第6話 掃除屋
魔法省が行った、とある実験がある。
D級ダンジョンの弱いモンスターを、強いモンスターが棲息するA級ダンジョンに移動させたらどうなるか?
弱肉強食のモンスターの世界では、弱いモンスターはたちまち食われてしまうはず、というのが大方の予想だった。
しかし、結果は違った。
そのモンスターはA級並みに進化したのだ。
このことから言えるのは、ダンジョンはモンスターに力を与えているということだ。
「この血まみれの部屋があのオーガに力を与えているのは間違いない」
だから、A級探索者の真城をいとも容易く捕らえることができた。
裏を返せば、この部屋をどうにかできれば、オーガを弱体化させられるはずだ。
部屋の壁、床、天井といたるところに塗りたぐられた血は固まり、呪いと化している。
通常、ダンジョンに満ちた呪いは解くことができない。
一般的にダンジョンの浄化に使われる浄化銀は汚れや穢れには有効だが、呪いになってしまうと効力は薄いのだ。
だが、俺の経験則でいえば清掃は効く。
「だあーッ!」
俺は漆黒の壁に向かって、【聖槍】を繰り出す。
目にも止まらぬ連続突きが、壁に付着した血を、落として、落として、徹底的に削り落とす。
あっという間にその範囲の壁が血が綺麗に掃除された。
やはり、落ちる。
このレベルの呪いに試したことはなかったが有効のようだ。
だとすれば、全部落とす。
「だだだだだだだだだだだだだだだぁッ!!! だあああぁぁッ!!」
気合いとともに、槍を高速で突き出す。俺の必殺槍術スキル【聖槍】を惜しみなく、放って、放って、放ちまくった。
この部屋にはあのオーガがわざわざモンスターを血を絞って、呪いを集めていた。
ならば、この部屋を全て綺麗に掃除し終えれば、少なからずオーガは弱体化するだろう。
普通の災厄化と同等のレベルにまで落ちれば、真城は一人でも脱出できる。
上手くいけば、討伐することもできるだろう。
あるいは――
「グオオオオオオオオッ!!!」
うなり声と同時に、足下が沼地に変わった。
【悪地泥沼地】だ。
オーガが怒り狂ったような形相でぬうっと沼地からせり上がってきた。
「おいでなすったな」
そう。
せっかく満たした呪いを消されそうになれば、モンスターだって止めに来るはずだ。
「もう一箇所っ!」
再び【聖槍】を使い、壁の血を削り落とす。
オーガが勢いよく迫ってくるが、ギリギリまで落とし続ける。
「グオウッ!!!」
オーガが振り下ろした拳を間一髪で横に逃げて避けると、それは壁にめり込んだ。
凄まじい破壊力で、壁に無数の亀裂が走っている。
だが、思いきりめり込んだがゆえに、すぐには抜けない様子だった。
チャンスだ。
今ならば奴は身動きが取れない。
「ぬぅあッ!!」
オーガの足に槍を一突きする。皮膚を破るが、筋肉で止まった。
それ以上、どれだけ力を込めても槍は通らない。
俺はすぐに飛び退いた。
刺さったのは2、3cmか。初撃は皮膚も通らなかった。
部屋の呪いを数カ所削ったのが効いているのだろう。
とはいえ――
「グオオオォォォォッ!!」
咆吼を飛ばし、オーガが俺を威嚇する。
沼地から巨大な泥の手がうねうねと長く伸びた。
それも二本である。
これは【悪地泥沼地】の応用か。
いずれにせよ、あのオーガが余程単細胞でもなければ、もう部屋の呪いを削り落とす隙は見せないだろう。
「ガアォッ!!」
威勢の良いオーガのかけ声とともに、泥の手が俺に突っ込んでくる。 そして、同時にオーガ自身も向かってきた。
泥の手とオーガによる一斉攻撃。
逃げ場がない。どうすれば――
一瞬の間にオーガは俺に接近し、その手を伸ばした。
捕まれれば、今の俺のレベルではその瞬間に絶命するだろう。
真城とは違い身を守る魔法も使えない。
だが、避ける手段もない。ならば――
「ぐ、はっ……!」
俺は一か八か、泥の手の方に突っ込み、勢いよく殴り飛ばされた。
壁にぶち当たり、沼地に倒れる。
全身が悲鳴を上げるが、ここで寝ていれば死ぬだけだ。
体に鞭を打ち、気合いで身を起こした。
内蔵が損傷しているのか、咳き込むと吐血した。
それを気にする余裕もなく、目の前には泥の手が突っ込んできている。その僅か後ろにオーガだ。
失敗した。
避けるだの、防ぐだの、守ることを考えた時点で間違いだったのだ。
ゴブリンを相手にした時だってそうだった。
俺なんかは、せいぜいが掃除屋。
俺にできるのは最初から掃除だけだ。
考えるべきは、ただモンスターを、綺麗にすることのみ。
「ぬ・あ・あ・あ・あ・あ・あ・あ・あ・あ・あッ!!!!」
向かってくる泥の手に対して、撃ち放ったのは【聖槍】だ。
無数の連続突きが僅か一秒で、泥の手を霧散させる。
次だ。
「ぬ・あ・あ・あ・あ・あ・あ・あ・あ・あ・あ・あ・あぁぁぁッ!!!」
二本目の泥をあっという間に突き潰して、俺は本命のオーガを見た。
アレの筋肉は一撃では貫けない。
ならば、束ねる。
狙いは凍りついている奴の左腕の付け根。
真城の【魔氷像】で損傷しているはずだ。
あそこなら通せるかもしれない。
いや、通してみせる。
「貫けぇぇぇぇぇっっっ!!!」
俺が放った槍は、一筋の光となりて、寸分の狂いなくオーガの左腕の付け根に突き刺さる。
そして、貫いた。
凍りついた左腕がボトリと落下する。
一撃ではない。
【聖槍】の数百という突きを全て一点に集中したのだ。
「ガアァッ!!! ギャアアアアアアアアアアァァァァッッッッ!!!」
悲鳴を上げて、オーガが苦痛をあらわにした。
この機を逃さず、俺は飛び上がる。
皮膚は硬い。筋肉も硬い。
だが、その内側なら?
俺はオーガの左腕の切断面に【聖槍】を放った。
「ぬ・あ・あ・あ・あ・あ・あ・あ・あ・あ・ぁぁッ!!!」
切断面から奴の体の内部めがけ、無数の槍が襲いかかる。
さすがに筋肉の内側までは頑丈ではなかったようで。オーガの体内はズタズタに突き抜かれた。
「グ……ガ……ガアァァ……」
ふらり、とその巨体が揺らめく。
ゆっくりと前のめりになると、ダゴオォォォォンッとけたたましい音を立てながら、床にぶっ倒れた。
いつの間にか、【悪地泥沼地】は消えている。 オーガが死んだため、魔法の効果が終わったのだ。
すると、オーガの体から、練魔結晶が放出され、光となって俺の体に吸収された。
【カラミティオーガを討伐!
白石整 LEVEL UP!
白石整 LEVEL UP!
白石整 LEVEL UP!】
【必殺槍術スキル:聖槍が応用して使われました。
聖槍・絶刺を習得しました】
【スキル LEVEL UP!
聖槍LV.1→聖槍LV.2
白石流槍術LV.1→白石流槍術LV.2】
【クラス 掃除屋を獲得しました】
俺は凍りついたオーガの左腕に駆け寄った。
そこにいるはずの彼女に問う。
「真城、オーガは倒した。どうやって助ければいい?」
そう尋ねた瞬間、オーガの左腕が粉々に砕け散った。
中から出てきたのは無傷の真城だ。
【魔氷像】を解除して、魔法を使ったのだろう。
「一人で倒したんですか?」
周囲に見回した後に、彼女はそう聞いてきた。
「頑張っただろ」
すると、真城は少しだけ考えた後に、
「すみません。白石主任にはこれぐらい雑魚すぎましたね」
「はっ!? いやいやいや、言っとくが、正直死ぬところだったぞ!」
「謙遜ですね。さすがです」
「違う! 本気で死ぬところだった!」
「はい。ではそういうことに」
だめだ。まったく通じてる気がしない。
なんというか、過大評価なんだよなぁ。
「ところで、そろそろやめないか?」
「なんですか?」
「もう主任じゃないから、気まずくてな」
あぁ、と理解したように彼女は呟く。
「帰りましょうか、白石マスター」
間違ってはいない。
確かにギルドマスターではあるんだが、正直、慣れないというか、かなり気恥ずかしい。
「なあ。他のやつなにかないか?」
「マスター、魔結晶の回収作業は経験がありますか?」
「……いや、ない」
「じゃ、後で教えます。1回で覚えてください」
「……はい」
どうやら、マスターで確定らしかった。
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INFORMATION
【白石 整】
LV 5(3LEVEL UP!)
ランク D級 クラス 掃除屋
筋力 ◆3→7
敏捷 ◆2→5
技術 ◆6→15
体力 ◆5→10
魔力 ◆0→0
◇習得スキル
・清掃LV.10(EXP2500) 白石流槍術LV.2 聖槍LV.2(派生:聖槍・絶刺) 風車LV.1
【必殺槍術スキル派生 聖槍・絶刺】
・精密かつ高速の連続突きを一点に集め、
局所に集中攻撃を行う
付与効果:汚れ特攻、貫通強化、堅固破壊
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