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神様の名前探し 2  作者: 山本風碧
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(4)

「俺、先に参拝してくる。ばあちゃんに買い物頼まれてるから、おまえら置いて行っていいだろ? 少し行ったところに道の駅があるんだけど、午前中に行かないと物がなくなる」


 何を思ったか、一の鳥居の手前で、宇宙が急に言い出した。


「えー!? わたしも買い物行きたい。一緒に行けばいいじゃん」

「買い物って言っても魚だからそんな楽しくないって。デートの邪魔するものいやだし……っていうか、俺、たまにいたたまれない」


 まだそんなことを言っているのかと膨れるが、宇宙は瑛太の両肩をバンバンと叩くと「グッドラック!」と笑って、苦情は受け付けないと言ったふうに参道を急いだ。


「ちょ、ちょっと宇宙兄……!」


 変なことを言い置いていなくならないで欲しい。妙なふうに意識してしまうではないか。


 だが瑛太を見ると相変わらず飄々としていて表情が読めない。普段通りの彼を見ていると、気にしても無駄かと思う。


 ため息を吐きながら一の鳥居をくぐろうとして、ふと我に返る。


(ここから神域――って、あ、この間、神明神社で鳥居くぐれなかったって言ってなかった!?)


 はっとして瑛太の表情を観察するが、彼は薫の予想に反して穏やかそうな表情で、どこか愛おしげに鳥居の奥を見つめている。


「瑛太、大丈夫? 気分は?」

「悪くない。悪いどころか、なんだか……呼ばれてるような、気がして」


 瑛太は「だから不可解でさ」と首をかしげる。


「天照大神の娘なのに、なんでだろ。拒絶されてる感じがまったくしないから、あの圧迫感って、やっぱり個人的怨嗟みたいなやつなのか?」


 瑛太がフラフラと引き寄せられるように歩きだし、薫は慌ててついていく。

 さすが世界遺産に登録されただけあり、雨にも関わらず、境内には人がちらほらと行き交っていた。

 むしろ、雨のおかげで、酷暑が猛暑くらいにはなっていて、過ごしやすいのがいいのかもしれない。だが、それでも蒸し暑い。

 鯉の泳ぐ池には太鼓橋がかかっている。渡ろうとしてふと太宰府での出来事が蘇った。


(橋と言えば……大宰府の太鼓橋のジンクス……)


 例の仮説がむくむくと蘇るのを感じて、薫は頭をブンブンと横に振った。


 前方から人がやってくる。傘もあり、二人並んで渡ると邪魔だと思い、薫は脇に避ける。

 そうだ。あれは気のせいだという結論に達したはず。


(ん?)


 頭を振り回している間に、何か引っかかった気がして薫は立ち止まる。あたりを見回すが、それはつかめぬままに空中に散ってしまう。


(んー? なんだろ、何か気になるものが……)


 だが、瑛太がどんどん先に行くので、薫は仕方なく足をすすめる。

 参道の周りにはびっしりと玉砂利が敷き詰められている。手水舎は岩の塊でできていて、やはり大きかった。

 ゆっくりと身を清めてから本殿へと向かう。木でできた神門をくぐると、すぐ正面に本殿があった。

 雨はさらに強さを増していた。


「ひどい雨……にわか雨って言ってたよね? ここまでなるって天気予報で言ってた?」


 隣を見ると、瑛太がいない。おや? と思って見回すと、まだ門の外側で足を止めている。どことなく様子が、おかしい。


「瑛太?」


 瑛太がこちらを向いた。


「ああ、薫か。ここは……どこだ」

「え?」


 次第に瑛太の顔が険しくなる。と同時に、彼は苛立たしげに眼鏡をとった。


「……一体なんでここに連れてきた!?」


 彼は鬱陶しそうに髪をかきあげる。その仕草がいつもとは違って、どこか艶っぽくてどきりとする。


「――カミサマですか!?」


 カミサマは頷く。そして焦燥感の浮かんだ顔ですがるように言った。


「ここの神は、だめだ。わたしは、ここは苦手だ……!」

「えっ、でもじゃあ、ここの神様、知り合いなのですか!?」

「わからぬ!」


 薫はここの祭神の正式名称を思い出そうとする。


(え、なんて言ってた!? たごりひめ、だったっけ――あぁわかんない!)


 だけど三つの女神の名前が混じり合って、なかなか出てこない。

 その間にカミサマは「これは、いかん」と突然来た道を逆に走り出した。


「カミサマ!?」


 彼はそのまま手水舎の屋根の下で立ち止まると、膝に手を当ててかがみ込んだ。


「薫、寄るな! 巻き添えを食らうぞ」


 カミサマの額には汗が浮いている。脂汗だろうか。

 顔色も悪く、薫は思わず彼の額にハンカチを伸ばした――その時だった。

 空が眩しいくらいに光る。

 空気を引き裂くような轟音とともに光の槍が降ってきた。


「ひゃああああああ! な、何!?」


 思わず傍にあった腕にしがみつく。さらに空は暗くなり、風までもが吹き始める。


「落ちた!?」


 本殿が大丈夫か心配になっていると、瑛太が「頭が……ってぇ……最悪」と呻いた。


「瑛太? もどった!?」


 今までのことを思うと、あまりに回復が早かった。ほんの二、三分しか現れなかったのではないか。

 どうしてだろうと思って少し考えた薫は、


(あっ、カミサマ、嫌がることをしたら瑛太を返してくれるって言ってた!)


 と思い出す。


(え、ってことは、雷が嫌だったの? 雷が苦手とか?)


 だとしたらこれはヒントなのではないだろうか――と思っていると、またもや空が光る。


「ぎゃあ!」


 薫は震え上がって瑛太にしがみついた。雷が特に嫌いというわけではなかったけれど、この近さではさすがに恐怖でしかない。


 バリバリバリという凄まじい音が響き渡ったが、やはり本殿には落ちていないようだった。


「だ、大丈夫かな……?」


 様子をうかがうと、瑛太が小さな声で言った。


「……多分、近くの避雷針に落ちたんだだろ。重要文化財だし、万が一にも落雷で燃えたら大変だから」

「そ、そっか。じゃあここは安全?」

「ああ」


 だとしてもさすがに屋根のないところに移動する勇気はなく、ごろごろと空が唸る中、激しさを増す雨をじっと見つめた。

 ふと瑛太が「薫」と何か居心地が悪そうに言う。


「な、なに?」


 瑛太を見上げる。とたん、その顔の距離の近さから、薫は未だ瑛太にしがみついていたことを思い出す。


(へ、あ、あれ――っていうかこれ!)


 腕ではなく胸にしがみついていたものだから、端から見たら抱きついているように見えるかもしれない。


「わぁ! ごめん!」


 大慌てて離れると、瑛太がホッとしたようにため息を吐いた。

 どうしてか顔が急激に熱くなってきて、薫は戸惑う。瑛太に顔を見られたくなくて、彼に背を向けて頬を押さえた。


(な、なんだろこれ。瑛太相手に、なんで――)


 泡を食った薫は、動揺しているのを知られたくなくて話題を探した。


「さ、さっきまで、居心地いいって言ってたのに……カミサマすっごい怯えてた。……なんでだろね」


 思い切って振り返ると、瑛太は薫を食い入るように見つめていた。


「……瑛太?」


 声をかけると、瑛太ははっとしたように口元を覆ってそっぽを向く。


「う……ん、たしかに調子良かったのに、神門を通ろうとしたとたんあれだもんな」


 まだ心臓が変な動きをしている気がする。薫は密かに深呼吸をして、息を整えようと務める。


「ど、どうする? もう一回行く?」


 瑛太は少し考えたあと、空を見上げる。まだ頭上の雲は厚かった。


「さすがにもう少し待つか。駐車場の近く、休憩所があったと思うから、ひとまず雨宿りしよう」

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