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17話 見える真実

王都より西部――門扉(ゲート)が出現したという一報が入った。


「また魔物討伐?」


「王都のすぐ傍らしいわよ」


大通りを行進する討伐部隊を、市民たちは不安そうな面持ちで見つめていた。


ロバルンレット王国の北部――イオロスの村付近で大規模な魔物討伐が行われてから、まださほど日も経っていない。


門扉(ゲート)の所在がいまだ判明しておらず、北の大都市パルロトには討伐部隊の半数近くが今なお留まっていた。そのため、首長国への派兵を見送ったヴォルグの判断は、結果として正しかった。


とはいえ、動かせる兵は限られている。王都近郊での討伐ということもあり、自ら紅炎の魔道士団を率いる第一王子ヴォルグが中心に指揮を執ることとなった。


伝令によれば、すでに門扉(ゲート)は確認されており、イオロスでの討伐と同じく、聖女が同行することに決まった。


討伐部隊には不釣り合いなほど豪華な馬車――その窓から、イレーネが控えめに不安がる市民へと手を振る。


その姿を目にした瞬間、人々の間から歓喜が上がった。


『聖女様!』


馬に跨り、部隊の先頭を進むヴォルグは、その賑わいを背に複雑な思いを抱えていた。



  ◇ ◇ ◇



門扉(ゲート)が発生した場所は、王都と西部の街セオリクトを結ぶ街道だった。


「全軍停止」


ヴォルグが馬を止め、後続へ手で合図を送る。


討伐部隊は一斉に動きを止めた。


「殿下、門扉(ゲート)はまだ先ですが?」


副団長が馬を寄せ、小さく尋ねる。


確かに距離はある。だが、ヴォルグの視界にはすでに黒い霧が映っていた。まるで大量の羽虫が空中で群れを成し、一帯の大気そのものを黒く染めているかのようだった。

その禍々しい光景に、自然と眉をひそめる。


跨っていた馬も、その場で落ち着きなく前脚を小さく踏み鳴らした。

ヴォルグは足で馬の横腹を軽く押して進ませようとする。しかし馬は首を横に振り、一歩たりとも前へ進もうとしなかった。

副団長はそこでようやく、馬が進むことを拒んでいるのだと理解した。


「ここからは徒歩で向かう」


「承知しました」


副団長は素直に頷いた。



  ◇ ◇ ◇



「この先に穢れがありますわ」


イレーネの言葉を受け、討伐隊は二手に分かれた。


一隊は門扉(ゲート)から溢れ出る魔物の迎撃へ。もう一隊はイレーネとともに穢れの浄化へ向かう。ヴォルグもその一団へ加わった。


イレーネの誘導で異変の中心へと向かう。


その一帯だけ、草木は色を失い、枯れ果てていた。

地面には鳥や野兎の亡骸がいくつも転がっており、明らかに異常だった。


異変の中心へ近づくにつれ、ヴォルグの目には黒い霧が濃さを増して映り始める。


(これが……穢れなのか?)


穢れは聖女や一部の神官にしか視えないとされている。その力を持つ者は極めて少ない。

ヴォルグ自身も、これまで一度たりとも見えたことはなかった。


「ヴォルグ様。大丈夫ですか?」


控えめな声に、ヴォルグは顔を上げた。

イレーネが心配そうにこちらを見つめている。


「ああ。大丈夫だよ」


努めて穏やかに答える。しかし、心は穏やかではなかった。


イレーネに対する嫌悪感が胸の奥で渦巻いている。


アマリエの実の姉。そして、自分の婚約者。

これまで彼女と向き合うことを避け続けてきた。


だが、それも終わりだ。


話をつけなければならない。


今の件が終われば、必ず。


そう心に決め、乱れる感情を押し殺した。


「そうですか……」


イレーネはどこか納得していない様子だった。


「私のことは気にしなくていい。君は自分の役割に集中してくれ」


「……分かりました」


イレーネは静かに頷くと、そのまま迷うことなく一点を目指して歩き出した。


ヴォルグの視線の先には、より一層深い闇が広がっていた。

底なしの沼が口を開けたように、ぽっかりと黒い穴が大地に穿(うが)たれているように見える。


――禍々しい。


込み上げる吐き気に堪えるように、ヴォルグは胸元を押さえた。


やはり、自分にも穢れがはっきりと見えている。


思い当たることがあるとすれば、アマリエとの出会いだ。彼女と出会ってから、自分の中で何かが変わった。


「浄化をします」


イレーネは凛とした表情で静かに告げる。


瘴気に当てられ、顔色を失うヴォルグとは対照的に、彼女はいつもと変わらない様子だった。


イレーネは胸の前で静かに両手を組む。


「浄化(ピュリファイ)」


そう、静かに唱えた。



   ◇ ◇ ◇



穢れの浄化により、門扉(ゲート)は消失した。


その報せを受け、駐留地では戻ってきたイレーネに称賛の声が上がった。


「聖女様、お疲れ様でございました」


「さすが聖女様!」


そんな中で、ヴォルグだけは黙り込んでいる。

顔色はなお優れず、血の気を失ったように青白い。


ヴォルグは静かにその場を離れた。


――違う。穢れは消えていない。


ヴォルグには、今なおそこに在り続けている穢れが見えていた。


確かにイレーネの力によって、穢れは鎮まった。

荒れ狂う波が、一時だけ穏やかな波へ変わるように。

だが、それは一時の気休めに過ぎない。その本質は何一つ変わっていない。

穏やかな海も、やがては再び荒れ狂う。

イレーネの力とは、おそらくそういうものなのだろう。


アマリエの浄化とは決定的に違う。



アマリエとの出会いは、ヴォルグだけにその真実を映し出していた。


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