第8話 谷口の誤算
「なんだと……!? ふざけるなっ! 俺を誰だと――」
真城が通話を切断する寸前に、谷口の怒り狂ったような声が響き、プツッと途絶えた。
絶妙なタイミングだったので、思わず失笑が漏れてしまった。
しばらくして、床に当たり散らしているような馬鹿でかい足音が聞こえてくる。
ダンダン、ダンダンダンッ!
ドアを叩く音がした。
だが、この部屋ではない。
俺たちがどこにいるかわからないのだろう。
「おいっ! どこにいやがるっ! 出てこいっ!!」
面倒くさい奴だな。
今更、なんの用だっていうんだ?
魔法省を辞めた今、まったくの無関係だっていうのに態度がでかい。
俺が立ち上がると、黙って真城も後ろについてきた。
会議室を出ると、廊下にいた谷口がやたらめったら、ドアというドアを叩きまくる光景を目撃した。
まるで文明を知らないチンパンジーだ。
「やめろ、谷口。ドアを壊す気か」
俺が言うと、谷口は振り返り、睨んできた。
「やめろだぁ? おい、おっさん。いつから、そんな偉そうな口が叩けるようになったんだ? また魔法省で働きたいんだろう?」
なにを聞いてたんだ、こいつは?
門前払いをされたのをもう忘れたのか……
「興味はない。忙しいんだ。帰ってくれ」
「なにを強がってるんだ? お前みたいに掃除しか能のない奴が、探索者としてやっていけるわけがない。魔法省で面倒を見てやると言ってるんだ」
話が通じないな。
「谷口。俺はあんたが上司だったから、ある程度の理不尽は我慢したし、あんたを立てたよ。今日ははっきり言える。あんたみたいな頭のおかしな人間の下で働きたい奴なんざ、この世に一人もいねえよ」
「なっ……!」
絶句と表現するに相応しい顔だった。
言い返されるとは夢にも思っていなかったのだろう。
「粋がんなや、おっさんがよっ!!」
「谷口魔法官。対等な条件を提示すべきでしょう」
毅然とした口調だった。
真城の冷たい視線に、谷口は気圧されていた。
「白石マスターが必要だったことに今更ながら気がついたのでしょう。そうであれば自分の落ち度を丁寧に謝罪し、敬意を示してマスターの力を乞うべきです」
「……俺が……落ち度ぉ……!? 下手に出てりゃ、増長しやがってっ……! こんなおっさんの力を乞うわけがないだろうがっ……!!」
瞬間、底冷えするほどの冷ややかになった真城の表情を見て、谷口はビクッと怯えた。
気持ちはわかる。
隣にいる俺だって怖いんだもんな。
「そこまで言うのでしたら、覚悟してくださいね。当ギルドは金輪際、魔法省の依頼に応じることはありません」
ピシャリ、と真城は釘をさす。
「いるわけねえだろっ! てめえらぐらいの人材なんて、そこら辺にごまんといるんだからなっ! 昔のよしみで声をかけてやったのに棒に振りやがって! 親に逆らった子はぁ、哀れなもんだぜぇっ!!」
言い捨てて、谷口は足早に去っていった。
親に逆らった子?
認知が歪んでるな。
「……なにしにきたんだ? あいつ」
「とある筋の情報によれば、マスターがいなくなったので、あの追い出し部屋ダンジョンで異変が起きているそうです」
「まさか、呪いが掃除できてないのか?」
「はい。慌てて、清掃員を集めるつもりでしょう。正直、無駄の一言ですが」
◇
代々木ダンジョン。
「どうです、谷口魔法官? この階は完璧に清掃しました」
ダンジョン清掃会社の社長、森川が言った。
彼は最先端科学の結晶、超高圧洗浄機を背中にかついでいる。
彼の他にも同じく超高圧洗浄機をかついだ清掃員が50人はいた。
「なんだ、これは?」
「ん? なにか気になるところでも?」
「貴様の目は節穴かっ! 壁を見ろっ! 血が落ちていないっ! 呪いの総量がまったく変わっていないっ! こんなことでよく清掃員が務まるなっ!」
急沸騰したように谷口はまくしたて、森川を侮辱した。
「は?」
カチン、ときたように森川が睨み返す。
「谷口魔法官はものを知りませんな。清掃員が掃除をして、呪いを落とせるわけがないでしょう。汚れを落とすまでが我々の仕事です」
「馬鹿がっ! そんな機械なんか使ってるから、呪いが落とせないんだろうがっ! ダンジョン清掃員なら槍を使えっ、槍をっ!」
地団太を踏みながら、喉が裂ける勢いで谷口ががなり立てる。
「頭がおかしいんですか。槍なんか使う清掃員はいませんよ。そもそも、槍でどうやって汚れをとるんですか」
森川は哀れみの視線を返す。
現場を知らない役人風情が、と言わんばかりだった。
「ともかく、仕事は終わったんで、引き上げさせてもらいます」
話を切り上げ、森川は踵を返す。
「勝手にしろ。呪いが落とせないんなら、代金は支払わない」
立ち止まり、森川は振り返った。
「あんた、なに言ってんだ? それが魔法省のすることか?」
「大体な! こんな呪い、おっさん一人でも落とせんだよっ! お前らは慣れてないだろうから、50人も雇ってやったんだぞっ! 金だって、通常の3倍は払ってるっ! 一流企業の清掃員ががん首揃えて、落とせませんでしたが、通用するほど社会は甘くねんだよっ!! 俺がやれと言ったらやれ! これは魔法省の命令だっ! 国の命令だぞっ!!!」
「おい」
「あ?」
超高圧洗浄機のノズルが谷口の顎に突きつけられる。
次の瞬間、森川はスイッチを押し、高圧の水が彼に噴きつけられた。
「ぐああああぁぁぁぁっ、やめっ……がぁあっ!!」
「ぐだぐだうっせえんだよっ! 現場も知らねえ役人風情にはわかんねえだろうがよっ! 命令されようが、できねえもんはできねえんだよっ!」
激昂しながらも、森川は谷口に水を噴射し続ける。
「ぐっ、くっ……か、金かっ? いくらだっ? 1億か? 5億かっ?」
「わっかんねえガキだなっ! 金をいくら積まれたって、不可能なんだよっ! 金で死人が生き返るのか? 無理だろうがっ!」
「そ、そんなはずはないっ! 追い出し部屋にいた無能なおっさんができたんだぞっ! てめえらは専門の清掃会社だろうがっ!」
「なに言ってっかわかんねえけどよ。そんなことができる奴が本当にいるっていうなら、追い出した奴の方がよっぽどの無能だろうが。まあ、それがてめえだって言うなら、納得だわな!」
水の噴射を止め、森川は引き上げていく。
びしょ濡れになりながら、谷口は屈辱に歯を食いしばり、よろよろ身を起こす。
「どいつもこいつも……あのおっさんが、そんな大層な奴のわけがねえだろうがよっ……!」
◇
数日後。
代々木ダンジョンの通路という通路に等間隔で置かれているのは、巨大な銀塊である。
全てが浄化銀だ。
ダンジョンを浄化するために使われる希少なアイテムだ。
「谷口魔法官っ!」
部下が急ぐようにやってくる。
「浄化銀を全て設置したところ、一定程度の呪いの除去に成功。更に浸食速度が著しく減退しました! このペースなら、試算したところオーバーリミットまで2年は保てます」
「ふん。簡単なことではないか」
計算通りと谷口はしたり顔だ。
「しかし、よいのでしょうか?」
「なにがだ?」
「魔法省にある浄化銀の備蓄を全て使い果たしました。これらは万が一ダンジョンの外に呪いが発生した際に備えてのもので、同じ量をまた備蓄するとなると、10年はかかります。法魔大臣にどう報告をすれば……?」
「なにを言っている? 外に呪いが発生するのを浄化銀によって未然に防いだのだ。なにせ、それ以外に呪いを止める術はないのだからな」
含みを持たせて、谷口は言った。
「それはつまり、白石のことは伏せておくと?」
「リストラされたおっさんにそんな大それたことができるとは、誰も信じねえよ」
「では、2年以内に呪いの対処法を見つけるということですか?」
「ああ、そうだ。俺は昇進してこのダンジョンの担当から外れるから、優秀な後任がなんとかするだろうよ」
自分の責任でさえなければ、モンスターが外に出て、何人死のうと構わない。
谷口はそう言っているのだ。
「残念ですが、谷口魔法官。あなたの思う通りにはいきません」
「……なに?」
部下の後ろから三人の人物が姿を現した。
谷口もよく知っている顔ぶれ――
たった今話題に上がっていた白石整と真城優、そしてイギリス魔法騎士団のナイツ・オブ・ラウンド、アーサー・ヴィッデアロスである。
「貴様ら……いったいなんの……」
「谷口。お前は終わりだ」
確信めいた口調で、白石は告げたのだった。
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