第2話 探索者
始業時間になると室長の谷口がやってきた。
俺は完璧に清掃された地下2階で彼を出迎える。
「室長、なんとかやりましたよ」
「君はクビだ」
いきなりの通告に、俺は驚きを隠せなかった。
「……どういうことですか? ちゃんと谷口室長の命令通りに……」
「君は魔法推進室から大量のバケツを借りたそうだね?」
「申請はちゃんとしています。水家室長補佐の判子もありますし」
「返却されたバケツ全てに穴が開いていたんだよ。故意にやらなければああはならない。重大な職務規定違反だ」
「そんなはずはありませんっ! 返却時に穴はありませんでした。水家室長補佐も確認しています」
「ほう。なるほど。では」
谷口は下卑た笑みを覗かせる。
「水家室長補佐の責任ということだね。それは残念だ。彼女は出世コースだったのに」
「それも違います。バケツを返却した後に、誰かが保管庫に忍び込んで穴を開けたんでしょう」
「なあ、掃除屋のおっさん。落としどころはもう決まってんだよ。あんたか、水家かどっちかがやったんだ。今はどっちが責任とるかって話をしてんだ」
「それは……さすがに無茶苦茶でしょう」
はあ、と谷口は溜息をついた。
「おっさんよ。ここだけの話だけどよ。あんたがここにいるのは人事のミスなんだ。当時、間違って採用の連絡しちまったんだってな」
いきなりなんの話だ?
俺にはまったくの寝耳に水だった。
「……間違ったんなら、訂正されるはず」
「いやいや、公になれば大問題だろ。だから、仕方なく本当に採用したんだ。採用した後、自主的に辞めてもらえばいいってな。おっさんが最初から、ずっと追い出し部屋でパワハラ受けてんのはそういう理由ってわけ」
そんなことが本当にあるのか?
だが、俺が最初からここで仕事をすることになったのは事実だ。
「いらないんだよ、おっさんは。わかるだろ? うちみたいなエリート組織に、掃除しかできないおっさんがなんの役に立つっていうんだ?」
「……しかし、槍で血を落とすこともできますし、コスト面ではずいぶんと貢献しているはずですが……」
「あんな非効率な掃除が使い物になるわけないでしょ。浄化銀なら一階フロアを一瞬で浄化できるんだから。コストつったって、うちは金に困ってないからね。血税は湯水のように湧いてくるんで!」
フフン、と得意げに谷口は笑う。
信じられない言葉だった。
「じゃ、どうしてこの部署には予算が」
「そりゃ、追い出し部屋だからね。おっさんに辞めるって言わせるために、予算をつけないわけ。お金がないからじゃないんだよ」
頑張ってきたつもりだった。
それなりに貢献もできているつもりだった。
だが、最初からずっと俺が出ていかないのが邪魔で仕方がないだけだったのか。
「おっさんが自主退職するっていうなら、水家室長補佐のことは不問にするけどね。あくまで居座るってんなら、これから先、何人がおっさんのために出世の道を断たれることやら?」
俺がどんなに責められても辞めようとしないから、手を変えて、周りの人間を巻き込むことにしたのか。
確かに、谷口は有能なんだろうな。
そのやり方は俺には堪える。
「……わかりました」
「オーケー。今日中に荷物をまとめろよ」
「はい……」
「んじゃ、おっさん。15年間、無駄な努力、お疲れさま」
谷口は下品な顔で舌を出す。そうして、肩で風を切り上機嫌に去っていった。
◇
魔法省魔法推進室第一支部。
職員たちはパソコンを使ってデスクワークをしている。
部屋の一番奥には大きな机があり、そこに長い黒髪の女性がいた。真城優である。
彼女は氷のように冷たい表情で書類をチェックしている。
職員が一人、チェック待ちでその場に立ち尽くしていた。
表情には不安が見て取れる。
「これ、間違ってますね。合計23箇所。あと、予算が20%は削れます」
「えっと……ど、どこの予算がかかりすぎでしょうか?」
「無駄遣いを減らしてください。考えればわかりますよ」
冷たい声で言われ、職員は震えあがった。
「わ、わかりました。すいませんでした!」
頭を下げて、職員が自席に戻っていく。
入れ替わりで俺は彼女に声をかけた。
「厳しいなぁ。真城お前、魔法推進室の女帝って言われてるの知ってるか?」
彼女はびっくりしたように目を丸くしていた。
「主任……なにか御用ですか?」
冷たい表情を崩さず、真城は聞いてくる。
「挨拶しにきた。今日で辞めるんだ」
「……え?」
「お前は俺の部下でもとびっきり優秀だったから、特に俺が言うことなんてなにもないんだが、まああんまり厳しくしすぎるなよ。みんながお前と同じことをできるわけじゃないんだから」
「どこが厳しいんですか?」
つっけんどんな物言いで彼女は聞いてくる。
悪い子じゃないと思うんだけど、俺も正直少し苦手だ。
「言い方が、もう少し柔らかいといい」
「ご指導ありがとうございます」
刃のような鋭さで、彼女はお礼を言ってくる。
とはいえ、俺の部下だった頃はもっとコミュニケーションが怪しかった。
この短期間でこんなに成長しているんだから、俺が心配することもないんだろう。
なにせ、それ以外は完璧だ。
「辞めてどうするんですか?」
正直、今更再就職はかなり厳しいものがある。
「俺の年じゃ、もうダンジョン探索するしかないかもな」
それなら、業務でやってた部分もあるし、なんとかなりそうだ。
なんにせよ、蓄えもそんなにあるわけじゃない。
探索者をやるのが現実的だろう。
「お、そうだ。よかったら、真城も一緒にやるか?」
などと冗談を言ってみると、
「は?」
寒々しい視線が俺に突き刺さる。
「いや、その……じょ、冗談――」
「もっと早く辞めればよかったのに」
ものすごく厳しいことを言われてしまった。
やっぱり嫌われてる気がするんだよな。
水家はそんなことないって言ってたけど。
ここは早々に退散した方が、真城も気が楽だろう。
「じゃあな。俺が成功するように祈っててくれ」
「そんなの祈りません。必要ありませんから」
ぴしゃりと言って、真城は書類を片付け始める。
「準備がありますから、早く行ってください」
「すまん。邪魔したな」
俺はその場を後にした。
◇
新宿区ギルド協会。
ダンジョンを探索する探索者を管理するギルド協会は50階建ての高層ビルを全棟所有している。
俺は一階の受付で、探索者になるための手続きをしていた。
「白石整様。探索者のライセンス発行ですね。ダンジョンの探索時間は300時間以上ありますので即日発行が可能です」
受付の女性がキーボードを叩きながら、言った。
「ダンジョンへの探索は最大何名で行いますか?」
「一人――」
「13人です」
俺の隣に現れたのは真城だった。
彼女は受付に申請書と探索者ライセンスを提出している。
「真城……? お前、なにしてるんだ?」
「誘われたので」
誘われた?
もしかして、俺が冗談で一緒にやるかって聞いたやつのことか?
「気持ちは嬉しいけど、魔法省の職員は個人で探索はできない規定だから」
すると、いつものように冷たい口調で彼女は言った。
「はい。辞めてきました」
「え?」
「こらー、真城先輩だけじゃないよー」
振り返ると、そこに水家がいた。
水家だけじゃない。俺の元部下11人が勢揃いしている。
「あたしたちも魔法省辞めてきたんで、白石主任と一緒にダンジョン探索をはじめます!」
「えっ!? なんでっ!?」
まさに青天の霹靂だ。
クビになった時以上の疑問が頭の中を渦巻いていた。




