5)脱出
本日は2話同時に投稿いたしました。こちらは1話目です。
おかしいと思っていた。
急に決まった大叔母の見舞い。いつもの護衛ではなく見慣れない護衛がついた違和感。極めつけが、暗い森の道を選んだ旅程。
レオノーラは鞄から「防御」の御守りを取り出した。「治癒」「幸運」も出した。
三枚のスカーフをそれぞれ首に巻き、手首にもしっかり巻いた。首には「厄除」も重ね巻きしておく。
もっと作れば良かった。でも、あまりにも時間かかったから、魔力で染めた糸を全部使って五枚しかできなかった。
イザークに会えたときに渡そうと作っておいた「蘇」のスカーフはポケットに押し込んだ。
攻撃魔法増強の御守りも作るべきだった。もう、今さら悔やんでも仕方がない。頑張るしかない。
短剣を握る。馬車が揺れて危ないので、鞘から出すのはやめておいた。
手がじっとりと汗ばむ。
馬車よりも騎馬の方がずっと速い。馬たちの早駆けの音が迫ってくる。
たまたま盗賊に目を付けられたのか、それとも母がどこかに依頼したのか。いつか、どちらであったか判る日が来るのだろうか。
ぎしぎしと馬車が悲鳴を上げている。
御者はただひたすら馬に鞭を当てているのがわかる。
敵の馬の息が聞こえそうなくらいすぐ後ろにいる気がする。恐怖がそんな気配を作り出しているのか。
少なくとも、何頭もの馬の迫り来る足音は幻聴ではない。
賊どもは後ろから追い立てるばかりで、矢を射ったりはしないらしい。森の道が狭いために横を併走できないのだろう。
逃げ切れるわけがない。どこかに追い込もうとしてるようだ。もっと広い、横に躍り出て襲えるくらい広い道へ。
捕まりそうになったら、辱めを受ける前に死んでやろう。
御者は森の中に逃げ込めばなんとか助かるかもしれない。わざわざ追わずに見逃してくれるんじゃないか。馬も殺されたりはしないだろう。
だが、自分は駄目だ。
絶対、殺される。助かっても奴隷商人に売られるか。母が絡んでいるから、殺される可能性のほうがずっと高い。女は殺される前に辱めを受けるのがこういうときの盗賊のやり方だ。
幸い、短剣を持っている。ひとりくらい道連れにしてやりたい。死に物狂いで抵抗してやる。
馬車の座席で縮こまるように揺れ続けていると、ふいに悲鳴が聞こえた。
「ぎゃぁああ」
悲痛な男の悲鳴。
馬のいななき、それから、奇妙な浮遊感。
「お、落ちてる、落ちてるんだわ! 馬車ごと」
レオノーラは咄嗟に結界を張った。できうる限り堅固な結界を。
一瞬の浮遊感ののち、凄まじい衝撃が馬車を襲った。
気を失ったのは、衝撃とそれから魔力切れのだめだろう。
全力で結界を張ったのだ。
どれくらい経ってからか。目が覚めたとき、レオノーラは馬車の残骸に半ば押しつぶされていた。
「うわ、大変だわ。命があっただけ良かったけど」
残骸で怪我をしないように慎重に潜り出た。
もがきながらようやく這い出ると、陽は落ちてうっそうと暗い。
レオノーラは光魔法で指先に光を灯し、息をのんだ。
辺りには他にも馬車の残骸が散らばっている。
レオノーラが乗っていた馬車だけでなく、何台もだ。
「なに、ここ」
白骨もある。
背筋が震えた。
かすかな馬のいななきと足音が聞こえ、レオノーラはさらに身体を震わせた。
「ノーラ?」
馴染みのある声。
「イザーク先生っ」
「しっ、静かに」
レオノーラは慌てて口を閉じた。
「あの盗賊たち、まだ居るの?」
「たぶん、近くにはいないと思う。盗賊風の奴らが森を出ていったのは見かけた。この森は夜は危ないからな。引き上げたんだろう。崖の上から馬車が落ちてるのは確認したはずだ」
レオノーラは、ほうっと安堵の息を吐いた。
「よく助かったな」
「御守りと結界のおかげです」
「そうか」
「先生は、どうしてここに?」
「先生じゃない、イザークだ。ノーラが聞いたこともない大叔母のところに見舞いに行くとか報せてきただろ。だからだよ。ノーラの母親と義父がどうも怪しいし、ノーラが心配だから後を付けてきた」
「ありがとうございます」
「助けられなかったけどな。俺の乗馬技術じゃ追いつけなかったんだ」
イザークが悔しそうにする。
「そんなこと。来てくれただけでも」
レオノーラは涙が込み上げてくるのを止められなかった。
「だが、死んだふりしておいた方が良さそうだな。また狙われるだろう」
イザークは慰めるようにレオノーラの髪を撫でた。
「母と義父なんですね、犯人は。盗賊ではなく」
「盗賊なら荷物を狙うもんだ。こんな崖に追い込むんじゃなくてな。ここは、どうやら迷った馬車が落ちやすい崖のようだな」
イザークが辺りを見回し、レオノーラも恐る恐る視線を泳がせた。
「ロワリエ家はそこまで資産家でもないのにな。怨恨が入ってるんだろう」
イザークが呟く。
「怨恨?」
「その話はあとだ。すべきことを済ませて、落ち着いたあとにしよう。死んだふりをするぞ」
「はい」
「服を脱いで着替えろ。どうせぼろぼろだろ」
「あ、ホントだ」
壊れた馬車から抜け出すときに服はすっかり破れていた。
「着替えは馬車の中か」
イザークは光魔法の光を灯して馬車を調べた。
レオノーラも残骸を調べ、トランクを見つけた。
「着替えはひと組だけ取り出して、あとは置いておいた方がいい。なるべくそのまま、どうしても手元に置きたいものだけ厳選してな」
「はい。父の形見の指輪と懐中時計だけにします。身分証はどうしましょう」
「身分証はもう使えないから置いておいた方が良いだろうな。仕方が無い。おそらく、ここには調べが入る」
「わかりました」
「後ろ向いててやるから、すっかり着替えろ。下着や靴下、靴もな」
「はい」
着替えは余分に持ってきたが、靴はなかったので靴下と室内履きで代用した。
レオノーラの着替えが済むと、イザークは脱いだ服を手に取りさらに破いた。
「子供の柔らかい遺体は魔獣や獣にすっかり食われても不思議はないから、血痕だけ付けとけばいいな。似た遺体の残骸を探すのも大変そうだし、偽造がバレる恐れもある」
イザークの独り言を耳にし、
「血痕、付けます。遺体、探すのはナシで」
レオノーラは、馬車の座席側で見つけた短剣を手に取った。
「さすが肝が据わってるな」
イザークが呆れているうちに、レオノーラは思い切って手首を切りつけた。
「なんて手酷く傷つけてるんだっ」
イザークは慌てて荷物から布や薬瓶を探り出した。
レオノーラは、その間にも自分が脱いだ服の裂けた部分に重点的に血を塗りつけた。
イザークにも手伝ってもらい、念入りに血をまぶす。
「もう、そのくらいで十分だ。痛々しくて見てられない。魔獣が食べてくれた様子はきっちり偽造できた。ほら、手を貸せ」
イザークはレオノーラの傷に傷薬を塗りつけ、布で巻いてくれた。
服と時計を出したトランクは壊れた馬車に押し込み、血まみれの服や下着は残骸や折れた枝の辺りに引っかけ、靴と靴下はわざと片方だけ落とした。イザークは魔獣にやられた遺体は「昔、さんざん見た」と言い、それを思い出しながら偽造した。
「さて、行くか。俺と馬にふたり乗りだ」
イザークは馬にレオノーラを乗せ、自分もその後ろに不自由な身体をなんとか乗り上げた。
イザークは片足で追ってきてくれたのだ、親に疎まれ殺されかけたレオノーラを。また涙が込み上げ、必死に堪えた。
「急ぐぞ。魔獣避けが効いているうちに森を出ないとマズいことになる」
イザークが顎をしゃくって示した方を見ると、魔獣の赤い目が無数に瞬いているのが見える。
レオノーラは思わず、ヒッと息をのんだ。
「御者と馬の新鮮な遺体が増えたから、よけいに集まって来てやがる」
「御者のひと、可哀想に。私の巻き添えで」
自分ひとり助かったことを今更、思い返した。
あんな結果になるとは思っていなかった。わかっていれば、なにかできたかもしれない。
「夜の森を走るなんざ、おかしいと思わなかった時点で運命が決まっちまったんだろう。仕方が無い。駄賃をたっぷり貰ってゴリ押しされたはずだ」
「護衛もいたはずなのに」
「グルだったのかもな」
見慣れない護衛だったのを思い出した。
ふたりは闇に包まれた森の道を町へ向かって馬を駆った。




