二十話 麗奈救出編(結末三)
その日、その時刻、麗奈は現実世界へと帰還した。
薄ぼんやりとした視界、覚醒し切れない意識。しかし、麗奈の想いだけははっきりとしていた。
それは、運命のことに他ならない。まただ、また運命を。そんな想いが覚醒し切れない麗奈の中を駆け巡る。
そして、それは麗奈の覚醒をも促した。
麗奈のぼんやりとしていた視界が焦点を合わせていく。それとともに麗奈へと呼び掛ける声も届き始める。
「――麗奈、麗奈!」
麗奈が声に反応して緩慢な動きながら視線を向ければ、そこに映るのは涙ぐんだ母の姿が。それに合わせて、麗奈の瞳も潤む。
帰ってきた。母の姿にそれを実感するとともに、麗奈は言い様のない喪失感を覚えてしまう。喜びと悲しみが複雑に絡み合い、麗奈の瞳の潤みはやがて涙へと化していった。
「……お母さんっ。ごめん、ごめんなさいっ」
麗奈は顔を両手で覆い、泣いた。あちらでは、何も出来なかった。ただ、流されるままに帰ってきてしまった。こちらでは、母の目が腫れるほどに心配を掛けた。もちろん、他の人にもだ。
決して、麗奈が全般的に悪いわけではない。根本的な原因はセカンドであり、その要因を作ったのはあの男だ。
だが、麗奈は悔やむ。麗奈は、運命が一緒にログアウトしたとは楽観的にでも考えられなかった。何よりも、最後に見た運命の、いや、運命とセカンドの姿が脳裏から離れないのだ。
「麗奈。麗奈は悪くないわ。麗奈は巻き込まれただけ。謝る必要なんか」
「違うっ! 私のせいなの! あの時も、今も全部私は運命に全部押し付けてっ、私だけ助かって。今度は私が運命を支えようって、守ろうって思ったのに。結局、私が助けられてるじゃない!」
麗子が慰めようと言葉を投げ掛けるが、それは麗奈の叫びに掻き消された。だが、それと同時に麗奈は麗子に縋りつく。そして、顔が見えないように俯き、嗚咽を漏らす。
麗子はそんな我が子をただただ、抱き締めるだけだった。目覚めたばかりで情緒不安定なのだろう、と麗子は思った。いや、そう思いたかった。麗奈の台詞は、運命の身に何かあったと思わせるには十分なものだったからだ。今はまだ、知りたくはなかった。麗奈の無事を喜んでいたかったのだ。
ゆっくりと、落ち着かせるように麗子は麗奈の背中をさする。静かに麗奈の無事を、麗子は噛み締めるのだった。
麗奈が泣き止んだのは、それから暫く経った頃だった。
麗奈は麗子から離れてベッドに座り直すと、そこでようやく一つ息を吐く。そして、麗子へと再び向き直った。
「ごめんなさい、お母さん。心配掛けて、それに八つ当たりしちゃった」
「いいのよ。麗奈は酷い体験をしたんだから。取り乱して当然。平然としてる方が、お母さんは心配よ。それに、久々に麗奈が泣きじゃくるの見れて、実は嬉しかったの。ふふ、酷いでしょう?」
「うん、酷いね。でも、ありがと。私も、泣いて溜め込んでたの全部出したらスッキリしちゃった」
麗子の冗談に麗奈は軽く笑った。そこにはもう先程までの陰りはない。
だからこそ、改めて麗奈は真剣な眼差しとともに語る。
「……あのね、お母さん。私、行かなきゃいけないの。もう一度、S&Gに。行って、今度こそ私が助けなきゃいけないの。あの馬鹿、いっつも自分で背負い込んじゃうんだもん。誰かが支えなきゃ。ううん、私が支えるの。支えたいし、一緒に背負う。だから」
「駄目よ」
麗奈は独白に近い胸の内を語るが、麗子は最後の台詞を遮ってそれを切り捨てる。頑ななその態度は、表情にも出ていた。ジッと麗奈を見つめ、口をキュッと一文字に結んでいる。
麗奈は一言で切り捨てられたことに言葉を失う。しかし、それでもなお、麗奈は自分の気持ちを伝える。
「……やっぱり、反対するよね。分かってる、私がどれだけ自分勝手なこと言ってるか。でも、私はどうしても……」
「そりゃ反対よ。運命君と麗奈だけで何もかも背負うなんて、私は絶対許さないわ」
麗奈が堪えきれずに俯く。だが、麗子の次に発した言葉は、それを吹き飛ばすものだった。
「だから、お母さんにも一枚噛ませなさい。ううん、周りの人全員巻き込みなさい。自分達だけで背負い込む覚悟を持つくらいなら、周りの人を巻き込む覚悟を持ちなさい。いえ、違うわね。覚悟じゃなく、傲慢を持つのよ。私のために巻き込まれなさい、ってね」
茶目っ気たっぷりにウインクをする麗子に、麗奈は驚きのあまり呆然としてしまう。
「運命君もあなたも、親を頼ることを知りなさい。何でも自分達だけで抱え込まないで。そっちの方が私達は心配なのよ」
麗子は優しげな微笑みを浮かべ、麗奈の手を握る。温かい、と麗奈は無意識に麗子の手を握り返していた。
「ごめん、ありがとう。お母さん」
「そんなに泣かないの。まだやることが残ってるんでしょ?」
「うん。行かなきゃ」
「なら、行きましょう。S&G社に。雫さんや美羽ちゃんも先に向かってるはずだから」
涙を拭った麗奈はその意志を持ってして、ベッドから足を下ろす。次いで、ベッドの横に置かれていたスリッパを履くと、そのまま大きく伸びをする。そして、勢い良く立ち上がった。
それに併せて麗子もまた立ち上がり、病室を出ようとする麗奈の跡を追う。
その後。霧島親子のタクシーでの会話だ。
「そう言えば、お母さん。今更だけど、勝手に病院って抜け出してもいいの?」
「本当に今更ね。良いのよ、人命第一でしょ?」
「なるほど、そう言う理由があるもんね」
「そうよ、大事なことだから覚えておきなさいね」
良くはないし、そう言う理由でも病院は抜け出してはいけない。だが、麗奈は何の疑いもなく信じてしまう。
麗奈の間違った知識は、こうしてまた蓄積されていくのだった。
◇
一方、その頃。S&G内部。
「……抵抗はしないんじゃなかったのか」
「俺じゃねぇよ。残念ながら、抵抗するだけの能力はもう消えてんだ。辛うじて、意識データは残っちゃいるんだがな」
放たれた死への誘い。だが、それは運命の身体に届くことなく、不可視の何かに弾かれていた。
苛立ちを隠す気も無い男に、運命は身動きも取れず怠そうに答える。お前の方がそれはよく知ってるだろ、と。
男は訝しげに運命を見据えるものの、その言葉に偽りがないと判断し、視線をショタセカンドに移す。
「なら、あっちのセカンドがやったと?」
「そうなんじゃねぇか」
男の問い掛けに、運命は面倒なのか投げやりな態度だ。
「なら、先にあっちを消せばいいことだ。良かったな、少しだけ生き長らえたぞ」
男はそんな運命の態度を蔑み、鼻で笑う。
だが、運命はそれさえ気にも留めず、逆に男へと忠告する。
「どうでもいい。さっさと終わらせとけ。どうせ、お前も現実世界に帰れば無事じゃ済まないだろうしな。逃げる準備でもしとけよ」
「そんなことは知っている。だが、関係ない。こんな仕事をしていれば、いつか自分も同じ目に遭うのは分かっていた。だが、俺の興味はどれだけセカンドを消し去ったかだけだ。それ以外は道端の石ころ同然。興味なんぞ有りはしない」
男は不気味な笑みを浮かべていた。本当にセカンドを消し去る事だけに執心しているのだ。守るものもなく、自分を省みていない。
死を恐れぬなど、死神ではなくただの死兵だ。だが、それ故に危険であり恐ろしい。
運命は溜め息混じりに頭を動かして、ショタセカンドを見やる。そこにあった姿は、怯えきった子供にしか見えなかった。
だからだろうか、運命は無意識の内に男に向かって告げていた。
「……手、出すな」
「あん?」
運命は疲れた様子で男に言い放つ。
「やるなら、先に俺をやれ。お前も、これ以上助けようとするな。邪魔だ」
そして、ショタセカンドにもこれ以上の助けを拒絶した。それは運命の本心であるとともに、ショタセカンドへの配慮でもあった。
ショタセカンドは運命の言葉にビクッと怯えを示し、顔を俯かせる。
そこまでを確認した運命は、視線を男に戻す。
「これで邪魔は無くなった。さっさと、やれ。待ってるのも案外しんどいもんだ」
「……ふん、良いだろう」
男も異論は無いとばかりに、ショタセカンドから再び運命に標的を移す。
今度こそ、運命は助からないだろう。自ら助けを拒絶したのだから、当然ではあるが。
だが、男は一応の警戒はする事にした。邪魔の入りようがないが、出来るだけ一撃で仕留める気のようだ。標準を運命の頭に合わせる。
そして。
「じゃあな、化け物」
運命の額にそれは放たれた。今度は、ショタセカンドの妨害も無く、それは運命を貫いていくのだった。
その時だ。運命が不意に笑ったのは。それは、死ぬ時に浮かべるには不適切な、心底不敵な笑みだった。
運命の口がゆっくりと動く。微かにしか聞こえずとも、確かに言っていた。ざまあみろ、と。
瞬間、それが合図となってデータの流出が加速度的に始まった。最早、止めようもない程に情報は全世界に垂れ流されていた。
ここで起こった事態は、余すことなく全て。いや、それだけではない。男の情報から芋づる式に、ハッキングした場所やそれに関与した人間の情報、そこからまた同様に繰り返し芋づる式は続く。そうして、情報の流出は留まることを知らずに、暗部の部分までもが世界中に明かされていくのだ。
男だけの問題では無くなった。男の所属する組織すらも、運命によって危機的状況に瀕することになったのだ。
だが、男はまだそれを知らない。何が起きているのか、この場では知る由も無いのだから。
ただ、それでも男は運命の最期の言葉に悟った。運命が何をやったのかまでは分かっていない。だが、何か重大なことをやらかしたのは理解したらしい。
「全て、計算ずくだったということかっ」
男は八つ当たり気味に運命へともう何発か撃ち込む。いや、撃ち込もうとした。
だが、それは寸前で止められる。いつの間に居たのか、一人の女性と一体のセカンドによって。
「はい、そこまで。それ以上は無理矢理にでも止めますからね。このコスプレ君が」
「誰がコスプレ君だ。これは歴とした正装だ。まぁ、センスの無い人間にはこれの素晴らしさが分からないだろうがな」
一人はおっとりとした様子の栗毛の女性。その傍らに、デフォルメされた厨二全開な衣装の人型のセカンドが宙に浮いていた。
「えーと、厨二病君はさておき、大人しく拘束されてください。過激派所属の狩谷 京介さん」
女性の方はそんなセカンドを横目に、改めて男――京介に勧告する。
しかし、それに京介が素直に頷くわけもなく、返答は拒否しかなかった。
「お断りだ。何より、どこで知ったのかは知らないが、その言い方は侮辱以外の何物でもないんだが? それとも、俺達をテロリストと同列だとでも言いたいのか、日和見集団のナンバーツーさんよ」
「これは失礼しました。事実だとは言え、遠回しに言うべきでした。すみません。では、改めて言い直しましょう。強硬派トップ前島氏の右腕である狩谷さん、大人しく拘束されてはもらえませんか。もちろん、現実の方でですよ?」
この女性の言葉に、表面上は隠しているが京介は内心舌打ちをする。この女、どこまで情報を掴んでやがるんだ、と。
決して表には出ないはずの、強硬派トップの名前まで知られている。その上、日和見集団などと比喩されるセカンド共存派のナンバーツーが出張ってきたのだ。自ずと京介は危機感を強めてしまう。
そして、それと同時に一つの可能性にも至った。運命の最期の台詞。あれはこれを示唆していたのか、と。何か、致命的なミスを自分はしてしまったのか、と。
そこから、京介の頭は急速に回転していく。
「っ! ……そう言うことか。やってくれんじゃねぇかっ」
どうやったのかまでは知らない。だが、確実に運命が情報を流したことだけは理解したようだった。
京介は倒れ伏す運命を蹴り飛ばす。
「こいつから、情報を手に入れたのか。どんな手を使ったんだ」
「まぁ、間違いではないですね。ただ、二点ほど訂正もあります。情報は私達にだけ送られたのではなく、無作為に世界中に発信されていること。もう一つは、この場所に私が居るのは偶然に過ぎないということです」
京介の行為に女性は眉を顰めるものの、そこには触れなかった。飛び出そうとする傍らのセカンドを片手で押さえ込み、敢えて質問に答える。それは、京介にも強硬派にも逃げ場は無いと知らしめるためだった。
「そこの少年から情報を得たから来たのではなく、元々セカンドを保護するためにログインするつもりだったと言うことです。いくら何でも、そこの少年が情報を流してから数秒で来られるわけもないですから。先ほどの極秘情報も、あなたと話しながら現実世界の部下から通信で得た情報です」
そのうちに大人しくなったセカンドに、ショタセカンドの方へ向かうよう無言で促す。
京介もそれに気付いて動きを見せるが、女性の情報に阻止される。
「また新しい情報が届きましたね。数日前、とある研究施設の爆破に関与。その中に居た方々を虐殺ですか。酷いことをしますね。私からしたら、セカンドよりもあなた方の方が余程化け物ですよ」
最後に、女性は蔑むような眼差しとともに締めくくる。
京介は全てが知られていると十二分に理解する事となった。だが、まだ拘束されようとはしない。京介の本願はセカンドを殺すこと。拘束はされるだろう。現実世界に逃亡したところで、それは同じこと。いや、情報が無作為に流されているのなら、残された機会は今回だけだ。拘束されるまでには時間もある。ならば、京介のやることは決まっている。
「なら、せめてもの土産だ。最後の仕事は終わらせるっ」
京介は二体のセカンドが居る場所へと、自分の持ちうる限りの攻撃を繰り出す。運命に撃ち込んだ弾やリモート式の爆弾、何か幾何学的な模様の入ったナイフやカード。ありとあらゆる抹殺用の道具をセカンドへと解き放ったのだ。
「無駄ですよ。そのデータは厨二君が解析済みです」
京介の背後で、女性は微笑んでいた。
そして、その言葉通り、京介のそれは全て意味を為すことはなかった。その全てが、セカンドに行き着く前に忽然と消滅していったのだ。
「馬鹿な……」
「馬鹿とは失礼な。お前たち人間とは作りが違うんだ。解析出来てしまえば、これくらい造作もない」
京介が愕然とした様子を見せると、デフォルメ形態のセカンドは至極当然の結果だとばかりに告げてきた。人とセカンドの残酷なまでの差だった。
「くそがっ!」
京介はセカンドに向かって駆け出す。飛び道具のような間接的なもので駄目なら、直接手を下すまでだ、と。
自棄になった。そうとしか思えない行動だった。事実、自棄になっていたのだから当たり前なのだが。
京介はまだ手元に残っていたナイフを、セカンドに向けて放つ。当然ながら、セカンドはその瞬間にはナイフを消滅させていた。だが、京介にとってはそれでよかった。
ナイフはただの囮。目くらましに過ぎないのだから。
京介はそこからまた数本のナイフを立て続けに解き放つ。一体どこから出しているのか不思議なほどだ。
それもセカンドに迫るだけのものなのだから、どれだけ本気かは容易に伺い知れる。ただ、それが必ずしも成功するとは限らない。
セカンドは溜め息混じりにナイフを消し去り、その背後にいる京介すらも床に押し潰した。いや、押し潰したと言うよりは動きを封じて倒れ込ませたと言った方が正確か。どちらにしろ、京介はセカンドに辿り着くことなく拘束されたのだった。
女性はそれを眺めながら、蹴り飛ばされた運命の傍らに向かう。
「生きてますか、お馬鹿さん」
そして、言い放ったのがこの言葉だ。挙げ句の果てに、仰向けに倒れている運命の頬をしゃがみ込んで指でグリグリと突く始末。それでも反応の無い運命に、今度は両頬を摘んで遊び始めたりと、マイペースな女性。運命が死んでいるとは微塵も思っていない扱いようだ。いや、事実そうなのだが。
「……死んでます。て言うか、あと少しで死にます。冗談抜きで」
運命は閉じていた目蓋をうっすらと開け、女性に嫌々返答する。
あの凶弾を受けながら、運命は辛うじてまだ生きていたのだ。現実とは違い、額を撃ち抜かれても即死と言うわけではないらしい。運命を見る限りでは、だが。
「そうですか。なら、さっさと生き返って下さいね。あなたのセカンドがせっかくバックアップを残していたんですから」
「誰かがバックアップ起動してくれないと生き返れないんですけど……」
「それは、そうですね。忘れてました。何なら、私がしてあげましょうか」
「断固拒否させて頂きます。あんたに許可出したら、何されるか分かったもんじゃないんで」
運命はげんなりとした様子で答える。その様は、女性との親しさを感じさせた。初対面、と言うわけではないようだった。
また、存外こんな減らず口を叩ける程度には運命は元気なようにも見える。だが、やはり死の淵にいることには変わりないらしい。徐々に生気は失われ、体の方も所々消失していっているのだから。
「失礼ですね。神野さんの息子さんに何かするわけないじゃないですか」
「いや、あんたはやる。俺に直接やらなくても、俺とリンクしてるこいつから間接的に何かやるに決まってる」
親しき仲にも礼儀あり、とは言うが、運命は女性への不信感満載な眼差しを余すことなく向ける。例え上司の息子でも、この女はやる、と。
そして、それは実に正しかった。女性の視線がほんの一瞬、運命から外れた。
「あら、バレました?」
「冗談じゃねぇぞ。ここまでお膳立てしてやったってのに、んな仕打ちがあってたまるかっ」
「あらあら、今度はセカンドさんかしら。一体化されてると、どっちが喋ってるのか分からないんですよね」
「一体化したくてしてるわけじゃねぇよ。仕方なくだ、仕方なくっ」
困ったように笑う女性に、表層に上がってきたセカンドがぶつくさと文句を垂れる。
しかし、それも一時のこと。すぐに運命へと主導権を明け渡していた。と言うか、運命より先に限界が来たのが正直なところだった。と言うのも、運命への負担を減らすために、ダメージの大半を受け持ってしまっていたため、消耗もまた激しかったのだ。
そうして表層に再び出て来た運命は、しかし、自分もまた限界が来たことを悟る。無駄話は終わらせて、早々に必要な情報を女性に伝える。
「そんな事はどうでもいいです。それより麗奈呼んでください。唯一認証してるのがあいつなんで。バックアップ場所は、分かりますよね」
「ふふ、本当に愛してますね。任せてください。あとのことは私が責任持って預かりますから。ゆっくり休んでください」
「んじゃ、任せましたよ。さすがにもう……」
「はい、お休みなさい」
女性が頷くと同時に、運命は静かに目蓋を閉じる。そして、今後こそ運命は消失する。跡形もなく、何の名残も残さずに。女性の前からその姿を消した。
残った女性の顔には、怒りと悲しみの入り混じったものが浮かんでいた。バックアップがあるなどと言ったところで、結局のところ、今この時、運命が死んだことには変わりない。
そして、それをやった男は今もなお生きている。親しいと言えるほど、運命とはもう何年もの付き合いになる女性にとって、そんな事許せるわけがなかった。
だが、だからと言って、京介に何かをする権利は女性にはない。あるのは、裁きの場に京介を連行することだけ。
女性はその現実に憤りを覚えるものの、一つ嘆息を漏らして気持ちを心の奥底に押し込む。
それから、京介の下へと向かうのだった。




