷や汗が垂れた。
「リボン、どっちの色が良い?」
白鴎が見せてくれたリボンは白と若緑だった。今日の髪型は、編み込みからの三つ編みが両サイドに作られている。恐らくリボンはそれを結ぶ所につけられるのだろう。
白か若緑か。どちらも好きだ。
「み、……やはり白」
「……迷うって事は、どっちも好きなんだね、じゃあ、どっちもつけよう」
そのような選択肢もあるのか。
結局、右には、緑。左には、白のリボンが付けられた。これは今日の服に合うのだろうか。そう心配するも、持ってこられた服を見ると全く違和感がなかった。そのドレスも可愛い緑若色をしており、差し色で白が使われている。リボンとドレスの生地が全く一緒かは分からないけれど傍目から見て、違和感はない。
「よし、聖女様の準備はオッケーだね」
準備が出来上がった頃には、私の口の中にあった甘いメロン味はなくなっていた。
「戻った」
緑弥に食事がいらない事を伝えに行ってくれていた霙も戻ってきた。
「おかえりなさい。……?」
くんくん
「美味しい匂いする」
「ああ、緑弥がクッキーを持たせてくれた。どうやら今日のおやつで出すつもりだったらしい」
「クッキー!」
「ほら、口開けろ」
「あーっ!」
飴を食べ終わっていて良かった。霙がくれたのは、緑色のクッキーだ。これもメロン味だろうか。霙が口の中に入れてくれたので、少し舐めて見たあとにゆっくり齧る。
「……メロンじゃない?」
口の中に広がったのは、クッキーの甘みと微かな、苦味。けれど嫌いでは無い。苦いのに少し甘い。
「抹茶だよ。まあ、お茶だね。食べれる?」
「うん。美味しい!」
「良かった。もう数種類あるから持って行って黎翔とでも食べると良い」
「はぁい」
一旦クッキーはお預けらしい。
二度目の空は相変わらず、美しい。
少しだけ白い雲がかかっている青は、近いようで、とてつもなく、遠い。
「空ばかり見てると転ぶよ」
「はーい」
きっと霙や白鴎。それに、他の皆がこの綺麗な空を飛び交っていたって、気がつかない。きっと鳥に見えてしまう。
前回通った道と同じ道だけれど、日が変われば、また違って感じる。廊下とは違った靴音が面白い。恐らく砂利を踏んだのだろう。前に転んでしまいそうな感じで一瞬滑ってしまったけれど、それもまた面白い。霙と白鴎は驚いて、一瞬青ざめていたから、申し訳なかったけれども。
「このお花、とっても良いの?」
「ああ、構わない」
途中で見つけた綺麗なお花を一輪とって、リボンの髪飾りと一緒に髪につける。白いリボンと一緒に付けたから、白くて可愛い小さなお花も違和感はないだろう。
沢山歩いたのに、まだあまり進んでないような気がする。歩くという行動が、こんなに楽しいのは、久しぶりだ。一度目は感動でいっぱいだったから。
どれだけ進んだのだろうか。目的地は、目の前にはっきりと見えるけれど、前の建物も後ろの建物も大きいから、それほど進んだ感覚がない。
ふと、先程まで、私がいた方の建物を見ると遠くを白い影が横切ったような感じがした。
「……?」
今、向こうの方で、男の子が走っていたような気がするねだけれど、気のせいだろうか。
「聖女様、どうかした?」
「大丈夫です、何でもないです」
「そっか。よそ見して、転ばないようにね」
それに対しては、よそ見をしない自信がなかったから素直に返事が出来なかった。
潤朱の花
瓶覗の空
鉛白の雲
深緑の草
丁字茶の木
中黄の蝶
薄墨色の石
世界はなぜこんなにも色で溢れているのだろうか。まるで絵の具のパレットだ。一つ一つが主張し合って、素敵な彩りを出している。
これだけの色が手に入ったならば、世界は最初からもっと輝いていたのに。
コンコンッ
大して力のない私が全力で扉をノックする。前回と全く同じ経路を通って、ここまでやってきた。恐らく道は全く同じはずだ。細かい所まで覚えていないが、通ってきた道は全部白い道だったから。本当にこの世界は白が多すぎて困ってしまう。決して白が嫌いな訳ではないけれど、廊下に番号でもふるか色を変えてくれれば、迷う心配もないというのに。
「誰だ」
中から少し不機嫌そうな黎翔の声が聞こえた。
「……えっと、」
名前を名乗っても良いのだろうか、それとも黎翔は不機嫌そうだから帰った方が良いだろうか。きっと仕事が多くて忙しいのだろう。
自分では判断がつかなかったので、後ろに立っている霙と白鴎の顔を伺ってみる。
「大丈夫だ」
霙はそう言って私の頭を撫でながら扉に向かって叫んだ。
「私達だ。聖女様もいる」
「入れ」
返事が早い。
許可がもらえたので、三人揃って、扉を開けて中に入る。前回と同じように書類に埋もれてしまいそうな黎翔が不機嫌そうな顔でこちらを見ていた。相変わらず忙しそうだ。
「ここまで書類を溜めるのは珍しいな」
「……」
霙の言葉に黎翔はさらに眉間に皺を寄せる。
「特に理由は無い」
「それは理由があると言っているようなものだ。まぁ、大体想像はつくが」
「……」
「聖女様は可愛いもんね。毎日会いたくなるのは分かる」
「えっ?」
霙と黎翔の会話がよく分からないと思っていたら、白鴎が急に私の話題を振ってきた。そこで急に私の話題を出したのが何故なのか分からない。
会話の意図は分からずとも黎翔が忙しそうだという事は分かる。
「今日は忙しいですか? 帰った方が良い?」
私がそういうと黎翔の眉間の皺はより一層深くなった。
「帰らなくて良い」
表情と言葉が一致していないような気がするのは私だけだろうか。しかし、「帰らなくて良い」と言ってくれてるのだから、ここにいても良いのだろう。
「そういうと思った」
「では私達はこれで」
「え?」
前回に引き続き霙と白鴎は、私と黎翔を会わせて満足したのか部屋から出ていこうとする。
「霙さん達行っちゃうの?」
「この建物にはいるから、大丈夫だ」
「俺達の事より、黎翔に構ってあげて。多分、拗ねてると思うから」
「おい、余計な事を言うな」
黎翔が拗ねていると白鴎は言うけれど、その理由に、全く心当たりがない。つまりは、機嫌がよろしくない黎翔の相手を私がしなければならないという事だろうか。しかしながら、その不機嫌な理由が、私にあるのだとしたら、私が何とかしなければならないだろう。
「聖女様、頼んだ」
「へ、あ、はい」
なぜ黎翔が拗ねているのか。その理由も全く分からないまま霙達は出ていってしまった。人間時には諦めも必要だ。さてどうしようかと考えた所で、黎翔は、先程まで座っていた仕事用の椅子から立ち上がり、ソファへと移動した。ドカリとソファーに座り足を組む姿は、行儀が悪いはずなのに、なぜかひどく輝かしい。私はどうしようかと迷った所で、とりあえず黎翔の目の前にあるソファに座ってみる。そこに座った所で、そういえば、前回もここに座ったなと思う。
どちらかというと、沈黙は苦手な方ではあるし、何か話題を見つけなければと考えた所で、黎翔の眉間のシワが先程よりも薄くなっている事に気づく。
「何か嫌な事あったのですか?」
少しは機嫌が良くなってるのだろうか。ならば、多少話を聞いても問題ないだろうと思い、眉間のシワの理由を尋ねる事にした。
黎翔は、私の質問に対して、何度か口を開こうとしたが、言葉に出そうとする度に口をつぐんでしまった。答えづらい質問だっただろうか。もしくはあまり言いたくないのかもしれない。無理に聞き出すつもりはないため、別の話題を探す事にしよう。
「また来いと言っただろう」
すぐに話題も見つからなかった為天気の話題でも 振ろうかと頭の中をぐるぐると、回転させた所で、黎翔はそう呟いた。
何の脈略もないが、私は遠回しに責められてるのだろうか。黎翔の言う「また」とはすぐの事ではなく、遠い先の未来の「いつか」を指して言った言葉なのかもしれない。
「はい、だから、遊びに来ました」
しかし、私に対して、明確に「いつ」という事を言っていないのだから今日来た所で攻められる筋合いはないはずだ。
「………………翌日」
黎翔の言葉の意図がつかめないため、静かに言葉の続きを待つ事にする。私が静かに待っていた事で、黎翔も漸く話す気になったようだ。
「翌日に、くるものだと思っていた」
黎翔の言葉の意図を頭の中で辿っていく。黎翔の不機嫌の理由は、てっきり私が早く遊びに来すぎてしまった事だろうと感じていたが、黎翔の言葉からすると、真逆だったようだ。
「次の日に来てもよかった、ですか?」
つまりは「来るのが遅い」という事だろう。それならば、正直にそう言ってくれれば良いのに。とは思うものの霙と白鴎がいる中で、零翔もそうは言いづらいだろう。
「良いから言っている。お前は聖女だ。やりたいようにすれば良い」
「そっかぁ」
どうやら、私は自分の思うがままで自由に行動しても良いそうだ。それを この国の王にまで許可されたのならば、私にしがらみはないのだろう。その言葉が私の心臓を取り巻いていた 茨を取ってくれたようだった。
「だからといって、私に気を使って、毎日来なくても良い」
黎翔は会いに来て欲しいのか欲しくないのか、どちらなのだろう。
表情からすると嫌われてはいないから遊びに来る事はやめない方が良いと思う。何より、私が来ても無視をする事なく仕事の手を止めて、話をしてくれるのだから、歓迎されていない訳ではないと思う。
とりあえず、今日の私の目的は黎翔に会う事と黎翔を休ませる事だ。前者はもう既に達成されているし、後者も私が来た事で、達成された様だ。しかし、その「休む」という事が「仕事を休む」という事ならばだが。私と話をする事で、気が休まるのかは、果たして、謎だ。私ならば仕事の手を止めて、誰かの相手をするなんて、それもまた仕事のうちで休まる気はしない。
ああ、休むといえば。
「一緒にクッキー食べませんか?」
「何故いきなりそうなった」
私の中では、会話が繋がっていたから、返答したけれど黎翔からすると、一気に会話が飛んだような気がしても仕方がない。
黎翔は私の思考を理解する事を諦めたのか、大きなため息をついた。
「……茶を用意させる」
「!」
つまり、これは一緒にクッキーを食べてくれるという事で間違いはないのだろう。
「ぷはぁ」
熱くもなく、ぬるくもない。絶妙な温かさのミルクティーは、少し冷えた体を十分に温めてくれた。
甘いミルクティーを飲んでいる私の横で、黎翔は砂糖もミルクも入っていないブラックコーヒーを喉に通していた。
「うまいな」
黎翔は机の上に広がっている緑弥が作ったクッキーを食べながら、そう呟いた。
「緑弥さんって凄いの。おいしいのを作る魔法使いなんだよ」
「ふっ、魔法使いか」
何故か魔法使いという単語がツボに入ったようで、笑われた。
「お前も食え」
そう呟いた黎翔は、クッキーを1つつまんで、私の口元まで持ってきてくれる。
「あむ」
口元に差し出されたクッキーを口に含む事に迷いはない。口に広がる甘さは確かに苦いコーヒーと相性は良いかもしれない。ブラックコーヒーなんて飲める気がしないけれど。
「腹は減っていないか?」
今現在クッキーを食べているというのに、この質問をされるのは不思議だ。この感覚に覚えがある。頭に眼鏡をつけておきながら、眼鏡を探すやつ。
「クッキーでお腹いっぱいになりそう」
「飯を食う腹は残しておけ」
「はぁい」
どうやら、クッキーで満腹になる事は許されなさそうだ。食事を用意してくれるという事で良いのだろうか。緑弥にも食事はいらないと言っている訳ではあるし。
「あっ、そうだ」
「……なんだ」
「あのね、私は今日、大発見したんだよ」
「大発見」
真面目な顔で私の言葉を繰り返す黎翔はなんだか訝しげだ。
「あのね、飴って宝石なんだよ」
「……」
「えっとね、今日、飴貰ったんだけど、すっごくきらきらだったの」
今まで見たどんなものより綺麗で美しかった。本物の宝石なんて見た事はなかったけれど、きっと、宝石なんかより飴の方が輝いている。いっそ、ドレスに宝石ではなく、飴を縫い付けてみたらどうだろうか。
「……うん、良いかも」
帰ったら、やってみたい。
「何を考えているか知らないが、やめておいた方が良い」
「えー」
何を考えているか分からないのに却下されてしまった。きっとキラキラしていて、素敵だと思うのに。不満を残しつつも、クッキーを齧ると幸せが広がって不満もとんでいってしまった。
「……お前は、」
「なぁに?」
「……いや、小さいな」
「いきなり罵倒、ですか……?」
「ほう。お前は罵倒などという言葉を知っているのか」
「15歳、ですから」
確かに小さいかもしれないけど、いきなりすぎる。全く脈略が無かった。
「この小さい体にどうやって食事が取り込まれているのか謎だ」
これは、私をからかうというよりも、本当に純粋な疑問。まるで神秘を見ているかのような瞳だ。
「いっぱい入るよ。美味しいものをいっぱい溜めてるの」
ニンジンとか、ニンジンとか、ニンジンとか。
黎翔はまた一つ私の口元にクッキーを入れ込む。
「それよりも披露会だが」
それよりもと言うが、話を始めたのは黎翔だ。まぁ、良いけれど。
「披露会って、私は特にする事はないんですよね?」
確か前に笑って手を振れば良いと言われた気がする。それが私にとってものすごく難しいのだけれど。
「ああ。所で聖女は空が飛べるか?」
「無理ですよ?!」
「所で飯食べたか?」みたいな感じで、軽く聞かないでほしい。空なんか飛べたら、人間の神秘だ。
「なんだ、無理なのか」
そんなにがっかりされても、当たり前の事で、そんなに落ち込まないでほしい。
「私、普通の人間だよ?」
「聖女という時点で、普通ではないがな」
いや、でも私は聖女が何か知らないから、普通ではないと言われても分からない。もしかして歴代の聖女は空が飛べたりしたのだろうか。
「……」
今度試しに、出来心で手をバタバタしてみようか。もしかすると、空も飛べるかもしれない。
「所で腹は空いたか?」
「……」
一つ分かった事がある。きっと偉い人は飽きやすいのだ。だから、さっきからコロコロと話題が変わるのだろう。
「お腹、ちょっと空いたかも」
「なら飯にするか。丁度昼時だ」
黎翔は近くにあったベルを鳴らして、廊下にいた人に、昼食を頼んでくれた。
「ニンジンあるかな」
「……本当にニンジンが好きなんだな」
「うん、好き」
「昼食は、オムライスだそうだ」
「おむらいす!」
ご飯に卵がかかっていて、ふわふわでとても美味しいやつだ。
「食欲はあるのに、そこまでの量は入らんのか」
「いっぱい食べてます、よ?」
「私達からすると、少食だ。……と霙達が言っていた」
それには、誤解があると思う。私が小食なのではなくて、霙達が大食いなのだ。私は、一般的だと思う。これでも私は結構食べるようになった。食べて、お腹が痛くなる事もない。
「トマト以外にも嫌いなものはあるのか?」
「トマト以外……」
好きなものは、たくさん思い浮かぶのに苦手なものは、すぐには思い浮かばない。今まで食べたものの中でどうしても食べられなかったもの。
「うーん、ないかも」
「そうか。ならば、ここでの食事でも困らないな」
「ここでの食事?」
「……この先、城で食事をする事も増えるだろう」
つまり、これからも、この城で食事をしても良いという事だ。そして、それはすなわちここにもたくさん遊びに来ても良いという事だ。
「食べる!!」
歓迎されるというのはこんなにも嬉しいものなのか。理由もなく遊びに来て良いと言われるのは、こんなにも胸が暖かくなるのか。
無条件で受け入れられるというのは、こういう感覚なのか。
不思議だ。特に悲しくもないのに、涙が溢れそうになる。
「また遊びに来るね」
「ああ」
一言、そう答えた黎翔の目が普段よりも笑っているように見えた。
「ご飯、また今度一緒に食べてね」
「…………」
返事はなかったけれど、きっと食べてくれるだろうという予感がした。私は、黎翔の反応に満足したのに、なぜか黎翔は、私の頬をつねった。
「ふぇ? ふぁあに?」
力加減が上手なのか、全く痛さは感じないけれど、喋りにくい。
「……いや、こうして見ると、普通の人間だなと」
「…ふぇー?」
紛れもなく、普通の人間のつもりでいたのですが。
「ぇい!」
仕返しとばかりに黎翔の頬をつねろうとしたけれど
「……」
なんという事だろう。私の手が短すぎて、頬に届かないという事態が発生した。どうにか届かせようと、手をバタバタしてみるけれど、黎翔の顔の前でバタバタと振られるだけで、全くもって届く気配がない。悔しいけれど、なんだか、それも面白くなってきて、つい笑いそうになってしまった。
黎翔が私の頬を離し、雑談に花を咲かせていた所、コンコンとノックの音がした。黎翔が促すと素敵な良い匂いと共に男の人が食事を持って入ってきた。
「昼食をお持ちいたしました」
そう言いながら、ワゴンを机の横につける。
「先程の返事だが、」
黎翔の言葉を聞きながらも目線がつい食事の方に引っ張られてしまう。しかし、そんな私を意に返さず、黎翔は言葉を続けた。
「今でも良いか?」
先程って何の事だろうかと、問いかける前に意味が分かってしまった。机の上に並んでいるのは、二人分の食事だった。二人分のオムライスと、二人分のサラダ。
「良い!」
先程の言葉は、私が「今度」といったから、返事がしづらかったのだろう。
「一緒に食べ、ます!」
これは嬉しい誤算だった。こんなに嬉しい事があるならば、今座っている席が隣ではなく正面だったとしても全く問題はない。むしろ正面の方が、相手の表情もよく見えるし、良い事しかないような気がする。
「いただきまーす!」
口の中に広がる、優しくて、甘い卵の香りは絶品だった。正直、緑弥と良い勝負だと思う。私の何倍もある大きさのオムライスを食べている黎翔は、大人だからか、一口もすごく大きい。そこが男らしくて、格好良いとも思う。格好良いんだけど、食べてるものがオムライスだから、なんだか可愛い。偉い人って、もっと豪華な食事をしているとばかり思っていたけれど、結構、庶民的だ。私がいるから、合わせてくれているのだろうか。
「……」
「っわ!」
オムライスを頬張って幸せに浸っていた所、目の前に、ニンジンが現れた。恐らく黎翔のサラダに入っているニンジンだろう。
「良いの?」
「ああ」
良いというなら、遠慮なく
「はむっ」
安定の美味しさだ。オムライスばかりではなく、サラダにも手をつけよう。
「ん?」
スプーンからフォークに持ち替えて、サラダにフォークを突き刺したまでは良いのだが、見覚えのない緑のものが出てきて、首を傾げる。
キャベツでも、レタスでもない。きゅうりでもない。
「これ、なぁに?」
フォークで刺した感じだと、茹でたニンジンによく似ている。もしかすると
「緑色のニンジン!」
今まで、ニンジンは橙しか食べた事がなかったから、緑色のニンジンがあるなんて驚きだ。
「それはアボカドだな」
「あぼ……、?」
「アボカド」
「あどがぼ」
「アボカド」
「アボガド」
「惜しい」
まるで呪文のような名前の野菜だ。
「食べてみろ」
「……」
「食べないのか」
「うーん、」
緑色のニンジンだと思ったら食べられるのだけれど、なんだか、それではないと知ったら、正体が分からなくて、食べにくくなってしまった。
「おいしぃ?」
「正直、私は好きではないな」
「えー……」
「だが食える」
「えー………………」
好きではないのに食べられるって何だろう。黎翔も好きではないのなら、ますます食べにくくなってしまった。
「食わず嫌いは良くない。食ってみろ」
「……」
それならせめて嘘でも「美味しい」「好き」と言って欲しかった。黎翔相手に食べたくないは通用しなさそうだったから、諦めて一口食べてみる事にする。
「あむ」
食感は茹でたニンジンに似ている。味はどちらかというとない。思ったよりも食べれない事はない。
「おいしい……?」
きっと美味しいのだろうけど、よく分からない。食べられない事は無いのだけれど、沢山は食べられないだろうという感じだ。
「栄養はあるらしいぞ。カロリーは高いがな」
「かろりー……」
「お前は気にする必要も無さそうだな」
栄養があるという事なので、もう一口アボガドを食べてみる。出されたからには満腹にならない限りは食べるつもりだ。食べられない苦しさに比べたらなんて事ない。
取り敢えずニンジンで口直しをしよう。
食事をして、話をしたり、昼寝したり、黎翔が仕事するのを眺めたりしていると窓の外はオレンジ色に染まっていた。
「もう夕方か」
「はやいねぇ」
今日1日をこの部屋で過ごしたという事に驚きだ。時間があっという間に過ぎていった。
「……今日も帰るのか」
何の事だろうと思ったけれど、前回私がお泊まりを断ったからだろう。出来る事ならば今回は泊まっていってもよいが、前回同様、みーが向こうで一人ぼっちだ。どうしたものかと考えこむ。
「ただいま」
白鴎が部屋の中に入って来た。ただいまと言っていたけれど、どこに行ってきたのだろうかと疑問に思ったが、それはすぐに解消された。
「みー!」
白鴎の腕の中には、私が大好きなみーがいた。白鴎は、きっと向こうから、みーを連れてきてくれたのだと思う。つまり、これはお泊まりをしても良いという事だと思う。
白鴎からみーを受け取り、ぎゅっと抱きしめる。
この子がいるならば、どこでだって眠れる。
「黎翔、お泊まりしても良い?」
「ああ」
という訳で、お泊まり決定です。私にとっては、あの建物で過ごす事すらも「お泊り」なのだけれど。
そうは言っても、「お泊まり」という言葉の響きは好きだ。
「おっふろ~、おっふろ~!」
ここはいつもの場所ではない。霙と白鴎は帰ってしまった。という事は私1人。つまり、お風呂も1人。今日こそ風呂で1人を満喫してやる。今まで満喫していなかったかと言われるとノーコメントだけれど、とにかく今日は周りを気にせず、裸になる事を気にせず入ってやれる。風呂で泳いでやる。泡で遊んでやる。
なんて思っていた時もあった。
脱衣所に来た私の目の前には私の服を脱がしながら自分も服を脱ごうとしている黎翔がいた。
「黎翔様が一緒に入るの?」
「問題あるか」
「ナイデス」
さらば、一人の時間。諦めて両手を上にあげると、スポンとお洋服が脱げた。
「後ろを向け」
「?」
服を全部脱いだ後で後ろを向く必要はなんだろうと思いながらも逆らえる訳もなく後ろをむく。
「……ふむ、同じだな」
「おんなじ?」
「……なんでも無い。入るぞ」
「……」
私には足がある。歩ける。どうしても抱き上げるのならば抱っこで良い。おんぶでも脇を抱えるのでも良い。
だから、
「……こめだわら」
米俵を担ぐみたいに脇に抱えるのはやめて欲しい。脇「を」抱えるのならまだしも、脇「に」抱えるのは生き物としてつらいものがある。
いくら短時間とはいえ、お腹が痛くなる。
「座れ」
「はあい」
文句なんて言えないけれど。黎翔に椅子に降ろされ、周りを見渡してみる。
「ひろぉい」
いつもの所も十分広いのだけれど、ここは比べ物にならないくらい広い。
「お城のお風呂って広いんだね」
一体何人が入る事を想定して作ったというのだろう。
「まぁ、国王用だからな」
国王用。つまりは黎翔用。
「……っえ?1人用?」
「ああ」
なんという贅沢。これなら黎翔が百人は入れそうだ。
「湯をかけるぞ」
黎翔の声を聞きぎゅっと目を閉じる。熱いお湯を想像していたけれど、肌に馴染む優しい温度だった。
「気持ち良いね」
わずかに残っていた緊張もほどけたような心地がした。そして頭からかけられていた湯がやむのを感じた後に、髪の毛をゴシゴシとこすられた。恐らく頭を洗ってくれてるのだろう。
「痛くないか」
「へーき」
黎翔には、初めて洗ってもらったけれど、気持ちが良い。
「言っておくが、私は、人の髪を洗った事がない」
「そうなの?」
「下手でも文句言うなよ」
言わないし、言える訳がない。洗ってもらっているのに、文句を言うなんて。もし言う言葉があるとすれば、礼だけだ。
それよりも、黎翔の様な偉い人に、頭を洗ってもらうなんて、本当に贅沢すぎる。むしろ黎翔の髪を洗うべきではないだろうか。届かないから無理だけれど。
「目を瞑っていろ」
「ん」
再び頭から温かいお湯が注がれる。目に泡が入らないようにぎゅっと目を閉じる。目をぎゅっと閉じなければならないというのに温かいお湯で、その力が失われそうだ。
「良いぞ」
顔にお湯がかかる感覚がなくなり、ゆっくりと目を開ける。顔に水が残っていたのか、少し目を開ける時に目が痛んだが、目を開けられないほどではない。なんとなく髪に水が残っているのが不快感を伴ったので、頭をぷるぷると振ってみる。
「……お前は犬か」
「……ちがうもん」
しかし今の行動は犬らしいといわれれば確かにそうだ。
「ふひぃ~」
湯船につかっている黎翔の膝の上でゆったりとくつろぐ。やはり一人で入っていても湯船でおぼれていただろう。
「お前はどうしてこの世界に来た」
『どうして』
それは、「どうやって」という事だろうか。そんなの、私が知りたい。
「気づいたら白いお部屋にいたの」
どうしてここにいたのか、いつの間にやってきたのか私には、その記憶が全くない。それに私の意思が伴っていた筈もない。
「そうか」
黎翔は私の体を支えていない方の手で自身の顔を覆った。大きなため息と共に黎翔が私を支える手が強くなった気がした。
風呂から上がった私はいつも通り着替えさせてもらい、髪も乾かしてもらった。そして、なぜかは分からないけれど、当然のように、私サイズの可愛らしい洋服を着せてくれた。
ただ座っているだけで、全てが片付いていくのだから楽と言われればそうなのだけれど、そんな事をさせても良いのだろうか。けれども、黎翔が楽しんでいるように見えるのだから、良いという事にしてもらおう。
風呂から上がって連れてこられたのは、黎翔の私室だった。
「あっ! みー!」
黎翔の部屋の布団の上を見てみると、私が愛してやまないみーが布団の上で寝ていた。
「そのくまはどうした」
「この子はみーっていうの。績さんにもらったの」
「あぁ、例のくまか」
離れてから数時間も経っていないにも関わらず、ぎゅっと抱きしめると、安心する。
「飲め」
黎翔に担がれてソファにおろされ、コップを渡される。
「お水?」
「りんご水だ」
「やった」
冷たい水分が体に染み渡る。
「今日どこで寝たら良いの?」
「……ここで寝ると良い」
「でもここって黎翔様のお部屋だよね? 一緒に寝ても良いの?」
「寝てはならない理由がどこにある」
一緒に寝ても良いんだ。
「……そっか」
「……お前は、何故こうも許可を得ようとする」
「……え?」
黎翔は眉間に皺を携えたまま、私の手を握る。思えば、黎翔に手を握られたのは初めてだ。
「お前は、何に許可を得ようとしている?」
「えっ、と」
握る手が、痛い。逃げられない。
何に許可を得ようとしているか。そんなの、分からない。何も知らない世界で、自由になんて、生きられない。きっと何をするのも怖い。
「だって……」
ここは私の世界ではない。私は自由に生きて良い理由を見つけられない。
「……理由を探す必要はない」
「……え」
私の心を読んだかのような一言だ。黎翔の目はひどく真剣で、その黄金の瞳は私を射抜くかのように、鋭い。
「お前は、聖女だ」
また、それだ。なりたくてなった訳でもない聖女。私には一番 それが分からない。聖女とは何か 、何をすればいいのか。誰も私の満足のいく答えをくれない。
どうあるべきか。それすらも分からないこの世界で、私らしさを出す事に戸惑う。
何故、ここの人達は、こうも真剣なのか。何故、いつだって私の目を見てくれるのか。
黎翔は一層目を鋭くし、握る手に力を込める。
「しても良い理由を、探す必要はない」
その言葉はひどく真っ直ぐに私の心に落ちた。「してはならない理由」を探し続けて、「して良い理由」を殺し続け。
許可を得なければ、何も出来ない。そんな子どもを沢山見てきたのだろう。
「……でも、」
許可が無い事も、指示が無い事も、それは怖い。それは、これから歩く道が、全て無くなるという事だ。
ここでは「しても良い理由」を探さなくて良い。たが、それは、私の意思で進めるという事だ。
握る手の力さえも、どうでも良くなった。
「……」
きっと、ここでは、「私」として生きる事を許されているのだろう。私が「私」として生きる。それは、この先の未来が、明るく、そして、多くの彩りに溢れるのだろう。
ここにきてから、新しい事ばかりだ。環境はもちろん違うけれど、私の中身がどんどん変わっていくような心地がする。それは、とても心地よくて、
私には、色が見えない。
「ほら、寝るぞ」
呆けていた目元を、大きな白い手が覆う。まるでキャンバスのように、色を映すそれは、とても、冷たい。
「えっ、もう、ですか?」
「子どもは早く寝るものだ」
「えー……」
今日は全く睡魔が来ない。
「まだ、眠くない」
「……」
せっかくの泊まりだと言うのに、直ぐに眠るだなんて勿体ない。
「はぁ、」
「っ!」
黎翔は大きなため息を吐いた。驚いて思わず息を飲んでしまった。
「……怒った、の?」
「いや、子育ての難しさを感じ取っていた所だ」
「……ごめんなさい」
いや、そもそも私は15歳だ。どうして15歳になってまで周りの大人を困らせる必要があるのだろうか。私はもう立派な大人の部類だ。ここれは黎翔を困らせず、すぐに眠るべきだ。
「寝ます」
「眠くないのだろう?」
「お布団入ってたら眠く、なる」
「そうか」
私の言葉に納得がいったのか黎翔は、私を布団の中に放り込んだ。
「……疲れているだろう」
「疲れてないです」
昼寝もした。食事もした。働いてもない。疲れる要素が見つからない。
「布団を被れ」
「本当にまだ眠くないです」
「分かっている」
黎翔は布団の中に入った私の体をトントンと叩く。これは寝かせに入っている。寝たいけど、寝たくない。
「……黎翔様は寝ないの?」
「まだ仕事が残っている」
「!」
この言葉を聞いて思い出した。私の今日の役割を。
「黎翔様も寝、ます」
「……」
「お仕事はお休みするの」
「……」
黎翔の眉間にはいかにも不満ですといったように、シワが寄っていた。
「……寂しいのならば、クマがいるだろう」
「……」
そうではない。
「だって黎翔様は寝ないといけなくて……、私は、黎翔様に寝てほしいの」
けれど、黎翔は休む事を知らない。逃げようとしている。
『しても良い理由』
これを探さなくて良いと教えてくれたのは黎翔だ。
発言する理由。意思を伝える理由。
「私が聖女だって言ったの、黎翔様、です」
「……」
「だめなのですか?」
黎翔はまた大きなため息をついた。
「お前は小さいだろう」
「えー?」
ここにきて、また突然の罵倒ですか。
「……小さいからこそ、一緒に寝て潰してしまいそうになる」
「!」
そうか。黎翔はそんな心配をしてくれていたのか。
「潰れないよ。それに、誰かと一緒に寝るって、した事ないから。………………一緒にねたい」
「……………………はぁ、分かった。ただし、お前が苦しむような事があったら、私はソファに移るからな」
「うん!」
黎翔の顔は不服そうではあったけれど、先程に比べるとずっと穏やかだった。
黎翔は扉の近くにある電気を切って、ベッドへとやってきた。
「入るぞ」
広くて大きなベッドは私と黎翔が入っても、十分余る。
「てぇ、つないで」
電気を切ってしまったから黎翔の顔は見えないけれど手に大きくて暖かな温もりを感じた。
「えへへ」
言葉よりもずっと嬉しい。嬉しくて、ぎゅっと黎翔の腕に抱きつく。
「……近い」
「良いの!」
「はぁ」
黎翔はため息を吐きながら、私の体を黎翔の大きな身体で包み込んだ。
暖かい。温かい。
なんだか泣きそうになる。暖かくて、温かくて、黎翔の服を掴む力が強くなる。
「黎翔様、あのね。ここにいて、良い?」
「あぁ」
今日1番、迷いの無い言葉だった。その答えに、悲しくもないのにまた涙が出そうだった。




