11)トールコダンの森
本日は2話同時に投稿いたしました。こちらは2話目です。
討伐のさいは、ユージンは後衛の隊に入ることになった。攻撃魔法が撃てるからと言われたが、隣国の王子という理由もあるのだろう。
その後も騎士団の作戦会議があるときは参加し、トールコダンの森で多く見られる魔獣の情報も調べた。魔獣討伐作戦の演習にも欠かさず参加した。特に連携の訓練は重要だ。
訓練場の片隅では祝詞の詠唱を担当する四人の少女たちも熱心に練習をしていた。休憩のときには自然と耳に流れ込んでくる。
少女たちの声にユージンは違和感を覚えた。
祝詞の詠唱は正確無比に唱える必要がある。発音、音調、強弱をどこにつけるか。すべて決められている。
ところが四人の詠唱は独特で、聞きようによっては流行歌のように魅力的だが、詠唱としてはかなり不正確に聞こえた。
「あれは、この国の詠唱方法なのか」
ユージンは思わず呟き、同じように不審そうにしていたアロイスは首を振った。
「まさか、あり得ませんよ、同じ古代語の詠唱のはずです」
「そうだよな」
とはいえ、あまりにも自信満々に詠唱をしているので、あれには何か意味があるんじゃないかとどうしても思ってしまう。
「どうやら、四人のうちのひとりが下手みたいですね」
アロイスが苦笑しながらこっそりとユージンに耳打ちした。
「そう聞こえるな」
あの詠唱で大丈夫なのか? とユージンは密かに不安になった。
訓練の帰り、ユージンはどこからか歌声が聞こえてくることに気付いた。
「歌? 変わった歌だ」
詠唱で不協和音を奏でていた歌とどこか似ている。けれど、ユージンは、そんなことよりも歌の旋律に惹かれた。
誰が歌ってるんだろう。
見つけなくてはならない、という衝動に駆られ必死に歌い手を探した。
不自然な動きをしている主に、アロイスが「どうされたんですか?」と訝しげに問うてくるが、かまっていられない。
「あの歌が聞こえるだろう」
ユージンは歌声のするほうへ彷徨い、歩み寄り、そこでひとりの少女を見つけた。見知った顔だ。アリサだった。
アリサは朗々と歌っていた。たまらなく切ないその歌を。ユージンは声もなく見詰めた。
胸が歌に煽られるように高鳴り、同時に不思議なほど安らぎを得ていた。
ささくれ立っていた心が生まれて初めて癒やされたように感じた。
この不思議な旋律に癒やしの効果があるんだろうか。心に巣くう焦燥にも効くのか。
ユージンの母は側室だった。治癒師の家系の次女で、国王に見初められ、王族に治癒師の血筋が入るのは良いだろうと側室となった。ユージンは元より、王位を継ぐ立場ではなかった。
王家が毒鼬に狙われているために、治癒師の血を入れておこうと考えられただけだ。けれど、ユージンには治癒師の才能はなかった。
治癒師になりたかった、毒をも癒せる治癒師に。
長じるにつれ、自分の存在意義が見いだせなくなった。
普通の家庭に生まれたかった。平民でも良かった。危うい王家の、存在する価値のない、ぐらぐらとした立場の王子になど生まれたくなかった。
毎朝、目覚める度に浮かんでくるのは虚無だ。
どう押し殺しても擡げる不安が、アリサの歌を聴いたとたん和らいだ気がした。
それほどに慰められた。
さすが癒やしの力を持つ光の魔導士だ。
唐突に姿を現したユージンに驚いてアリサは歌を止めた。
「邪魔をしてすまなかった。その歌は変わっているな。初めて聞く」
「え? ええ、あの」
アリサは瞬きを繰り返し、ユージンを見詰めている。
「ラズデア王国の歌なのか」
ユージンは不躾に問い続けた。
「え、いえ。気付いたら口ずさんでいたんです。おそらく、亡き母が子守歌代わりに歌っていたんだと思います」
「そうか。母上が。では、古くからある歌なのか」
「そう、だと思います。すみません、よくわからなくて」
アリサは申し訳なさそうに俯いた。
「いや、こちらこそ。しつこく尋ねて悪かった。とても良い歌だと思ったのだ。また聞かせてくれないか」
「ええ、私の歌でよろしければ喜んで」
アリサは快く頷いてくれた。
それからユージンは休憩時にアリサと過ごすことが多くなった。
数日後、遠征の日を迎え、トールコダンに到着した。
騎士団の隊に混じり、騎馬による移動中はなんら問題はなく順調だった。
トールコダンの森に着いた明くる日。
ユージンは、なぜか心が惹き付けられる少女に出会った。
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魔獣の動きには波がある。災厄の海に寄せて返す波のようだ。
今はしばし凪いでいるようだと斥候の報告にあった。
今のうちに拠点を築こうと、騎士団と協会の隊は動いた。
毎度、魔獣の間引き作業では、野営地となる場所は木が茂らないように野焼きの手入れがされている。
魔獣の森には火事は起こらない。魔の森の木々は燃え難いため安心して野焼きをしている。
その空き地にテントが張られ、魔獣避けの薬草が焚かれて基地となった。
斥候の報告をもとに作戦会議が行われるというので、ユージンは本営に向かった。遠征中も攻撃魔法を放てる騎士として、打ち合わせに参加させて貰っていた。
歩いていると「ユージン様」と少女の声がする。
振り向くと、黒いワンピースの少女が駆け寄ってきた。
「アリサ嬢」
ユージンはアリサに愛想良く答えた。
ユージンの隣ではアロイスが「『様』ではなく『殿下』とお呼びください」と無表情で冷たく告げた。
「えと? あの」
アリサが戸惑う。
「アロイス、もう良い」
ユージンはアリサに聞こえないように言い、ため息をついた。
アロイスはアリサが気に入らないため、アリサに関する噂を色々と聞き込んできてはユージンに文句を言ってくる。
アロイスが聞き込んできたのは不自然な噂だった。アリサが王子ふたりと関係しているという。第一王子と第四王子だ。
優秀な王太子である第一王子と、下半身が緩いともっぱらの噂の第四王子。どちらも有名な王子なのでユージンも聞いたことがある。第一王子はともかく、下半身問題をしばしば起こしている第四王とアリサが関係しているわけがない。
隣国の王子の愛人と知り合いになりたいとは露程も思わないが、アリサはなぜそんな王子と噂になっているのか。
本人に訊いてみようかとも思ったが、ユージンとアリサはまだ友人というのも憚られるほどの付き合いしかない。ちょっとした顔見知りといったところか。彼女のことをほとんど知らない。
アロイスからの情報では彼女はバレル伯爵家の庶子であり、母親が亡くなるまでは苦労したという。アリサの母親は、彼女の出自を隠していた。伯爵夫人が怖かったからだ。苛烈な夫人で、さんざん脅されて追い出された。アリサが十二歳のときに母が死に、世話になった教会の口添えで伯爵家に連絡がいったときには伯爵夫人は流行病で亡くなっていた。
アリサは引き取られ、伯爵家で調べたときに珍しい光魔法属性を持っていることも判った。それからは伯爵家でも大事にされ、学園にも通っているという話だった。
そんな彼女が、不埒な王子と関係を持つはずがない。
とはいえ、それは自分の感情からくる推測だとわかっている。客観的に見ればなんの根拠もない推測だ。それでアロイスの情報を否定するほどユージンは無能な人間ではなかった。
それに、アロイスの言う「やけに馴れ馴れしい女じゃないですか」という批判は当たっている。彼女は、妙に近寄って来る。触れ合いそうな距離に来られると、護衛のアロイスとしては苛立たしいのもわかる。
ユージンの名に「様」を付けて呼ぶのも困る。
ユージンは命を狙われている身なので、不用意に誰かと親しくしないよう気を付けている。今は母方の親類の家に厄介になっているが、迷惑をかけることにならないか気になりながらも世話になっている。
恋人などいたら人質にされかねない。
ユージンはアリサに「殿下と呼んでくれないか」と苦言を呈したことは幾度かあるが「私は気にしません」と明るく答えられた。
その様子を初めて目にしたとき、アロイスは呆気にとられ「知能が低いのでは?」とユージンに告げた。
ユージンとしては、歌による癒しを受けさせてもらったためそれ以上は言い難かった。
アロイスには「人質に取られるようなことがあっても自業自得でしょう。ユージン殿下は気にせず見捨てればよろしい」とまで言われた。
ユージンは彼女は神に守られている聖女だからきっと大丈夫だろうと気にしないことにした。
彼女のそういう性格ゆえに、王子と噂になるような誤解をされやすいのかと思う。色々と気になりながら放置している状態だ。
そんなユージンたちのもとに、なにも知らないアリサが近付いて来る。
「ユージン様、なんだか気持ちが上滑りしそうで不安です。野営地なんて初めてだからかしら。とても迫力ある雰囲気ですのね」
アリサが胸に拳を当てて気持ちを抑えるような仕草をしている。無意識なのかもしれないが庇護欲をそそる。けれど、野営地には相応しくない。ここは戦場だ。
「ここにいる分には少なくとも安心だ。気持ちが静まるまで詠唱の練習でもしていればいい。もしも動揺が収まらなければ他の三人にお任せすればいい」
ユージンは、できればアリサには討伐隊に付いていって欲しくなかった。アリサの詠唱に疑問があったからだ。アリサは好ましく思っているが、あの詠唱は不味い。
そう考えているのはアロイスとユージンだけではなく、騎士団の隊長たちもだ。そのため、団長のほうからやんわりと「アリサ嬢は今回の討伐はやめておいたほうがいい」と申し入れをしたと聞いている。魔導士長とアリサのプライドを刺激しないように「貴重な光魔法の使い手は連れて行きたくない」と話したらしい。けれど、その逃げ道を蹴って来ることにしたのはアリサだった。
「私は、皆さんのお役に立ちたいんです」
アリサは健気にそう答えた。
アロイスは横で嫌な顔を隠そうともしない。
ユージンはさらに何か言わなければと思いながら言葉が咄嗟に出なかった。
つい視線が泳いだ先に琥珀の煌めきが見えた。
視線を向けると翡翠を思わせる青緑色の瞳と目が合った。艶やかな琥珀色の髪をした少女だった。
彼女は、誰だろう。
見ない顔だった。服装を見ると女性の狩人らしい。簡素なシャツとズボンを身に付け、靴は革の短ブーツ。ベルトには物入れが付いている。
狩人傭兵協会のほうの隊員だろう。あんな若い子も来てるのか。
なぜか気になった。鋭く凜々しい目をしている。翡翠色の綺麗な瞳。
思わず彼女のほうに一歩踏み出しそうになったとき、アリサが重ねてユージンに声をかけてきた。
「詠唱の効果を検証する良い機会ですし」
どこか他人事のようなアリサの言葉にユージンは苛立った。
「今回の討伐はそういう余裕のあるものではないかもしれませんよ」
荒れる気持ちを抑えて答え、振り返るとすでに翡翠の瞳の狩人は歩み去ったあとだった。
「もちろん、記録や検証は魔導士長様がしてくださいますわ」
あれほど惹かれていたアリサが今は遠くに感じた。
お読みいただきありがとうございました。
明日は、夜20時に投稿する予定です。




