6)怨恨
本日は2話同時に投稿いたしました。こちらは2話目です。
夜の更けた田舎町の宿を、旅人らしいふたり連れが訪れた。疲れた様子の馬とワンピースの上に男物の外套を羽織った少女、それに背負い袋を担いで杖をついた男。
一見、親子に見えるが顔はあまり似ていない。でも、どことなく雰囲気が似ていた。そのため、宿の女将は「姪だ」という男の言葉をすんなり信じた。
酒場を兼ねた宿屋が遅くまで開いていたおかげで馬は心地よい厩舎を、ふたりは休める部屋にありつけた。
「イザーク・ランソル」「レナ・ランソル」とそれぞれ名乗り、ふたりとも疲れているから部屋で食事をしたいと頼んだ。宿の女将は「食べ終わったら皿は運んでおくれよ」と気安くパンと肉料理を一皿にまとめるのを引き受けた。
古い宿だが掃除の行き届いた部屋だった。寝台の布団は薄っぺらくても洗濯されたリネンがあればいい。
「この宿は身分証を見せなくても泊まれて良かった」
イザークは寝台にどかりと座った。
「見せないと泊まれない宿もあるんですか」
「大きめの街の宿はそういうところが多い。少し良い宿とかは特にな。まぁ、俺の身分証があるから親類だと言えばいいんだが。あとは、どっかの組合や協会に発行してもらうか」
イザークは考えながら答えた。
「職人組合とかですか?」
「それが有名だな。狩人と傭兵の協会もあるんだ。狩人傭兵協会は案外、偽名でも身分証を作ってくれる」
「えー、いいんですか、それで」
レオノーラは杜撰さに驚いた。
「訳ありの人間なんてこの国にはいくらでもいる。そういうのを避けていたら人手不足になるだろ。その代わり、精霊石で犯罪者ははじいてる」
「精霊石って、心が穢れてると暗くなるというあれですか」
「心というか、魂な。罪も無い人間を殺している盗賊なんかは確実にバレる。あとは、大きい街の協会や職人組合とかには真偽判定の魔導具が備え付けられているんだ。狩人と傭兵の協会は、それでも偽名で身分証は作ってくれる。その代わり、会員証を見ると名前の真偽判定はしていないことがわかる。名前の真偽判定をして確認できた場合は名前の下に青のラインを引いてくれるんだよ。こういう風に」
イザークは、懐から金色の会員証を取り出して見せた。
「イザーク・ランソル」と名が記され、名前の下に青のラインが引いてある。
「本名だったんだ」
レオノーラがつい呟くと、
「当たり前だろうが」
イザークが嫌そうな顔になった。
「これ、狩人傭兵協会の会員証ですか」
レオノーラは手にしたカードを裏に返したりしながらつくづくと眺めた。
「そうだ。入会すれば森で採れた獲物を買い取ってもらえる。攻撃魔法の修練で異界の森で狩りをしたときに作った」
「金級なんですね」
「まぁな。級を知ってるのか?」
「『金』はけっこう良さそうって思っただけ」
「ハハ、確かにけっこう良いぜ。登録したての新人は白色だ。色で級を付けてるんだ。ひと目で実力がわかっちまうというあからさまな仕様だ。白、灰、青、銅、銀、金、白金ってな。白から青くらいまでは簡単に上がれるんだが、青以上はそれなりに良い仕事をこなさないと上がれない」
「良い仕事って、危ない仕事という意味ですよね」
「そうとも限らない。無茶をすれば良い仕事ってわけではないからな。自分の力に見合った中で必要とされている依頼をこなせばいい。偽名でも協会の会員証は作れるって言っただろ。でも、偽名だと、貴族家の護衛とかの仕事はできない」
それはそうだろうな、とレオノーラは納得して頷く。
「それから、騎士団が加わるような討伐の仕事とかもやらせてもらえない。金以上になると、偽名でもなんでも、許されるようになるんだがな。金になるってことは、それだけ協会に貢献したということで、協会が身分保障をしてくれるようになるんだ」
「じゃぁ、とりあえず、偽名かもしれない会員証を使うしかないってこと?」
「そういうわけだ。そろそろ休むか?」
「え? あの、怨恨の話を教えてくれるんじゃ」
レオノーラは慌てて尋ねた。
「覚えてたのか。疲れてるだろ。今夜、聞きたいのか」
イザークはいかにも気が進まない様子だった。
「聞きたいです」
「わかった。まずは先に謝っておく。お前の母親ローゼをトリアーニに紹介したのは俺なんだ」
イザークは「すまなかった」と頭を下げた。
「それは、どういう?」
亡き父トリアーニとイザークが学生のころからの友人であることは知っていた。母ローゼとも知り合いとは知らなかったが、謝る理由がわからない。
「順を追って話す。ローゼの最初の婚約者が、俺と同じ恩師の弟子だった。彼とローゼはふたりして我が強くて、気が合わなすぎて互いの家が婚約を取り止めにしたんだが。その縁で俺はローゼに顔を知られていた。俺とトリアーニが友人だと知ると、ローゼは俺にトリアーニを紹介しろと言ってきた。ローゼは王族だ。俺は、断れなかった」
イザークは悔やんでいる様子だ。ローゼが我が儘な女だとレオノーラは知っている。父への伝手など、どこにでもあるだろう。
「母がイザーク先生を利用したのはたまたま側にいたからでしょ。気にしなくても」
「そう割り切れない。トリアーニには婚約者がいたんだ。アリアという。綺麗で善良で良い娘だった。結婚直前でローゼが割り込んできた。トリアーニとの間に子供ができたから別れてくれって、ローゼはアリアに告げた」
「ひどいわ」
レオノーラは眉を顰めた。
「ローゼとトリアーニが結婚したあと、アリアは自殺した。アリアが死んでから、彼女が妊娠していたことがわかった。子供はまだ腹の中で妊娠三か月足らずだったらしい」
レオノーラは言葉が出なかった。
貧血のように頭がくらりとした。
「ローゼがトリアーニを崖から突き落としたんだろう?」
「そうだと思います」
レオノーラは迷うこと無く頷いた。
「ローゼは馬鹿な女だった」
レオノーラは再度、頷く。
「学生時代には猿なみの頭だと、彼女は陰口を叩かれていた」
イザークは淡々と言葉を続けた。
「性根は猿以下よ」
レオノーラが思わず毒づくとイザークが苦笑した。
「そう来るかよ。ノーラはローゼが好きじゃなかったんだな」
「母に話しかけられたことなかったし、挨拶しても無視だもの。憎まれてるんじゃないかと思うこともあった」
「昔から、綺麗な娘に対してはきつい女だった。綺麗な侍女とか、顔に熱湯をぶっかけられたらしい」
「だから、うちの侍女は年配のひとばかりだったんだ」
若い侍女は怪我で辞めることが多かったのはそのせいかもしれない。
「ローゼを誘導するなんざ、簡単なんだよ。トリアーニは浮気しまくってたしな。トリアーニの浮気の噂をあることないこと耳打ちすればいい。それで、男前の浮気相手をローゼにあてがえば、ローゼは酔っ払ったトリアーニを崖から突き落とすくらい難なくやるだろう」
「それが事件の真相?」
「おそらくな」
イザークはうんざりして答えた。
推測するしかないのだろう。だが、レオノーラもそれが真相だろうと思った。
「私の馬車が盗賊に襲われたのは?」
「それも、手配はローゼにやらせたんだろう。誘導してな。証拠はすべてローゼが黒幕であるように見せかけてあるはずだ。ローゼは、トリアーニを殺したあと実家の力でねじ伏せた。ローゼの実家は公爵家だ。それで調べも緩かった。だが、二度目となるとそうもいかない。ローゼが夫を殺したという噂は社交界中で囁かれていた。あの女は、トリアーニが死んで喪が明けた翌日には若い男と再婚してやがる」
イザークは眉間に皺を寄せて首を振った。絶望的、とでも言いたげに。
「母を嵌めたのは、十三年前に自殺した女性のご家族?」
「ああ、そうだろう。アリアはちょっと訳ありの家の娘だった。俺は王宮魔導士として働き始めて知った。アリアはバーゼル家の出だった。王宮の裏任務を請け負っている」
「裏任務って、暗殺とか?」
レオノーラは思わず背筋が震えた。
あの愚かな親たちはなんて家を敵に回してしまったんだろう。
「そうだ。だから、十三年間待ったんだろうと思う。王宮の裏任務の者が王家の血筋の者を嵌めるんだ。十年は待たないとマズいだろ」
「それは、そうかもしれませんね」
レオノーラは底なし沼に填まったように気持ちが沈んでいった。
「ノーラのことも恨んでいるかはわからない。だが、トリアーニとローゼは憎まれていた。アリアが自殺する原因となったローゼの子供の始末も復讐の一部だったと考えられる。ふたりの娘であるノーラを、ローゼを縛り首にするために利用したんだろう。ローゼに『娘を始末しないとロワリエ家を継げない』とか言い含めて欺してな。夜盗に襲わせた」
「ロワリエ家の資産なんて、ありましたっけ」
「王都の屋敷はいい場所に建ってるが、財産より伯爵家じゃないか。ローゼの相手は平民だからな」
「母はロワリエ家の血筋じゃないのに」
「ローゼは一応、王族だからな、自分なら認められるとでも勘違いしたんだろ」
「でも、恨まれても自業自得ですよね」
レオノーラは項垂れた。
父は崖から落ちてひと思いに死ねたのはまだ良かったとすら思う。ローゼはこれから捕らえられて極刑だろう。一旦捕まれば、父を殺害したことも自供させられるかもしれない。
父のことは好きだった。けれど、ふたりの女性を婚前交渉で妊娠させているのだ。両親の結婚年月日と自分の年齢がおかしいことは知っていた。
「ノーラまで襲うことはないと思うぜ。酷い話だ」
「私が死んだことになってないと危ない理由はよくわかりました。別人になって人生やり直します」
「ノーラ自身はやり直さなきゃならないようなことはひとつもしてないのにな」
「でも、あの母親の子であることは今日で辞めたいから。今日からレナって呼んでください」
「わかったよ」
イザークは、はぁと疲れた息を吐いた。
お読みいただきありがとうございました。
明日も夜20時に投稿する予定です。




