第17話 血染めの森
「ヤル気になったか。お前ら全員ぶっ壊してやるよ」
「せいぜい楽しませて下さいね……クフフッ」
口元が三日月のように裂けているような二人は獲物を見つけた獣の様な目で男達を見る。
「私からいっても良いですか? マコト様にも見てもらいたいんです」
「ん? そういうことなら見せてくれ。俺もちょっと気になってるからな」
気軽な調子で手を出す順番を決め出す二人、だが状況は待ってはくれない。
「無視してんじゃねぇぇぇえ!!」
全員が各々の獲物を持って二人に攻撃を仕掛けてくる。
手練ということもあって、中々に鋭い攻撃だ。その鈍く輝く鉄の刃が森を血に染める……はずだった。
「――魔毒濫水」
ディアが放った一言。それと共に起こるそよ風に黄金色に輝く粉のようなものが運ばれて、男達を襲った。
「ん? なんだこりゃ」
それが何か気づく前に全員がその粉を吸い込んでしまう。
「フフッ、クフフッ♪」
可哀想なものを見る目でその様子を見ていたディアがまた嗤いだした。
その時には全員が、一人の例外もなく地に伏せていた。
「っはっ!? どうなってやがる!」
「急に体が動かなくッ!」
「これは……ディアがやったのか?」
一人興奮したような光悦の表情を浮かべて這いつくばった男達を見下ろす人物――ディアがそこにはいた。
心底楽しそうな笑い声をあげているのだ。
これは魔力欠乏が原因のハイテンションモードだろう。
「ああ、凄いですよ、この力は……見ていてくれましたか?」
「やっぱりか、随分楽しそうな力だな、それ」
「どんな毒でも自由に作れるんですよ。今のは麻痺毒を風に乗せてみたんですよ、フフッ……勿論それだけじゃないですけれどね、クフフッ」
このディアの固有技能の名は【魔毒濫水】。
性能は主に二つ。一つは魔力でどんな毒でも自由に作ることが出来ること。そしてもう一つは――
「折角なので見せておきましょうか、クフフッ!」
不気味な笑い声と共に、倒れていた一人の男の体に異変が起こった。
「なんだ、これ、おいッ! なんなんだよッ! 体が膨れて――」
全身に途端に水膨れの様なものが一つ、また一つと形成されていった。それは肌色の外膜の中に赤黒い液体が見えていて、思わず吐き気を催してしまうようなものだ。
「もう少し、もう少しですよっ♪ ちゃんと見ていてくださいね♪」
「――がァァァあぁぁぁぁあッ! 痛いいだいイタイァァァ!」
そうして周囲が呆気に取られて茫然としている間にもその状態は悪化していく。
既に男の体はパンパンに膨らんだ風船が全身にくっついているような姿で、激痛に呻いているようだ。
「それじゃあ、終わりにしましょうか。――弾けろ♪」
パチリと指を鳴らすと、急速に男の体が膨らんでいく。
そして膜が破れて、肉塊――というよりは肉片となった男だったものが周囲に撒き散らされる。
静かな森の緑が、そこだけは飛び散った赤で彩られた。
あまりに現実的ではない異常な光景に、男達の顔色が目に見えて変わっていく。
「アハハハッ! 良い感じじゃねぇか! やっべぇ、こんなの見せられたら俺も乗ってくるぞっ!」
「クフフッ♪ そう言って貰えたなら嬉しい限りですねっ! さぁ、次は誰にしましょうか?」
悪魔のように嗤う二人は依然這いつくばったままの残りの9人を順を追って見ていく。どうやらさっきのことで怯えてしまっているようだった。
「これは拍子抜け過ぎないか? なあ、お前ら初めになんて言ったっけ? 確か、「ぶっ殺せ」だったか? 嘘はいけないよなぁ?」
「もう、マコト様。自分達のゴミのような力すら自覚出来ないそれに言葉なんて通じるわけないんですよっ! だから、ほら、早く続きをしましょ? もう待てないですよっ♪」
「アハハッ! それもそうだな、ディアっ! じゃあ、やるか」
ニヤリと笑みを浮かべて二人は男達に歩み寄る。
「お、おい、謝る! だから――」
「だから何なんだ? まさか『助けてくれ』なんて言わないよな? お前らだってそうしてきただろ、何度も、何度も、何度もっ! ……随分都合のいい話だと、そう思わないか?」
「それは……そうだッ! 俺達はあの王女に命令されてやってるんだ! そんなに憎いならあいつだけにしろよッ!」
「俺からすればお前らも同じだ。自分達だけが違うなんてそんなことあるわけないだろ? お前らはただ、俺が地獄へ墜とすと――いや、違うな。引き摺りこむと決めた奴だった、それだけだ。だからな、お前らを見逃すなんて選択肢は初めから存在しないんだよ」
これは誠の中では絶対に揺るがない決定事項。必ず果たすと誓ったあの日からの、暗く深い闇の中をその光だけを求めて進む地獄の道。
だから俺はせめて一片の手加減も無く、慈悲も無く、己が求めるままに同じ地獄へ送ってやろうと決めた。
止めろなんて言わせない、助けてなんて言わせない。それすら許されなかった奴らがいるのに、お前らだけがそれを口にするのは許されない。
しかしそんな誠といえどもこの状況はいただけない。そして少しばかり怒っている――ディアに。
「時にディアよ。半々で分けようって言っていたよな?」
「? えぇ、確かにそう言っていましたね」
「でもさ、結局全部に手出しちゃってるよね、ディアさん?」
「あっ……つい、マコト様を貶めた豚だと思ったら加減が」
「……仕方ないか。いいさ、初犯だからな。けど、そういうことなら俺も手出しするぞ?」
「当然ですっ! それに二人でやった方がもっともっと面白くなりますっ」
誠が気にしていたのは人数の分け方だった。
『そんなこと?』と思わないでもないだろうが、こういうことではきっちりとさせておいた方がいいのだ。
「でも動かない奴らを一方的にってのもなんかなぁ」
「それなら麻痺毒を消します?」
「いや……でもその方が面白いかもな。どうやらこいつらは俺達を殺したいらしいからなっ」
「なら解いておきますねっ」
ディアが指をパチリと鳴らすと、男達の体を蝕んでいた麻痺毒が消えたようだ。
そしてすぐに立ち上がった男達は剣を構える……が、カタカタと震えていて、汗がダラダラと流れ出ていた。
「お前ら、しっかりしやがれッ! 監視もあるから俺らはもう王国に帰れねぇ、やるべき事は目の前のクソガキ共をぶっ殺す事だッ!」
「良い虚勢だなっ! 思わず感動で涙が」
「嘘はいけませんよ、マコト様」
「ディアはもう少し空気を読んでくれてもいいんじゃないですかね? ……でもま、事実だし仕方ないか」
大声をあげて狼狽えたままの男達を叱咤する一人を見て、つい可笑しくなってしまった。
こんな茶番を見せられてはこっちもやりたくなるというものだ。
「そっちが動かないならやらせてもらうぞッ! 一撃で死なないでくれよッ!」
「それなら私もご一緒して……クフッ、クフフッ!」
誠が神剣を、ディアがいつもの短剣を抜き、男達に迫る。
男達のレベルは平均して40程度、対して誠達は50を少し過ぎるくらいだ。能力値としては二人が上だが、人数の不利がある。
しかし、所詮は怯えたままの人間だ。魔物と違って精神的なものも戦闘には大きく作用する。
まず起こったのは一人の叫び声だ。黒装束の男の右手首がすっぱりと断たれていて、白い骨と赤い肉、流れ出る血が宙を舞う。
「手が、てがっ、ああぁぁぁぁあ!!」
激痛に襲われて顔を歪めながら地面へ倒れ込む。
その男には目もくれずに二人目、三人目と徐々に殺すのではなく、死なない程度に手傷を負わせる。
手を、足を、指を斬り落とし、動けなくなったところに追撃をかける形で全身の関節を砕いていく。
痛いと叫ぶ男の声が一つ、また一つと増えていく。
それと同時にディアもどうやら誠を見習ってかは分からないが同じように無力化をしている。
少しばかり心配ではあったが、杞憂に終わったようだ。
「ぁああ……腕、うでがぁぁぁあ」
「眼が……見えねぇ……いでぇよぉ……」
「アハハッ♪ もう終わりかよ!」
「これならまだ迷宮の魔物達の方が手応えがありますよっ、クフフッ♪」
叫んでいた男達はもうその気力も無いのか、低く唸るように呻いている。その全てが体の何処かしらを失っているようだ。
誠が相手をした奴らは誰一人死んでいないのに対して、ディアが相手をした四人の内、二人は既に事切れてしまっていた。
「ディア……そっち二人も飛んでってるじゃねぇか」
「マコト様みたいにやろうとしたんですけどね……そこまで上手く出来なかったんですよ〜」
「初めから出来るとは思ってないから良いけどさ。小物にかける時間もないし、札は見せない方がいい。良かったな、すぐに死ねて」
一応今は監視が見ているはずだ。
ディアの能力に関しては仕方ないが、それ以上を見せるのは愚策というものだ。
出来ればもっともっと苦しめてから殺したかったが、致し方ない。
「仕方ないからディアは残りを片付けてくれ」
「クフフッ♪ それではさようならっ」
再びディアが二人の男を何も言わない肉片へと変えて、さらに血で染め上げる。
誠は残りの五人……ではなく四人だけ首を落とす。
そう、一人残したのだ。
「ディア、こいつに麻痺毒を頼む。このままじゃすぐ死ぬからな」
「はーい」
間の抜けた声でディアが返事をする。やっぱりいつものクール気味なディアとは違うようだ。
しかし仕事はするようで、先程と同じように麻痺毒を撒き散らす。再び魔力で作られた金色の風が、男を動けなくさせる。
「そろそろ限界だろ、ポーション飲んでおけよ」
「え〜、飲ませてくだひゃいよ〜」
「……ダメだこれは、完全に理性が吹っ飛んでるな。ほら、口開けろ」
「んっ! んぐっ、うっ、ふあぁ、乱暴なのもこれはこれで……」
「巫山戯たこと言ってないで戻ってこい」
「……俺をどうする気だ……」
二人が場違いなやり取りをしていると、一人の男がそんな質問をしてきた。
それならと、誠の返答は一つ。
「がぁぁぁあぁッ!」
「黙ってろよ三下、そんなの考えなくてもわかるだろ? 俺の優しさを素直に受け取ってくれよ……」
誠の答えは倉庫から出した無骨な直剣をその男の右脚に突き立てるというものだった。
わざと骨を断つようにしているせいか、麻痺毒によって痛みを遠ざけてはいるのに叫ぶ程の痛みだったらしい。
「でも俺は優しいからな、その質問には答えてやるよ」
焦らすように、タメを作って誠は答える。
「お前は、クソ王女への贈り物にしようと思うんだ」




