20)隣国の事情
本日は2話同時に投稿いたしました。こちらは2話目です。
明くる日の夜。
話がある、と呼ばれ、レナはユージンたちのテントを訪れた。
協会隊は、魔導士隊が二十ものテントを置いて行ったおかげで悠々と寝られるようになっていた。
「どんだけ贅沢なテント生活してたんだよ、あいつら」とレナたちは呆れた。協会隊は最低限の数しか持ってこなかったので、ぎゅう詰めで寝ていた。
アシュとアロイス、ユージンの三人のテントは四人用のもので、アロイスは大柄だがアシュとユージンは高身長痩身なのでゆったりしている。
「レナ。来てくれてありがとう。お礼を言いたかったんだ。君に助けてもらった」
レナはテントに入ったとたん、ユージンに手を握られた。
「え? ぇ、ええ?」
テントの結界の弱さを伝えた件かしら? と、レナは戸惑いながら答えにならない声を上げた。
「これだよ」
ユージンは首に巻いていたスカーフを外して見せた。
色がまだらに抜けているのがわかる。魔力なしの糸で刺繍を刺した部分は変わっていないが、防御の文字を魔力の籠もった染料で描いたところは色がすっかり抜けていた。
色のついた生地に同系色の染料なので目立ちにくいが、褪せているのは明らかだ。
「暗殺者が襲ってきたとき、なにかが剣を弾いて私を護ってくれた。防御の魔導具でも、さすがにあの鋭い武器は防ぎきれなかった。致命傷は免れたとしても、皮膚は傷ついただろうし毒が体に入ったはずだ。レナの御守りが私を護ってくれたのだろう。あの瞬間、スカーフから魔力が流れたのも判った」
「そ、それは」
レナは気まずく俯いた。そういえば暗殺者の記憶でそんなことがあった。うっかり忘れていた。というか、色々ありすぎて気に留めてなかった。我ながら不注意がすぎる。
ユージンが助かったのは良かったが、ここまではっきりと効果を認識されてしまうとは思っていなかった。
討伐の狩りをしながら少しずつ色が抜けていったのなら、もっとわかりにくかっただろう。ちらりと見ると、アシュも苦笑している。
アシュにはスカーフを殿下たちに渡したことを、事後報告で伝えていた。あのときはあまり考えないで渡してしまったが、アシュが気難しい顔をしていたのを覚えている。
でも、御守りがなければ、殿下は毒で亡くなってたかもしれない。仕方がない。
「あの、このことは内密に」
レナはおずおずとユージンの顔を伺う。
「もちろんだよ。だから色が褪せたらスカーフを燃やしてくれとレナは言っていたんだろう? この御守りの秘密を隠すために。それなのに、私たちを案じて貴重なスカーフをくれたんだね。ぜったいに秘密は守るよ。神掛けて、名にかけて、命にかけて誓う」
「私も誓います」
ユージンとアロイスの誓いの言葉に、レナは思わず詰めていた息を吐いた。
「そうしてくれると助かります。これは魔力が抜けてしまったので、もう一枚、あとでお渡しします」
「こんな貴重なものをたくさん持ってきてるんですか。大丈夫ですか」
アロイスが不安げに眉根を寄せた。
「大丈夫です。アシュ叔父さんが持ってるから。盗難防止対策はちゃんとしてます」
「また貰えると助かる。アロイスは自分が貰ったものを寄越すと言っていたのだが、アロイスの汗臭いのは気が進まなかった」
「そういう理由で遠慮されてたんですか」
アロイスが主を睨んだ。
レナは思わず「ぷっ」と吹き出した。
「まだ襲撃がある可能性が? この森で?」
寝袋の上であぐらをかいた恰好でアシュが尋ねた。
殿下の前で行儀が悪いが、ここは休むためのテントで、アシュと同じテントを希望したのはユージンたちなので良いのだろう。
「この森ではわかりませんが、襲撃はあると覚悟してます」
ユージンの口調は真剣だった。殺されかけたばかりの王子は、自分の運命を半分諦めているようにも思えた。
「それでも明日は討伐を?」
「団長との約束ですから、魔獣の討伐と王都への帰還は果たそうと思ってます」
「いや、しかし」
「気になるのはもっともですが、すべきことはしたい。それに、さすがに続けざまはないでしょう。実のところ、もしも相手がまともな組織なら私には殺される理由はない。王位継承権なんて無いようなものだし、人に恨まれる立場でもない。母の実家などなんら存在感のない子爵家だ」
「噂だと、毒鼬というのは、戦乱や無秩序状態を作るのが目的の組織だというが」
「噂は正しいですよ」
ユージンは苦い顔で肯定した。
「幼い王子をふたりも暗殺したのも変な話だと思いましたよ」
「幼い王子を? 病死したって報道には」
レナは思わず口を挟んだ。
「続けざまにだ。流行病がはびこってたわけでもないのにな。暗殺だろう。続けざまってことは、犯人は隠す気もない。陛下も暗殺未遂で病床におられる」
アシュがレナに教えると「そ、そんな」と言葉もない。
「マディーヌ王国から流れてきた傭兵が変だ変だと愚痴ってました。せっかく毒鼬を国王が弱らせたってのに、優秀と言われていた第一王子か、あるいは第二王子が毒鼬に近づいたと。変な噂がマディーヌ王国で流れてると」
「他に考えられないからでしょう。王族の不正を暴こうとしていた高官が毒鼬にやられたんですから」
ユージンが答えた。
「あの、どういう事情?」
レナの問いに「最初から話そう」と王子自ら語り始めた。
「マディーヌ王国は小国の寄せ集めのような国なんだ。帝国のような作りでね。各地の領主の力が強い。だから、領主会議で承認を得ないと次の国王になれない。領主会議で承認を得るには、まずは母親の出自が重要になる。古い家柄の領主たちは自国の国王は出自が立派であることを望む。次いで、王子の人柄と能力だ」
「まさか、人柄より出自?」
「その『まさか』なんだ。マディーヌ王国の領主たちは古来から領主同士で交易の融通や情報のやり取りでみな繋がってる。簡単じゃないんだ。あちらを立てればこちらが立たずという感じで。私にしてみれば、あんな難しくて面倒な国の国王になど頼まれてもなりたくない。おまけに、毒鼬なんていう犯罪組織が幅をきかせている」
ユージンの言葉にアロイスは無言で頷き、ユージンは話を続けた。
「それで、そんな我が国の領主の支持を得るには、これは母親の出自にも関わるが、後ろ盾にどれだけ力があるかなんだ。だから、王子たちが自分の支持者に力を持たせるために画策する。昔からそういう国だ」
「ですが、第一王子と第二王子が毒鼬と繋がっているという噂はデマじゃないですかね」
アシュが言うと、「アシュ殿はなぜそう思うのですか?」とユージンは訝しげに尋ねた。
「異界の森ではマディーヌ王国から流れてきた傭兵たちも狩りをしていたんですよ。彼らから話を聞いてますんでね。あの危ないばかりで大変な国の国王になろうという王子がいるのなら、領主連中は大事にすべきだと。傭兵たちには国の底辺みたいな連中がごろごろいますが、第一王子と第二王子がともに国を支え国王が毒鼬と対抗するようになってから、マディーヌ王国は暮らしやすくなったんだと聞きましたよ」
「その評価は嬉しいですが」
ユージンは考え込んでいる。
「国家運営はきれい事では済まないことがたくさんある。国の法は完璧じゃない。国の実情に古い時代に作られた法が合っていないこともある。第一王子と第二王子は国王が毒に倒れたあと、国を維持しようと並大抵ではない苦労をされ、その中で法を護りきれないこともあったかもしれません。それで、高官に弱みを握られることもありそうです」
「だからといって、殺すなど」
「毒鼬が、それを利用したのかもしれませんよ」
「あ、それは」
ユージンは目を見開く。
「国に出回っているのは、単なる噂ですよね。誰が広めたのか。毒鼬のほうがそういうことは上手そうじゃないですか」
「それは、認めます」
ユージンは思わず頷いた。
ユージンとアロイスはアシュの語ったことは、出回っている噂よりも真実に近いような気がした。
だが、それでは説明が付かないこともあった。
「ですが、私がトールコダンの森の討伐に参加することになったのは、兄上たちのどちらかが陛下の署名を偽造したためなんです」
ユージンの暴露に、アロイスが目を剥いた。
国王の署名が偽造されたなど、国の恥だ。
「病床の陛下の署名ではなかった、と」
尋ねるアシュの声は強ばっていた。
「そうです」
「だが、では」
とアシュはしばし思考し「あの暗殺者のように忍び込んだ賊が何かした可能性は?」と問う。
「陛下の署名が誤りなら、貴国に届けられる前に留められるはずです」
「それはそうか。それなら」とアシュはさらに気難しい顔で問いを続ける。
「宰相辺りの重鎮が入れ替わっているとは、あり得ないですか」
「宰相、か」
ユージンはアシュの言葉に答えようとし、自分がなにも思い付かないことに驚いた。そもそもユージンは王子とはいえ学生で、政や王宮内に関しては外部の人間だ。
密かに冷や汗をかきながらアロイスを振り返ると、いつも冷静な護衛が目を見開いていた。
「アロイス、お前は宰相のことをどう思う?」
「いえ、あの、そういえば、気になると言えば気になる存在でした」
「なぜだ?」
「有能な方だと聞いていますが、この国難に対して、宰相がなにか手を打ったという話をまったく聞かなかったな、と」
「そうか。私もだ。有能という評判は確かに聞くが、だから何をやったのかと言えば、具体例が皆無だ」
「怪しいじゃないですか。貴国に流される噂は、どこやらに制御されているみたいですし」
アシュに指摘され、ユージンとアロイスは渋々頷いた。
同時にふたりは、もしも宰相が敵の手に落ちていたら絶望的ではないかと血の気を失った。
「それなら、陛下の署名の偽造もできる可能性があります。まぁ、王子たちにバレずにできるかはかなり疑問ですが」
アロイスが思考しながら慎重に述べた。
「信用できる王子がどちらか判れば、レナの御守りを渡したいところだが」
「え? 私の?」
レナは思わずアシュを振り返った。
「ああ。マディーヌ王国が毒鼬にやられたら不味いだろ。何十年も前に、マディーヌ王国では兵器や薬、兵糧なんかに関わる連中の一部が力を持ち『闇の組織』を作ってた。そいつら『闇の組織』が毒鼬に紛れ込んでいるという話も聞いた。そうだとしたら、毒鼬が国の中枢を握ったら、おそらく戦争をやりたがる。阻止してくれたら隣国としては助かる」
「アシュ。ラズデア王国は好かないから、国外に逃げるんじゃなかったの?」
「国外に逃げるのかい?」
ユージンが目を見開いてレナに向き直った。
「そうよ。だって、あの魔導士隊の隊長を見たでしょ。王族だから無能のクズのくせにあんな地位にいたのよ。こんな国、最低よ」
「うちの国もかなり最低ですけどね。事情はだいぶ違いますが」
ユージンが苦笑する。
「レナ、マディーヌ王国は大国だぞ。軍事力もバカ強い。悪の総本山みたいになられたらどこに逃げたって同じだ」
「そ、そうか、そうね」
バカ強いなんて言ったら駄目でしょ、と思いながらも、レナはマディーヌ王国を助けることに関しては賛成だった。
「ご迷惑をおかけします」
アロイスが主の隣で神妙に頭を下げた。
それから、持ってきたスカーフをアシュに出してもらった。
アシュは空間魔法機能付きの袋を持っていて、アシュの魔力でしか取り出せない。
もっとも安全だ。アシュになにかあったら取り出せなくなってしまうが、そうなったら、どうせ御守りどころではない。
今回、御守りを多めに作って来ていた。
リーリムル語で作ったものが多い。町の図書館に通って学んだものだ。滅亡した国の言葉は図書館でも貸し出し禁止の書棚にしか本がなかった。閲覧しかできないため通うしかなかった。
レナは魔力で「記憶」と描いたスカーフを巻いて、リーリムル語の文字を暗記した。散逸したリーリムル語は数が多くなかった。おかげで案外簡単に暗記できた。
漢字もそうだが、自分の記憶の中だけにとどめ紙に書いたりはしていない。もしものときは誰がなにを探っても「御守りの秘密」は守られるだろう。
そんなことを思い返しながらユージンに渡すスカーフを選んでいると、アロイスがレナの手元を見詰めていた。
「色の抜けた殿下のスカーフを見せていただきましたが、魔法陣は描かれていないようでしたね」
アロイスは首を傾げ、不思議そうだった。
スカーフの御守りの作り方が自分の想像していたものではなかったことに気付いたのだろう。
「魔法陣は使っていません。ですから、反魔法を仕掛けられる可能性はとても低いです。安心して使えます」
「とても低い? 反魔法を仕掛けられる可能性もわずかにあるということですか?」
アロイスはさらに問い詰めてきた。
その気持ちはよくわかる。殿下の安全を委ねて良いか、心配なのだろう。
「私は、なんであっても完全なものはないと思ってます。この御守りは幾つかありますが、中には効果を反転させる方法は無い、と確信しているものがあります。作っている私自身が弱点を思いつかないんです」
「それはすごいな」
アロイスの唇から感嘆の吐息が零れた。
「あるいは、唯一の弱点があることを知っている御守りもありますが、それを突き止められる魔導士はほぼいないんじゃないかと思います。でも、やはり完璧とは思えないんです、私は天才でもありませんし。世の中には優秀な魔導士がたくさんいますでしょ。才能のある魔導士が研究したら効果をなくす方法を見つけるかもしれません。ですから、まずは研究されたりしないように注意しています」
「なるほど。弱点がほぼない、と。その上、効果は絶大でした」
アロイスは考え込んだ。
「それの取り扱いにはくれぐれも注意してくれ」
アシュがきつい口調で言葉を挟んだ。
「ええ。知れば知るほど、背筋が寒くなるような代物だということがわかりました」
アロイスは真摯な様子で自分の首に巻かれたスカーフに指を触れた。
「こんな貴重なものをありがとう、レナ」
ユージンはスカーフを持つレナの手をいきなり握った。
「え? あ、いえ、私が勝手にしてることですから」
「どう礼をしたら良いか思い付かないほどだ。我が国が安全になった暁には国をあげてなにか」
「そ、そんな大げさなこと考えなくていいです」
「いや、私は本気です」
「殿下、気持ちはわかりますが、今はもうその辺で」
アロイスが宥めるが、「レナの御守りは国宝級であろう」とユージンはさらにとんでもないことを言い出した。
レナは、ややこしいことになってきたので早々に退散した。
明くる日。
魔導士隊と詠唱係の少女たちは王都に向けて予定通り出発することとなり、近隣から護衛のための騎士らも到着した。
森に残る騎士や狩人たちが見守る中、彼らとそれに遺体を運ぶための一行は魔獣の森をあとにした。
お読みいただきありがとうございました。
明日も、夜20時に投稿する予定です。




