(5)
目を開けると視界に瑛太の姿がなかった。辺りをぐるりと見回すと、あゆみさんと目が合う。彼女は面白そうに薫に尋ねた。
「どうかな? 月讀命はここにいそう?」
「わかりません。あゆみさんはわかるんですか?」
「神様は見えないからねえ。だけど……そうだな。来てみて思ったけど、人がいない神社っていうのは、なんだか弱ってる気がするね。さっきの月讀神社の方が、荒々しくはあったけれど、パワーは感じた。歴史的にはこっちが本物だと思うんだけど……なんでだろうね」
薫はあゆみさんの話を聞きながらも瑛太を探していた。あゆみさんは薫の捜し物に気がついたのか、奥を指差す。見ると、本殿の裏には古いお社があった。その前に瑛太がぼんやりと立っていたが、向こう側を向いているせいで顔の眼鏡が確認できない。
この日差しの中では無理かもしれないと思った薫は、ふと、瑛太の頭上に覆いかぶさるようになっている木の枝に気づく。
胸騒ぎがした。
「それは、人が――人の祈りが神を作るからだろうな」
どこか厳かな声が聞こえた気がして、薫は息を呑む。だが、その声が聞こえなかったのか、あゆみさんは尋ねた。
「わたし、次は男嶽神社に行くんだけど、体調はどう? 一緒に行かない?」
薫は少し悩んで「体調は大丈夫ですけど、もうちょっとここにいます」と首を横に振った。まだ、ここでは確かめていない。それをするには、あゆみさんがいては都合が悪いのだ。
とてもいい人だし、神社のことももっと聞きたい気がしたけれど、さすがにカミサマのことを話すのは時期尚早な感じがした。
丁寧に礼を言うと、彼女は名刺をくれる。波多野あゆみと名前が書かれた名刺には、他に携帯電話の番号とメールアドレスが載っている。個人用の名刺のようだった。
瑛太を呼ぼうとすると「彼氏くん、何か考え事みたいだからいいよ」と遮る。
「か、彼氏じゃあ――」
慌てて否定しかけたら、なぜか、「だめだめ、聞こえちゃう」とあゆみさんはしーっと唇の前に人差し指を立てた。
薫が訝しむと、あゆみさんは「瑛太くん、苦労人だなあ……」と苦笑いをしたあと、「またどこかで会うかもね。何かあったら気軽に連絡して」と言って、階段を駆け下りていく。
*
ざくざくと、足元の砂が音を立てた。
近づく度に胸の音が激しくなる。蝉の音よりも心臓の音のほうが大きく聞こえてきて、薫は大きく深呼吸をした。
「瑛太……?」
問いかけると、祠の前に佇んでいた瑛太が振り向いた。その顔には、眼鏡がない。
「薫、か。ここはどこだ。随分と暑いな」
「カミサマ……ですか?」
彼は頷く。薫は膝の力が抜けて、思わずその場にしゃがみ込む。
「よかった~! もうだめかと思ったじゃないですか!」
「あれだけ熱心に祈られたら出てこないわけに行かぬだろう」
薫は祈りが届いたことにほっとしつつも、恨みつらみをいいたくなる。
「でも、なんでいつも出てきて欲しいときに出てきてくれないんですか……!」
どう考えても、それがこのミッションを難しくしている気がしてならない。
「なんでもなにも、エイタが、おぬしと私を二人きりにしたくないと心底願っておるからな。あれも、面倒くさい男よ。荒療治がまったく効かぬのも珍しい」
やれやれとカミサマは肩をすくめる。
(ん?)
どういうことだろうと考えかけたが、カミサマがそのまま日陰から出ようとしたので、慌てて薫はカミサマを引き止めた。
「太陽! カミサマ、太陽が苦手なんじゃないですか!?」
「……あぁ」
カミサマは初めて気がついたというふうに目を瞬かせた。
「そういえば、日に当たると眠くなるな」
「それって苦手っていうんじゃ……!」
「別に悪い気はせぬぞ? 眠るのは嫌いではない」
薫は、カミサマを引っ張って神社の奥へと向かう。うっかり日に当たってもらっては困るからだ。木々が増えた分陰が濃く、気温も少し低い気がする。
「質問、させてください」
薫はごくりと喉を鳴らす。旅が終わるかもしれない――そんな恐怖が湧き上がるけれども、無理矢理に押し込める。
「あなたは、月讀命であらせられますか?」
カミサマは首を傾げる。そしてしばらく辺りを見回しながら、口の中で「つくよみのみこと」とつぶやいていたが、やがて薫を見て一言。
「……わからぬな」
「わ、わからぬ!? って――え!?」
今までと答えが違う! と薫は焦る。
「違うとか、そうとか、そういうわかりやすいのでお願いしたいんですけど……!」
「知らぬ名ではない気がする。ただ、しっくりは来ぬ。としか答えられぬ」
それではリストから消せない。薫は質問を続ける。
「じゃあ、ここに見覚えは?」
「見覚えはないな」
薫は頭を抱えたくなった。月讀神社がどこなのかがわからない限り、場所が悪いのかもしれないという懸念が払えないことに気がついたのだ。
あゆみさんの説ではここが本物の月讀神社だと言っていた。だが、もしかしたらあの月讀神社が本物かもしれないのだ。
(じゃあ、月讀神社にもう一回行く?)
薫は悩む。瑛太を呼び出したいと思うけれど、もしここでカミサマを眠らせてしまえば、次は起きてくれない可能性だってある。自分でなんとかせねばと思う。
今までどうやって神社を選んできたのか、瑛太の手順を思い出そうとする。
(ええと、普通なら総本社に行くところだけど、月讀神社の総本社って言われる場所がなくって――……いや、ちがう。そうだ、太宰府のときに言ってたよね。総本社かどうかが重要じゃなく――)
薫はふとつぶやいた。
「記憶に残りそうな場所……だ」
(そうだ。元々は記憶喪失のショック療法! カミサマの印象に残ってるような場所! ってことは……あれ? さっき、あゆみさん、月讀命が降臨されたところとか言ってなかった!?)
薫はスマホを取り出すと急いで検索を始める。
『壱岐 おんたけじんじゃ』
耳からの情報しかないので、漢字がわからない。検索結果には、近くの「男嶽神社」という神社がヒットする。
ただし、現在の祭神は猿田彦命らしい。しかし、他にそれらしき神社が見当たらない。
地図を見ると、ここからさほど離れていない気がした。
(うーん……ここから動かないわけにもいかないし)
少しだけ考えて、リュックから紺色の折りたたみ雨傘を出す。傘を開くと濃い色の影ができた。
日陰で出てこれるのならば、これもありなのではないかと思ったのだ。
「カミサマ、ちょっとだけ我慢して下さいね」
そう言うと、薫はカミサマの頭に乗っていた帽子を深く被り直させる。そして日差しの中で傘をさして、手招きする。カミサマに日が当たらないように、と集中する。
カミサマは物珍しそうに傘とそれに作られた日陰を見つめると、納得したように頷いて足を踏み出した。




