第9話 スイーパーズ
「終わり? 終わりだと? 掃除屋のおっさん如きが、大きく出たもんだな! 足元見ようと思ったのかもしれないが、お前はとっくに用済みなんだよっ!」
突っかかるように谷口が俺に歩み寄ってくる。
すると、アーサーが彼の前に立ちはだかった。
「このダンジョンはイギリス魔法騎士団の管理下に置かれる。法魔大臣には話を通した。契約はすでに締結されている」
アーサーはそう言って、魔法契約書を見せた。
「……なんだと? 魔法省が管理している日本のダンジョンだぞ。イギリスなんぞに売るはずがないっ!」
「代々木ダンジョンがリバースであること。呪いが溜まりすぎてオーバーリミット寸前であることを説明した。唯一、それを防げるのは彼だけだということもね」
アーサーが俺に視線を向ける。
「さすがに魔法省の法魔大臣ともなれば決断が早い。白石と契約を結びたいと言ってきた。10億でも、20億でも、金に糸目はつけないとね。だが、彼はそれを断った」
「断ったぁ……!? 20億の仕事をかっ!?」
谷口は目を剥き、驚愕をあらわにした。
彼の価値観では到底信じられないことだったのだろう。
「魔法省時代の上司、谷口から散々パワハラを受けたんで、金輪際、魔法省の仕事は受けるつもりはないと言っておいた」
と、俺は説明を付け加える。
「なっ!? き、貴様ぁぁっ! それじゃ、まるで俺が悪者扱いじゃないかっ!! 嵌めやがったかっ!?」
「事実だろう?」
そう言ってやれば、谷口はぐうの音も出ない様子だ。
「とはいえだ。魔法省としても、リバースを放置するわけにはいかない。モンスターが外に出てきてしまえば、国民の生命が危険に曝されるからね。かといって、封印するのは10億、20億では利かない損害だ」
アーサーが続きを説明する。
「そこで白石はこう提案したわけだ。魔法省以外からの依頼であれば、引き受ける、と。背に腹は代えられない。魔法省は我々魔法騎士団に代々木ダンジョンを売却し、白石は我々の依頼で呪いを消す契約を結んだ」
「馬鹿な……! こ、この売国奴がぁぁっ!!! 貴様、日本の貴重なダンジョンを、パワハラを受けたからなどという狭量な考えでイギリスに売り払ったのかっ!!!」
谷口が俺を怒鳴りつけてくる。
こいつの理屈は、心底理解できない。
「馬鹿な人」
冷たく呟いたのは真城だ。
「つまらないパワハラで貴重な日本のダンジョンを失ったのは誰のせいと法魔大臣は考えていると思うのですか? あなたの稚拙なおつむでもわかるでしょう」
その一言で、谷口は瞬く間に青ざめる。
魔法省のトップに伝わっているのだ。
いつものように揉み消すことは不可能だ。
「真城……てめえの入れ知恵か?」
「アーサーとつないだところまでがわたしの仕事。この形で決着したのはマスターの意向です」
奥歯を嚙みながら、谷口は俺を睨む。
「おっさん。今日のところは上手くやったじゃねえか。だが、俺に逆らったらどうなるか、覚悟の上なんだろうな?」
「谷口。お前は自分が思うよりずっと立ち回りが下手だ。他人を道具としか見ていないお前は、窮地に陥っても手を差し伸べてくれる仲間が一人もいない」
俺には真城や水家たちがいた。
仕事がなくなっても、ついてきてくれる人間がこんなに沢山いたんだ。
「馬鹿なことを考えてないで、これからは心を入れ替えて真面目に働けよ」
「っざけんなっ! 掃除しか能のねえおっさんが、上から目線かよぉっ!!」
急沸騰した谷口は魔法陣を描く。
そこから抜き放ったのは、禍々しい形状の魔剣である。
「これは猛毒の魔剣だっ! おらぁっ! 逃げ回れやっ! かすっただけで、一生、半身不随だっ!!!」
魔剣を振り回すようにして、谷口がまっすぐ俺に襲い掛かってくる。
遅い。遅すぎる。
渋谷区C級ダンジョンの戦いを乗り越えた今の俺には、谷口の動きは止まって見えた。
槍を構え、そして突く。
金属音が鳴り響き、魔剣があっさりと谷口の手から弾き飛ばされた。
ピトッと血の雫、谷口の顔を濡らす。
「え?」
その瞬間、彼はようやく認識した。
自分の右手首から先が切り落とされているということに。
「がっ、があああああああああああああああっ!! お、俺の手が……手がああぁぁぁぁっ!!!!」
どくどくと手首から血を流しながら、谷口はダンジョンの床でのたうち回る。
その汚らしい首に、俺は槍を突きつけた。
「ひっ……!!」
一瞬で動きが止まり、真っ青な顔で彼は体をぶるぶると震わせた。
「お前の言う通り、俺には掃除ぐらいしか能がない。ゴミクズを見ると綺麗にしたくてしょうがないんだ」
「あ……あう……あぅ……ぁ……」
体を震わすばかりで、谷口の声は最早、言葉になっていなかった。
その顔面に、俺は切り落とした手をぺたりとつけた。
「ひっ、ひぃぃぃっっっ!!!」
「持っていけ。運が良ければつながる」
「よっ、よせぇっ! うああああああああああぁぁっ!!!」
谷口は恐怖のあまり、手を振り払い、逃げるように走っていく。
「……おい、手、どうすんだ……? 治療できないぞ」
一目散にダンジョンから走り去っていった谷口の右手だけがそこに取り残されている。
「【氷棺】」
真城の指先から発せられた冷気で、たちまちその右手は氷の中に閉じ込められた。
「必要なら取りに来るでしょう」
彼女は冷ややかな表情をしている。
「これで少しは懲りればいいけれどね。彼のような人種は得てして、反省という言葉を知らない」
そうアーサーが言った。
「しかし、真城、君が魔法省を辞めて、まさかあの白石とギルドを立ち上げているとは驚いたよ」
真城は魔法省の仕事で2年ほどイギリスに出張していた。
その際に、魔法騎士団のアーサーと知り合ったようだ。
「あなたがナイツ・オブ・ラウンドになっていることの方が意外です。昔は魔法が苦手でしたのに」
「5年前に日本に来てね。いくつかダンジョンを視察したのだが、その内の一つがこの代々木ダンジョンだった。その時に、あなたに会ったんだ、白石」
「ん? 記憶がないな」
魔法騎士団が視察に来たことはあると思うが、なにせ俺の仕事はダンジョンの清掃だった。
お偉いさんに紹介されるなんてことはない。
「いや、正確には私が後ろから見ていただけだ。あなたが槍一本で、呪いを削り落とすところを」
なるほど。
「日本ダンジョンでは浄化銀が産出されにくい。備蓄もイギリスに比べれば10分の1ほどで、他国のことながら憂慮していたが、あなたを見て考えが変わった。あんな神業ができるのなら、確かに浄化銀の備蓄は少なくても済むだろう、とね。さすが武士の国だ」
「そんなに持ち上げられるとは思わなかった」
「事実さ。あの経験が、私に常識に囚われていてはだめだと思い知らせてくれた。今でも魔法は下手だが、おかげでナイツ・オブ・ラウンドに選ばれることができた。あなたは恩人なんだ」
なんと返していいか、俺は返事に戸惑ってしまう。
パワハラ同然の滅茶苦茶な命令をされて、がむしゃらに働いてきただけだった。
「魔法省にいた頃はまったく評価はされなかったが、見てくれていた人もいたんだな」
「本心だよ。私にできることがあれば、なんでも言ってほしい。恩返しがしたいんだ」
「といってもな。俺が直接なにかしたわけでは――」
そう返そうとして、はたと思いついた。
「それなら、一つ。このダンジョンを買いたい。売ってくれないか?」
「……え?」
驚いたのはアーサーではなく、真城だった。
俺の提案が意外だったのだろう。彼女は聞いてきた。
「ダンジョンをどうするんですか?」
「俺の訓練に役立つと思ってる」
「どうしてですか?」
「このダンジョンはリバースになった。これまでより呪いが強く、俺の【聖槍】を鍛えるのにはちょうどよさそうだ」
「……呪いの浄化を依頼されていますから、買い取りはしなくても訓練自体は可能かと思いますが?」
「もう一つ。俺が【聖槍】を習得できたのも、ここで汚れや呪いを落とし続けてきたからだが、どうも偶然とは思えない」
すると、真城は視線を鋭くする。
「どういうことですか?」
「俺は本当に凡人なんだ。そんな俺が【聖槍】が習得できたのは、このダンジョンが導いてくれたような気がしてならない。普通のダンジョンじゃなくて、なにかがあるような、そんな予感がしてならない」
真城はじっと考え込む。
「わかりました。探索者は時として、ダンジョンでは超常的な直感が働くことがあると言います。マスターのそう言うのなら、なにかがあるのかもしれません。ただし」
いつものように冷たい口調で彼女は言った。
「高いです」
「いくらなんだ?」
俺はアーサーに聞いた。
「この規模のダンジョンは通常、1000億。地理的なことを考えれば、1500億が妥当なところかな」
「1500億……!」
さすがに高いな。
「しかし、このダンジョンは白石、あなたがいないことには維持することができない。年間契約であなたにお支払いする分を差し引いて、100億の10年ローンまでなら私の権限で対応可能だ」
1年で10億か。
「わかった。買う」
「本気ですか?」
信じられないといった真城の視線が俺に突き刺さる。
「本気だ」
「どうやって返すんですか?」
「なんとかなる。うちには優秀なギルドメンバーが沢山いるからな」
一瞬、彼女にしては珍しく、きょとんとした表情をした。
すぐにまたいつものように冷たい表情に戻り、彼女は言う。
「わかりました。致し方ないですね」
真城にとっては、それが肯定的な言葉だというのが、なんとなくわかったような気がした。
「なんですか? ニヤついて」
いや、やっぱり気のせいかも?
「決まったようだね。では、書類をまとめて事務所に顔を出すよ」
「ああ。俺たちは少し、ここの呪いを落としてから戻る」
アーサーは地上に戻っていく。
俺は槍を手にして、壁や床についている血を削り落とし始めた。
「そういえば、ギルドの名前思いついたよ」
ギルドの名前は、谷口が来たせいで保留になっていた。
「なんですか?」
「スイーパーズ」
「ダンジョンの掃除屋という意味ですか?」
さすが真城、よくわかってるな。
「あとは谷口みたいに権力を持ってる社会の害をちょっとでも綺麗にできたらいいなって思ってる」
すると、真城は僅かに微笑んだ。
付き合いはそれなりに長いはずだけど、彼女の笑顔を見るのはこれが初めてだ。
「良い名前です」
ギルドを作り、それなりに手ごたえは感じているものの、まだまだ軌道に乗ったとは言い難い。
それどころか、手に入ったものは借金ぐらいだ。
しかし、なぜか不安じゃなかった。
追い出し部屋で働き続け、なにも報われなかった魔法省時代に比べれば、大したことではない。
今は頼れる仲間と、評価してくれる人がいる。だから、絶対にやり遂げてみせる。
俺はようやく歩き始めたのだ。




