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9)特別依頼



本日は2話同時に投稿いたしました。こちらは2話目です。





 今回の討伐は大規模なものだ、とミランダは説明をした。

 騎士団の討伐に、狩人傭兵協会が集めた狩人や傭兵の隊が加わる。国からは、さらに魔導士隊も参加する。

 魔導士の隊は攻撃魔法や結界、特に防御の面を担当する。その中に今回は少女たちが加わっていた。祝詞をあげる役目を担うという。

 レナは説明を聞きながら、かつてイザークから教わった話を思い出す。


 祝詞の詠唱によって魔獣の力を削いだり退けたりすることができる。けれど、実践ではほとんど使えないという。

 祝詞の発声や発音は、正確に唱えなければならない。誤った発音や発声をすると効果が無い。

 祝詞は、結界の中で唱えても効かない。魔獣に声が届く距離で唱えなければならない。

 そんな詠唱を魔獣の目前で行うのはなかなか勇気が要る。

 詠唱は、少女の声が良いとされている。よく巷で言われているような乙女でなくとも良い。

 どのような声が良いか、効果的か。昔から繰り返し検証が行われ、おおよその推測はされている。

 詠唱には、か細い甲高い声が良い。まずは、声質の問題だ。

 我が国の、特に貴族女性は、成人すると煙草と酒で声を低くする。

 レナの実母もそうだったが、そういった嗜好品で劣化した喉は詠唱に合わない。

 それらの事情により、男性より女性、女性より少女が合っている。

 そうはいっても、あまり幼いと魔力を安定して声に乗せるのが上手くできない。それなりに成長した年齢がよい。

 総合的に判断して、十代後半から二十代くらいの女性が良いだろう。

 けれど、そんな年若い女性が魔獣を目の前にして、正確無比な祝詞を詠唱できるかと言えば実際には無理なのだ。

 だから、祝詞で魔獣を撃退するのは難しいと言われている。

 強大な魔獣ほど長く祝詞を唱えなければならないのに、少女が魔獣の前でひとつの間違いもなく祝詞を詠唱できるわけがない。

 攻撃魔法をぶっ放すほうが現実的だ。

 では、この度の討伐では、なぜ祝詞の詠唱が要るのだろう。

 詳しく聞いてみると、今回は雑魚の魔獣がたくさんいる。

 雑魚魔獣に効く祝詞は短くて簡単だ。

 騎士たちに守られながら、短い祝詞を雑魚魔獣の群れの前で唱えるだけならできるだろう、というわけだ。

 祝詞の詠唱は、聞こえる範囲はすべて効く。上手くすれば一度に大量の雑魚を始末できる。

「なるほど」

 それならレナも手伝えそうだ。

 雑魚魔獣の前で、雑魚魔獣用の短い祝詞を唱えるくらい確実にできる。

 なんなら、中級魔獣くらいまででもできる自信がある。

「わかりました。できそうです」

 レナは頷いた。

「レナさんならそう言っていただけると思いましたよ」

 ミランダがほっとした顔をする。

「おいおい、もっとちゃんと討伐の環境を聞いてからにしろ。まだ情報が少なすぎる」

 アシュが慌てて止めた。

「もちろん、その辺も説明しますよ」

 ラズデア王国の南西よりの中部に魔獣の森が広がっている。

 魔獣の住む森や異界の森はいくつもあるが、最も危険な森は西のトールコダンの森だった。

 魔獣の森は定期的に魔獣の間引きが行われるが、それでも数年に一度、魔獣が溢れてくることがある。

 トールコダンの森の周辺で魔獣被害が相次ぎ、魔獣の反乱が予想されるため討伐に向かうことになった。

 騎士団と、攻撃魔法の放てる魔導士や傭兵や狩人たちも招集されている。闘えるものは貴族も向かわせる。

 今回、詠唱役の少女を魔導研究所の魔導士隊が王立学園で募集した。すでに何人か集まっているらしい。

「毎年恒例だが、例年より魔獣が多いということか」

 アシュが気難しい顔で顎を擦っている。

「そうです。それで、大規模討伐隊なわけです」

「協会にも招集がかかった、と」

「金級の狩人、傭兵たちは隊を組んで出発しています。騎士団とは別部隊です。もちろん、魔導士隊とも別です。魔導士隊の隊長は、有能じゃない場合が多々ありますから」

「無能しか魔導士隊の隊長になれないって噂を聞いた」

「ああ、詳しいですね。その噂はホントです」

 レナはアシュが右足を失ったときの話を思い出し、思わず横にいるアシュを振り向いた。

「有名だな」

 アシュが仏頂面で頷く。

「そんな無能な隊長の下で働くのは嫌だわ。祝詞の詠唱担当は、魔導士隊の一部なんでしょ」

 レナの顔も険しくなった。

「まさか、違うわ、安心して! 詠唱係も無能隊長とは無関係だから。協会の隊への派遣ですからね。狩人傭兵協会も国の要請で動きますけど、現場では別行動です」

「そういや、協会は、大昔から騎士団とは別だったな」

「お詳しいですねぇ。そうです。騎士団と狩人傭兵協会は、歴史の古さは同じですからね。性質も違いますし。別個で働かせてもらいますよ」

「国も協会には偉そうにはできないよな」

 アシュがぼそりと呟く。

「ええ、その通りです。だいたい同じ場所で、つまり、お隣で討伐しますけど、指揮系統は別です。あちらがよほど困れば助けに入るのは吝かではありませんが、協会の隊が命かけて護る義理はありません。もちろん、契約でそうなっていますし。昔から毎度、そうですからね。先駆隊が情報収集してるところからすでに別です。それで、協会として詠唱役を募集したんです。でも集まらなかったのでレナさんに声をかけた、というわけです」

「国は税金をたんまり使って、騎士団に武器だの人材だのを揃えてますよね。協会の隊を国の騎士団が手伝うとか、助けるというのは無いんですか」

 レナは首を傾げた。

「良い質問ですね。でも、こちらも納税面で優遇されてるんです。異界の森の管理をうちがやらないと国が困るからです。そんなわけで、国の要請をたまに聞いてあげます」

「なるほどな」

 アシュが頷く。

「魔獣に関しては、けっこう協会の隊が強いんですよ。騎士団も定期的に魔獣討伐に出向きますから強いですけれどね。日頃の訓練は、対人間用ですから。それに、騎士団はプライドが高いですよね。なりふり構わず魔獣をなぶり殺しにする狩人や、暗殺技も厭わない傭兵とはひと味違うというか。まぁ、そんなわけで、たいていうちの方が強いんです」

「ふうん、そうなんですね」

 騎士団より狩人たちの方が強いなんてちょっと愉快だ、とレナは思った。

「協会の先行隊は明後日にはトールコダンに着きます。アシュさんも行かれますか? 銀級で本名登録ですから協会隊に入れますよ。追加で参加、大歓迎です」

「じゃぁ、行かせて貰おうか」

「うん、行こう行こう。報酬、高そうだし」

「まだお話ししてなかったですね。十日間で、金貨二十枚です」

「引き受けます」

「やりましょう!」

 ふたりは声を揃えた。


 支度をして明日早朝に出発することになった。

 途中の協会支部で宿と馬の換えの手配をしてくれるので速く着く。ふつうは四日かかるところ、三日で着くという。速く着けば道中の疲れも少なくて済む。

 ありがたく利用させていただいた。


 三日後。

「ふわぁ。早く着いたのはいいけど、やっぱ強行軍だったね。しんどい」

 レナとアシュは大柄な馬に相乗りし、長時間の騎馬による移動をやり遂げた。疲れ果てていた。

 ふたりで懐に忍ばせた「疲労回復」と「治癒」の札のおかげで体はだいぶ楽だが、すっかり無事なわけではなかった。レナもアシュも屈強な狩人ではない。基礎的な頑健さがない。

 お世話になる馬の鞍の内側にも「疲労回復」を忍ばせておいた効果か、馬も元気だった。

「尻は痛くないだろ。レナの呪いを貼っておいたからな」

「尻はね。でも、馬にしがみついてるの疲れた」

「まぁな。っていうか、女のくせに尻、言うな!」

「じゃぁ、なんて言えばいいのよ、腰とも違うんだもの。アシュは平気で言うくせに」

「わかった、わかった、俺が悪かった」

 レナの淑女としての劣化は自分も原因だとアシュは自覚していた。

 アシュは、このままレナを野生化させていいんだろうか、と不安に思いながら話題を変え、

「ほら、森が見えてきた。あの煙出てるところが拠点じゃないか。西側が協会隊、東側が騎士団だな」

 と森を指さした。

「了解、やっと到着かぁ」

 ふたりはほどなく協会隊と騎士団の拠点近くに到着した。

「へぇ。騎士団と協会隊、案外、近くにテント張ってるね。いがみ合ってるわけじゃないの?」

 レナはこそこそとアシュに話しかけた。

「騎士団はまともだ。魔導士隊隊長がクソなんだぜ。騎士団は命張ってる分、アホはしないし、いざとなったら協会隊が頼りになることは知っている」

「そっか」

 さらに近寄ると、見張りの騎士に「待て」と呼び止められた。

「協会から派遣された。アシュ・ランソルとレナ・ランソルだ」

 アシュが会員証を掲げた。

「追加でふたり到着する話は聞いている。協会隊はあちらだ」

 若い騎士はレナをかなり不躾に見詰めた。

 アシュはレナを促して、さっさと示された方へ向かった。


 狩人傭兵協会の隊長はフィーリスという痩せ型高身長の繊細な雰囲気の男性だった。

 筋骨隆々の狩人を予想していたアシュは拍子抜けした。淡い茶色の髪に紅茶色の目で、溢れる魔力を感じる。魔導士なのだろう。

「来てくれて良かった。銀級魔導士と、祝詞の詠唱ができる狩人とはね。貴重な戦力だ」

 フィーリスは嬉しそうだ。

「銀級魔導士がかい?」

 アシュは苦笑した。

「通信の魔導具でミランダ副所長が情報を寄越してくれた。三か月で白から銀級に上がってるってことは、実力は金はあるだろ。単に今まで協会外で活躍してただけだね。優秀な魔導士の叔父を持つ魔導士の少女なら、祝詞の詠唱も期待できる」

 さすが協会隊。ちゃんとわかってる。脳筋だけじゃない。

 アシュは心中で機嫌良く寸評しながら、フィーリスに頷いた。

「雑魚魔獣より、もっと上の魔獣向けの詠唱もできます」

 レナはフィーリスに請け合った。

「頼もしいね。雑魚で様子を見て、それから必要に応じて中級魔獣もお願いしよう」

「はい」

「魔導士隊のほうは詠唱係の子が四人いるけどね。王立学園で募集をかけて応募した子たちだよ。協会の隊のほうは近隣の支部で募集したわけだけどなかなか集まらなくてね。詠唱係はあとひとり一応、いるんだが。彼女は声は細くないから嫌だというのを無理矢理、引っ張ってきたんだ。祝詞の詠唱より、炎撃ぶっ放したいとか言ってるのをね」

「炎撃、ぶっ放して貰えばいいんじゃないですか」

 アシュは他人事のように軽く答えた。

「うん、まぁ、あんまり嫌がられたらね。ひとりもいないのも寂しいと思って引き留めてたんだけど。レナくんが来てくれたから解放してあげてもいいかな」

「了解しました。ひとりでも思い切り頑張ります」

「頼むよ」

 フィーリスが楽しげに笑った。


 打ち合わせの後、女性が入るテントの場所を教えて貰った。

 女性の狩人は十二人ほど来ている。そのうち四人と一緒のテントだった。

 レナがテントに入り「レナ・ランソルです、よろしくお願いします」と頭を下げると、

「あー、新人?」

「若ーい」

「フィーリスに聞いてるわ、詠唱係よね」

「よろ!」

 たちまち朗らかに声が返ってきた。

「どこでもいいよ、荷物置いて。って言っても、そこしか空いてないか」

 奥の隅の丁度ひとり分の空きスペースを教えて貰った。祝詞の詠唱係をする予定だったマレーネという女性も同じテントだ。

 もと騎士団にいたという。頼もしくも綺麗なひとだ。

「レナに詠唱係に来て貰えて良かったわ。私、祝詞を唱えてるより、炎撃撃つ方が好きなの」

 とマレーネから歓迎された。

 マレーネは剣も攻撃魔法も使えるので前衛でも後衛でもいけるという。今回は中衛を担当。

 同じテントには、他に女性の狩人ひとりと魔導士がふたり。

 魔導士ふたりは後衛の攻撃魔法要員だという。彼女たちは普段は結界を張ったり前衛もやるが、ここには逞しい大剣を担いだ男性たちが大量に来ていて、どちらかというと後衛が少ないので後衛を頼まれているという。

 さすが、迫力のある人が多いが、色っぽいひともいる。四人ともレナよりも年上で二十代半ばから三十代後半くらい。魔導士は年齢が上になるまで現役で働けるので三十代も多い。

 みんな優しそうだ。良かった。

 食事までは自由で、軽く訓練をしたりキャンプ内の様子を見たりして過ごせば良いと教えてもらった。

 拠点では魔獣避けの薬草を炊いているのでそこそこ安全だが、それでも人が少ないところにはいかないようにと言われ、レナは「はい」と頷いた。


 魔獣の群れの動きには波があるが、今は嵐の前の静けさのような状態で、騎士団も協会隊も到着したばかりで現地の魔獣の状態などを見て最後の調整中らしい。

 討伐の目的の最たるものは「間引き」だ。魔獣の殲滅など、端から無理だとわかっている。

 ただし、魔獣どものバランスが崩れているようなときには戦争状態となる。今回はその恐れが強い。

 だからこそ国をあげての戦力投入だった。

 テントを出てアシュを探して歩いていると「ユージン様」と少女の声がした。

 振り向いて声の方へ視線を向けると数人の男女連れがいた。

 背の高い焦げ茶色の髪の騎士と金茶の髪の若い騎士、それに黒っぽいワンピースを着た金の髪の少女だ。

「すごく目立つわね。黒のワンピース。多分、祝詞の詠唱係よね」

 王国騎士団には少女の騎士はいないだろう。そもそもワンピース姿だ。

「ワンピースで走れるのかしら」

 レナは少女の格好に思わず目が向いたが、ふと金茶色の髪の青年に注意が引きつけられた。

 青年の方もレナに気付いたらしく目を見開いている。

「葉月」

 葉月、だと思った。

 姿は似ていないが、それでも葉月だ。オーラが葉月と同じだ。忘れるわけがない。

 前世の記憶は遙か遠くにあり、レナは自分の名を忘れ、家族の顔を忘れた。でも、葉月だけははっきりと思い出せた。

 微笑みも声も。優しい空気を纏っていたことも覚えている。

 葉月は金茶の髪に群青色の瞳の綺麗な青年の姿になっていた。

 驚いた。こんなところで出会うなんて。

 葉月と少女は親密そうに話し込んでいるところだった、お互いにお互いの目を見詰め合って。友人の近さではなかった。

 レナに気付かなかったら、今もそうしていただろう。

 葉月は数秒の間、レナに気を取られた様子を見せたが、ワンピースの少女に手を引かれて、我に返ったように少女に視線を戻した。

 レナは、ああ、そうなのね、と悟った。

 葉月はもう以前の葉月ではない。

 わかっていたことだ。すでに結婚している可能性だってあった。レナもそうだ。今までは機会がなかったが、もしも出会いがあったら恋人がいたかもしれない。

 レナはもう貴族ではない、自由だ。親もいない。恋人を作るのに家の許しも要らない。アシュが許してくれそうな、優しいひとがいいなと思っていただけだ。

 葉月を待つつもりはなかった。待っても辛いだけだろうとわかっていたから。

 今世では今世の恋をして、家庭を持つと思っていた。そうしたい、とも思っていた、葉月のことは遠い日の思い出にして。

 葉月と出会いまた恋をする可能性など、あるわけがないとわかっていた。

 胸が痛むのは前世のレナの感情をどうしても引き摺るからだろう。

 レナは葉月から顔を背けると、きびすを返して立ち去った。

 その背後で、ユージン王子と呼ばれる青年が我に返り、ワンピースの少女の手を離れて追いかけようとしていたことなどレナは気付かなかった。





お読みいただきありがとうございました。

明日も、夜20時に投稿予定です。

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