↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒いモノクロな世界と白いカラフルな世界 長文版  作者: ちぇしゃ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
12/23

011「着てみたいもの……?」


 目が覚めた時、私は自分のベッドの上にいた。どうやらあれから朝まで眠ってしまった様だ。

 いくら小さいとはいえ、いつまでも抱き上げるのは重たかっただろうに。けれど2人の足だったならば、そこまでの時間はかからないのかもしれない。行きは私が寄り道をしていて時間がかかってしまったが2人が歩いていくとあっという間なのだろう。


 それにしても、昨日は楽しかった。黎翔とは初めて会った為、緊張した。「国王様」と呼ばれるのは好きではないのかもしれない。私が最初に「国王様」と呼んだ時は眉間に皺が寄っていた。けれど、私が名前で呼ぶと彼の眉間に皺が寄る事はなかったし、返事も最初と比べて素っ気ないものではなかった。やはり役職で呼ばれるより名前で呼ばれた方が嬉しいのだろう。

 本当は黎翔の所に泊まっても良いのだけれど、みーが1人だと可哀想だ。黎翔の所に泊まるとしたら、私はどこで寝るのだろうか。客室を用意してくれたりするのだろうか。気持ち的にはソファーにでも転がしておいてくれたら十分に寝られるのだけれど。私は小さいからどこでも寝られる。欲を言うならば、柔らかい所が良い。柔らかい所だと夢も見ずにぐっすりと眠る事が出来る。


 私の腕の中にはみーがいた。いつの間にか無意識で握りしめていたのか、もしくは霙と白鴎のどちらかが私の腕の中にみーを置いてくれたのだろう。みーがいてくれたおかげでぐっすりと眠る事が出来た。

 ゆっくりと起き上がってみると、いつもより早く寝たからか、起きるのも早かったようで、外はまだ暗い。恐らくもう少しすれば夜明けが来るのだろうけれど、この暗さでは絵本を読む事も難しそうだ。きっと目が悪くなってしまう。

 さて、何をして時間を潰そうか。暗くても道具がなくても出来る事といえば何だろうか。すぐに思いつくのが筋トレだが、私は別に筋肉を育てたい訳ではない。脂肪をなくしたい訳でもない。私の少ない知識の中で思い浮かぶのは、妄想ぐらいだ。だが、ずっと考え事をしているのも暇だ。こんな時にスマホでもあれば時間を潰す事が出来るのだろう。目が悪くなる事は間違いないが。でもそうか、スマホで目を悪くする事を考えれば、暗闇で絵本を読んで目を悪くするのもそれ程変わらないのかもしれない。けれど、やはり、目を悪くすると後々支障が出てきそうだから、絵本は今はやめておこう。


「♪~」


 こんな時に出来るのは、歌を歌う事くらいだろう。大きな声で歌ってしまうと、隣の部屋にいる2人が起きてしまうかもしれないから、布団の中にくるまり、顔を枕に押し付けて、小さい声で歌う事にした。


 歌詞なんてよく覚えていないけれど、なんとなく好きなメロディーだった。歌えるうちに沢山歌っておかないといけない気がする。私は歌とは無縁の人生だったけれど、たまに聞こえてくるメロディーが本当に好きだった。だからこそ、自分が歌ってみるのと、その歌を聴くのとでは感覚が全く違う。やはり曲は聞くのが良いのであって、自分で歌うのは少し違うと感じた。

 それでもやはり暇である事は間違いないので、時間を潰す目的で繰り返し同じメロディを歌ってみる。歌は不思議だ。歌は形に残らないのに一番形に残る気がする。普段話している言葉を少し高くしたり低くしたりするだけでずっと記憶に残っていくものになるのだから。


「……」


 歌も絵に描く事が出来たら良いのに。けれども、歌を絵に残そうとしてもかけるのはせいぜい音符記号くらいだろう。そんなのはただの楽譜だ。絵とは言えない。中には楽譜を絵だという人もいるのかもしれないが、私はその感覚がよく分からない。楽譜が読めない人からすれば、楽譜はただの記号の羅列にしか見えない。


「♪~」


 私は一体この歌をいつまで覚えていられるのだろうか。








 

 体を起こし、ベッドサイドに立ってみると、以前に彩月が作ってくれたふわふわのパジャマを着ている事に気がついた。いつもこの服で寝ているから違和感が無くて、着替えていた事に気が付かなかった。そして、風呂にも入れてもらったのか、体はすごくさっぱりしていた。風呂に入れてもらって着替えもしているのに、それに全く気づかなかった私はどうなんだろうか。よほどぐっすりと爆睡していた事がわかる。

 窓の外を見てみるとやはりまだ暗いけれど、少しずつ明るくなっていきそうな気がする。もう少ししたら日の出だろう。今日も鳥が窓の外を飛んでいる。私にとって空はとてもとても広いものだから、鳥にとってもそうだろう。広い宇宙を自由に羽ばたける鳥はなんと羨ましいのだろう。


「そうだ」


 鳥の絵を描こう。色鉛筆とスケッチブックを持ってベッドに戻る。少し行儀は悪いかもしれないけれど、ベッドの上に寝転んだ状態でスケッチブックと色鉛筆を広げる。鳥は白だった。白の色鉛筆を手に取り、スケッチブックに色を走らせるけれど。


「みえない」


 やはり、白のスケッチブックに白の鳥は合わない。当たり前だけれど見えない。


「じゃあ、この色かな」


 人間とは不思議だ。色とは不思議だ。


 今、私が持っているのは水色の色鉛筆だ。反対の手で青色の色鉛筆を持つ。


「ちがう……」


 どうして、人は空を青いと表現するのだろう。晴天を「空が青い」と表現するにもかかわらず、その色は決して青ではない。薄くて濃い、どちらともつかない水色。もしかすると、初めて空を青いと言った人は、水色の事を青と認識していたのかもしれない。


「……」


 それも素敵だ。色への認識なんて、人それぞれだ。特に中途半端な色は。


 手に水色だけを持ち、鳥の周りを薄く塗る。


「鳥さんは、この辺り」


 鳥の場所を真ん中の少し右辺りに確保し、それ以外を水色で塗りつぶす。


「雲は……、ない」


 ちらりと窓の外を見てみると、雲ひとつない晴天だった。雲の為の場所を残さずに、全てを水色で塗る。難しいのはここからだ。空全体を水色で塗ったけれど、鳥の部分だけを残して塗らなければいけない。つまり鳥の形をイメージしながら塗らなければいけないのだ。なんとも難しい。


「確か、羽は大きくて」


 羽の輪郭を水色で描き、


「頭はこうで……、あ、嘴もあった。足はこうで」


 輪郭としてはこんなものだろう。さて、これからどうしようか。残った白い空間にわざわざ白い色鉛筆で色を塗るのはどうだろうか。意味もなければ写りもしない。


「うーん」


 これはこれで良いのではないだろうか。あえて何もかかないというのも。けれど、やはり物足りない気がして、少しの陰影を水色でつける。大体、顎のあたりと足の付け根のあたり、翼の付け根あたりだろうか。


「……うん」


 それっぽくなったのではないだろうか。白い鳥だからあえてこれでも良いだろう。


「あとは、目」


 さすがに目も描かないのは違う。瞳は何色だっただろうか。黒だったような気もするし、濃い青色だったような気もする。ここは濃い青色の方が良い気がする。こちらがこの絵にも鳥にも合っている。


「まぁるいめ」


 必死に思い出しながら青い目を書くけれど、


「……」


 何と言えばいいのだろうか。一気にキャラクター感が増した。少しくらい黒色を足した方がよさそうだ。


「……」


 結果的に満足のいく仕上がりにはならなかった。自分も他人も満足のいくというのはなかなか作る事が出来ないものだろう。

 色鉛筆を使ったって必ずしも望む色になるわけではない。色を何度も何度も重ね合わせて自分の好きな色を作っていくのが楽しくて難しい。


 本当に絵は難しい。これで完成で良いだろう。

 そろそろお片付けをしよう。


 








「おはよう」

「おはようございます」


 霙達が部屋に入ってくる前になんとか片付けを終える事が出来た。怒られたりはしないと思うけれど、行儀が悪い所は見せたくない。


「さて、風呂に入ろうか」

「えっ?」


 風呂は昨日、寝ている私を入れてくれたものだと思っていたけれど、違ったのだろうか。


「昨日の夜は入れなかったから」


 どうやら、昨日は私を風呂に入れてくれた訳では無いようだ。では、なぜ身体がさっぱりしていたのだろうか。


「昨日はタオルで拭いただけだからね」


 風呂にはいっていないと言われると、今すぐにでも風呂に入りたくなる。


「おふろ、はいります」

「そうしよう。今準備してるから」











 風呂場に入ると、何故か白鴎も服を脱ぎ始めた。ちなみに霙は部屋で待機だ。白鴎は昨夜に風呂に入っているはずである。なぜ一緒に入るのだろうか。


「白鴎さんも一緒?」

「うん。1人じゃ入れないでしょ」


 その通りだ。強がって「1人で入れる」などと言える訳が無い。今までの経験で、ひとりで風呂に入れない事など十分知っている。


「それに風呂は何回入っても良いものだからね」


 そうだ、白鴎は風呂が大好きなんだった。私を言い訳にしているけれど、ただ単に風呂に入りたかっただけかもしれない。まぁ、どちらにせよ私は1人で風呂に入る事が出来ないからありがたいものだ。1人で入ったならば確実に溺れる。


 白鴎が服を脱いでいるのを見ながら、私自身も服を脱ぐ。パジャマだから簡単に脱ぐ事が出来る。


 風呂へと続くドアを開けると寒い空気が私を襲ってきた。


「うー、さむいっ!」

「あ、まだ寒かった? ごめんね。早く洗って風呂に浸かろう」

「はぁい」


 いつものように椅子に座ると白鴎が後ろに座って私の髪を洗ってくれる。最初に湯をかけてくれたおかげで強ばっていた体の力が一気に抜ける。


「ふはぁ」


 思わず気の抜けた声が出てしまうのも仕方が無いだろう。


「聖女様」

「なあに?」

「不安な事、ない?」

「?」


 急な質問だ。それは一体何に対してだろう。不安な事がない訳では無い。でも、何に対してと言われると明確な答えが出てこない。強いて言うならば、


「披露会が、不安です」


 人前に出るというのは少々不安が残る。いくらひとりでは無いと言っても、知らない人の前に晒されるのだ。緊張しない方が無理だろう。想像するだけで、ぶわりと全身に鳥肌画立つのが分かった。


「そっか。でも大丈夫。手を振っていれば良いから」


 白鴎はそう言うけれど、「人前に出る」という行為に緊張する。果たして、私はこの国の人達に、この世界の人達に受け入れられるのだろうか。


「泡を流すから上向いて目瞑ってて」

「はい」


 真っ白の泡がどんどん洗いながされて、私の髪が白から黒へと変わる。私は泡の白さが好きだ。まるで皆と同じだというような錯覚を受ける。髪を洗っている、たった数分の事だ。


 温かい水が目元を濡らす。

 髪を流すと白鴎は髪がサラサラになる魔法の液体をかけてくれた。何という名前だったか分からないけれど、私はそう呼んでいる。

 大きな手が私の頭を包み込む。恐怖とは程遠い。


「気持ちいい………」


 思わずといったようにこぼれた言葉はしっかりと白鴎の耳にも届いていた。


「それはよかった」


 朝だけれど、思わず再び眠ってしまいそうなほど心地よい。白鴎の温かい手は、より魔法の液体が髪に馴染むらしい。


「流すよ」

「はぁい」


 再びぎゅっと目を閉じて上を向く。すんなりと髪に通る手が気持ちいい。以前は髪に手を通そうとしても引っかかるだけだったというのに。


 きっとこの世界と元の世界では、使っている成分が全く違うのかもしれない。もしくは、私が使っていたものの品質があまり良くなかったか。今となってはどちらでも良い。結果が全てだ。

 全てを流し終えて、白鴎と一緒に湯船に浸かる。白鴎は昨日の夜に風呂に入っているので、体を洗う必要がなかった。


「きもちいねぇ」


 朝風呂なんて初めてだけれど、気持ちいものだ。

 初めてこの世界に来た時も風呂に入ったのは夜ではなかった。でも、あの時はそんな事を考える暇もなかった。ただ流れに身を任せていた。


 あれから、まだそれほどの時間は経っていないというのに、ものすごく長い時を過ごしている気がする。1日があっという間で、驚くほど寝て過ごす時間が多い。きっと、この世界に来て私の体がおかしくなってしまったのだろう。


 時間が違うだけで朝風呂というのは少し肌寒いような気がする。なぜだろう。夜の方が寒いイメージがあるのに、今の方が寒く感じる。だからこそ、湯船がより1層温かく感じて気持ちが良い。


「うん、気持ちいいね」


 白鴎も私以上に気持ちよさそうな顔をしている。今にも眠ってしまいそうな表情だ。


「白鴎さん、眠たい?」

「いや、風呂が気持ち良いだけ」


 その気持ちもよくわかる。


「お風呂にベッドがあればいいのにね」

「……それいいね」


 冗談で言っただけだというのに、白鴎は真剣な顔でそれを考え出してしまった。


「いや、でも溺れる危険性が……」


 それは大変だ。確かに、少しでも水があれば人は溺れる事が出来るから、寝る所に水なんて危険だろう。けれど、それを真剣に考えようとする白鴎もなんだか面白い。それに寝ている間ずっとお湯に浸かっていたら、体がふやけてしまう。

 長時間風呂に入るというのも難しいものだ。何しろ


「白鴎さん、あっちゅい…………」


 いつもよりほんの少し長く湯船に浸かったというだけで、体が暑くてたまらなくなってきたのだから。


「……あっ、ごめん。のぼせたらいけないから、早く上がろう」


 白鴎はそう言うと首まで浸かっていた私の脇を持ち、まるで畑から大根を抜くようにさっと持ち上げた。


「ふひゃっ」


 いきなりの事に驚いて変な悲鳴が口から漏れる。今白鴎の目の前に私の全裸が晒されている訳だけれど、全く羞恥心が働かないのは私が子どもだからだろう。


 脱衣所に出ると、風呂場とは全く違う温度で体がぶるりと震える。しかし、火照った体には冷たい風が気持ち良い。


「風邪ひく」


 白鴎はすぐに私にタオルを被せた。ふわふわのタオルに包み込まれる感覚にはまだ慣れない。


「冷える前に、服きて」


 パジャマではなく洋服を差し出された事に疑問を感じたが、今が夜ではなく朝だった事を思い出す。


「わぷっ」


 袖を通す前に白鴎が私の頭に服を被せる。それに頭から順に通していく。私がゆっくりと服を着ている間にも白鴎は自分の服を着終えたようだ。









 部屋に戻ると霙がりんご水入れてくれていた。喉にりんご水を通すと冷たさが染み渡ってくる。風呂上がりに明かりをつけなくても、明るい部屋に違和感がある。同じく風呂の後に襲ってこない睡魔にも違和感がある。


 濡れた髪が少しずつ体温を奪っていく。しかし、それは不快ではなく、先程まで暑くて火照っていた体から熱が発散するような感覚だ。どちらかというと気持ちが良い。


「髪の毛」

 

 白鴎がタオルを持ちながら、私の方を向いてそう言ってくるものだから思わずくいっと頭を白鴎の方に向ける。頭がふわふわの感覚に包まれるのを感じる。相変わらず、丁寧な拭き方だ。気持ちが良い事、この上ない。

 

「むふふっ」


 口から不思議な声が漏れるが、霙も白鴎も気にしていない様子だった。




 コンコンッ



 控えめだけれどハッキリとしたノックの音が聞こえる。私の髪はまだ少し乾いていないけれど、服は着ているし、いいだろうか。そう思って白鴎を見てみると、頷いてくれたので「どうぞ!」と叫ぶ。私が答えるとすぐにドアは開いた。


「お邪魔するよ」


 入ってきたのは彩月だった。少ししか日は空いていないというのに、とても久しぶりに感じる。


「彩月さん、こんにちは」

「こんにちは」


 相変わらず、おしゃれな髪形をしている。私も彩月の様に自分で上手に編み込みが出来るようになりたい。


「風呂上がり?」

「あのね、昨日国王様の所にいってて、疲れて寝ちゃってお風呂入ってないの」

「ああ、だから朝風呂」


 彩月は納得したように私を見るけれど、その後に呆れたように白鴎の方を見た。何となく、白鴎も風呂上がりだと察したのだろう。彩月の目線が「昨晩も入っていただろう」と言っている。


「髪はしっかり乾かしなさい」

「はぁい」


 きちんと返事はするけれど、私はただ椅子に座っているだけだ。私の髪を乾かすのは白鴎達だ。


「国王はどうだった? 怖くなかった?」


 私が髪を乾かしてもらっている間の暇つぶしとでも言ったように、私の対面のソファに座った彩月は私に問いかける。


「国王様……」


 どうと言われても、どのように答えるのが正解か分からない。ただ、怖かったかと聞かれるとそれは否だ。少なくとも、また会いたいと思える程度には好ましく思っている。だいたい、私は国王という人物を考察出来るほど偉い立場では無い。確かに彩月が心配したように、一見すると無表情で怖い印象だ。これに関しては私自身も人の事を言えない気がするが。一日黎翔と過ごしてみて、まるで兄のように、父のように接してくれた。


「すきだった」


 私はそう感じた。結果は単純だ。私がそう答えると、私の髪を拭いている白鴎の手が止まった。


「?」


 白鴎を見ると、不機嫌という感情が前面に出ていた。私は彼に何か怒らせる事を言ってしまっただろうか。何がきっかけになったのか見当もつかない。霙に助けを求めようにも、彼も同じような表情をしていた。


「……」


 一体、何がいけなかったのだろうか。人は、何気ないたった一言で関係性が崩れてしまう事はよくある。信頼していても、信用していても、いつも、簡単に人は離れていく。

 しかし、そうもいっていられない。この世界の私の居場所はここだけだ。たとえ、嫌われたって、ここから追い出される事は避けたい。気がつけば、手をぎゅっと握りしめていた。きっと、こういう感情を「怖い」というのだ。頭が真っ白で、真っ黒になる。


「あの……」


 謝ろうと思っても何がいけなかったのか分からない。上辺だけの謝罪なんて意味がない。


「………………いや、ごめん。何でもないよ」


 私の戸惑いに気がついたのか、白鴎は、先程までの不機嫌そうな顔を隠し、いつも通りの優しい顔でそう言った。恐らく、本当に何でもなかった訳ではなく、私に気を使ってそう言ってくれただけだろう。だが、白鴎が何でもないと言っているにもかかわらず、私がそこでズカズカと内容を聞く訳にもいかないだろう。


「そう、ですか」


 私は一言、そう返す事にした。

 






 私の髪もすっかり乾き、彩月は机の上に沢山の紙を広げ始めた。


「これは?」

「披露会で聖女様が着る衣装のデザイン画です」

「ふぇ…………」


 驚き過ぎて、おもわず変な声が漏れてしまった。


「こんなに沢山ですか?」

「聖女様はイメージを膨らませてくれますからね」

「それなら、良かったです?」


 思わず疑問形になってしまうが、彩月の助けになっているのなら良かった。


「1番のオススメはこれですが……」


 彩月は沢山の紙の中から、1枚を取り出す。


「見てもいい?」

「ええ、もちろん」


 彩月から受け取って、その紙をましまじと見る。最初に浮かん出来た感想は、「綺麗なドレス」というよりも、彩月は、絵が上手だなという事だけだった。私もこんな風にさっと素敵なドレスを描けるようになりたいと思ったが、霙と白鴎の「聖女様に似合いそうだ」という言葉を聞いてやっと私の意識はデザインの方へ行った。


「聖女様の服の大まかなデザインは各国共通なので、元々決まっているのですよ。けれど似合う衣装というものは人それぞれ違いますから、自由に細かなデザインを変えても良いのですよ」


 細かなデザインをたくさん変えているならば、それはデザインが決まっていると言ってもいいのだろうか。人によっては完全にオリジナルになるのではないのだろうか。そこは私にはわからない。けれど、彩月の事だから、きっと私に似合うと思ったデザインにしてくれている事に、間違いはないだろう。何よりこのデザインは、首が詰まったり、ネックレスがあったりはしないから、私も快く着る事が出来る。デザインとしては、昨日、黎翔に会いに行った時に着た服に似ているかもしれない。特に真っ白ベールなんかはそうだ。


 正直な感想を言ってもいいのならば、私には、正直デザインというものがよく分からない、確かに可愛いとは思うけれど、もっとこうしたらいい、などというアイデアが、私の口から出るはずもない。


「可愛いねぇ」


 ただ、可愛いドレスを着られるというのならば、それは喜ぶべきだ。この胸の高まりはきっとこの可愛いドレスを着れる事に対してだろう。ただ一つ分からないのは、このデザイン画のドレスには、色が塗られていない。果たして、実際の衣装が白色なのか、それともまだ色を塗っていいなだけか。どちらでも可愛い事に変わりはないから、私にとっては、問題ない。


「他のデザインも良ければ」


 見せてくれたデザイン画は、全て白かった。やはり白が定番なのかもしれない。首が詰まっているデザイン画はひとつもなかったけれど、どれを選んで良いのか分からない。どれも素敵だから。

どのドレスにも素敵な所がたくさんある。小さなお花が散りばめられているものも可愛いし、腰元をリボンで結んでいるのも可愛い。レースがふんだんに使われているドレスも可愛い。


 可愛いものが多すぎて、どれを選んだらいいの分からない。彩月って、本当に私の好みを熟知している。小さな子どもが可愛いと思うものを詰め込んでいるのだろう。


 真っ白なドレスのデザイン画に埋もれていて、まるでこのドレス達がウエディングドレスに見えてきた。それは女の子の夢であり、一生の記憶に残るもの。それに似ている貴重なドレスをぱっと選ぶなんて出来ない。


「聖女様が着てみたいと感じるものが1番ですよ。何が似合うとか、相応しいとかは二の次です」


 彩月は細かなデザインは変更出来ると言っていたけれど、多分これは細かなデザインを変更しない方が可愛いと思う。元々のデザインを変更して、このデザインになっているのだから、私が余計な口出しをすると、この素敵なドレス達のバランスを崩してしまいそう。


「着てみたいもの……?」


 そんな単純な選び方でも良いのだろうか。何十枚という紙の中からたった1枚を探し出す。それはなんとも簡単なようで、難しいのだろう。もしこの紙を見つけてくれという正解があるのならば、それは簡単だと思う。けれど、今回に限っては、正解はない。もし正解があるとすれば、私の好みに合うかどうかという事だろう。

 彩月は以前、着る服に私の好みを反映させても良いと言った。それを思い出せば、心をざわつかせる感覚はなくなった。

 果たして、そこから一体どれくらいの時間が経っただろう。まるで審査会のようだった。一次予選に通ったドレスを、さらに、二次予選に通していく。そして本選では、吟味に吟味を重ねて、何度も何度も見比べて、本選に落ちたかと思えば、敗者復活し。


 思えば3人はよく飽きずに見守ってくれていたと思う。


「これが、可愛いの」


 結局、私が選んだのは薄いシフォンのような柔らかい生地が使われているドレスだ。鳥のように、どこかに羽ばたいていきそうな薄いマントのような、どこか羽のようにもみえるものも付いている。

 彩月がオススメしてくれたドレスとは、少し違うけれど、私が一番着たいと思ったドレスだ。


「これにします」


 それを彩月に見せると、彩月の一番のオススメではなかったものの、とても良い笑顔を見せてくれた。


「そのドレスだって、私の自慢の作品です。それに、こんなに真剣に選んでくれたなんて、デザインを描いた側として、とても嬉しく思います。ありがとう」


 ただ時間をかけて、ドレスを選んだだけで、礼を言われてしまった。意味が分からなかった。


「あのね、披露会は緊張するけど、このドレス着たら頑張れそうなの」

「そんな事まで言ってもらえるなんて、きっとこのドレスは、幸せ者ですね」


 彩月はゆったりと、笑いながら、デザイン画をまとめ始めた。今日はここで終わりなのだろう。


「聖女様が風呂上がりでよかったです」

「え?」

「髪を結んでいませんからね。衣装を決める時に髪型のイメージを決めておきたいですから」


 なるほど。こういう時って、髪型も決めておかなければいけないのか。


「という訳で、髪型を少し弄ってもよろしいですか?」

「はい」


 特に断る理由もなく頷くと、彩月は私の後ろへと回ってきた。


「………さらさらになってきましたね」


 彩月が、私の髪の毛をすくい取りそう呟く。


「えっと、霙さんと白鴎さんが毎日綺麗にしてくれるから」


 さらさらと言われたのは、とても嬉しいけれど、これは私の努力ではない。どちらかというと、霙達が、毎日綺麗に洗ってくれているおかげだろう。それに加えて、毎日美味しい食事が出来ているからだろう。髪は栄養が行き届くとサラサラになるというし、きっとそのおかげだ。緑弥にも感謝を伝えなければいけない。


「……やはり結んだ方が?」

「でも、このデザインだと下ろした方が聖女様らしいのでは?」

「しかし、それならば、あまりにもシンプルすぎる」


 聖女様らしいとは一体どういう事だろうか。もしかすると、この三人には、聖女様像というものがあるのかもしれない。


 こういう時、私は役立たずだ。自分が好きな髪型でも言えば、少しは参加出来るかもしれないのだけれど、私が好きな髪型というものはない為、話に入る事が出来ない。まぁ、私にとって嫌いな髪型はないから、どのような髪型でも問題は無い訳だけれど。


「聖女様はやってみたい髪型はありませんか?」


 ない。そういうのは簡単だけれど、ここでそれを言うのは、「興味がありません」「なんでもいいです」と言っているようで失礼にあたるかもしれない。だからといって、髪の毛を結ぶ技術もセンスもない私には「これがいい」と言えるものがない。私の知識の中にある結び方といえば、せいぜい三つ編み、編み込み、お団子くらいだ。あとは簡単な1つや2つ結びくらい。そんな私から零れ落ちた言葉といえば


「彩月さんみたいなの……」


 むしろ、こんな言葉でも出てきた事だけで、上等だろう。


「ふむ。つまり編み込みという事ですね」


 そう呟いた彩月は何処となく上機嫌なように見えたので、私の答えも完全に間違っていた訳ではないのだろう。それに彩月の髪型が素敵だと思っていた事に嘘はないのだし。


「分かりました。それなら……」


 彩月は私の髪の毛を少し掬ったかと思えば、そのままなにやらゴソゴソと髪を引っ張っている。いや、恐らく髪を結んでいるのだろう。引っ張っているという表現は失礼だった。


 少しずつ耳にかかる髪が減っていくのを感じる。髪に触れられるのは、やはり気持ちが良い。


「よし、」


 彩月は、そう呟いて移動したかと思えば、反対のサイドの髪の毛を取っていった。最初と同じように、耳の少し上あたりまでを編み込みしているのだろう、そこからは、髪の毛を引っ張られる感覚もなく、多分、三つ編みをしてるのだろうと思う。両方の長い三つ編みを合わせて、後ろでくくる。


「こんな感じかな」


 白鴎が小さな手鏡を持ってきてくれたので、それを覗き込む。彩月の髪型とは少し違うけれど、これもまた可愛い。簡単そうに見えてこれまた難しい。


「可愛いねぇ」


 思わず自画自賛してしまった。けれども、自分の髪が可愛く整えられているというのは、とても嬉しいものだ。手で握っている鏡を左右に動かし、自分の髪型を眺めるのは、とても面白い。


 まるでお姫様にでもなってしまったかのようだと思い、笑いが零れ落ちてしまいそうになる。






「あとは髪飾りを考えなければ」


 髪飾り。まだ決める事があるのか。思わずため息が出そうになったが、これは私に関する事だから、私が飽きていてはいけない。けれど、私の思った事が表情に出ていったのか


「少し疲れたから、休憩しましょうか?」


 彩月がそう言ってくれたので、私は迷わず首を縦に振る事にした。


「それじゃあ、時間的にご飯だね」


 仕事モードが終わったのか、彩月は笑いながら軽く私の頭を撫でてそう言った。


「ご飯!」


 キラリと私の目が輝いた。


「ごはん持ってくるから、待ってて」


 白鴎は食事の時間だと分かると、さっと部屋を出て行ってしまった。


「今日のご飯はなぁーにかなぁ?」


 足を揺らして霙に聞いてみるけれど、


「さあ、緑弥に聞いてみなければ分からないな」

「そっかぁ」


 再び足を揺らす。


「……」


 ちらりと彩月を見るけれど、部屋を出ていく様子もない。もしかすると。


「彩月さん、一緒に食べる……?」


 恐る恐る期待を込めて聞く。


「……そうですね。一緒に食べましょうか」

「うん!」


 彩月は一緒に食べてくれるようだ。となれば、


「ちょっと行ってきます」

「え、どこに?」

「みんなの所!」


 驚く彩月をよそに、私は部屋を飛び出した。


 私が思うままに動いても、この世界では きっと大丈夫。そう思えたから。




 

 





 


「かえりましたぁ」

「えっと、お邪魔します?」

「ただいまー」

「邪魔するぞ」


 私は出て行ってから数十分後に皆を連れて戻ってきた。部屋の中を見渡すと、先程までいた霙の姿が見えなかった。座って待っていたのは彩月だけだった。彩月は待っている間の時間が暇だったのか、はたまたアイデアが思いついたからか机の上にデザイン画を広げていた。


「なぜ績が?」

「聖女様に一緒にご飯食べようと誘われましてね。ちょうど食事をする頃でしたし、あんなに可愛く誘われたら、断れません」

「ほう。ちなみに聖女様はどんな誘い方を?」


「医務室のドアをノックして、返事を待たずに入ってきたかと思えば、私の足に抱きついて『一緒にご飯食べよぉ?』と首を傾げながらお願いされました」

「……それは断れないね」

「でしょう?」


 彩月が一緒にご飯と食べてくれると知った時、績の顔が浮かんだ。そして、


「ほら、今日の飯だ」


 ワゴンをもって来てくれた緑弥も誘ってみたら一緒に食べると言ってくれた。しかし「味見やらなんやらであんまり腹は空いてないから、少しだけだが」という事だった。けれども、みんなで食べられるのならば、構わない。


「六人前だな。今日は大皿をいくつか持ってきたから、好きなものを好きなだけ取ってくれ」

「すっごく楽しそう!」


 好きなものを好きなだけなんて、とてつもなく、贅沢だ。つまり嫌いなものは食べなくて良いのだろう。サラダにトマトが入っているけれど、それも食べなくていいし、小さなコロコロのハンバーグと、茹でたふかふかのニンジンだけたくさん食べても良いのだ。

 おにぎりもあるし、トマトパスタも美味しそうだ。


 恐らく私の事だから、量は食べられないだろう。前に、霙や白鴎と一緒に食べた時以上の山盛りだ。果たして食べきれるのだろうかと不安に思うほどの料理が皿に載っている。


「美味そう。さすが緑弥」

「美味そうじゃなくて美味いんだよ。冷める前にさっさと食おうぜ」


 それぞれが机に着くと、決して小さい訳では無い机が料理で埋まってしまった。この人数で食べるには少し狭いかもしれない。けれど、この狭さが心地良い。


「そう言えば霙さんは?」

「先程出て行ったきりまだ戻ってきてませんね」


 見渡すと霙が座るであろう椅子の所だけ、空白だ。


「先に食べようか?」

「えー……」


 それはなんだか寂しい。出来る事ならば、一緒に食べたいと思う。けれども、お腹が空いているのも事実な訳で。目の前の食事を自主的におあずけしていた私は五分ほどで限界がきた。私というよりも、私のお腹が限界を迎えたのだけれど。


「聖女様、お腹も鳴っている事ですし、食べましょうか?」

「はぁい」


 腹も鳴っているし、それに温かいうちに食べた方が美味しい。


 それじゃあ、いただきますと、手を合わせようとした所で、霙が漸く帰ってきた。


「すまない、遅れた」


 霙の顔見て少し安心したと同時に 霙の腕の中にあるものに目がいった。


「霙さん、おかえりなさい!」

「ああ、ただいま」


 それはまるで瓶のようだ。中身が何かは分からない。

 

「どこに行っていたの?」

「緑弥の所にな。といっても緑弥はいなかったが」

「俺に用事だったか? すまねぇ、何の用だった?」

「聖女様が飲む為の牛乳がなくなったから貰いにな。いなかったので、済まないか、勝手にもらったぞ」

「ああ、構わない」


 霙の用事は、私の為だったようだ。牛乳がなくなっていた事に気がつかなかった。毎日というペースで飲んでいるから、消費も早いのだろう。飲みたい時に、もうなかったと絶望する事はなさそうだ。


「じゃあ、全員揃った事だし、食べようか?」

「うん!」


 今度こそ、心置きなく両手を合わせる。


「いただきまぁす」


 さて、何から食べようか。

 やはりニンジンから食べたいと思ったのだけれど、ここで問題が起きた。


「届かない」


 椅子の上に立てば届きそうな気もするが、さすがに行儀が悪いだろう。


「どれが食べたいんだ?」


 必然的に隣に座っていた緑弥が、私の世話をする事になった。申し訳なかったけれど「俺はそんなに腹が減ってないから大丈夫だ」と言って喜んでその役目を引き受けてくれた。


「えっとね、ニンジン」

「あとは?」

「ニンジンもっと、」

「とりあえず5個ぐらいにしとけ。食べれたらまた入れてやるから。ニンジン以外は?」

「えっと、キャベツ」

「残念、これはレタスだ」

「……」


 見分けるのは難しいと思う。緑弥は、皿にニンジンとレタスを置いてくれた。


「あとは?」

「ニンジン!」

「……」


 そんなに冷たい目で見ないで。


「だって、好きな物好きなだけ食べていいって、……」


 そう言ったのは緑弥だ。


「…………野菜を食べるのはいい事だ」

 

 緑弥は苦し紛れにそう言った。自身の発言を顧みているようだ。


「じゃあ、ニンジ」

「だがな」


 ニンジンをもっと、と頼もうとした所で緑弥さんに阻まれてしまった。


「栄養バランスって知ってるか?」

「……知らない」


 聞いた事はあるけど、知らない。なんだか難しそう。


「野菜を食べるのはいい事なんだ。しかし、野菜だけ食べると、元気もなくなるし、体も冷えるし、あと、」

「……あとは?」


「太った時に、痩せにくくなる」

「!!!」


 衝撃だった。どちらかというと野菜って食べたら痩せるものだと思っていた。野菜だけ食べるって、なんて恐ろしい。


 なんだか怖くなってしまって、緑弥さんが持ってくれていた器をそっと押し返す。


「だが食べなかったら食べなかったで太るからな」


 そして押し返した器をもう一度手前に引き寄せる。けれど、野菜だけをずっと食べていたら太らないのではないだろうか。太った時に 痩せにくいのであれば、そもそも太らなければ良い。そう思うのは間違いだろうか。


「そこを気にするなんてやはり聖女様も女の子なんだね」


 白鴎の言葉が突き刺さる。私はれっきとした女の子だ。


「聖女様、どうする?」


 先程の話をした後で、私に選択肢を選ばせるなんて、卑怯だと思う。


「……トマトはいりません」


 そう言って皿を緑弥に預けた。


「いい子だな」


 緑弥がわしゃわしゃっと私の頭を撫でてくれた。乱暴なはずなのに、なぜかその仕草に心が温まる。


「大丈夫だ、俺の作ったものはどれも美味い」

「うん」


 そこに関しては、信用がある。おにぎり1つとパスタを少し。ニンジン5個とレタスを沢山。あとは小さなハンバーグが2つ。正直、食べきれるか怪しい所だ。


「いただきまぁす」


 まずは大好きなニンジン。茹でてあるニンジンはほわほわで甘くて、とろけてしまう。


「あまぁい!」


 ポリポリのニンジンも好きだけどこっちも大好き。視線を感じ、周りを見渡せば皆がこちらを見ていた。


「どぉしたの?」

「いえ、美味しそうに食べるのだなぁと思いまして」

「だって、とっても美味しいの。績さんもニンジンどぉぞ」

「ふふ、ありがとうございます」


 フォークにニンジンを刺して績の口元まで持っていくと、口を開いてくれたので、その中に入れる。


「ね、美味しいでしょ?」

「ええ、美味しいですよ」


 私が作った訳では無いけれど、私のおすすめだから、ドヤ顔をしておく。


「ほら、これも美味しいよ」


 次は何を食べようかなぁと考えていた所、目の前にフォークに巻き付けられたパスタが現れた。


「彩月さん、食べていいの?」

「是非」


 パクリと目の前のパスタを食べると、この間と少し味が違うような気がしたけれど、これはこれで美味しい。


「お味は?」

「おいしいの」


 隣で緑弥がドヤ顔をしているのが見えた。褒められて嬉しいのだろう。

 フォークにニンジンをさして口に入れると、先程と同じように柔らかな、甘みが口の中に広がっていく。もうひとつ。


「あむ」


 もうひとつ。


「はむ」


 おいしい。もうひとつ―――、


「あ、」


 ニンジンは5個しか入れてなかった。4つを食べ、1つは績さんにあげた。


 チラリと緑弥を見てみるが、彼は私の視線に気付かずに、霙達と話をしながら食べている。


 今なら大丈夫だろうと思い、緑弥とは反対側の私の隣に座っている績の服をちょいちょいっ引っ張る。績はそれに気づいてくれた。


「どうしました?」

「ニンジン食べたい」

「食べましたよね?」

「でも、もう無くなっちゃった」

「……」


 績ならば、私が言いたい事を分かるはずなのに。ここは私が言った方が良い。


「おかわりちょぉだい」


 皿を出して績にそういう。すると績は私のフォークを手に取った。そのまま大皿のサラダからニンジンを。

 そう思ったのだけれど績は私の皿に盛られているレタスを差し 私の口元まで持ってきた。


「あむ」

 

 食べるけれども。美味しいけれども。それじゃない。績はその後も私の器のレタスを食べさせようとする。績はもうニンジンをくれないようだ。

  

「彩月さん、あのね」


 績が難しいならば、次は彩月に頼もう。そう思って声をかけるが。

 

「聖女様……?」

「ひぇっ」


 緑弥に見つかってしまった。すっごく笑顔なのだけれど、それが逆に怖い。


「さっき、野菜だけじゃダメだって言ったよな? 俺の話を聞いていなかったのか?」

「……でも」


 有無を言わせない緑弥が怖い。私の体を思って言ってくれているのだと分かってはいる。けれども、「好きなものを好きなだけ食べる」。それを一体あと何回できるのだろうか。美味しいと思って食事をする機会があと何回あるのだろうか。そう思えば思うほど、目の前の食事に貪欲になってしまう。ただでさえ今日は、食事が美味しいというのに。


「ニンジン、食べたい……」

 

 笑顔の緑弥が怖かったけれど、頑張ってそういうと、緑弥さんは大きなため息をついた。そのため息にびくりと肩を震わす。怒らせたか。自分でも、少し我儘を言い過ぎたかと後悔する。油断して調子に乗りすぎてしまったのだろうか。

  

「ニンジンのおかわりはデザートまで食べてからだ」

「……」 

「可愛くむくれてもだめだ」

 

 緑弥の妥協に喜びつつも、今皿にある全てを食べないとニンジンのお代わりが食べられないという事事に思わず頬を膨らませる。

 

「普通これって、逆だよな?」

「ね。普通は『デザートは野菜を食べてから』だもんね」

「!」


 霙と白鴎の言葉にヒントを得た私はまた調子に乗って緑弥に言葉を返す。


「デザートは、お野菜食べてからね!」

「……はぁ、残念だ。デザートはニンジンゼリーだったんだがな」

「!!!???」


 予想はるかに声を 返答に私は頭の中で 何度も その言葉を繰り返す。


 ニンジンとニンジンゼリー。やわらかくてホクホクのニンジンとまだ正体もよく分からないけれど絶対に美味しいに違いないニンジンゼリー。でも、ニンジンゼリーを食べないとニンジンを食べられない。でも、他のも全部食べないとニンジンも食べられない。ニンジンを食べるにはニンジンゼリーを食べないといけない。ニンジンゼリーを食べたいけれど他のも食べないといけない。でも、レタスも好きだしハンバーグも好きだけど、それまでにおなかがいっぱいになったらニンジンゼリーも食べられない。だけど、ニンジンもたべたい。


「う~ん?」


 なんだか、目が回ってお腹いっぱいになりそうだ。


「とりあえず、ほら。ハンバーグ食え」

「あーむ」

「次はおにぎりな」

「あーん」


 ハンバーグとお米の組み合わせは最高だ。美味しすぎて顔が溶けそう。

 次はパスタ。これもハンバーグとの相性は良い。

 今度はハンバーグが口の中に入ってきた。頬が落ちてなくなった気がする。


 ペタペタと頬を触ってみる。大丈夫。いつもと一緒だ。

 

「どうした?」

「ほっぺた、なくなっちゃった? ちゃんとある?」

「ふっ、心配するな。ちゃんとついている」


 それは良かった。

 だが、非常に遺憾ながら、良くない事が起ころうとしている。さわさわとおなかを触ってみる。あとはおにぎり半分とパスタが一口。レタスが沢山。


「……はむ」


 やはりおにぎりは美味しい。味わうようにゆっくりと噛む。今日はおにぎりの中になにも入っていない。

 パスタも美味しい。

 あとはレタスだけ。でも、フォークがレタスを刺そうとしない。


「どうした、食べないのか?」

「ううん、レタス食べる」


 レタスは美味しい。フォークを刺したときのシャキッという音が好き。


「おいし」


 これならば食べられそうだ。ドレッシングがかかっていないから、思ったよりも食べられそう。野菜本来の美味しさとでも言うのだろうか。


 それも長くは続かなかった。

 

「もう、おなかいっぱい……」


 頑張ろうと思ったけれど、どうしても無理だった。私の腹にも限界はある。最近はよく食べているとはいえ、もともと小食の私だ。今日はむしろよく食べた方だろう。あとでお腹が痛くならなければよいが。


 私の目の前で、ニンジンゼリーとニンジンが笑顔で手を振って、離れていくのが見える。それらは皿の上のすべてを食べ終わってからという「約束」だったのだから。

「全部食べろ」そう言われない限りはどうやったって 全部食べられない。レタスをもう1、2枚ならば食べられるとは思うが 完食はさすがに難しいと思う。


「……まぁ、レタス以外はちゃんと全部食べたしな」


 そう言って緑弥は私の前にオレンジ色のきらきらを置いてくれた。

 

「……いいの?」


 完食する事が出来なかったのに、なぜか目の前にはニンジンゼリーと呼ばれるものが置かれている。


「……まあ、聖女様に食ってほしくて作ったからな」


 最初から、食べさせてくれる気は あったという事か。私は彼にいいように流されたという訳だ。

 

「結局、緑弥も甘いんだから」

「うるせ」


 皆の皿の方を見てみると、先程まで大皿に乗っていた料理たちはもう残りわずかとなっていた。私がおかわりをしない事を見越して食べきっているのだろうとは思うが、ニンジンだけは残しておいてくれると嬉しい。正直、デザートの後のニンジンまでたどり着けるかは分からないけれど。


 改めて目の前に置かれたニンジンゼリーに目を向ける。けれども それがあまりにも輝いていて、本当に食べ物であっているのか分からなくなった。


「これなぁに?」

「ん、ニンジンゼリーだ」


 ゼリーとは、こんなにも輝いているものなのか。それとも、ニンジンだから輝いているのか。緑弥が作ったからこそ輝いているのか。

 わからないが、緑弥は、私がまだレタスを食べ終わっていないのに、ニンジンゼリーをくれた。こんな事ならば、もっと早めに言っていれば、早く食べれたのではないかと考えたけれど、恐らく口に出してはいけないと思う。そうなってくると、恐らくゼリーの後に食べるニンジンも食べられないだろう。


 それでもせっかく用意してくれたのだから食べないのは悪いと思った。


「いただきます」


 小さなスプーンを手に取り上から差し込むと、簡単にそれは一口サイズへと刻まれた。とてもプルプルとしていて、まるで水でもすくっているようだ。口へ運ぶ前に匂いを嗅いでみると、間違いなく、ニンジンの匂いがした事から、決してオレンジ色の他の果物や野菜のゼリーでない事はわかった。一口食べてみると、それは間違いなく、ニンジンで風味が漂ってきた。まるで水のように柔らかく溶けていく感覚は、不思議だ。この不思議な食べ物がゼリーというのか。まるで水を固めたようだ。

 美味しいか、美味しくないかと聞かれると、とてつもなく、美味しい。きっと私の頬はなくなっているだろう。それほどまでに美味しく、先程までの満腹を忘れてしまった。よく聞く「デザートは別腹」とは、これの事を言うのだろう。


「おいしぃ! 頬っぺたないない!」


 これならもうひとつでも食べられそうだ。


「ごちそぉさまでした!」


 もう満腹だ。


「聖女様、ニンジンは」

「……もう、無理です」


 諦めて首を横に振る。せっかく最後まで食べきって、ホクホクの柔らかいニンジンを食べる権利を得たというのに、それを行使するような腹の隙間が残っていない。悔しい事この上なく、なぜ、あとたった一つのニンジンすら、腹に入らないのだろうかという絶望が私を襲う。


 けれど、「もしニンジンを食べたければレタスを食べてから」と言われなかった事にほっとする。


「本当にいいのか?」

「え?」

「ニンジン食べなくていいのか?」

「でも、お腹いっぱいで……」


 食べたい気持ちは山盛りだ。けれど、現実問題、入らないものは仕方ない。


「緑弥、無理に勧めたらだめ」

「腹が痛くなったらどうする?」

「多分大丈夫だ。前回はハンバーグが原因だな。急に油っこいものを食ったから胃がもたれたんだろう」

「いがもたれる?」

「お腹痛くなったり、気持ち悪くなったりする事だ」


 腹が痛くなったりしないのならば食べてもいいのではないだろうかとささやく私がいる。


「それに沢山食わねえと大きくならないぞ」

「?!」


 食べないと、大きくなれない。だから、私の身長はこんなに小さいのだろうか。


「食べます」

「無理は……」

「食べます」


 たとえ、満腹だろうと何が何でも絶対に食べる。食べ続ければ、きっと身長も伸びる。


「ほら」

「あむ」


 お腹いっぱいだけど、やはり野菜だからか、すんなりと入ってしまった。ニンジンは大好きだから、もう一個ぐらい食べれるかと思ったけれど、さすがにもうやめておこう。私が、ニンジンを食べ終えるタイミングで、大皿に残っていた料理たちは、全て綺麗になっていた。


「緑弥さん、ごちそうさまでした!」

「おう、おそまつさん」


 皆が片付けに入っているのを、私は椅子に座って、足を上下させながら見守る。


 チラリと窓の外を見てみると優しい風が葉っぱを運んでいた。


 今日の空は勿忘草色をしていた。















 食事の片付けも終わり、残っているのは先程と同じ私と彩月と霙と白鴎だけだ。





「それでは、お腹も膨れた所で、髪飾りを決めていきましょうか。とはいえ、デザインはもうほとんど決めてしまいましたが」

「そうなの?」

「はい。聖女様が食事をしている時に考えてしまいました。ドレスに合って、聖女様に似合う髪飾り。こんなものでしょうか?」


 彩月が見せてくれた飾りのデザイン画は、まさにドレスが髪飾りになったようなものだった。ティアラが、まるで洋服を着ているようだ。どちらかというと、ティアラというよりは、カチューシャかもしれない。霙と白鴎もドレスと髪飾りのデザイン画を見比べている。


「可愛い」


 思わずじーっと見つめてしまう。改めてやはり彩月はデザインを考えるのが好きなのだなと思う。好きでなければ、こんなにすぐに考えるなんて出来るはずもない。


「なにせ、今回は盛大なお披露目だというのに準備期間があまりにも短い。すぐにでも取り掛からないといけませんからね。だからといって、適当なデザインなんてしていませんよ、私が魂を込めて作るのですから」

「……ありがとうございます」


 彩月の熱量に押し切られそうだ。この場合押し切られても問題は無いか。


「そうと決まれば、早速制作に移りますね」

「えっ、あっはい、ありがとうございます」


 食事の後の彩月の滞在時間がわずか数分だった。これならば、食事の前に決まってしまった方が良かったのではないだろうか。けれど、一緒に食事が出来たから、特に問題はない。


「今日は特にもうする事はないから、ゆっくりしてくれ」


 白鴎が私の髪をふたつのお団子にしてくれているのを鏡越しに見つめながら霙に返事をする。


「はぁい」


 ゆっくりしてという事は好きな遊びをしても良いんだよね。今の気分はおままごとかな。


「それじゃあ、みーとおままごとします」

「わかった、風呂の時間になったら、また来る」

「はーい」













 おままごとのキッチンの前にみーと一緒に座る。さて、今日は何をしようか。

 ジュースは前に作ったし、弁当も作った。おままごとって楽しそうだけど、遊び方が分からない。


「とりあえず、お弁当作ってみよう」


 みーの目の前にお弁当箱を置いて、まずは何を入れようか考える。食品が入っている箱を覗けば、まだまだ私の知らないものが沢山ある。そうだ。私がよく知らない食材を詰めて、また緑弥に見せに行こう。そうすれば、作ってくれるかもしれない。


「まーずは」


 どれにしようか。パンかご飯か。どちらかというと今の気分はパンだ。先程の食事でおにぎりを食べたからだろう。


「よし、これにしよう」


 私が選んだのはサンドイッチのようなパン。茶色いパンにレタスや卵が入っている。トマトが入っているのは見なかった事にしよう。あとは


「ニンジンさん」


 これは絶対にいる。あとは何にしようか。ごそごそと箱の中を漁ると卵焼きが出てきた。これも好きだ。まだもう少し入りそう。


「……ん?」


 中から正体不明の何かが出てきた。


「たこさん?」


 足が沢山あるからタコだろうか。けれども、タコは頭が丸かったはずだが、これは細長い。


「……」


 色は茶色のようなオレンジ色の様なもの。美味しそうなのか、美味しくなさそうなのか分からない。ここに入っているという事は食べ物なのだろう。


「一応……」


 入れるだけ入れてみよう。多分、食べ物だと思うし、きっと美味しいだろう。これだけでも十分美味しそうだけれど、なんだか、色が偏っている。強いて言うならば緑が欲しい。


「何かあるかな」


 再び箱を漁ると小さな緑色の花束を見つけた。


「可愛い!」


 これも食べられるのだろうか。でもこれは完全に花束だ。さすがに食べられないだろう。しかし、食べられる花もあると言うし。綺麗な緑色だから入れておこう。


「でーきた」


 弁当箱がいっぱいになった所で弁当作りは終わりだ。緑弥に持っていこう。弁当箱に蓋をして立ち上がる。きちんと蓋が閉まっている事を確認して出発だ。と思ったが、何も無いはずの床で滑った。


「ふぎゃぁ!」


 ビターンとういい音がした。


 顔から転び、額を打ってしまった。両手で弁当を持っていた為、上手く受身が取れなかった。


「よいしょ」


 立ち上がって改めて緑弥の所に行こうとすると、手元が軽い事に気づく。弁当箱は持っているのに、何故だろうと視線を手元に移す。


「……!」


 弁当箱を見ると、中の食材が飛び散って卵焼きだけになっていた。


「大変!」


 足元を見るとパンとニンジンが転がっていた。


「よかった。えっと、あとは」


 緑の花束とタコに似た何か。


「どーこだ」


 そんなに遠くには行っていないと思うけれど。足元を探すけれど、どこにもなかった。


「あれぇ?」

 

 机の下や椅子の下、ソファの下を探してみる。


「ない」


 ドアの近くか、それともキッチンの近くか。


「ない」


 あとはベッドの下だろうか。


「あった!」


 出てきたのはタコ。丸くて細長いからコロコロと転がったのだろう。


「あとは緑のお花……」


 しかし、不思議な事に緑の花をいくら探した所で一向に見つからず、最後はとうとう諦めてしまった。探そうと思った時に出てこず、諦めた頃に見つかるのだろう。


 さぁ、蓋を閉めて緑弥の所まで。













 緑弥がいる調理場までの道は先程行ったからよく分かっている。



「おじゃましまぁす」


 調理場に行くと、緑弥さんが椅子に座って本を読んでいた。前回同様、読んでいるのは、レシピ本だろうか。


「ああ、いらっしゃい。どうかしたか?」

「お願いがあって来たの」

「お願い? どんな……、なんかおでこ赤くないか」


 早速気づかれてしまいました。


「さっき転んじゃった」

「なんか、俺の所に来る度怪我してないか?」

「……」


 そんな事ないよと言いたい所だけれど、この間来た時も走って転んで、膝を怪我していた。


「全く……。ほらこれ」


 緑弥は私に小さなタオルをくれた。触ってみると、水で濡らしたのかひんやりしていた。


「これは?」

「打った所に当てとけ」


 おでこに当てると冷たくて、とっても気持ちがよかった。


「ひんやりする」

「冷やす為のものだからな。これ以上酷くなるようなら、絶対に績の所に行けよ」

「はぁい」

「……本当に酷くなったら行くんだぞ」


 何故二回言ったのだろうか。


「そんで、お願いってなんだ」


 あぁ、忘れていた。私は抱えていた弁当箱の蓋を開ける。


「あのね、今度こんなお弁当食べてみたいな」

「……ハンバーガー、ウインナー、卵焼き、それとニンジンか。ブレないな」


 褒められてるのだろうか。


「これならすぐ作れる。また作る日を考えておくよ」

「ありがとう!」


 思ったよりあっさりと許可がもらえてしまった。いつかは分からないけどまた作ってくれる事だろう。


「それじゃあ、お邪魔しました」

「ああ」


 緑弥さんに弁当箱を預けて、背を向ける。部屋に戻ろうとした所で「まて、」と、声をかけ引き止められた。


「どうしたの??」

「いや、なんか髪に刺さってるぞ」

「え?」


 私の髪といえば、先程白鴎が二つのお団子にしてくれていた。もしかすると、髪飾りをつけてくれていたのだろうか。


「なんだ、これ。髪飾り……、いやブロッコリーか……。いや、なんで髪にブロッコリー刺してるんだよ」


 不思議な名前の髪飾りがあるものだ。緑弥が髪からとってくれたので私もそれを視界に移す事が出来た。見るとそれは、私が先程なくした緑色の花束だった。これは、ブロッコリーという名前なんだね。


「あ、そんな所にあったの?! さっき転んだ時に無くなっちゃったの」

「転んで髪に刺さるとかどんな奇跡だよ」


確かに。


「で、これもお弁当に入れれればいいのか?」

「お願いします!」

「わかったこれで彩りは完璧だな」


 彩り。色の事だろうか。難しい言葉を使わないでほしい。


「またね」

「ああ、またいつでも来い」


 なんだか楽しい冒険だった。帰りも転ばないように気をつけよう。額に当てた濡れタオルが気持ちいい。








「おかえり、

 聖女様」


 部屋に戻ると白鴎と霙がいた。


「ただいまです」

「おでこどうかしたの?」

「転んじゃったの。緑弥さんが冷やすのくれたよ」


 私が額にタオルを当てていたから何事かと思ったようだった。


「見せてみろ」


 霙が私の前髪をめくる。


「……少し赤いが、すぐに落ち着くだろう」


 そんなに心配しなくても痛くないから大丈夫なのだけれど。心配してくれているというのは、とても心が温かくなる。

 思わず頬が緩みそうになった。













 本日二度目の風呂だ。1日に2回も風呂に入るというのは、とても贅沢な気がしてきた。けれど、今日は昼寝をしていなかったからか、頭と体を洗い終わって、湯船に浸かる頃には、睡魔が襲ってきていた。頑張って耐えていたけれど、体を拭き終わって、パジャマを着てからは、本格的に目が開かなくなってきた。


「ちょっと……、ねむたいです」

「ああ、そうか。いつもは昼寝をしていたが、今日はしていなかったな。今日は早めに寝るか」


 コクリコクリと、耐えていたはずの睡魔が襲ってきて、私の頭を地面につけようとする。


「寝てもいいよ。布団まで連れて行ってあげるから」

「……ココア」

「また明日ね」

「……はぁい」


 白鴎に手を伸ばすと、分かっていたように私を腕に抱き抱えた。抱っこされたまま、左右に揺られ、まるで揺りかごのような感覚を味わう。



 うっすらと目を開けてみると目の前には窓があった。




 窓から見る萱草色は、とても綺麗だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。