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「これはわたしが色々調べてまわって出した推論なんだけどね。あ、わたし、いわゆる神社オタクってやつ。御朱印にハマったのが最初だけど、由縁とか調べるまでになっちゃった。ほんと、この世界ハマったら底なし沼だよね。で、暇さえあれば全国の神社をまわってるわけ。でもさあ、一人でこんなところウロウロしてるとほら、自殺するんじゃないかとか心配されて大変なんだよ。旅の道連れができて嬉しいよ」
女性はあゆみとだけ名乗った。
あゆみさんは薫が大丈夫と言い張ると、せっかくだから、もう一箇所だけ見に行くのはどうかと。それでだめなら帰ればいいと渋る瑛太を説得してくれたのだ。
乗せてもらった軽自動車はレンタカーらしいが、車内は冷房がきいている。息をするたびに体が軽くなる。先程買ってもらったスポーツドリンクのおかげでもあるが、随分回復したのを感じる。
ここ数日猛暑続きの中出歩いていたから、知らぬ間に参っていたのだろう。
瑛太は御朱印帳を見せてもらっていた。隣から覗き込むと、びっしりと御朱印が並んでいる。これは三冊目だという話なので、相当凝っている。一言に御朱印集めといっても、萱田さんみたいな猪突猛進な人もいれば、薫みたいな一見さんもいるし、こういう玄人もいる。本当に人それぞれで面白いと思う。
「わたしは、今の月讀神社は実は山の神を祀った神社で、月讀命を祀った神社は別にあるって考えてるわけ」
どうやら、先ほどの驚くような話の続きだ。薫は自然と背筋が伸びるのがわかる。
「壱岐の神社について書かれている『壱岐神社誌』っていう本があるんだけど、そこに面白いこと書いてあって。とある神社が月讀神社として創立されたって書かれてる。その後、海神や竜神、と神様を勧請したせいで、あとから祀られた神様の神社だと思われるようになったって」
「とある神社って――」
車がスピードを緩め、脇道に入っていく。そして砂利の敷かれた広い場所に車は停まった。
目に入るのは古い鳥居。ところどころ黒ずみ、染みもある。
「着いたよ」
あゆみさんは笑う。薫と瑛太は思わず眉をひそめながら、鳥居に掲げられた文字を読む。
「え、八幡神社?」
なまじ八幡社の知識をかじっているせいで呆然としてしまう。そんな馬鹿な、という気持ちだった。
「この『箱崎八幡神社』は、福岡にある筥崎宮から勧請されたんだって」
「筥崎宮! この間行きました! 応神天皇が祀られてるっていう」
「そう。だけど、勧請したせいで、八幡社であるとされて、月讀命や海神、竜神などのもともと祀られていた神様が目立たなくなってしまったんだよ」
「そういうことがあるんですか」
あゆみさんは頷く。
「その上に、江戸時代に壱岐の調査に来たお役人さんが、月讀神社の場所を間違えて登録しちゃったらしくて。あ、これ、根拠もなく言ってるんじゃないからね。月讀神社って、『延喜式神名帳』では名神大なのに、あの小社でしょ。それはやっぱり不自然な気がするよ」
「延喜式神名帳? 名神大……って?」
どこかで聞いた気もするが、いきなり専門的な言葉がたくさん出てきて、薫は目を白黒させる。瑛太が代わりに答えた。
「延喜式神名帳は、平安時代に書かれた神社の格式などが書かれている律令書のこと。つまり、当時、朝廷に重く扱われていた神社の一覧だ」
「よく知ってるわねえ。で、名神大ってのは、その中でも特に格式の高い神社ってこと」
あゆみさんが楽しげに目を丸める。
「俺たちが行ったことのあるところでは、伏見稲荷大社、宗像大社、筥崎宮がそうだ」
薫はそれらの神社と月讀神社を比べてみる。神社の大きさが格の高さに比例するのかどうかは薫には判断付かないが、違和感はあった。
あゆみさんは本殿の方へと足を進める。薫たちも彼女を追って、鳥居と同じく古びた階段を登ると、朱塗りの社殿が現れた。真新しさに目を瞬かせていると、顔に出ていたのか、あゆみさんがすかさず言った。
「最近修繕されたらしいけど、綺麗だね。――あぁ、でも宮司さんもいないし、授与所とかもないんだね」
先程の月讀神社にも厳かな空気が漂っていたが、こことはまた別のものに感じる。あちらは、山の中だったからか、荒々しいというか、むき出しの激しさを感じたのだ。
山の神――と言われて、そうかも、と死にかけていた希望が芽吹く。あゆみさんの説を信じるなら、まだ、諦めなくてもいいかもしれない。
瑛太を見上げると、彼は不安そうに薫を見下ろしている。
「瑛太、行かないの?」
「いや……それより、薫、ちゃんと回復したわけ?」
興奮で忘れかけていた。思い出したと同時に頭の重さや肩のこわばりが気になりだすけれど、努めて明るく笑う。せっかく道がまた開けた。お荷物にはなりたくない。
「なんか吹っ飛んじゃったよ。ここまで連れてきちゃったからには、ちゃんと解決したいし」
「連れてきた?」
「だってわたしが太陽のこと言い出さなかったら、ここまで来なかったよね?」
「それ、おまえが責任感じる必要はまったくなくて!」
瑛太は焦ったように言う。
「おーい」
あゆみさんが呼び、薫は声の方へ向かう。あゆみさんは、社殿の前で手招きをしていた。
「絶対に、無理すんなよ」
追い越しながら、瑛太は囁く。
「わかってる。水分も塩分もとったし、大丈夫」
スポーツドリンクを口に含んで、笑ってみせる。
拝殿の前に立つと、緊張で体が固くなるのがわかる。
瑛太が先に頭を下げるのを横目で見た薫は、ふとこれまでのことを思い出す。
よく考えると、瑛太が祈ってからカミサマが現れたことは一度もなかった。
カミサマは夜は気まぐれで現れるけれど、それは日光がないからだと仮定できる。昼夜逆転していると考えればいいのだ。眠っているときはよほど強い衝撃――祈りでないと起こせないということなのかもしれない。
今、神社には人気がなく、あゆみさんと薫と瑛太のみ。どうやら、祈りのこもった供物も見当たらない。
(じゃあ、わたしが祈るしかない)
ならば、どんな祈りならば届くのだろうと思う。
カミサマに届かなかったらと思うと、ひどく怖くなった。
恐怖を振り落とすようにして、思い出す。
最初は二ノ宮神社で野球少年の『試合に出たい』という祈りに反応した。
次は稲荷神社でのおばあさんの祈り。あれは思い返すと、『孫とずっと一緒にいたい』という祈りだったのだと思う。
(その次は――? あぁ、絵麻さんの祈りだ)
次兄の彼女の『恋人に会いたい』という祈り。
そして御朱印に込められた、萱田さんの『妹に元気になって欲しい』という祈り。
他にも何度かカミサマが現れたけれど、残りは薫の祈りに反応したとしか考えられない。
(わたし、何考えてたんだっけ……?)
たいてい顕現の驚きのほうが大きくて、あまり覚えていないのだけれど、瑛太に関しての願いだったことは想像できる。なぜなら、このところ薫はずっと瑛太のことばかり考えているからだ。
瑛太が祈りを終える。そしてこちらを見て、成果なし、と報告するように肩をすくめた。
彼は彼なりに、自分が祈っても効果がないことを知っていて、薫にあとを託しているような気がした。
薫は頷くと、気を引き締める。
瑛太は言っていた。たどり着きたい未来を忘れないために祈るのだと。ならば、薫のたどり着きたい未来は一体なんだろう。
(今度こそ現れて。カミサマ――お願いです。わたし、瑛太にずっと笑っていて欲しい)
薫はすがるように手を合わせる。




