(4)
「俺、先に参拝してくる。ばあちゃんに買い物頼まれてるから、おまえら置いて行っていいだろ? 少し行ったところに道の駅があるんだけど、午前中に行かないと物がなくなる」
何を思ったか、一の鳥居の手前で、宇宙が急に言い出した。
「えー!? わたしも買い物行きたい。一緒に行けばいいじゃん」
「買い物って言っても魚だからそんな楽しくないって。デートの邪魔するものいやだし……っていうか、俺、たまにいたたまれない」
まだそんなことを言っているのかと膨れるが、宇宙は瑛太の両肩をバンバンと叩くと「グッドラック!」と笑って、苦情は受け付けないと言ったふうに参道を急いだ。
「ちょ、ちょっと宇宙兄……!」
変なことを言い置いていなくならないで欲しい。妙なふうに意識してしまうではないか。
だが瑛太を見ると相変わらず飄々としていて表情が読めない。普段通りの彼を見ていると、気にしても無駄かと思う。
ため息を吐きながら一の鳥居をくぐろうとして、ふと我に返る。
(ここから神域――って、あ、この間、神明神社で鳥居くぐれなかったって言ってなかった!?)
はっとして瑛太の表情を観察するが、彼は薫の予想に反して穏やかそうな表情で、どこか愛おしげに鳥居の奥を見つめている。
「瑛太、大丈夫? 気分は?」
「悪くない。悪いどころか、なんだか……呼ばれてるような、気がして」
瑛太は「だから不可解でさ」と首をかしげる。
「天照大神の娘なのに、なんでだろ。拒絶されてる感じがまったくしないから、あの圧迫感って、やっぱり個人的怨嗟みたいなやつなのか?」
瑛太がフラフラと引き寄せられるように歩きだし、薫は慌ててついていく。
さすが世界遺産に登録されただけあり、雨にも関わらず、境内には人がちらほらと行き交っていた。
むしろ、雨のおかげで、酷暑が猛暑くらいにはなっていて、過ごしやすいのがいいのかもしれない。だが、それでも蒸し暑い。
鯉の泳ぐ池には太鼓橋がかかっている。渡ろうとしてふと太宰府での出来事が蘇った。
(橋と言えば……大宰府の太鼓橋のジンクス……)
例の仮説がむくむくと蘇るのを感じて、薫は頭をブンブンと横に振った。
前方から人がやってくる。傘もあり、二人並んで渡ると邪魔だと思い、薫は脇に避ける。
そうだ。あれは気のせいだという結論に達したはず。
(ん?)
頭を振り回している間に、何か引っかかった気がして薫は立ち止まる。あたりを見回すが、それはつかめぬままに空中に散ってしまう。
(んー? なんだろ、何か気になるものが……)
だが、瑛太がどんどん先に行くので、薫は仕方なく足をすすめる。
参道の周りにはびっしりと玉砂利が敷き詰められている。手水舎は岩の塊でできていて、やはり大きかった。
ゆっくりと身を清めてから本殿へと向かう。木でできた神門をくぐると、すぐ正面に本殿があった。
雨はさらに強さを増していた。
「ひどい雨……にわか雨って言ってたよね? ここまでなるって天気予報で言ってた?」
隣を見ると、瑛太がいない。おや? と思って見回すと、まだ門の外側で足を止めている。どことなく様子が、おかしい。
「瑛太?」
瑛太がこちらを向いた。
「ああ、薫か。ここは……どこだ」
「え?」
次第に瑛太の顔が険しくなる。と同時に、彼は苛立たしげに眼鏡をとった。
「……一体なんでここに連れてきた!?」
彼は鬱陶しそうに髪をかきあげる。その仕草がいつもとは違って、どこか艶っぽくてどきりとする。
「――カミサマですか!?」
カミサマは頷く。そして焦燥感の浮かんだ顔ですがるように言った。
「ここの神は、だめだ。わたしは、ここは苦手だ……!」
「えっ、でもじゃあ、ここの神様、知り合いなのですか!?」
「わからぬ!」
薫はここの祭神の正式名称を思い出そうとする。
(え、なんて言ってた!? たごりひめ、だったっけ――あぁわかんない!)
だけど三つの女神の名前が混じり合って、なかなか出てこない。
その間にカミサマは「これは、いかん」と突然来た道を逆に走り出した。
「カミサマ!?」
彼はそのまま手水舎の屋根の下で立ち止まると、膝に手を当ててかがみ込んだ。
「薫、寄るな! 巻き添えを食らうぞ」
カミサマの額には汗が浮いている。脂汗だろうか。
顔色も悪く、薫は思わず彼の額にハンカチを伸ばした――その時だった。
空が眩しいくらいに光る。
空気を引き裂くような轟音とともに光の槍が降ってきた。
「ひゃああああああ! な、何!?」
思わず傍にあった腕にしがみつく。さらに空は暗くなり、風までもが吹き始める。
「落ちた!?」
本殿が大丈夫か心配になっていると、瑛太が「頭が……ってぇ……最悪」と呻いた。
「瑛太? もどった!?」
今までのことを思うと、あまりに回復が早かった。ほんの二、三分しか現れなかったのではないか。
どうしてだろうと思って少し考えた薫は、
(あっ、カミサマ、嫌がることをしたら瑛太を返してくれるって言ってた!)
と思い出す。
(え、ってことは、雷が嫌だったの? 雷が苦手とか?)
だとしたらこれはヒントなのではないだろうか――と思っていると、またもや空が光る。
「ぎゃあ!」
薫は震え上がって瑛太にしがみついた。雷が特に嫌いというわけではなかったけれど、この近さではさすがに恐怖でしかない。
バリバリバリという凄まじい音が響き渡ったが、やはり本殿には落ちていないようだった。
「だ、大丈夫かな……?」
様子をうかがうと、瑛太が小さな声で言った。
「……多分、近くの避雷針に落ちたんだだろ。重要文化財だし、万が一にも落雷で燃えたら大変だから」
「そ、そっか。じゃあここは安全?」
「ああ」
だとしてもさすがに屋根のないところに移動する勇気はなく、ごろごろと空が唸る中、激しさを増す雨をじっと見つめた。
ふと瑛太が「薫」と何か居心地が悪そうに言う。
「な、なに?」
瑛太を見上げる。とたん、その顔の距離の近さから、薫は未だ瑛太にしがみついていたことを思い出す。
(へ、あ、あれ――っていうかこれ!)
腕ではなく胸にしがみついていたものだから、端から見たら抱きついているように見えるかもしれない。
「わぁ! ごめん!」
大慌てて離れると、瑛太がホッとしたようにため息を吐いた。
どうしてか顔が急激に熱くなってきて、薫は戸惑う。瑛太に顔を見られたくなくて、彼に背を向けて頬を押さえた。
(な、なんだろこれ。瑛太相手に、なんで――)
泡を食った薫は、動揺しているのを知られたくなくて話題を探した。
「さ、さっきまで、居心地いいって言ってたのに……カミサマすっごい怯えてた。……なんでだろね」
思い切って振り返ると、瑛太は薫を食い入るように見つめていた。
「……瑛太?」
声をかけると、瑛太ははっとしたように口元を覆ってそっぽを向く。
「う……ん、たしかに調子良かったのに、神門を通ろうとしたとたんあれだもんな」
まだ心臓が変な動きをしている気がする。薫は密かに深呼吸をして、息を整えようと務める。
「ど、どうする? もう一回行く?」
瑛太は少し考えたあと、空を見上げる。まだ頭上の雲は厚かった。
「さすがにもう少し待つか。駐車場の近く、休憩所があったと思うから、ひとまず雨宿りしよう」




