18話 転落
王都への帰還が翌日に決まり、その日は野営することとなった。
ヴォルグから話があると伝えられたイレーネは、騎士に案内された天幕の椅子に腰掛けていた。
ようやくヴォルグと話す機会が巡ってきたというのに、その表情は冴えない。
思えば、イオロスの魔物討伐以来、彼とはまともに話していなかった。
パルロトで駐留していた際には一度も見舞いに来ず、タルーデという街に出かけたことさえ知らされなかった。
王都へ戻ってからも、体調の思わしくない国王に代わってヴォルグが公務を担うことが多く、二人で話す機会はなかった。
忙しい身であることは理解している。だが、本当に公務で忙しいだけなのだろうか。
最近のヴォルグには、明らかに自分を避けている節がある。
それも“あの日”からだ。
やっとアマリエがいなくなったのに、胸には拭えない不安が残ったままだった。
しばらくして、ヴォルグが天幕に入ってきた。
「任務後に、急に呼び出してすまない」
「いいえ」
ヴォルグはイレーネの向かいの椅子に腰を下ろした。
「あの、ヴォルグ様。本当に体調は大丈夫ですか?」
今回の討伐任務の間、ヴォルグは明らかに顔色が悪かった。
そのときは大丈夫だと返されたが、今も顔色は優れない。
「大丈夫だ。それで、君に聞きたいことがある」
短く答えると、ヴォルグはそのまま話を切り出した。
イレーネは自然と背筋を伸ばす。
「イオロスの討伐でのことだ」
その言葉に、胸が大きく跳ねた。不安を悟られないように目を伏せる。膝に置いた手がかすかに震え、落ち着かせようともう片方の手を重ねた。
「妹を亡くしたばかりの君に話すにはまだ早いとは思う。だが、今聞いておきたい」
イレーネの様子を気遣いながらも、ヴォルグは続けた。
「アマリエ=ヴィヴィオルドが崖から転落した件だ。当時、君が話していたことに間違いはないか?」
いつも自分に向けられていた穏やかさは、今はまるでなかった。
「ええ。間違いありませんわ」
イレーネは努めて普段通りに答えた。
最近の避けるような態度――アマリエの件が関わっていたのか。
薄々、そうではないかと思っていた。
それでも、いざ問いただされると動揺を隠せない。
でも、大丈夫。
演じることには慣れている。ここさえ切り抜けば、きっと以前のように接してくれるはずだ。
「そうか。君と共に赴いた他の騎士も、同じ証言だった」
その言葉に、内心で胸を撫で下ろす。
「だが、私の見解は違う」
安堵したのも束の間、胸が再びざわついた。
「それは、どういう……」
「アマリエ=ヴィヴィオルドの転落は故意によるものだと、私は考えている」
「そんな……」
イレーネは言葉を失った。
「私は現場に赴き、自ら調査をした。崩れた崖の周辺には、地割れの痕跡が残されていた」
「それは、魔物との戦いで――」
「地盤の脆い場所で使うには、不適切だとは思わないか?」
ヴォルグがすかさず言葉を遮った。
「それは私ではなく、魔法を使った者に聞いてくださいませ!」
耐えきれず、イレーネは椅子から立ち上がった。
「私はあのとき、妹を亡くしたのですよ。なのに、どうして……今になってそんなことを聞きますの?」
声を震わせ、悲痛な表情を浮かべる。
「あの討伐任務の責任者は私だ。疑わしいことがあれば、徹底的に調査をする。私には真実を知る責任がある」
イレーネに同情を向けることもなく、ヴォルグは断じた。
「だが、これはあくまで現段階での私の見解だ。まだ断定はできない」
その言葉に、イレーネはわずかに冷静さを取り戻した。
そうだ、ヴォルグの憶測を証明する証人はいないのだ。いや、いるはずがないのだ、絶対に。
「この件に関しては、引き続き調査を続ける。君にもまた話を聞くことがあるだろう」
ヴォルグはそれ以上追及しなかった。
イレーネは心の中で勝ち誇る。
「私にできることなら、何でもおっしゃってください。私の妹のことですから」
あくまで妹を亡くした健気な姉を演じきった。
「助かる。それと、もう一つ聞きたいことがある」
イレーネは怪訝そうに眉をひそめた。
「今回の浄化についてだ」
喉がひどく乾く。
「君の浄化は不完全だ」
「何を……」
足元がぐらつくような錯覚に陥った。しっかりしろと、自分に言い聞かせる。
「私は、きちんと浄化しましたわ」
なんとか平静を保ち、そう答えた。
「違う。あれは一時的に抑え込んだだけだ」
ヴォルグは静かに断言した。
「……ヴォルグ様に何が分かるというんですか?」
聖女でも何でもないのに。そう続けようとした言葉を飲み込んだ。ヴォルグの言っていることは正しい。
(でも、どうして……?)
聖女以外にも穢れが見える者は少なからず存在する。だが、ヴォルグは違うはずだ。それなのに、なぜ的確に言い当てられたのか。
「私にも穢れが見える」
イレーネは息を呑んだ。
「だから聞きたいんだ」
ヴォルグは静かに椅子から立ち上がり、イレーネと向き合った。
「なぜ、穢れを浄化しなかった?」
「そ、それは」
イレーネは思わず後ずさる。
「聖女であれば払えるはずだ。なぜ、そうしない?」
ヴォルグは一歩踏み出す。
「わ、私は……」
うまく言葉が出てこない。
動揺するイレーネに、ヴォルグは声を潜めて告げた。
「本当のことを言ってくれ。イレーネ、君は聖女ではないんだろう」
「っ!」
イレーネは目を見開いた。
「真偽については、これから正式な場で確かめる」
「それって……」
「君はこれから、審問にかけられることになる」
その言葉を合図に、天幕の外から二人の騎士が入ってきた。
騎士たちはイレーネへと歩み寄ると、その両腕を掴んだ。
「触らないで! 私は聖女なのよ! こんなのおかしいわ!!」
抵抗も虚しく、後ろ手に腕を回され、縄で拘束された。
「ヴォルグ様! どうしてこんなひどいことをなさいますの!? 私はあなたの婚約者なのよ! あんまりですわ!」
イレーネは必死に訴えかける。だが、ヴォルグは最後まで表情を変えることはなかった。
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