表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
38/39

第38話 「つまり、毎日嬉しいんだ」

 石畳の街。

 市場の喧騒。

 焼き立てのパンの香り。

 子供達の笑い声。


 さっきまで見ていた雪景色が、まるで嘘みたいだった。


「……なんだ、これ」


 レオンが呆然と呟く。

 エリシアも、目を見開いていた。


 空気が違う。

 暖かい。

 生きている人の熱がある。


「……記憶」


 カイトが、静かに呟く。


「今度は、別の時代だ」


 ルーメリアの胸が、小さく痛む。

 でも。

 嫌な痛みじゃない。

 どこか、懐かしいような感覚だった。


『どいてー!!』


 明るい声。

 次の瞬間。

 一人の少女が、物凄い勢いで人混みを駆け抜けていった。


「うわっ!?」


 レオンが反射的に避ける。

 少女は、パンの入った紙袋を抱えたまま全力で走っている。


 青色の長い髪。

 白と青の軽装鎧。

 太陽みたいな笑顔。


「あっ」


 少女は転んだ。

 盛大に。

 パンが宙を舞う。


「…………」


 数秒の沈黙。

 市場の空気まで止まった。


「いったぁ……」


 少女が、涙目で起き上がる。

 レオンが思わず吹き出した。


「ち、違うの!」


 少女が慌てて立ち上がる。


「今日は地面の調子が悪くて――」


「地面のせいにしちゃ駄目だよ」


 穏やかな声。

 いつの間にか。

 一人の青年が、少女の隣へ立っていた。


 黒髪。

 長い外套。

 整った顔立ち。

 だが。

 どこか疲れたような目をしている。


 ルーメリアが、小さく息を呑んだ。

 この人は。

 カイトとは違う。

 でも。

 どこか似ていた。


 少女は、頬を膨らませる。


「アル、酷い」


「事実だからね」


 青年――アルディウスが、小さく苦笑する。

 その間にも、地面へ散らばったパンを拾っていた。


「ありがと!」


「なら次から走らない事」


「善処します!」


「毎回そう言ってるよね」


「うっ」


 分かりやすく目を逸らす。

 レオンが苦笑した。


「なんか……思ってたのと違うな」


 もっと、神々しい存在だと思っていた。


 でも。

 目の前に居るのは、どこにでも居そうな少女だった。

 明るくて、少し騒がしくて。

 よく笑う。


 だからこそ。

 ルーメリアの胸は、嫌なほど苦しかった。

 この少女が。

 失われると。

 もう分かってしまっているから。

 アステリアは、抱え直したパンを見てぱっと顔を明るくする。


「今日はちゃんと、焼き立て!」


「昨日も同じ事を言ってた気がするよ」


「昨日は昨日、今日は今日!」


「つまり毎日嬉しいんだ」


「その通り!アルはわかってるね」


 満面の笑顔。

 アルディウスが、小さく目を細める。

 その表情は、驚くほど柔らかかった。


 ルーメリアは、視線を伏せた。

 どうしてか。

 その顔を見てはいけない気がした。


「……あれが」


 エリシアが、小さく呟く。


「初代勇者……」


 その時。

 遠くで、小さな悲鳴が上がった。

 市場の空気が変わる。

 人々がざわつく。


「……またか」


 アルディウスが、静かに目を細めた。

 アステリアは、笑顔を消す。

 その変化は一瞬だった。


「行きましょう」


 真っ直ぐな声。

 迷いは無い。

 アルディウスは、静かに彼女を見る。

 まるで。

 壊れやすい何かを見るみたいに。


「……無茶は駄目だよ」


 小さな声。

 アステリアは笑う。


「善処します!」


「それ、絶対しない時の顔なんだけど」


 困ったような苦笑。

 でも。

 その声は、どこまでも優しかった。

 そして。

 二人は人混みの奥へ走り出した。

 暖かな街並みの向こうで。

 黒い煙が、静かに空へ昇っていた。



読んで頂き、ありがとうございます。

もし少しでも続きを読みたいと思って頂けたら、

フォローや評価を頂けると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ