18)暗殺者の記憶
今日は、かなり長めの一話のみになりました。
現場の片付けをし、暗殺者の体を布で包み撤収した。
死んだ暗殺者の遺体の調べを協会隊の魔導士が行うことになった。やはり出血が多すぎたために助からなかった。移動中に事切れた。
案の定、役立たずの魔導士隊隊長が異議を申し立てて来た。
「暗殺者の遺体の取り調べを成功させる」という、いかにも目立つ功績を自分で手に入れたいらしい。
騎士団長のこめかみに青筋が浮かんだ。
ユージンとアロイス、それに、騎士団長や協会隊隊長らは、この事件の対処のことで打ち合わせをしてあった。
暗殺者は死亡し、仲間もひとりは死んでいる。他にいるかは不明だ。できればあぶり出しをしたかった。ゆえに、しばらくは暗殺失敗を隠そうという案もあった。
魔獣の討伐をしながら暗殺者と対峙するのは、騎士団も協会隊も避けたい。だが、これほど用意周到の連中が、失敗のさいの対策を立てていないはずがない。
それに、魔導士隊の隊長は無能な役立たずで、どんな良い計画を立てても「あいつが台無しにするに決まってる」と団長は断じた。
諦めるしかなかった。
結局、犯人のあぶり出し作戦はなくなった。
「犯人の調べはうちがやる」
と、吠える魔導士隊隊長を、騎士団長がやんわりとはねのけた。
「暗殺者は、魔導士隊の詠唱係のひとりだったんですよ。おまけに、少なくとも魔導士のひとりも仲間だった。魔導士隊の魔導士に取り調べを任せられるわけがない。それより、責任問題の言い訳を考えられた方がよろしい」
隊長ご推薦の聖女殿の失態もあるしな、と団長は胸の内で呟く。これに関しては、しかるべきところに捜査をさせる予定だ。
魔導士隊隊長が選んだ詠唱係のアリサが雑魚魔獣を始末するための詠唱を妨害したが、妨害の事実は魔導具によって記録されている。騎士団の騎士たちや協会隊の証言もある。
この件だけでも魔導士隊隊長は更迭されるだろう、と騎士らは予想していた。
魔導士隊隊長が無能なのはいつものことだが、このたびの隊長は極めつけに酷かった。
暗殺者の遺体が安置されたテントに、アシュとレナは呼ばれた。
「ご足労いただいてすみませんね」
協会隊隊長フィーリスが眉を八の字にして「手伝っていただきたいんです」と述べた。
「なんです? 俺なんぞが取り調べ役をして良いんですかね」
アシュが首を傾げた。
「ご指名なんですよ。私も、アシュさんとレナさんが適任だと思ってます。ふたりの魔法の腕、なかなか良いでしょ? アシュさんのお手並みは竜退治のときに見てますし、レナさんは詠唱に魔力を乗せるのが並外れて巧みだったと聞いてます」
「はぁ。褒められるのは嬉しいですが、取り調べの魔法というのができる気がしないんですけどね」
アシュは困り顔で暗殺者の惨たらしい遺体を眺めた。
「大丈夫ですよ。まず、ここの立会人を見ていただければ、おふたりの力量を目にしても他に漏らさないことはお分かりいただけますよね」
フィーリスがテント内を視線で示す。
騎士団団長と副団長に、暗殺されかけたユージン殿下、護衛のアロイス、フィーリス。どれも信頼にたる人物であることは確かだ。
「そうですね」
アシュは頷いた。
「それで、こちら側の情報も秘匿して貰えませんか? 調べてわかったことなど、ここで見聞きしたこと全てです」
「誓いましょう」
アシュとレナが頷くとフィーリスは契約魔法を発動させ、誓いのための魔法陣がレナとアシュの頭上で弾けた。
フィーリスは早速ふたつの魔導具を取り出した。
「死んだ人間の記憶を取り出す魔導具ですよ」
フィーリスは魔導具を指差す。
「そんなことができるの」
レナは思わず魔導具を凝視した。
「優れ物ですよ。でも残念ながら遣い勝手が悪いんです。それに、使える条件がある。まず、遺体は本人の魔力が散逸する前に結界で覆っておくこと。時間を置かずに適切な魔導具と優れた魔導士により処置すること」
かなり厳しい条件だな、とアシュとレナは思った。そんな条件をクリアできるケースなどほとんどないだろう。
異様な暗殺者の遺体を目の前にして、フィーリスはにこやかに説明を続けた。
「このたびは元女性騎士のマレーネさんが非常に理想的な形で結界を施しておいてくれました。それに傷の応急処置をしたらしく、しばらくは彼は命があったようですね。まぁ、どう足掻いても出血多量でもたなかったんですが。そんなわけで、かなり良い具合に記憶を探れるでしょう」
フィーリスの持っていたのは無属性魔法の「残像操作」の魔導具。
それに、取り出した記憶を増幅して映像や音声として再生させる複写機。
「残像操作」の魔導具は意識による抵抗があると記憶が取り出せないので、遺体専用だという。なかなか不気味な魔導具だ。
条件が厳しいのでごく限られた用途でしか使えないが、今回はその条件を満たしている。
時間がシビアなので速やかに行った方が良い。
アシュとレナ、どちらが行うか、若干迷ったが、闇魔法属性を持っているアシュの方が操作がしやすいだろうということでアシュが担当に決まった。
暗殺者の青白い額に魔導具がぴたりと置かれる。
魔導具は楕円形の樹脂の基板に白く濁った半球体の石が埋め込まれたような形状をしていた。
一方、複写機の魔導具の方は、平たい四角形の鉛色の基盤に水晶の玉が乗っている。占い師の水晶玉のようだ。玉は占い師の水晶玉よりも一回り大きいくらい。
フィーリスに操作のやり方を説明されたアシュが、誤りのないよう再確認する。
アシュは片方の手で遺体の傍らに置いた複写機の魔導具に触れてそのまま、もう片方の手を遺体の額に置かれた魔導具の白い石に触れた。
アシュの指先から魔力が吸い込まれるように白い石に流れていく。それと同時に複写機の水晶玉に映像が映し出された。
アシュがふたつの魔導具の橋渡しをするような形となり、暗殺者の目線で見た景色が三倍速の巻き戻しを見ているように映り始めた。
暗殺者が自らの喉にナイフを突き刺す瞬間が映像の始まりだった。
当然の始まりではあるが、いきなりの衝撃映像に皆は息を呑んだ。
巻き戻し画像は慣れるまでは目と頭が疲れた。
暗殺者はユージンを切り裂かんと暗器を振りかざし、剣先が弾かれる。そのときの暗殺者の驚愕が映像の揺らぎでわかる。
暗殺者の暗器は見慣れぬものだった。錐の刃先を長くした形状だ。おそらく魔鉱を念入りに鍛えて鋭く尖らせてある。必ず成功するはずだったのだろう。
この場にいる面々は、アシュ以外は暗殺者の鋭い暗器を見ていたため、あの鋭い刃を防げたことが驚きだ。ユージン王子の防御の魔導具は規格外に高性能だった。
ユージンとアロイスは別の意味で改めて寒気がしていた。ふたりはユージンが助かった理由を正しく理解していた。
騎士団長と副団長、それにフィーリスは、マディーヌ王国は、なにか秘術でも持っているのだろうかと考えた。
魔導具を重ね掛けしたとしても、威力の強いほうの魔導具以上に強度は上がらないものだ。あるいは、ユージンは王族なので、国宝級のものを持たされているのだろう。
暗殺者は、怯んだ隙にアロイスが返り討ちにしたが、危ういところだった。
もしも、アロイスが暗殺者の暗器を剣で弾き飛ばさなかったら、あの身体能力の高い暗殺者が毒の付いた暗器を振り回していたら、騎士団や協会の隊に被害が出ていただろう。
暗殺者は、ユージン王子を殺したのち、暗器の毒で被害者を増やして混乱状態を造り、逃げ出す算段だったのかもしれない。
だが、暗殺は失敗した。
するすると映像は遡り、時間が巻き戻されていく。
森の中で萌葱色のワンピースを脱ぎ捨てている。
さらに次の映像では、暗殺者はアリサやコレットらと一緒に座っている。
周りを魔導士と護衛の騎士が取り囲んでいる。
ふと、見慣れぬ人物が登場した。
魔導士のひとりがミネーシャに近づき、なにか伝えている。他の少女たちには見られないよう気遣いながら。仲間かと思われる。
アロイスを雷で攻撃して死んだ魔導士とも違う。
明らかに協力者だろう。こんなにも暗殺者の仲間が魔導士隊に紛れ込んでいた。
その決定的な証拠を掴めた。
さすがにもういないと思いたいが、他にも仲間がいるかもしれない。
さらに遡ると、暗殺者の扮するミネーシャは、何度か抜けだそうと試みるが上手くいかない。
どうやら、アロイスとユージンが、どちらに向かったのかを見失ったらしい。エステルのほうか、それともマレーネとレナの方か。だから、仲間の魔導士がミネーシャに教えに行ったのだろう。
映像を見続けているうちに、だんだん水晶が揺らいでいく。
「そろそろ、限界ですね。遺体の記憶はそれほど深くまでは探れないのです」
フィーリスが残念そうに呟く。
時間を遡るほどにさらに映像は途切れがちにぼやけて行き、詠唱作戦のメンバーが野営地の広場に集まったところで途切れた。
魔導具を扱っていたアシュがぐらりと揺れて倒れた。
「アシュっ!」
レナは慌ててアシュに縋り付いた。
「魔力切れでしょう。素晴らしい魔導士ですね。こんなに見事に『残像操作』の魔導具をあつかえた魔導士を見たのは私は初めてです」
フィーリスが吸引型の魔力回復薬を使った。アシュの鼻先で薬を噴霧させるとアシュの顔色がゆっくりと戻る。かなり上等の薬だ。
「アシュ叔父さんは、とても頼りになるのよ」
レナはアシュの顔色が良くなったことに安堵し、自慢げに答えた。
「ええ、本当に」
「さて、件の魔導士はまだ逃げずにいるかな」
呟きながら副団長が立ち上がった。
事件の後処理は、まだこれからだ。
□□□
「まさか、ミネーシャが、そんな」
かつての友人の姿を見て、エステルは呆然と呟いた。可憐な少女だったはずのその人物は、暗殺者の装いで横たわっていた。
エステルの事情聴取は暗殺者の遺体があるテントで行われたが、遺体は今は毛布ですっかり覆ってあった。
彼がいつからミネーシャを演じていたのか。
それとも、ミネーシャは元から暗殺者だったのか。それらはこれから調べることになる。
調べて判るのかはまた別の話だが。
「どうやら、幻惑の魔導具で姿を変えていたようなんですが。一緒に居て、なにか気付いたことはありませんでしたか」
副団長は穏やかにエステルに尋ねた。
「気付いたこと、ですか」
エステルは視線を泳がせて思い出そうと努めている。
しばらくして言葉を絞り出した。
「色々ありますわ。どれもとりとめも無いことです。記憶を整理してお話した方が良いかもしれませんが。この討伐での詠唱係の募集を聞いて、やりましょうと誘ってくれたのはミネーシャでしたわ。それから、他にも。例えば」
エステルは言いにくそうに言葉を濁す。
「ゆっくり思い出されて良いですよ。些細なことでも、気にせず教えてください」
副団長が励ますように声をかける。
「ふた月ほど前から、少し気になることはあったのです。ミネーシャの言葉の癖とか、笑うときに手を口元に添える感じとか。急に変わって、気になったことが幾つもあったのですけど。だんだん慣れていって」
「なるほど。ふた月前ですか」
「気のせいかもしれませんわ。あぁ、いえ、でも、やはり。女友達の仕草は毎日見るものですから、わかるんです」
「ありがとうございます。他には?」
レナはやりきれない思いでその様子見ていた。
レナとマレーネは、エステルの付き添いとして側にいた。
エステルの希望だ。令嬢が、騎士団幹部とはいえ、男性たちとひとつのテントに居ることを避けるために必要な措置だ。
エステルが詠唱中に魔獣に襲われた際、レナとマレーネの詠唱で助かったために信頼されたらしい。そばに居てほしい、と指名された。
なりすましだったとしたら、本物のミネーシャはどうなったんだろう。
最悪のシナリオが頭を過ぎる。
「あの、そういえば、私が王太子殿下の婚約者であったことはご存じと思いますが、お恥ずかしいことですが、その婚約の話が無くなりそうだということもご存じですか?」
エステルはその場にいる者たちに尋ね、副団長とフィーリスだけが頷いた。
エステルは皆の顔を確かめると話を続けた。
「無くなりそうなんですの。理由は、王太子殿下がアリサ嬢と関係をもったと、そう誤解されても仕方の無い言動があったからですの」
エステルのあけすけな暴露に、その場にいた誰もが密かに息を呑んだ。
エステルは、そんな皆の様子など頓着せずに話を続けた。
「私は、もしも婚約破棄などということになったら、もうどこかで働こうと考えたのです。私は、魔導の勉強は好きなのです。魔力量も高いので、魔導士として働けないかと。そんなときに、この森の討伐で詠唱係を求めているとミネーシャに聞きました。もしも功績をあげることができたら、魔導研究所に勤めたりできるかもしれません。そう思って参加したんです」
「なるほど」
副団長が相槌を打つ。
「私の事情をミネーシャは知ってました。もしも、アリサ嬢が参加するなら教えてくれたはずですわ。それなら私は参加しませんから。参加申し込みはミネーシャに任せてしまったんです。魔導士隊の方からレドリフ家に連絡が来て、すべて手続きが済みましたので、私はアリサ嬢のことは知らなかったのです」
「ミネーシャ嬢は知っていた?」
副団長が尋ねると、エステルは頷いた。
「参加申し込みの際に資料が貰えたらしいですわ。それに載っていた情報を、ミネーシャは私には渡さなかったんです。ミネーシャが私を誘ったのは討伐に参加したかったからです。なぜなら、ミネーシャの家は、ミネーシャひとりなら森での討伐など許すはずがないからです。でも、私が参加するなら許可したでしょう。ミネーシャは、自分の『仕事』のために私を誘ったのでしょう」
「なるほど。アリサ嬢がこれに参加したのは、なぜだと思いますか?」
「さぁ? とても不思議ですわね。彼女は祝詞の詠唱の練習など、ずいぶん不熱心でしたから。ただ彼女は魔導士隊隊長とたいそう親しかったので、そのご縁ではないですか? こちらに来るまでに宿で何泊かしましたけれど。その度に夜、隊長のお部屋に彼女が入るのをコレット嬢が見てますもの。コレットはアリサ嬢と続きの部屋に泊まってましたので知る機会がありましたの」
コレットは詠唱係の少女のひとりだ。個性の強い三人に埋もれた大人しい少女だった。
副団長以下の面々はその情報に呆気にとられてしばし口が塞がらなかった。
無言が続く中、エステルは「あぁ、そうだわ、副団長」とエステルが顔を向ける。
「どうされましたか」
副団長が力なく尋ねる。
「アリサ嬢は変わったご令嬢でしたわ。馬車の中では盛んにお喋りをして。『恋のお相手としては少し退屈』とか。『デートに誘ってくださらない』とか。今お付き合いされている方の話を、ね。でも名前を言わないように気を付けられていましたけれど、ご職業を『偉いひと』とか言ってしまうんですもの。だいたいわかりますわ」
エステルがわざと顔をしかめ、副団長たちはさらにがっくりと脱力する。
「それから、トールコダンまで移動する途中で宿に泊まったときに、コレットは彼女と同室で、それで、アリサ嬢がうなされて、うわごとを言っておられたとか。『運命が嫌』『運命が怖い』と」
「え? それは、いったいどんな意味を」
「さぁ? 私は聖女様といえば『前世の記憶がある』とか『予知ができるひとも中にはいる』と聞いたことがあったので、それでかと思っていたんですの。そうしたら、今回の暗殺未遂事件がありましたでしょう?」
と話したところで、エステルは声を低めた。
「だから、聖女様の予知で、森でなにか起こることを知っていたのかしら、と邪推したんですの。あくまで、私の不確かな邪推ですわ。でも、怖いと言っていた本人が暗殺者に都合の良いように動いたので、ますますどういうことかと疑問でしたわ」
「それはそうですね」
副団長が考え込んだ。
「本人に尋ねられませんの? あ、でも、コレットが寝言を言いつけたと思われると嫌かもしれませんけど」
「それは、魔道士長から聞いたことにしましょう」
副団長は請け合った。
レナは、聖女は「前世の記憶がある」という言葉に密かに動揺していた。やはり「前世の記憶持ち」はいるのだろう。その割合は不明としても。「漢字」は慎重に使った方が良い、と今更ながら気を引き締めた。
レナが考え込んでいる間に、話は終わっていた。
「たいへん参考になりました。ありがとうございます」
と副団長が頭を下げている
「それなら良いのですが」
エステルは格好良く肩をすくめた。どんな仕草も優雅で色っぽい。
こんな素敵な婚約者がいるのに、アリサという変な女と浮気した王太子殿下は大した男ではないな、とレナは思った。
その後、副団長はコレットとアリサからも事情聴取をした。
コレットからはエステルから聞いた以上の情報はなかった。
アリサは魔獣の討伐を邪魔した件については「もっと効果的な詠唱をしてあげようと思っただけ」と逆ギレした。ただの頭のおかしい性格の悪い女かもしれないが、そういう女を装っている可能性もあるので、要注意人物のままとなった。
お読みいただきありがとうございました。
明日も、夜20時に投稿する予定です。




