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20話 加護の真相

「聖神官様、なにをおっしゃって……」


大神官は目を見開いた。


「私の言うことが信じられませんか?」


聖神官はゆっくりと首を傾げた。光を浴びた清流のごとく、金髪の一房がさらりと肩から流れる。


まどろんだように細められた瞳は、澄み切った藍色。その相貌は女性と見紛うほど繊細で、彫刻像のように人離れした美貌を湛えていた。


聖神官は長い裾を床に滑らせるように、静かに歩み寄る。薄い布を幾重にも重ねた純白の衣には、金糸で細やかな意匠が施されていた。


大神官の前に立つと、その身長差が際立つ。頭二つ分ほど高い聖神官から見下されて、大神官はごくりと喉を鳴らした。


「ま、まさか!」


途端に顔を青ざめさせ、大神官は大きく首を振る。


次に、聖神官はヴォルグへ向き直した。


「ヴォルグ王太子殿下、お初にお目にかかります。聖神官カミユルドでございます」


そう言いながら胸に手を当て、小さく頭を下げる。


「聖神官様、お目にかかれて光栄に存じます。改めて挨拶いたします。ヴォルグ=ロバルンレットにございます」


ヴォルグが礼を返すと、カミユルドはかすかに微笑んだ。


「せ、聖神官様……」


大神官がおずおずと声をかける。


「なにか?」


「聖神官様がおっしゃるのであれば、間違いなどありますまい。しかしながら、王太子殿下はこれまで一度も、穢れが見えるとおっしゃったことはございません」


「それは先ほど貴殿に申した通り、見えるようになったとしか申せません」


すかさずヴォルグが口を挟んだ。


大神官は、いまだにヴォルグを疑っている。


もしその言葉に偽りがあれば、王太子であれど咎めは免れない。大神官にとっては、そのほうが都合がいいのだろう。


「大神官。私は先ほど、王太子殿下のおしゃる通りだと申し上げたはずですよ」


カミユルドがわずかに首を傾げる。


「そ、そうですが……」


「まだ納得がいかないようですね。では、王太子殿下の提案通り、神官を派遣いたしましょう」


そう告げると、カミユルドはヴォルグへ視線を向けた。


「ぜひ、そうしていただければ」


その言葉に、カミユルドは静かに頷く。


「私はこの場を離れられませんので、配下の者を送りましょう。大神官、それでよろしいですね?」


「……はい」


大神官はかすかに下唇を嚙み、小さく頷いた。


カミユルドは微笑むと、再びヴォルグへ視線を向ける。


「王太子殿下、お話があります。ご同行いただけないでしょうか?」


その言葉に、大神官が驚いた表情を浮かべる。


一方、ヴォルグは平静を保ったまま、「はい」と短く答えた。



 ◇ ◇ ◇



大神殿の最奥にある一室へ、ヴォルグは通された。


室内に豪華な調度品はなく、白い木製の家具で統一されている。窓のない壁には、本棚が隙間なく並び、数多くの書物が収められていた。


「私を信じてくださり、ありがとうございます」


ヴォルグはカミユルドへ頭を下げた。


「いえ。感謝されることは何もありません。あなたには主神の加護がございます。疑いようがありません」


カミユルドに椅子を勧められ、ヴォルグは静かに腰を下ろした。


「私から先に、一つよろしいでしょうか?」


「ええ、どうぞ」


カミユルドは穏やかに頷く。


「聖神官様は、穢れがお視えになられるのですか?」


「ええ」


「では、お聞きしたいことがございます。先ほど大神官の申した通り、私は以前まで穢れが視認できませんでした。ですが、最近になって見えるようになったのです。その理由に、何かお心当たりはありますか?」


ヴォルグの真摯な眼差しを、カミユルドは静かに受け止めた。


「ええ。王太子殿下は主神の加護を授かったことで、穢れが視認できるようになったのでしょう。おそらく――」


そこで一度言葉を切り、ヴォルグを静かに見据える。


「聖女様から分け与えられたものです」


ヴォルグは小さく息を呑んだ。


「あなたから、わずかに主神の気配を感じます。すでに効力は失われているようですが、その名残が偶発的に作用したのでしょう」


カミユルドはわずかに表情を曇らせた。


「ですが、たとえ聖女様であろうと、主神様のお力を他者へ分け与えることは、主神が禁じているのです」


ヴォルグに衝撃が走る。


「それは、どういう……」


声がわずかに掠れ、動揺が滲んだ。


「聖女様は対価と引き換えに、あなたへ主神の加護を与えたということです」


「それでは、彼女は!」


ヴォルグは思わず椅子から立ち上がった。


「ご安心ください。限定的な加護でしょうから、一時的な身体の不調程度かと思われます」


「……そうですか」


安堵したはずなのに、気分が悪い。


アレンの攻撃を防いだあの力が、彼女自身の犠牲によってもたらされたものだとすれば――自分は彼女を身代わりにしたも同然ではないか。


そう考えた途端、胸が苦しくなる。足元まで揺らいでいるような錯覚に陥った。


「……王太子殿下。お座りください」


静かな声に促され、ヴォルグは再び腰を下ろした。


「ご気分が優れませんか?」


ヴォルグは小さく首を振る。


「大丈夫です」


「――では、私からお話をしても構いませんでしょうか」


カミユルドの声音が、わずかに変わった。


「ヴォルグ殿下。あなたにお伝えたいことがあるのです」


その真剣な眼差しを受け、ヴォルグは表情を引き締めた。

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