第12話 『嫉妬』
「よし、MPは回復したな。という訳でディアさん、起こして貰えませんか?」
「………………」
「ディアさん? 割と真面目に起こして欲しいんですけど」
「…………仕方の無いマコト様です」
「どう考えてもそれはディアじゃ」
MPが7割程まで回復した誠は行動を開始しようとしていたが、何故かディアの妨害が入り結局全快するまで膝の上で過ごすことになっていた。
どうにかディアを退かして起き上がることも考えたが、多少なり手荒になっしてまうので大人しくしていた。
……断じて膝枕の魅力に囚われたのではない、絶対に。
いや、別に嫌いな訳では無い。認めるのが悔しいだけだ。
「俺は全快で、ディアは……大丈夫そうだな」
「私もマコト様と一緒に休んではいたので」
「それなら先に進むとしよう」
誠はディアの膝の上から起き上がり、それを名残惜しそうにするディア。
残念ながら最後の最後まで柔らかい快楽に逆らえなかった誠だが、直ぐに意識を切り替える。
その先にはマモンが緩ませた結界がその奥の風景を写して波打っている。
そこは薄暗い場所で、特にこれといった特徴は無いものの、一つだけ異様な存在感を放つ床に描かれた魔法陣がある。
しかし所々掠れているようで、恐らくは万全の効果を為していないだろう。
「さーて、鬼が出るか蛇が出るか。出来れば邪神が出てきて欲しいんだけどな」
「神と比べられる鬼と蛇というのは不憫ですね」
「いざという時に役に立たない神よりはマシだろ。いくぞ」
不安はあったが、進まなければどうしようもないので覚悟を決めて二人は穴の中へ飛び込んでいった。
気がつけばそこは結界の中、薄暗い通路が伸びているだけの場所だった。
所々にある魔光石の明かりがひび割れた壁や床を照らし、酷く不気味な雰囲気を漂わせる。
「どうやら無事みたいだな」
「みたいですね」
(主よ、気をつけよ。気配がさらに強まっておる)
「そうか、なら当たりみたいだな。いやーラッキーだな」
「幸運の先払いか不運の返済という考えはないんですか」
「それならもっと楽をさせてくれてもいいと思うんだがな」
自身の過去を思い出して、湧き上がってきた狂気を包み隠さずに顔に出して笑う。
こんなもので過去の精算をされてたまるか、それは、それだけはこの手でやるべき事だ。
「ここは何も無いようだし先に進むか」
「ええ、にしても気味が悪い場所ですね。『嫉妬』は本当にこんな所にいるのでしょうか」
「さぁな、こういうところだからって気がしないでもないが」
「考えても仕方の無いことですか。なら早く先に進んでしまいましょう」
少し早足になったディアを追うように誠も歩き出す。
その道は平和そのもので魔物が襲ってくることもなければ罠があることもない。
あるのはひび割れた壁や床と、道標のように光る魔光石、所々に自生している苔や植物くらいなものだ。
変わり映えのない光景を前から後ろへ次々と流して通路を進む。
確かに前に進んでいるはずなのに一向に終わりが見えない不安感と陰鬱な雰囲気に気が滅入りそうになる。
「うーん、どんだけ長いんだよこの通路」
「…………声が、聞こえる……?」
「俺は何も聞こえないが」
ディアの不可解な言葉を聞いて誠も耳を澄ませてみるが、そこにあるのは無限にも思える静寂だけだった。
「……マコト様、多分こっちから聞こえます」
「…………遂に頭がイカれたか、なにか辛いことがあったのか?」
指をさした方向は誠達が来た方向だったのだ。
つい反射的に突っ込んでしまった誠だが、その声は本当に深刻そうな色を漂わせていた。
「寧ろ嬉しいことしかなかったはずなのでイカれているのはマコト様の残念な頭かと。それでどうするんですか?」
「行かない訳にはいかないだろ。それにその声が聞こえるってことが親和ってのと関係があるとしたら俺はディアを信用してついていくしかない」
「なら決まりですね、行きましょう」
ディアの軽口をスルーして二人揃って回れ右をして声が聞こえた方へ歩き出す。
視界に映る風景はさっきとは左右反転しているものの、これといって変わらない退屈なものだ。
……そう思っていた時期が俺にもありました。
数分もしないうちに始めの場所ではない部屋についてしまったのだ。
「……うそん」
「嘘じゃないです現実です」
「わかってはいるけど確認だよ。マジで抜けられるとは思ってなかったし」
「五体投地で平伏して私のことを崇めてくれてもいいんですよ?」
「……いや遠慮しとくわ。それで、ここはどこだ」
まずやるべきはディアとのコントではなく現状確認だ。
おおよその予想はついているが一応マモンにも聞いてみる。
「マモン、『嫉妬』はここにいるか」
(いるぞ、主よ。どうやらここで終わりのようだ)
「そうか、ならいいんだ」
「『嫉妬』ですか……」
(あら、呼んだかしら? 思っていたよりも早かったわね)
どこからともなく聞こえてきたその声は確かに『呼ばれた』と言っている。
ということはこいつが……
「お前が『嫉妬』か。散々嫌がらせしやがって」
(仕方ないじゃない、貴方の親和性が低すぎるのよ。それに比べて隣の可愛い子はその逆、いい匂いがしてくるわ)
どうやら誠は親和性が低すぎてあんなふうになっていたらしい。
これはディアがいなかったら一生さ迷うことになっていたという事だが、今は考える必要は無いだろう。
「貴女が、『嫉妬』なんですね?」
(そうよ、私が『嫉妬』のレヴィア。久しぶりね)
「……レヴィア、私は貴女の力が欲しい。あの醜く腐ったアイツらに復讐する為に。だから、私と契約して」
元々言うと決めていた言葉を一方的に叩きつける。
そう、それは自らの欲望、この身を焦がすほどに熱く冷たい復讐の炎をさらに燃やすために。
だから私は何を対価にしても力を手に入れなくてはならない。
(貴女、私と契約をしたいの? 確かに私は貴女と一緒にいてもいいとは思っているけれど――)
「ならっ」
(でもね、それとこれとは話が別なのよ。契約するということは私は貴女に縛られるということ。私はそんなのは嫌よ)
「なら、どうしたらいいんですか」
(どうしたら、ねぇ……いや、でも……)
初めは試すような口調だったレヴィアが、途中から何かを考えて迷うような素振りを見せていた。実際は姿が見えている訳では無いのだが。
それから少ししてレヴィアの矛先はディアからマモンへと移った。
(ねぇ、マモン。貴方はどんな条件でその男と契約したの?)
(我は主の魂と引換に。しかしこれは他の邪神の封印を解いたなら無くなることになっている)
(成程ねぇ……それならついていけばいつかあの御方に会えるかもしれない訳ね。――貴女、名前は)
「私の名前はディア」
(そう、ディアね。……いいわ、貴女と契約してあげるわ。但し条件が一つ、それは貴女が死なないことよ)
「私が死なないこと……?」
その条件はディアが想定していたよりも数段緩い、というか最早条件にすらなっていないようなものだった。
しかしその程度で契約が出来るならいいだろう。
どうせ深く話さないだけで何か理由があるのだろう。
「そんなことでいいなら私は『嫉妬』レヴィアと契約する」
(なら交渉成立ね。よろしく頼むわよ、マスター。それじゃあ契約を始めるわ、少し痛いかもしれないけれど我慢してね)
契約、それは魂と魂を繋げる儀式。
しかし人と神との契約というのはそれだけの範疇に収まらない。
人の側にも適正があり、それによって神が与える力の量も質も変わってくる。
所謂親和性と言っていたものだが、これがディアとレヴィアではかなり高いのだ。
そして魂を繋ぐということは互いをそのレベルで知ることになる、膨大な記憶も経験も全て。
それはディアにとっては痛みとして現れてしまう。
「うっ、……んっ…………ぁあっ!これが、レヴィアの、きおく……?だから、『嫉妬』……」
(そうよ、それが私の『嫉妬』たる根源よ。手が届かない物ばかりの私にはお似合いの罪ね)
「ディアは大丈夫なのかっ!」
(心配しなくても大丈夫よ、私は態々契約を結んだのに死ぬ程の痛みを与えるわけがないでしょう?)
「……どうにも神ってものに信用がなくてな」
とてもじゃないが遠回しに『殺さない』と言ったレヴィアの言葉を信用しない訳では無いが、どうにも神ってやつはろくなものがいないと思い知ったばかりだったため、疑り深くなってしまう。
しかしその心配は杞憂だったようで、直ぐにディアの様子は落ち着きを取り戻していた。
「大丈夫、ですよ、マコト様。私はこの通り生きています。でも信じられないなら抱きしめてくれてもいいんですよ?」
「いいわ、生きてるなら。こんな所で共犯者にくたばられても困るだけだしな」
「うーん、ちょっと残念です。それにこんなことで死ぬと思われていたのなら心外ですよ、そもそも契約で死なないことって言われているのにそんな訳ないじゃないですか」
それでも信用出来ないと疑ってしまう誠なのだ。
もうこれは癖みたいなもので疑わなければ即死が待っているような生活を1年は送っていたのだ。
……実際、一度捕まって実験体にされていたこともあったが。
まぁ、それはおいておこう。今は関係の無いことだ。
「それじゃあ契約は完了したんだな?」
(大丈夫よ、悪影響も無いと保証するわ)
「何も異常はないですよ。寧ろ身体中に力が巡って熱くなってしまいます」
どうやら無事に完了したようだ。
ディアも新しい力を手に出来たようだ。
それならあいつらが来ないうちに地上に戻るとしよう。
これからは更新頻度が少し落ちるかと思いますがよろしくお願いします。




