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7)逃亡

今日は長めの一話だけになります。





 イザークが「休むのなら後ろ向いててやるから着替えろ」と自分のシャツを貸してくれた。

 前ボタンの白いシャツはレナには大きすぎたが、膝まで隠れて寝間着には良さそうだ。

 レナが着替えている間に、振り返るとイザークも部屋着のような格好になっていた。

 ズボンの裾をたくし上げて膝下から欠けている右足を出し、薬瓶を手に取っている。

「薬を塗るんですか。痛いの?」

 レナは寝台に乗り上げて覗き込んだ。

「あぁ、見るなよ。気持ち悪いだろう?」

「いえ、大丈夫です。痛いの?」

 イザークの足は噛み千切られたように無残に無くなっていた。綺麗な傷ではない。刃物で切った傷ではないので余計に痛そうだ。傷自体は塞がっているが、赤茶や白っぽい色に変色した肌はどれだけ辛かっただろうかと思う。

「もう二年も前の傷なのにな。よく引き攣るように痛む。乾燥しすぎないように薬を塗るといいんだ」

「イザーク。これ、包帯のところに巻いてみて」

 レナはスカーフを差し出した。

「なんだ? 癒やしの刺繍か?」

「蘇りの刺繍を刺した」

「蘇り? 足を再生させようってつもりか?」

 イザークは呆れて声が裏返った。

「効果があるかもしれないでしょ。効力を発揮させると色が抜けるの。魔力をそれに使うから。色が抜けたらまた作るわ」

「へぇ」

「そういえば馬車が落ちる前に、防御のスカーフを首に巻いたんだ」

 レナは着替えるときに外したスカーフを手に取り広げた。

 スカーフの一部の刺繍がすっかり色落ちしていた。

「これ、やっぱり私を護ってくれたのかも。防御の刺繍の色が抜けてる」

「なるほど、そうか。ノーラ、いや、レナの結界がやけに効いたと思ってたんだ。あの酷い馬車の有様だったからな。きっと、その御守りは良い仕事をしたと思うぞ」

「良かった、作っておいて。そういえば他にも、幸運とか、厄除けとか、治癒のスカーフも」

 慌てて残りのスカーフを見た。

「幸運のスカーフも色が抜けてる。治癒のスカーフも、ほとんど色が無くなってる。血痕を服に付けるのに手首を切ったからね。あ、厄除けのスカーフも、すっかり色落ちしてる」

「厄除けか。帰りに魔獣が寄ってこなかったのはそのおかげもありそうだ」

「イザークは魔獣避けの魔導具を持ってたんでしょ」

「あれだけじゃ、夜の森は心許ないと思ってたのに一度も襲われなかっただろ。そいつが護ってくれてたんだろう」

「そうだったんだ。ありがとう、御守りたち」

 レナは効果の消えた御守りのスカーフを火魔法で焼いて始末した。

 イザークは「蘇」の布で欠けた足を包んだ。


 明くる日。

「住まいに帰って荷物を引き上げてくる」とイザークが言う。

 借りた馬を返さなければならず、なにもかも放りっぱなしだった。

 イザークはレオノーラから報せがあったので急いで、別荘に向かったという。

 馬は仮住まいしている集合住宅の大家にときおり借りていたので、このときも頼んだ。

 出発する日時も知っていたので様子をうかがっていると、レナが見知らぬ護衛と馬車で屋敷を出たので追うことにした。

「戻ってくるまで待ってろよ。そうしたら、しばらく逃亡生活だな」

「あの、私が死んだ振りをするからですか」

「ああ。とりあえず、知り合いに見つからないところまで逃げねぇとな」

「これからも一緒にいてもらっていいんですか」

 レナは申し訳なく思い尋ねた。

「放っておけるかよ。それに、色々と責任を感じてるからな」

 イザークが苦笑する。

「父に母を紹介したからですか。でも、そのおかげで私が生まれたわけですし、私に関して言えば責任を感じなくても良いんです」

「そうはいかないよ。トリアーニには世話になったしな」

「父が女誑しだったからいけないと思うんですけど」

「とんでもない女誑しだったな、たしかに。美男だったからな。レナは父親似だ」

「今の話の流れで似てるとか言われると嬉しくないです」

 レナは眉間に皺を寄せて口を尖らせた。

「ノーラは男誑しにはならないだろ? 父親の失敗を噛み締めただろうからな」

「なりません。愛憎のドロ沼なんてうんざりです」

 レナは顔をしかめたまま首を振る。

「俺は、どうせ王都には居辛い人間なんだ。魔導研究所の所長と不仲だったからな」

「そんな偉そうなひとと?」

「研究所の職員だったときに、所長とは反対の学説を唱えている研究者の書籍を使ってたんだよ。それで目を付けられた。所長の書籍じゃ役に立たないからそうしたんだがな。あげく、魔導関係の禁書庫の司書に左遷された。閑職だ。若い魔導士がそんなところにやられるのは稀だ。俺はめったに読めない本が読み放題でかえって喜んでたんだが」

「先生らしい」

 レオノーラは思わず笑ってしまった。

「魔獣討伐隊にいかされたとき、魔導士隊の隊長が所長の親類だったんだ。みんな王族だ。無能でも性悪でも、王族であれば役職に就けるんだぜ、この国は。おかげで危ない先駆隊に加わることになって足をやられた。先駆隊の騎士たちには、攻撃魔法で庇ったから感謝されたがな。隊長に『治癒をかけなくていい』と放っておかれて死にかけた」

「酷い。嫌がらせとかそういうの超えてる」

 レナは怒りで頭に血が上った。

「だな。もう嫌気がさしたんだよ。所長も隊長も、王族の血筋だからやりたい放題だった。誰も文句は言えない。レナの母親、ローゼもそうだろ」

「そうです」

「アリアの復讐はどうなるかな。レナは母親が復讐されるのはなんとも思わないのか」

「母は父を殺したわ。あの時の様子から見て間違いないと思う。侍女にも残酷なことしてたみたいだし。私は、自分の母親という感じがしないんです、どうしても。薄情かもしれないけど。罪の償いをした方がいいんじゃないかって思うくらい」

「俺もあの伯爵邸で何年か過ごしたから気持ちはわかるな」

 イザークは宥めるようにレナの頭をぽんぽんと撫でた。


 レナは宿で留守番することになり、イザークは身支度を調えた。

 住まいを引き払って戻るのに一週間はかかるという。ロワリエ家に魔導教師として入るときに荷物は片付けてあるのでさほど手間ではないらしい。とはいえ、王都までは距離があり、イザークは片足が不自由なので日数がかかる。

 別れ際には「気を付けて宿で待ってろ」と、宿代と食費をレナに渡してくれた。


 レナは留守番している間、出かけるときはフードを深く被った。宿にじっとしていた方が安全だが、薬草が欲しかった。染料に使うための薬草だ。

 薬草は部屋で乾燥させたが、糸は金がないので買えない。

 イザークは宿代と食費を多めに置いていってくれたが、なるべく節約したかった。

 御守りをまた作りたくても刺繍糸はそれなりに値の張るものだ。

 今回、五枚のスカーフのうち、「防御」と「幸運」と「厄除け」、「治癒」、どれもが役に立ってくれた。「治癒」でレナの手首の傷は跡も残らず消えている。

 あとは、イザークの足に使われている「蘇」のスカーフだけが残っている。

「蘇りの効果があるといいんだけどな。また防御とか幸運のスカーフを作りたいな。治癒も作っておいた方がいいよね。いざというときのために。刺繍だとそれなりに時間がかかるし。私は刺すのは速い方だけど、念じながら刺すからそこまで急げないのよね」

 あの五枚のスカーフを作るのには長い時間がかかった。刺繍糸を染め上げ、呪いを誤魔化すために図案を考え、一針一針、魔力を込め、想いを込め刺繍を刺した。

 不自然なデザインにならないようにするのも案外、手間だった。

 文字を誤魔化すように細工するために、余計に色んな色の刺繍を周りに刺さないといけない。

「魔力入りの染料を使って筆やペンで描くようにした方が早いわ。そうすれば、色が抜けたあと痕跡がほとんど消えるから燃やして始末できなかった場合も少しは安全だし」

 刺繍にした場合、色が抜けても色の抜けた糸が残る。

 必ず焼いて始末した方が良いだろう。

 自分の境遇を思うと、敵や見知らぬ誰かに手の内を知られることに恐怖を感じてしまう。身を守る術は大事にしたかった。

「もちろん、染料で描いた場合も完全に痕跡がなくなるわけじゃないから、燃やして処分した方が安全だけどね」

 ただし、刺繍をやめて描くようにした場合、不安な点がある。

 御守りの質の低下だ。

 描いただけでは、どうしたって念じながら刺繍を刺すのと同じ質にはならないだろう。

 レナの御守りは糸に染め付けた魔力と文字の力、それに念じながら刺すことで込められる「呪力」と呼ばれる力によって作られている。

 どれかひとつでも欠ければ効果は落ちる。

 以前に試したときは、刺繍するときに念じないでただ刺してみた。

 その結果、防御力テストで効果が落ちていた。

 もしも刺すのではなくただ描くだけにするのなら、どれだけ質が落ちるかわからない。

「でも、前世の記憶の中で、文字への想いの込め方があったのよね」

 それは「書道」と呼ばれるものだ。

 レナは、今はぼんやりとしか覚えていない「書道」の記憶をしっかりと思い出してみることにした。

 僅かだけ残っていた糸で「記憶」「蘇」という文字を刺す。糸の余裕がないので小さい文字になったが、なんとか刺せた。

 書道についての知識を、糸の色が抜けるまで何度も繰り返し思い起こした。

 書道は芸術のひとつという。けれど、美しく書くというだけのものではない。

「書」に「道」という文字がついている。

「道」は、肉体の鍛錬や精神的な修行、技の修練などを経て人として完成にいたる道であり、「道」における完成とは精神の完成を指す。

 武術や芸術の領域では技の完成も大切ではあるが、いつ何時でも心の平静を乱されないような達観した精神状態を得ることが重要だった。

「すごいわ、前世の私」

 レナは自分の前世だというのに素直に感心した。「書道」でそんなことを学んでいたなんて予想を超えていた。

 もちろん、学んだだけだ。書道の大家になれたわけでないことはちゃんと知っている。それでも、今生で貴族令嬢として生まれ育った自分とはだいぶ違う。

 レナは目を閉じて今学んだ「書道」というものを思い返す。

 単に綺麗に書くことが目的ではない。

 前世のレナは「良い字」を書こうとしていた。

 急に筆を取りたくなり、急いで染色液を作った。

 道具屋に行って、なるべく安い筆と、藁半紙のような安価で粗悪な紙も買った。理想的な導具や紙ではないが、今はいい。

 宿に帰って筆を手にする。

 前世のレナがそうしていたように、しばらく目を閉じてから半目で紙を見つめる。それからおもむろに筆を動かし始めた。

 書いたのは「快癒」。

 この文字を選んだのは無意識だった。

「そうか。あのときの」

 葉月の病が癒えることを願った文字。

 今生で葉月と出会えるか、レナはあまり期待していない。

 会いたいとは思う。

 思うけれど、葉月が前世の記憶を持っていなかったときのことを思うと、会えない方が良いのではとも思う。

 彼はもしかしたら何歳も年上で、すでに結婚している可能性だってある。

 最後のときに、レナは彼のところへ生まれ変わることを願ったけれど、叶うとは限らない。

 レナが、誰かを救ったとか、人のために尽くしたとか、神様に願いを叶えてもらえるような人間であったならまだ期待できただろう。

 残念ながら、レナは普通の少女だった。十八歳で若くして死んだ不運な少女だ。

 レナは思い出とともに「快癒」の文字を見つめていたが、あのときの哀しみが癒えることを願いながら火魔法で燃やした。

「快癒」の文字には呪力が籠もっていたのか輝きながら燃え尽き、幼いころ葉月が元気だったころの幸せな気持ちがふわりと思い出された。


 レナはそれからも僅かな材料を工夫し書道の真似事をした。

 前世のレナが求めた「良い字」を書きたかった。

 呪力が込められるか否かも、それにかかっている気がした。

「そうだわ。染料で御守りの文字を描いてから、その上に刺繍を刺して隠すようにすればより安全だわ。そのためにも、刺繍糸を買うお金が欲しいな」


 一週間後。

 イザークは宿に戻ってきたとたん「この足がむず痒くて大変だったぞ」と情けない顔をした。

 イザークがズボンの裾をめくり「蘇」のスカーフを外すと、欠けた足先が赤っぽくなっている。

「痛くはないんだ。ただ、むず痒い」

 イザークは痒みを堪えるように患部を手でそっと擦った。

「でこぼこしているのは元からよね」

 レナは足を覗き込んだ。

「お前、よくそんな間近で平気な顔で見られるな。でこぼこしてるのは満足に治癒を受けなかったからだ。魔獣に食いちぎられたまま、薬をべっとり塗って布を巻いただけだったんだよ。だが、心なしか肉が増えてるような気がする」

「『蘇』の効果が少しでもあったのかな?」

「あるかもな。そう簡単に再生するとは思えんが。布の刺繍も色落ちしてるぞ」

「あ、ホントだ。すっかり色が無くなってる。また作らなきゃ」

「悪いな、頼む」

「任せて!」

 効果があるとわかればやり甲斐がある。

 レナは張り切って作ることにした。




お読みいただきありがとうございました。

明日も、夜20時に投稿いたします。

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