第15話 襲撃
時系列としては誠達がダリアの迷宮から出てくるあたりの時間です。
王国視点です。
「これは困りましたね……魔物の襲撃は予想出来てはいましたが、この状況は予想外です」
「勇者のこと……ですね」
「本来なら既にダリアから帰還して王国に居るはずだったのですが、あちらでも何かあったようですね」
セラフィ王女の口調は穏やかなものではあったが、そこまで状況が良い訳では無い。
現在魔物の襲撃に対しての王国の被害は徐々に拡大しつつある。総戦力である兵士10000人と騎士500人のうち、約一割の兵士と数名の騎士が既に死亡してしまっている。そこに負傷者まで合わせると十全に動けるものは半数といった具合だ。
他にも魔道士がいないでもないが、そちらは勇者の召喚で力を使っていて暫くは使い物にならないのだ。
「どういたしましょうか、恐らく勇者の力は当てに出来ませぬ」
「ですがそれでは動かせる戦力が……一応いないでもないのですがこのような戦場に彼を出撃させるのも」
「そうも言っていられません、このままではさらに被害が拡大してしまいます。どうか彼を――剣聖を出撃させられないでしょうか」
セラフィ王女は少し考える。
確かに彼はそう頼めばこのような戦場にも出てくれるだろう。だが、彼はこんな些事に使っていい札ではない。
だから勇者を当てにしていたのだが、そちらは消息不明だ。
――仕方ありませんね。
「やむを得ません、私としてもこれ以上無駄に戦力を消費はしたくありません。――クライス、いますか」
その一声でセラフィ王女と騎士団長であるアレスしかいなかった王城の一室に一人の男が音もなく現れた。
切れ長な灰色の瞳と淡い色の金髪を短く切りそろえられ、青白く輝く鎧を全身に纏った男がそこにはいた。そして腰に吊るされた蒼と紅のコントラストが特徴的な一振の剣――魔剣レーヴァテインが異様な存在感を放つ。
この男こそが王国の剣であり唯一の剣聖であるクライス・リーヴァなのだ。
「何用でしょうか、セラフィ王女殿下」
「ごめんなさい、クライス。どうしても貴方の力が必要です。魔物の討伐をお願いしても?」
「お安い御用です、殿下。我が剣は王国の為にあります故」
王女の前で跪き、頭を垂れるその姿は互いの信用が見て取れる。
そうしてクライスは部屋を後にした。
「彼がいるならばこれ以上の魔物からの被害は気にしなくても良いでしょう。それよりも兵士と騎士達の撤退を急がせなさい。それとダリアに奴らを行かせなさい、力づくでも勇者には戻って来てもらわなければなりません。ついでに魔道士長に監視を付けてもらいなさい」
「はっ! それでは私も失礼致します」
一礼してアレスもまた部屋を出る。
それを見送ったセラフィは一つ溜息をつく。
「全く外界からの異物の癖に……どうしてこうも上手くいかないのでしょうか。一人を召喚するのにもどれだけのコストがかかると思っているのでしょうか、ゴミの命とはいえ安くはないですのに」
勇者を召喚した時の労力を考えて黒い言葉が漏れだす。
実際に王国の予算の一から二割程をかけて奴隷を購入していて、それを贄として勇者召喚をしていたため、財政は厳しいものになっているのだ。
そしてその分を勇者に回収させるはずだったのだが、それすら心配になってしまう。
さらには追い討ちをかけるような魔物の襲撃で兵士や騎士は消耗され、こちらにも資金を回さなければならなくなった。
「本当に嫌になりますわ。……ですが勇者は利用価値があります、こんな所で失うわけにはいかないのです」
◇
「クソがっ、魔物の分際でッ!」
「負傷した奴は後ろに退け!」
ここは魔物との戦場になっている王国の東の平原と森の境目だ。
既にそこらじゅうに赤い水溜まりが出来上がり、ぬかるんだ地面には魔物と人間の死体が積み重なっていた。
それでもまだ魔物の侵攻は止まらないようだ。
種類はゴブリン、オーク、ガルムを主として、最奥にいる一際大きな個体のオーガが指揮を取っているようだ。しかし普通ではオーガは知能を持たない魔物のはずだが、現実に指揮を取っている。
ここから導かれる答えは既に決まっていた。
恐らくは変異した個体のオーガであり、魔族だ。
「あいつを殺っちまえばこっちのもんだが……」
「馬鹿言うな、死にたいのか? あいつに辿り着くまでに取り巻きに殺られるぞ」
「だったらどうしろってッ!」
とてもではないが、戦線は非常に危ういものになっている。
どこかしかの隊が抜かれてしまえばそこから次々に崩壊していくだろう。そんな綱渡りの戦闘を王国の兵士は続けていた。
「勇者様はまだ帰ってこないのかっ!?」
「もう不味いぞ、崩れる!」
「――その心配は無い、お前達は後ろへ下がれ。良くやったな、後は俺がやる」
「貴方は……剣聖!? て、撤退だっ! 剣聖様の邪魔になるなッ!」
焦ったような一人の騎士の声でその場にいた剣聖以外の全員が魔物に背を向けて走り出した。
自分達がいては邪魔になる、と言うよりは魔物以上の脅威から逃れようというような必死さが伺える。
だが、そうなれば魔物達はさらに前へ前へと進んでくる。
そのはずだが、この場に限ってはその心配は全くない。
「――剣界」
刹那、蒼紅の閃光とともに兵士達を追っていた魔物の体が上下にズレた。その断面は焦げ爛れた後と凍傷のようなものの二種類が混在していた。
これが魔剣レーヴァテインの特性であり、魔剣と言われる所以だ。
一瞬かつ一人でこの光景を作り出したクライスは目を瞑り、再び剣を構える。
普通なら失笑と共に切り捨てられるが、クライスに関して言えば例外だ。眼など必要とせずとも自らの間合いに一歩でも踏み込めばその瞬間に死を届けられる。
それこそが剣界であり、剣聖と呼ばれるだけの力を持つものの証とも言える。
彼の剣の間合いはおよそ半径10メートル程で、同時に剣界の領域とも言える。
もっとも、平常時の場合ではあるが、それでも十分過ぎる間合いだ。
「さて、指揮を取っているやつは……あいつか」
魔物達を一瞥し、一際目立つオーガを発見たかと思えば既にクライスは姿を消していた。いや、消えたように見えた。
ここにいる人間も魔物も含めて、クライスの動きを察知出来たものはいないだろう。
しかし動いたという事実はそのオーガの首が落ちたことで真実となる。
「――アッ、ォ……ヴェァアァ」
「呆気ないな」
興味の無さそうな目で自らが首を落としたオーガを見て呟く。
オーガは斬られた首に手を伸ばそうとするが、それすら叶わずにその巨体を血溜まりの平原に横たわらせた。
そしてどうやら指揮官だったオーガが倒れたことで、魔物の統率が乱れて混乱しているようだった。
クライスに畏れて森へ帰っていく魔物が殆どのようで、残った少量の魔物は一時的に撤退していた兵士達に駆逐されていた。
クライスはその全てに対して興味を持たないようで、何事も無かったかのように王国へと帰って行った。
◇
「栄えある王国の兵士、並びに騎士達よ、良くやった。この戦いで少なくない数の死が生まれた。だが、我らが歩みを止める訳にはいかないのだ、魔物を、世界の敵が我が物顔で闊歩することを許してはならない! 今後とも奮闘を期待する、以上!」
王国の近衛騎士団長を務めるアレスの言葉とともに訓練場を埋め尽くさんばかりの兵士達の叫び声が湧き上がる。
立場上、アレス自身は戦闘に参加ということは出来なかったが、こうして人の前に立つことを求められる人物でもあるのだ。
しかし、どうにもあの勇者がダリアに行ってからというもの、胸騒ぎが止まらないのだ。
(経験上は大体良くないことだが……無事に帰ってきてくれよ、アマノ君)
行方が分からなくなった勇者の少年を思い浮かべる。
その真実を、彼はまだ知らない。
◇
「お疲れ様です、クライス」
「私の剣は王国とあります故、当然の事をしたまででございます、殿下」
「……そうですか。本当に昔から変わりませんね、貴方は」
いつもと変わらず、自分に――というよりは王国に忠義を示すクライスを見て微笑む。
彼は滅多なことでは感情というものを表に出そうとしない。
長い付き合いのはずのセラフィですら、笑った顔というものは記憶を探しても見当たらないほどだ。
「それでも貴方が討伐に向かってくれて助かりました。他のものでは対処は難しかったでしょう。……魔族がいたそうですし」
「………………」
セラフィの言葉に終始無言を貫くクライスだった。
「少しでも早く勇者に魔王を討伐して貰いたいものです」
「……勇者、ですか」
「意外ですね、貴方が勇者に興味を持つなんて」
「魔王と対をなす存在である勇者です。いくら私と言えども興味を持つには十分です」
「そうですか。ですが勇者というのはそんなに良いものではないですよ、きっと」
この王国に伝わる勇者の歴史の殆どは嘘と虚構で塗り固められた偽りの歴史だ。そしてそれを知るのは王国でも極一部の人間のみに限られる。
一つは当然ながら王家の血筋、もう一つは剣聖の血筋であるリーヴァ家、そこに例外として勇者を召喚した時代の魔道士長のみだ。
一般に知られている歴史は勇者が魔王を討伐し英雄となったというものだが、その者達に知られている歴史は違う。
――勇者はその強大過ぎる力で災禍をもたらす。
そう言い伝えられている。
そしてその伝承を現実のものにしない為にも、魔王を討伐してからは速やかに処理するように教えられている。
勇者を始末したことは一般には知られないだろうが、失敗すれば包囲網を敷くことになる。
それだけは絶対に避けなければならない。
「ですから、もしもの時は頼みますよ。クライス」
「……当然でございます、殿下」




