第11話 ショートカット
それから同じように睡眠をとり、またこの暗闇のなかを進むことになる。
いい加減陽の光が恋しくなってはくるが、今は我慢するしかない。
「……なぁ、マモン。『嫉妬』の気配は近づいてるのか、これ」
(上にいた時よりは濃くなっているぞ)
「それならいいんだが……終わりが見えないってのは些かきついものがあるからな」
マモンが言うには近づいてはいるようだが、その感覚が今の誠には何故かわからない。
それが親和性とやらの問題なのかそれ以外なのかもわからないため、今はマモンを信じて進むしかない。
「そもそもここって何処が最下層なんですか?」
「それが俺は知らないんだよな。前にここに来た時はそれこそ20層辺りまでで打ち止めで帰ったからな」
「なら先も見えずに進むしかないのです……あれ?」
「どうした、ディア」
何かを感じ取ったのかディアが立ち止まって耳を澄ませている。
それに誠の呼びかけにも応じないことから余程集中しているのだろう。
そんなディアを察して誠も静かにしていることにする。
無言の時間が暫く経ったかと思えば、ディアが左の方に指を立てた。
「多分、こっちに何かあります。風の音……のような気がします」
「へぇ、エルフって耳も良いのか。便利だな」
「いや、確証は無いですしそもそもこんな所で風の音が聞こえることがおかしいと思うんですけれど」
「でも迷宮だしそんなこともあるんじゃないのか。……とはいえ一応行って見た方が良いだろう」
不確定な情報ではあるが、それが原因で身を滅ぼすことがあることを俺は知っている。
だから多少遠回りになるとしても確かめておくべきだと思ったのだ。
「そろそろ着くはずです…………っ!?」
「何があった、ん……は?」
異変を感じた場所へ着いた時の誠達の顔はさぞ面白いことになっていただろう。
ディアも言葉に詰まり誠も気の抜けた声を出してしまった原因のそれは、今いる層よりもさらに地下へと繋がっていると思われる大穴だった。
そしてディアが言った通り風が下から吹いていたのだ。
「なぁ、これどうしたらいいんだ」
「……私としては降りて床があるなら時間短縮にはなると思いますよ。…………床があるなら、ですけど」
「そんなのわかんねぇよ。マモンは何かわかるか?」
(これまで以上に気配が濃い。恐らく何か関係があるのではないだろうか)
「マジで言ってんのかこいつ」
信じられないという目でマモンを見てしまいそうになるが、残念ながらマモンは実体を持っていない。
湧き上がる感情を諌めるように溜息をつき、思考する。
そもそもこの穴は何処へ通じている?それにマモンは気配が濃いとも言ったことから、これまでより確実に『嫉妬』に近い場所ということになる。
それなら実験でもしてみるか。
そう思い近くにある手頃な石を握り、感触を確かめる。
「マコト様、石なんか握って何をするんですか?」
「ちょっと実験を、なっ!」
僅かに力を込めて投げられたその石は穴に吸い込まれて、目で追っている間に消えた。
普通ならそう見えただろうが、誠の目にはしっかりと見えていた。
その現象を見て誠の口元が歪む。
「成程な。ディア、お手柄だ」
「えっ!?何があったんですか?」
「簡単に言うとな、この穴は結界のような役割をしている場所だ」
「結界……ですか?」
「さっき石を投げ入れた時途中で空間が歪んで石が消えていった。恐らくはその結界に引っかかったんだろうさ。てことは飛び降りても大丈夫な筈だ」
しかしいくら結界が貼られているとはいえ、目に見える光景はそこの見えない穴なのだ。
生物的には避けたいシーンではあるが、折角見つけた『嫉妬』への手がかりなのだ。
無駄にはしたくない。
「一応聞くがマモン、お前の力でこの結界破れたりしないか?」
(ううむ、我の力だけでは弱めることしか出来ないだろうな)
「それでいい、頼む」
(ならば主の魔力を少々借りるぞ)
「は? ……うぉ、きゅうにちから、が」
「マコト様!?」
(む、加減を間違えたようだ。だが十分だ)
邪神が言う少々は誠にとっては残りの6割ほどあったMPを殆ど吸い尽くしてしまった。
あまりに急激な魔力消費に全身から力が抜けて倒れ込む誠だったが、ギリギリの所でディアがその体を受け止めた。
(それではゆくぞ)
誠の体を通して、マモンの力が大穴にある結界へ干渉を始める。
誠から吸い取ったMPをマモンがブーストさせて、力ずくで結界を歪ませていく。
その光景を数十秒続けると、ディアの目に結界の向こうの床が見えるようになった。
(すまないな、主よ。だが結界は緩めておいたぞ)
「…………やっぱり神なんてろくなもんじゃねぇ」
「マコト様は今はゆっくり休んでください」
「ディア、たすか……る、ん? ディアさん?」
誠は床に寝ようとしていたのだが、体に浮遊感を感じたかと思うと次は頭の後ろに柔らかな感触を感じていた。
これは要するに膝枕というやつだろう。
ディアのその行為に逆らおうとしても体に力が入らず、追い打ちをかけるように人の温かさに意識を持っていかれる。
「マコト様、無理をしてはダメです。せめて今くらいは休んでください」
甘い声で耳元で優しく囁くディアは、膝に乗せた誠の髪を手ぐしで梳くように撫でる。何度も、何度も、何度も。
既に抵抗する体力が残されていなかった誠はディアの突然の行動に意識を刈り取られてしまった。
誠が意識を完全に落としたのを確認してディアは緊張を解くようにふぅーっと息を吐いた。
「マコト様は無理をし過ぎなんです。少しくらい私に頼ってくれてもいいんですよ……私はもう大切な人を失いたくはないんです」
昔私がお母さんにやってもらったように寝たままの頬を撫でる。
「……でもその無理をしたお陰で私がこうしてマコト様に触れられていると思うと複雑な気分ですけど。あぁ、どうしてこんなに素敵なんでしょう。こんな場所じゃなければもっとゆっくりと出来るというのに……」
興奮した口ぶりで捲し立てるディアの言葉には復讐とは違う別の熱量が込められていた。
ディアにとっては夢のような時間だったが、思っていたよりも早くに誠が目覚めてしまう。
「…………あぁ、気持ちわりぃ。MP持っていかれすぎた……」
「マコト様、目が覚めたのですね。宜しければポーション飲ませましょうか?」
「いや、いい。自分で飲めるっ……おっと」
いきなり立ち上がったせいで立ちくらみが誠を襲ったが、何とか持ちこたえてMPポーションを異界倉庫から取り出して飲み干す。
いつもは独特の苦味を感じるが今はそれも気にならないくらいに気分が悪かった。
「んっ、ぷはっ。それで、結界はどうなった?」
「何かが見えるようになりましたよ。私には何か分かりませんけれど」
「なら成功したと言っていいか」
ふらつく体を無理矢理動かして大穴の近くに行くと、確かに結界が弱まっているようだった。
「見た感じは安全そうだが降りるのは待ってくれ。最低でもMPは7割は確保しておきたい」
「そうですか。ならマコト様は寝ていてもいいですよ? その方が回復は早まるはずですし」
「……それもそうだな。あといきなり膝枕とか心臓に悪いから止めてくれ」
「じゃあいきなりじゃなかったらいいんですか?」
骨を前にぶら下げられた犬のようになってしまっているディアだったが、真っ直ぐと誠を見る瞳に根負けしたようだ。
「好きにしろ。俺は寝ておく」
「はい、それでは私の膝枕で寝てくださいね」
「……因みに拒否権は」
「好きにしろと言ったのはマコト様じゃないですか。ですから私は好きにします」
どうやら俺には拒否権がないらしい。
だがそのやり取りに付き合う時間があるなら体を休めて少しでも回復させた方がいいのは確かなので休むことにする…………ディアの膝枕の上で。
実際のところそこまで嫌だと思っているわけではないのでそれはいいのだが、距離が近くなると色々と意識にチラついてしまうのだ。
これがあの醜い王女だったりアバズレ聖女だったなら同じ空気を吸っていると考えるだけで殺意が込み上げてくるものだが、ディアにはそんな感情は抱けない。
決して俺はディアを信用している訳ではなく、契約で裏切られないようになっているからこうして接していられるとそう言い聞かせる。
それはディアもまた同じだろう。
それ以上でもそれ以下でもないからこそこうしていることに抵抗はない。
そう結論を出して、誠はまた意識を深くに手放した。
修正のお知らせ:これまでの話で系統外魔法の適正を書き損ねていました。話の流れには変更はありません。
引き続き読んでいただければ嬉しいです。




