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12)前世の願い

本日、2話同時に投稿いたしました。こちらは1話目です。




 レナはアシュのテントの場所をまだ聞いていなかった。

 しばらく野営地をうろつき、ようやくアシュを見つけた。

「アシュ!」

「よう、レナ。テントはどこだ?」

「もっと真ん中の方よ。本営のそば。ねぇ、それより話があるの」

「ん? なんだ?」

「私、前世の記憶があるって言ったでしょ。前世の知り合いを見つけた」

 レナは声を潜め、ふたりは歩を緩めて並んで歩いた。

「ハハ、ホントかよ。そんなことがあるのか」

 アシュが楽しげに笑い、レナは肩の力が抜けた。

「ホントよ。雰囲気っていうか、オーラが同じだったから。上手く言えないけど、魂が同じって感じ。向こうも私の方をじっと見たから、もしかしたら気付いたのかな。その辺ははっきりわからないけど」

「前世の恋人なのか?」

「そこまでじゃなかったけど。すごく親しくはしてた。友達以上、恋人以下というか。幼馴染みだったの」

 私は愛してたけど、という言葉は言わずに飲み込んだ。

「そうか。出会えて喜ばしいことじゃないのか」

 アシュは歩きながらレナの顔を窺っている。

「うーん、微妙。恋人っぽい女性が隣にいたから」

「こんなところで恋人か? 友人とか仲間ではなく?」

「はっきりはしないけど。かなり親密にしてたわ」

 レナは肩をすくめた。

「へぇ、親密に、な」

「今のアシュと私よりもっと近い距離で話してた。恋人の距離よね」

「肩寄せ合ってたとでも?」

「ううん、このくらい」

 レナが一歩、近付く。

「ええと、このくらいの近さ?」

 あと一歩、近付いたら触れ合いそうな距離だった。

「そうよ」

「うーん。いや、まぁ、貴族令嬢ならそうかもしれんが」

 アシュがなにか言い難そうな、微妙な顔をしている。

「なに?」

「貴族令嬢と市井の庶民では感覚が違うからな。貴族令嬢だったら、確かに婚約者とか親しいふたりの距離だが。庶民同士なら友人の可能性もあるぞ。その彼は騎士なのか」

「騎士かな? でも制服の感じが違ったわ。指揮官とかなのかしら。あと、女性は黒いワンピースを着てたわ」

「魔獣がうろついている森の野営地でワンピースかよ」

 アシュは、娼婦か? と首をひねった。

「彼は『ユージン様』って呼ばれてた」

「ユージン? 隣国の王子か」

「隣国の王子がこんなところに来るの?」

 自国の王子でさえ来ない危険地帯に? とレナは呆れた。

「同じテントの斥候役の魔導士に聞いたぜ。隣国の王子が手伝いに来てるそうだ。ユージン・ハル・ロベルトという名だ。よほど腕が立つのだろう」

「同じユージンかな。ユージンって、そこまで珍しい名前じゃないわよね」

「ワンピースの女に『ユージン様』と呼ばれてたのか、『殿下』ではなくて、な」

「そういえばそうね。やっぱ恋人?」

 レナはどうしても胸が痛んだが、早くも慣れ始めていた。最初の衝撃が大きすぎたからかもしれない。そのあとで小波のように傷つけられても、かすり傷みたいなものだ。

「なんとも言えんな。若い女なら、祝詞の詠唱役の娘だな。王立学園で募集したとかいう」

「そういえば、一緒に居た騎士は少し珍しい格好をしていた。青紫色の徽章の入った短いマントを羽織ってた」

「あぁ、やっぱりユージン殿下だな。青紫の徽章はマディーヌ王国のものだ」

「隣国の王子が我が国で討伐って、あり得ないでしょ。よほど継承権の低い王子様?」

「第三王子だけどな。優秀で生真面目な王子って聞いたぜ。攻撃魔法も得意だってさ。お付きの騎士とふたりのテントは拠点の端で、一番危ないところに張ってるって、協会隊の斥候は言ってたぜ」

「王子様がそんな危ないテントで死んじゃったら外交問題にならない?」

「向こうの陛下から、責任は問わないって書面が来たらしい。あくまで騎士団内での噂だがな」

「なにそれ。どういうことなの」

「ここから見えるぜ。その危ない王子のテント」

 アシュが指さす方を見ると、幾つかのテントの向こうに小ぶりのテントが見える。ふたり用だろう。確かにずいぶん端にある。

「あれ? あのテント、なんか結界が緩くない?」

「ん? あぁ、ホントだ。なんでだ?」

 テントはどれも魔獣避けと結界の魔導具で護られている。レナもアシュも、魔力探査は上手いので結界の魔力は仄かに見える。

 目に身体強化の魔力を込めるとわかる。見えるというより「感じられる」に近い感覚でわかる。

 結界は省魔力型なのでそれほど強力ではないが、とりあえず魔獣の一撃だけでも防げるようになっていた。睡眠時に突然襲われても瞬殺は免れるだろう。

 森に近い端のテントであれば、余計に防御は重要なはずなのに結界が緩い。しかも、王子のテントだ。

「マズくない? あれ」

「マズいな。でも、下々の者が騎士団のやることには口出しはできないんだぜ。なんらかの意図があったら面倒だ」

「それはそうかもしれないけど。王子を危うくする意図って、なに?」

「だよな。微妙な知り合いのよしみで言ってやるか?」

「微妙な知り合いって、知り合いじゃないわよ。今世では、まだ知り合ってないから。見かけただけ」

「それでもさ」

「うーん。あまり関わり合いたくないけど、伝えてみる」

「そうしてやれ。万が一、あれに気付いてないのなら命に関わるからな」

 アシュの口調は真剣だった。レナも徐々に不安を感じ始めた。

「わかった。確かに単なる手違いだったら、伝えないと見殺しにしたことになるわよね」

「そういうことだ」

 レナは、それから軽く祝詞の詠唱の復習をし、アシュに確認してもらった。

 きっちり覚え込んだ祝詞はまだまだ十分に記憶が残っている。問題はない。発声も発音もアシュに合格と言って貰えた。

 夕食の前にレナは御守りのスカーフを畳んで小袋に入れて持ち、ユージンのテントへと近づいた。リーリムル語で描いたものだ。

 アシュとふたりきりの狩りの時は漢字の御守りをよく使うが、大勢の人の中で使うのでリーリムル語のものを用意した。リーリムル語の御守りの方が弱点がないと考えてのことだ。

 本音を言えば、漢字の御守りの方が呪力を込めやすいので強力な御守りができる。それに、漢字の御守りもまず大丈夫だろうとは思っている。とはいえ、油断してあとで後悔はしたくない。

 生地に描いたリーリムル語の文字はかなり崩していて模様にしか見えないほどだ。色つきの生地に同色の染料で描き、さらに刺繍を入れてある。

 念には念を入れた。

 トールコダンへ来るまでの間に宿で仕上げた作りたてのほやほやも幾枚かある。

 小袋を手に「あの人が葉月なら、前世の願いを現世で叶えられたことになるのかな」と、ふと気づいた。

 葉月を助けられるような御守りを作りたかった、その願いが叶うかもしれない。

「きっと、これで良かったのね。葉月の側に生まれ変わりたいと願ったことも、とりあえずこんな形だったとしても叶ったわ。前世の私の叶わなかった想いはこれで終わる。これで、きっと気が済むんじゃないかしら」

 今世のレナは葉月への思い入れはない、はずだった。会ったこともない相手だったのだから。けれど実際に出会うと、どうしても前世の想いに引き摺られる感情があった。

 深く根付いた、やるせない感情だった。

 レナは胸の奥の引き攣る痛みを指で撫でる。

「よほど好きだったのね」

 葉月の記憶を蘇らせたとき、レナは葉月の死を本当のことのように悲しんだ。前世のレナに感情移入し過ぎた。あるいは、前世のレナはさらにそれ以上に辛かったのかもしれない。

 前世の記憶を蘇らせただけなのに、苦しくて辛くて切なくて、耐えがたい哀しみだった。涙は溢れて止まらず、愛する人と二度と会えないことがどれほどの辛さか、今世のレナは初恋さえまだだったのに体験してしまった。

 だから、御守りを作りたいという強い欲求が今世にまで残った。

 そのことに関しては感謝している。おかげでアシュの足を治せたのだから。けれど、あまりにも前世に引き摺られるのは嫌だった。レナにとっては自分を縛る鎖になっている。

 まして、今世の葉月は隣国の王子だ。縁もゆかりも無い王子が誰とどう付き合おうと関係がないのに、レナは自分でもどうしようもないことで辛い想いなどしたくなかった。

 とはいえ命の危険があるのなら放ってはおけない。それもまた避けられない事実だった。



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