19話 譲れぬもの
「聖女様を拘束するとは何事か!」
大神官が机を乱暴に叩いた。
臣下がビクリと肩を跳ねさせても、ヴォルグは冷静な表情を崩さない。
「理由はお伝えした通りです」
淡々とそう答えた。
ヴォルグが聖女イレーネの身を拘束した。
その知らせを受けた神殿側は、すぐさまヴォルグを大神殿へと呼び寄せた。
大神官が激昂するのは無理もない。聖女を拘束するなど、いまだかつてないことだ。
「イレーネ様が浄化の力を持っていなかっただと! 貴殿は我々を愚弄する気か!」
聖女を糾弾することは、ひいては神殿への非難に繋がる。
神殿の影響力は、信仰だけでなく政治まで及んでいる。ヴォルグの今回の行いは、両者に亀裂を生じさせかねないものだった。
ヴォルグとて、それを望んでいるわけではない。神殿を嫌う父王とは違い、これまで神殿との親睦を深めてきた。
だが、今回ばかりは引くつもりはない。
ヴォルグには、イレーネについて危惧していることがある。
それは、穢れを鎮める彼女の力が、真逆の作用を及ぼす可能性だ。
魔法の原理に照らせば、同じ性質を持つ力ほど互いに干渉しやすい特性がある。
もし穢れにも同じ原理が当てはまるのなら、彼女の力が穢れに作用することにも説明がつく。
もしそうであるならば、穢れを鎮めるだけでなく、逆に増幅させることもできる。
ましてや、彼女自身の意思で穢れに干渉できるとすれば、なおさら危険だ。
――無論、今のところ確証はない。
憶測を伝えるわけにはいかず、神殿側にはイレーネが浄化の力を持っていないという事実だけを伝えていた。
だが、彼らにとって到底納得できる話ではない。
自分たちが選んだ聖女が偽りだった。
それは神殿の威信に関わる。
「私は事実を述べているだけです。私自身の目で、穢れが払われていないことを確認しました」
「貴殿に穢れが見えるなど、我々は聞いておらん。それが今回に限って見えたと申すのか」
実に都合のいい話だと、大神官は切り捨てた。
「それに関しては、偶発的に見えるようになったとしか申せません。ですが、同様の事例は過去にもあったはずです」
「それはそうだが……だが、しかし!」
「私をお疑いであれば、穢れの見える者を現地へ派遣し、その目で確かめていただきたい」
「……」
ヴォルグの真摯な眼差しに、大神官は押し黙った。
その言葉が真実なら、神殿の信用は大きく失墜する。
今の神殿の影響力を考えれば、今回の件を握り潰すことも厭わないだろう。
イレーネの拘束が秘密裏に行われている今なら、まだなかったことにできる。
だが、ヴォルグにそのつもりはない。
神殿が事実を葬ろうとするのであれば、対立する覚悟もできている。
「これまでイレーネ様は数々の穢れを払っておられる。その功績までも偽りだと、貴殿は申すのか?」
「……」
その問いかけに、ここに来てヴォルグははじめて言葉に詰まった。
――真実を知っている。
それを話せば、この場を切り抜けられる。
だが同時に、彼女との約束を破ることになる。
それでも、イレーネを拘束すると決断したときから、いずれこうした状況に直面することは承知していた。
しばしの沈黙のあと、ヴォルグは意を決して口を開く。
「……それは――」
その時、不意に扉が開かれた。
ヴォルグも大神官も、そちらへ視線を向ける。
白い法衣を纏った、金髪碧眼の男が静かに部屋へ入ってきた。
見知らぬ男だ。
ヴォルグは怪訝な表情を浮かべた。
一方、大神官は心底驚いた様子で目を見開いていた。
「聖神官様。なぜ、あなた様が……」
その言葉に、ヴォルグははっとする。
「お話し中に、失礼します」
聖神官は軽く一礼すると、改めて口を開いた。
「今回の件、すべて王太子殿下のおっしゃる通りです」
透き通る声が、静かにそう告げた。
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