19)収束
本日は2話同時に投稿いたしました。こちらは1話目です。
遺体は結界の中に置いたまま、取り調べを行った団長らは帳で分けられた隣のスペースに移った。
副団長が防音の結界を張りなおす。
アシュは、取り調べの間はこちらで休んでいたのでそのままだ。フィーリスの使った魔力回復薬が効いたようだが、アシュはまだ少しぼんやりしていた。
「今後のことを取り決めておきたいと思う」
団長が話の口火を切った。
そんな重要な話を聞いていて良いのかとレナが身じろぎすると、団長は薄く微笑んだ。
「まだ契約魔法が効いているだろうし、ふたりのことは信用している。アシュ殿はまだ休んでいたほうが良いしな。人の出入りをあまり見られたくもない。そのままでいてくれ」
団長にそう言われればレナは断れずに「はい」と答え、アシュも隣で「わかりました」と頷いた。
団長は話を続けた。
「このたびの事件は、国際問題となる」
「私がどうなろうと、ラズデア王国にはなんんら咎は無いとマディーヌ王国は誓っている。問題など起こらない」
ユージンは、淡々と語る団長の言葉を遮った。
「それは聞いています。だが、それでもなんの問題も起こらないというわけではない。事後処理は誠意を持ってすべきですし、それが暗黙の了解というものです。ついでに言わせて貰えれば、マディーヌ王国の『王子の身になにがあっても責任は問わない』という言葉を我が国は真に受けて王子の参加を認めたわけだが、私自身はそれはあり得ないと考えていた。我が国の常識的な重鎮もそう考えている。一連のすべての流れが、討伐に注視したい身としては受け入れがたいことでした」
「迷惑をかけたことは申し訳なく思っている」
ユージンの口調が昏くなる。
「人が好いですな、ユージン殿下。うちの魔導士隊隊長が複数の暗殺者を引き入れていた点に関しては不始末を問わないつもりですかな?」
団長が目を細める。
「それは結果論であって。私が参加しなければ」
ユージンが言い訳のように言葉を紡ぐと、団長の雰囲気が一気に剣呑となった。
「参加を許したのは我が国の陛下だ。まぁ、それは置いておきましょう。先に進まないとなりません。あれこれと王都に戻ってから不愉快なことは多々あるでしょうが。とりあえず今日明日のことを決めておきたい」
団長の口調がやけにきつく感じられる。
「え、ええ」
ユージンは頷きながら、団長を怒らせた理由を必死に考えた。
「犯人の遺体とともに不始末をやらかした魔導士隊は王都に帰還させることになるでしょう。詠唱係の女性たちも帰還する。護衛の騎士が付きそいます」
固い団長の言葉に面々は頷いた。団長は皆を見回すと話を続けた。
「それでユージン殿下。一緒に帰還すれば護衛が付くが、いかがか。こちらの予定が漏れないようにすれば安全に帰れるでしょう」
「遺体の奪還を企てる連中に見つかる恐れがあります」
団長の提案にアロイスが答えた。
「遺体と同行を薦めているわけではありません。ご令嬢らはおおよそ道程は同じですが別です。この魔獣だらけの森に居るよりも危険かは、検討の余地があると思うが?」
「それはありますが、つまり危険度は同じと考えます。それに、マディーヌ王国からラズデア王国への書簡では『王子は討伐をやり遂げる』となっていたのです」
「そこまでいうなら尋ねますが。暗殺事件はマディーヌ王国の王位継承権問題絡みではないのか?」
「その可能性はあります」
アロイスの歯切れが悪くなる。
「それなら、暗殺事件はマディーヌ王国の問題だ。事件が起きた時点でマディーヌ王国はそのことに責務を感じるべきであり、これが理由で王子の勤めが中途半端になろうとも受け入れるべきだな」
団長のきつめの言い方にアロイスは一瞬、口を閉じたが、さらに言い募ろうとしたところで、
「あー、つまり、ユージン殿下の護衛殿は、団長の案には乗り気じゃない、ということですね?」
アシュが飄飄とした声を割り込ませた。
「まぁ、そうです。抗える立場ではないことは承知していますが」
アロイスは言い難そうだが、渋々答えた。
「アロイス殿の躊躇もわからんでもないな。暗殺者と工作員と、胡散臭い詠唱係やら、信用ならない魔導士の巣窟だった魔導士隊が引き上げるのと同じくして殿下を同行させたくないでしょうね」
アシュは肩をすくめた。
「それはそうよね」
うっかり、レナも同意してしまった。
口を挟むつもりは毛頭なかったのだが、条件反射みたいなものだ。
団長は、そんなアシュとレナにちらりと睨むような視線を投げた。
「重ねて申しますが、魔導士隊と同行にはなりませんよ、彼らは監視対象者です。暗殺者の遺体と同等です。近隣の騎士団支部から護衛もすぐに来る。アリサ嬢以外のご令嬢たちと一緒にご帰還いただけばよろしいでしょう」
「むろん、団長の意向もわかりますよ。これ以上のもめ事は困る。王子殿下には間違いなく王都に元気な姿で帰還してほしいでしょうよ。どこかで行方不明になることもなく。そうなると、殿下とアロイス殿と、ふたりに自由行動はしてほしくない。団長としてはさんざん邪魔をされた討伐を完遂しなければならない。だから殿下には、王都に帰還する彼らと帰って欲しかった」
アシュは、今度は団長の心中を代弁した。
「むろんだ」
団長は言葉少なにあっさりと認めた。
「それなら、やはり、殿下には森での討伐を続けてもらった方が良いでしょう」
アシュの提案に、団長は無言で睨み、答えない。
アシュはさらに話を続けた。
「侯爵令嬢らの護衛たちは、当然ながら、令嬢たちの護衛を最優先で行いたいでしょう。エステル嬢は王太子の婚約者ですしね。もしもユージン殿下が一緒にいて、令嬢たちがまた暗殺事件に巻き込まれては困る。とはいえ、暗殺者の遺体はまだ背景の連中が不明だ。彼らが遺体を欲しがるか否かもわからん。アロイス殿が、殿下を同行させるのに躊躇するのもわかる。それなら殿下は、団長のそばにいるのが一番、安全じゃないですか」
「私を安全地帯代わりにするとは、勇気があるな」
団長は諦めたように呟く。
「その代わり殿下には、陛下に少し抗議をしてもらえませんかね」
アシュはユージンに向き直った。
「こ、抗議?」
ユージンは思わず声を上ずらせた。
「さすがに魔道士隊には暗殺者が入り込みすぎでしょう。詠唱を邪魔した聖女もいた。彼女の騒ぎで、暗殺者はより仕事がやりやすくなった」
「え、ええ、まぁ」
ユージンは相変わらず戸惑っている。
「ですから、一言くらい言ってもらえませんか。『魔道士の隊には暗殺者が少なくとも三人と、それを手助けした聖女殿がいたが、どういうご事情ですか』と」
「抗議というか、事実確認ということですか」
「まぁそうですね」
相手がどう感じるかは別だが、暗殺されかけた他国の王子という立場なら難なくできるだろう。
「わかりました。必ず、帰還次第すぐにもそうします」
ユージンはようやく理解した。隣にいるアロイスもだ。
あの魔道士隊の隊長は憎まれていた。無能なうえに性悪だった。あの聖女もひどかった。
ユージンが一言でも抗議をすれば、他国からの言葉だ、あの隊長は無事では済むまい。
それなのに、ユージンが物わかりよく何も言わずに納めようとしたので団長を始めとする皆が剣呑だったのだろう。
ユージンとしては騒ぎを大きくしたくなかったのだが、そもそも隣国の王子が暗殺されかけた時点で大騒ぎとなるのは仕方がない。
案の定、団長の雰囲気が和らいだ。協会幹部のフィーリスもだ。よほどあの無能隊長は嫌われていたようだ。
「それでは、殿下の討伐任務への参加は続行で、帰還は我々と一緒ということで良いですかな」
団長はアロイスとユージンに確認をした。
「もちろんです」
ユージンは安堵した様子で頷き答えた。
ユージン殿下の討伐への続投が決まったところで、部下から報告を受けた副団長から報せがあった。
「魔導士隊の魔導士がふたり行方不明になっています。暗殺者の仲間と思われる者もそのひとりです。ふたりのうちひとりの行方不明はまだ理由がわかりません。巻き添えか、あるいは、仲間か。捜索に騎士団の分隊を当てました」
その場で聞いた者たちの顔が思わず歪む。巻き添えなら、もう生きていない可能性が高い。仲間なら、紛れ込んだ不審者が多過ぎる。
隊長らは、先ほど決まった殿下の今後の予定を聞いたのち、
「ユージン殿下が森に残られるのでしたら、テントの割り振りを編成し直します」
と答えた。
「よければ、私は、服装を変えて協会隊に入れてもらおうと考えてます」
ユージンが緊張気味の口調でそう述べ、アロイスは隣でそっと頷いている。王子は護衛と相談済みだったようだ。
協会隊隊長フィーリスは「ふむ」としばし思考する。
「幻惑の魔導具で少しばかり印象を変えていただいたら安全かもしれません。魔導士隊が帰還しテントが余るので、それを貸して貰えるし、テントの割り振りをし直して。協会隊側のテントにさりげなく入っていただく、と」
フィーリスが同意を求めるように団長らに視線を寄越した。
「殿下たちはそれで良いですか? こちらはやり方は問わないが」
団長は答え、王子に判断を仰いだ。投げやりだが、任せる、ということだろう。
「私は、アシュ殿と一緒のテントを希望する」
ユージンはアシュに向き直った。
「俺はかまわんです」
隣国の殿下に対して、その返答で良いの? とレナは思ったが、ユージンは「良かった」と嬉しそうだった。




