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10)隣国の王子

本日は2話同時に投稿いたしました。こちらは1話目です。




 ユージンはマディーヌ王国の第三王子で、ラズデア王国にて遊学中の今はユージン・ハル・ロベルトと母方の姓を名乗っていた。本名はユージン・ハル・マディーヌ。


 半月ほど前、護衛のアロイスがユージンに報せを届けた。

「魔獣の討伐?」

 ユージンは眉をひそめて問い返した。

 アロイスが持ってきたのはトールコダンの森で行われる魔獣討伐への参加依頼だった。

「依頼」とはなっているが、内容を見ると祖国マディーヌ王国とラズデア王国との間ですでに取り決めがなされており参加は決定だ。

「病床の陛下の署名を偽造してまで、殿下を討伐に参加させるとは」

 アロイスが怒りでこめかみを脈打たせている。

 王位に就ける可能性など皆無だというのに。就く気もない。

 ユージンは胸中で怨嗟を呟きながら、

「わかった」

 と通知を卓に放った。

「敵は『毒鼬』の可能性が高いですが、王位継承権争いがぐだぐだになったままですからなんともいえませんね。アネスト殿下とベルハルト殿下と、どちらにも付きたくないという領主たちもいますし」

 アロイスの言葉を、ユージンは鼻で笑った。

「そうか? ふたりの兄の方が庶子の王子よりも良いに決まってる。頭の固い領主たちが治癒師の産んだ王子を支持するはずがない。それに、王妃と第二妃の王子はまだ他にいる」

 アネストは第一王子、ベルハルトは第二王子だった。

 アネストが公的には王太子となっているが、決定ではない。

 国王はほとんど意識のないまま病床にいる。

 国王の死後に領主議会が招集され、議決されない限り誰が次の国王になるかはわからない。国王が決める前に病床の身となってしまったからだ。

 王はもう長くないだろう。皆、諦めている。ただ時ばかりが過ぎていく。ふたりの王子の派閥争いが僅差なために、落ち着く気配は無い。

「そう卑下なさらないでください」

「事実だ」

 ユージンは卓の上の書簡を一睨みし、

「魔獣の森の討伐か。一生懸命に見える程度にはやらないとな」

 とうんざりして呟いた。

 狩りをするのは嫌いではないが、こういう嵌められ方は腹立たしい。

「マディーヌ王国が、殿下は攻撃魔法が得意と宣伝してしまったようですよ」

「知ったことではないな」

 アロイスは言いたい放題の主に、密かに胸の内で同情していた。

 ユージンは士官学校へ入るために王都に来てから度々暗殺されかけた。どれだけ気をつけてもスープや茶に毒が入れられるようになり、やむなく国を出てもこの有様だ。

 マディーヌ王国の不幸は二代前の国王が「毒鼬」という暗殺組織を作ってしまったことだろう。イタチという可愛らしい生き物には気の毒なことだ。マディーヌ王国では以来、魔獣よりも忌み嫌われている。

 当時は戦後の混乱期で治安も悪く、戦時に儲けた業者や商人、商業組合の力が強かった。彼らの一部はならず者たちを配下に取り込み「闇の組織」を作り上げ、国の裏側で力を持ち巨大化していた。ゆえに国王だけを責められないが、毒鼬を必要以上に強い組織にしてしまったのは明らかに失敗だった。

 先代国王のころ、毒鼬は王宮の機関から離脱して犯罪組織に成長していた。

 現国王は毒鼬の壊滅をはかり半ば成功したが、その直後に倒れた。毒による暗殺未遂だった。

 のちに、王宮の高官が暗殺される事件が起こる。殺された高官は、王族の汚職を追求しようとしていたことが判明。

 さらに、幼い王子ふたりが次々に変死した。

 毒鼬が長年、用いていた解毒剤の効かない植物系魔獣の毒が使われ、手口も毒鼬のものだった。

 毒鼬に暗殺を依頼したのは第一王子アネストか、あるいは第二王子のベルハルトか。どちらかが毒鼬に接触し自分の味方につけたと、国中に噂が流布されている。

 毒鼬を存続させることを条件に、どちらかの王子が取り込んだのだろう、という噂だ。単なる噂だが、状況的に見て真実味がある。

 ユージンが逃げてきたのは身の安全のためだ。ラズデア王国に遊学という名目で来た。王位に興味がないことを示すためもあった。

「側妃の産んだ王子など、元よりよほどの場合の控えだというのに」

 第二妃の産んだ第四王子や正妃の産んだ第五王子がいる。後ろ盾もないユージンを排除する必要などどこにもない。

 必要のない殺しまでするのか、と暗澹たる気持ちになる。巻き込まれた幼い王子たちも哀れだ。

「魔獣討伐に参加すれば報奨を貰えるそうです」

「有り難いな。なにしろ貧乏王子だ」

「先月から生活費はとうとうゼロになりましたからね」

「どうせ断れないようになってるんだ、働くよ。暮らさせて貰ってる国だからな」

 ユージンは市井の道場で異国の体術を習ったり、研究所付属の学園で客員教授の公開授業を受けたり、あるいはお忍びでアロイスと異界の森修行をして暮らしていた。

 社交や外交はしていない。招かれてもやんわりと断り続け、自分の存在感を限りなく消している。

 住まいは母方の親類の好意で離れを借りている。生活費は王室管理室から最低限の額が支給されていた、先月までは。

 ユージン・ハル・ロベルトという母方の姓を名乗っているのも正式な外交ルートで来ていないからだ。

 それでも、今回のように陛下の名を出されると逃げられない。

 国から持ち出してきた資金があるうちに新しい避難先を探そうとも考えてはいたが、もっと早く逃げれば良かった。

「ここまで手の混んだ仕込みをしたのですから、トールコダンの森ではなにやら用意されてるはずです」

「気をつけるよ。なるようになる」

「投げやりになってませんか」

「別に。どうでも良いと思ってるだけだ」

「それが投げやりというんです」

「父上の署名を偽造するような者が祖国の次の国王になるのだと思うと、やさぐれたくもなる」

 ユージンは半ば観念し、力が抜けていた。

 ラズデア王国からの通知を見ると、マディーヌ王国の国王陛下から直々に「王子を手伝わせる」と書面が届けられたことになっている。マディーヌ王国国王の署名入りだったようだ。

 アロイスもユージンも、国王が自力で署名することができないと知っている。王子を魔獣討伐に向かわせる、などという判断もできる状態ではない。

 国王の病状は国外には秘匿されていた。

「国王は小康状態であり、身体に負担になる執務は王子に任せている」と公表してある。

 ユージンは「父が署名などできるわけがない」とは言えない。

 王の署名の偽造は第一王子か、第二王子がやったことだろう。こんなことをする者が国の頂点に立ったら国はどうなるか。

 どちらがやったかはわからないが、少なくとももう片方はそれを止めることはできなかった。あるいは見て見ぬふりをしたのか。

 王宮の様子がわからないので判断はできないが、酷い有様だろうと思う。

 祖国の未来が不安でならない。


 すぐに遠征の準備が始まった。

 作戦会議にはユージンも参加したが、作戦の立案から話を聞かせてもらった。

 勉強にはなる。他国の王子に聞かせて良い内容かは別として。

 魔導士長があまり優秀でないことはすぐにわかった。理解力に乏しく何度も同じことを聞いてくる。他の会議出席者の忍耐力に感心する。

 魔導士長は、魔導士の隊を編成した時点で魔導士隊隊長となるようだが、こんな長がトップに立っては満足に戦えないだろう。

 ユージンとしては、隣国のそういう裏も見られて興味深かった。

 会議に出席すると食事がつくので、生活費が送られてこなくなったユージンにとって、長引く会議は歓迎だ。護衛のアロイスも隣国の裏話を聞き込んでこちらも満足そうだ。

 二度目の会議で気になる出会いがあった。

 アリサ・バレル。

 一度目の会議では「雑魚魔獣が山ほどいるから祝詞の詠唱をしてはどうか」という意見が騎士団から出て、魔導士長がそれに食いついた。

 魔導士の出番だとばかりに。それで、二度目の会議に出席したのがアリサだった。

 魔導士長は我が事のように自慢げにアリサを紹介した。

「我がラズデア王国の誇る魔導士だ」と。

 珍しい光魔法属性の高い魔力を持ち、優れた才能を持っている。治癒の力が非常に強く、体を深く抉られたような重傷も一瞬で癒やす。

「彼女が詠唱をすれば雑魚などあっという間に一網打尽ですな」

 不敵に笑いながら言い放った。

 アリサは困った顔をしながらも、なんとか背筋を伸ばして美辞麗句の並んだ紹介を受けた。

「アリサ・バレルです。どれだけできるかは実地での検証はまだですのでなんとも言えませんが。力を尽くそうと思っております」

 あれだけ魔導士長に褒めちぎられても謙虚だなと、彼女の印象は良かった。



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