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第16話 弱い犬ほどよく吠える

「マコト様、準備が出来ましたよ」

「おっ……これは美味しそうだな」

「美味しそうではなく美味しいですから」


 拗ねたような返答がディアから返ってくる。

 宿に戻った二人は夕飯の時間だった。そして今日はディアが料理を作ったのだ。

 途中から既に食欲を唆る香りが誠を刺激していたが、何とか耐え切っての食事なだけに期待が高まる。


「これはエルフの料理で、キャブルスープと言うものです。何種類かの野菜を柔らかくなるまで煮込んで作ったスープで、挽肉をキャブルの葉で巻いたものを入れてさらに煮込んだ料理です。味付けがマコト様に合えばいいのですが」


 誠からしてみればこの料理はロールキャベツに似たようなものかと思っていたが、大体はあっているようだ。

 色とりどりの一口サイズの野菜が浮かぶスープの真ん中にある、ロールキャブルとでも言うべきものを口へ運ぶ。


「――美味い」

「あ、ありがとうございます!」


 野菜の美味しさが十分に染み込んでいて、噛むほどに味わいが広がっていく。それでいてあっさりとした味付けにしているようだ。恐らくは塩と胡椒で味を整えるくらいなのだろうが、その優しい味が誠には懐かしく感じられた。

 それからまた一口と食べ進める。

 合間にスープにパンを浸して柔らかくさせて、また一口。


「ヤバいこれ、手が止まらない……正直感動したよ、ディア」

「そう言って貰えたなら嬉しいです、マコト様」


 満面の笑みなんて言葉が温いくらいの、周囲に音符が飛んでいそうな顔でディアは誠を見る。

 誠に褒められたのが余程嬉しいのだろう。

 それを見て誠も思わず頬が緩む。


 それにしても本当に久しぶりの感覚だ、それこそこの世界に召喚される以前まで遡るだろう。

 あの頃は至って平和で、戦いなんてものとは無縁の日本での日常。

 妹にいつもの様に毒を吐かれ、母におちょくられ、父と馬鹿みたいな話をして過ごしたあの懐かしい日々。

 今でも戻りたいと心から言える大切な時間。


 ――でも、今の姿なんて見せられねぇな


 確かに俺はあの日々に戻りたい。だが、今の俺が戻っても同じ日々にはならない。

 俺は既に昔の俺では無いし、何より俺は俺自身が怖い。躊躇いもなく人の命を奪い、積み重ねてきたこの血の染み込んだ手が。

 だから、きっと俺は元の世界には戻れない。


「……いや、考えるのは止めだな。折角のディアの手料理が不味くなる 」

「何だか面と面を向かって言われると少し恥ずかしいですね。それより何を考えていたんですか?」

「ん? ちょっと昔のことをな。でも後にしてくれ」


 そう言って口にスープを運ぶ。

 それからの食事は互いに他愛もない話をして、その日は終わった。





 最近の誠の睡眠は少しばかり深くなっている。

 それはこれまでは四六時中警戒を解くとこなく睡眠を取ることを強いられて、安全な睡眠というものが久しぶりなためだった。


 しかし今日に限ってはそれを隣で眺める人物が一人――


「早起きして正解だったみたいですね。隣でこうして寝顔を見られるというのは幸せですね」


 もう一つのベッドの上に座ってすやすやと眠る誠の寝顔を眺めるディアは静かに笑っていた。

 ディア自身も朝は弱いのだが、誠の寝顔のためにと早起きをしているようだった。

 未だに眠たげな目を擦りながら、少し離れた距離で誠を眺める。


「本当に可愛らしい寝顔でなんかこう、ムズムズしますね。……というかこうして見ているとマコト様の歳が分からなくなりますね。可愛いから良いのですが」


 この世界としては誠は童顔のように見えるらしく、本人も少しだけ気にしている事だった。実際は16歳でこちらでは成人の扱いにはなるのだが、以前は苦労したものだ。

 ディアに関しては誠と並んでいても同い歳くらいに見えるのだが、実際はディアの方が歳下にはなる。


「でもこれ以上近づくと起きてしまうんですよね。……少しずつ警戒をといていかないと寝顔には触れられませんね、膝枕の時以外は」


 クスクスと困ったように笑うディアだが、その通りなのだからこれは仕方ない。

 何故か膝枕の時は大抵のことをしてもまるで目覚める気配がない。口では嫌だと言ってはいるが、行動までは伴っていないのだ。


「でもそろそろ起きてもらわないと間に合わなくなってしまいます」


 今日の日程を考えて誠を起こそうと決意し、ディアは軽く肩をゆすった。


「……ん、朝か。おはよ、ディア」

「おはようございます、マコト様。これ以上寝ていると時間が押してしまうので起こしたのですけど」

「もうそんな時間だったか、悪い」

「いえいえ、役得でしたので」


 その言葉の意味がわからず、じぃーっとディアの目を見る誠だが、やはりわからなかった。


「こんなことしてる場合じゃなかった。必要なものを買い揃えてさっさとこの街を出よう。それと、これを渡しとくよ」

「これは、私のギルド証? どうしてマコト様が?」

「昨日ギルドに行った時にパーティ登録をしたら、気を利かせてくれたのか作ってくれたんだ。金級(ゴールド)だからそれなりに役に立つとは思う」

「そういうことでしたら貰っておきますね」


 ディアは誠から受け取った金色のギルド証をバックパックへとしまいこんだ。


「それじゃあ、宿を引き払って買い出しに行きますか」


 二人は忙しなく動いて準備を整えるのだった。





 ――時刻は既に正午を回った辺りで、柔らかな陽の光が射し込む大通りに二人はいた。


「――食料よし、日用品よし、消耗品よし、武器もよし、と」

「結構かかりましたね、時間もお金も」

「金の話はしないでくれ、こればかりはすぐにどうこう出来ない」


 すっかり軽くなった袋を揺らして誠は言う。

 一応まだギルドに持って行っていない素材が倉庫には入っているが、そこまで急ぐ程でもない。それに現金をそんなに多く持ち運ぶのもどうかと誠は考えていた。


「それよりもだ。……気づいてるよな?」

「当然です。……と言いたいのですが、気配を掴みづらいですね」

「確かにあいつらはその手のプロだからな。ならそれを探すんじゃなくて周りと比べて不自然な場所を見つけろ」


 既に誠が「それ」と言った人物達、誠を探しに来た王国の人間がこちらを監視していたようだ。

 当然に来ることは予想していたし、監視の使い魔が付いているのも想定内だ。

 クソ王女とはいえ、頭は回る。そうでなければ誠はここまで苦労しなかった。それにどうやら送られてきたのは裏の部隊のようだ。

 ディアでも気配が掴めるかと思ったが、やはりまだ完全には掴めていないようだった。



「……あぁ、成程。何も無い場所にそれがいるということですか」


 それでも少しアドバイスしただけでものにするあたりはやはりセンスが有ると言う他ないだろう。


「そういうことだ。待たせるのも悪いし、早く()()()やろう」

「あれには遠慮は要らないんですよね?」

「当たり前だろ、あんなのに与える慈悲なんて一欠片も無い。俺達はただ苦しめて苦しめて、一方的に蹂躙するだけだ」


 久しぶりのこの感覚だ。

 理性で抑えられていた本能が表に出てこようと暴れている。でもまだだ、もう少しの辛抱だ。

 思わず口元が歪んでしまう。


 監視もいるならこちらとしては好都合だ。どうせその向こうにはクソ王女がいるだろうから。

 どうしてもこのまま街を何事も無く去ってしまえば、嫌がらせなんて出来なかっただろうから寧ろ嬉しい出来事だ。

 せめて自己紹介くらいは丁寧にしておこう、そう思いながら二人はダリアを後にした。



 ◇



 街を出た二人は、近くの森へと入っていた。

 理由としては、誠なら敵の場所を見失わない自信があり、ディアはその身に流れるエルフとしての血が自然の中で力を発揮することからだった。

 そして誘われていることを理解しているのか不明だが、そいつらも森へと入ってきた。


「……10人だな。ディアは追えているか?」

「大丈夫です、森でならこのくらいのレベルの奴らには遅れを取る道理がありません」

「そりゃ頼もしいが、油断は禁物だぞ。今回は俺にとっては自己紹介も兼ねてるんだ、失敗は絶対に出来ない。はなからそんな気も無いが」


 心に余裕を持つことと、油断することはまるで違う。

 それを身に染みるほどに味あわされた俺は、改めて自分に言い聞かせるように言う。


「一応獲物の数は半々にしとくか、ディアには慣れておいて貰いたい。……本当は全部やりたいくらいだが」

「マコト様を苦しめたゴミを処分するのに躊躇う気はないですよ」

「ならちゃんと()()()やらないとな。『嫉妬』から貰ったその力も使ってみるといい、技能(スキル)に慣れるのは少しでも早い方がいい」


 ディアには『嫉妬』と契約した時に得た新しい固有技能がある。

 内容は本人にしか分からないが、恐らくは強力なものだろう。


「それなら、いくぞ」


 前進していた足を止めて、後ろへ振り返る。


「出てこいよ、ストーカー共。あの王女に言われてきたんだろ?」


 木々がざわめく森にその声は響き渡る。

 すると姿を隠していた男達が姿を現した。その数、誠が感じ取った通り10人。

 茂みや木の裏などからその黒い集団は出てくる。


「なんだ、話が早ぇじゃねぇかよ。わかってるんならさっさとこっちに来な。そこの嬢ちゃんも一緒でもいいんだぜ?」

「馬鹿言ってんなよ、わかってんだろ? その証拠に、お前らの手には剣が握ってある。これくらいは当然だよな?」


 誠は既に男達に魔力を込めた威圧を放っていた。

 それは戦場で生きるものにとっては何時もの感覚で、それすらわからないようでは生き残れないものだ。

 そしてこいつらも当然にそれを理解して、戦闘準備を整えている。


「この人数で殺り合う気か? それこそ面白ぇ冗談だな。……どうせ監視にも気付いてるんだろ、すぐに王女様に指名手配されるぞ」

「それこそ面白い冗談だ。……あぁ、あれか? 弱い犬ほどよく吠えるってやつか」

「クソガキが」


 誠は敢えて挑発をする。

 本気でやってくれなきゃまるで面白くない。

 それに王女からの指名手配なんて気にする必要は無い、というか出来ないだろう。

 勇者を召喚しておいて、それすら御する事が出来ないなんて大っぴらに出来ることではない。

 そうなれば王家の信頼はガタ落ちだ。

 あの金と権力に溺れたあいつらにそんな事が出来るわけがないのだ。


「ほら、さっさと来いよ。――こっちは早くお前らを壊したくてうずうずしてんだよ」

「そういうことですから、早くしてください、豚さん達」


 ディアも誠に釣られて挑発的な言葉を並べると、とうとう限界だったようだ。

 元々素行は良くない連中で、裏の仕事を担当するだけあって、自分達の力量に余程自信があったのだろう。

 それをちょっとつつけばこの通りだ。


「――お前ら、連れて帰るのはナシだ。ぶっ殺せ」






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