十九話 麗奈救出編(結末二)
麗奈は迫り来る死に、歯を食いしばって目を強く閉じる。
だが、いつまで経ってもそれが麗奈を襲うことはなかった。なかなか来ない死の痛みに、麗奈は恐る恐る薄く目を開けた。次いで、驚きに目を見開く。
「な、何で……!?」
撃ち出された何か、いや、デリートの文字が刻まれた透明な銃弾は、銃口のすぐ近くで止まっていた。それだけではない。麗奈以外のほぼ全てが動きを止めていたのだ。
一体何が起きたのか。麗奈は驚きとともに戸惑う。
と、その時だ。麗奈はいきなり引き倒された。殺されたと思っていた運命の手によって。
「さ、運命……? っ、生きてた。よかった、運命……」
最初は何が起きたのか理解出来ずにいた麗奈だったが、引き倒してきたのが運命だと分かるや、そのまま運命を抱き締めた。
だが、当の本人はそれを無理矢理引き剥がし、床に投げ捨てる。戸惑う麗奈。そんな麗奈に運命は言った。
「邪魔だ、どけ」
ただ一言だった。それだけを告げて運命は、いや、運命の中に眠っていたセカンドは、麗奈から男に視線を移した。次いで、自身の失った部位を気にしながら立ち上がる。
「ちっ、ロジックボムの類いか。厄介なもん撃ち込んでくれやがって。ここじゃ修復は面倒だってのに」
「あんたは……運命はどうしたのよっ!」
セカンドが身体のあちらこちらを触っていると、麗奈が上半身だけを起こして怒鳴る。セカンドが意識の表層に出てきた。それは、運命の意識が弱まったからに他ならない。なら、運命の意識はどうなったのか。麗奈の脳裏に一抹の不安が過ぎる。
「あ゛? ああ、こいつか。問題ねぇよ。こんな状況だからな。ちょいと俺と入れ替わってもらっただけだ。今は意識の深層で眠ってんじゃねぇか」
セカンドは最初鬱陶しいとばかりに麗奈に凄んでみせたが、その後は面倒臭そうに運命の無事を告げた。
「んなことより、このラグ状態も長くは持たねぇんだ。さっさと伏せてろ」
そして、麗奈の追及がこれ以上続かないよう、話を打ち切る。次いで、それを待っていたかのように、銃弾が再び動き出した。銃弾だけではない。固まっていた者達も動き出す。
そうして、一様に驚きを示した。中でも、銃弾を放った男は目を見開いていた。
「……お前、一体何を。いや、そもそも何故そこのお前が立ってんだ。あれだけのウイルスを撃ち込まれて、何故平然としていられるっ」
「ちっ、どいつもこいつもピーチクパーチクうるせぇな。これだから人間ってのは嫌なんだ。たくっ、てめぇの撃ち込んだウイルスなら現在進行形でこの身体を蝕もうとしてるから安心しろ。今は俺が押さえ込んでっけどな」
セカンドはあからさまに不機嫌だった。何をするにも苛立ちを募らせ、終いには男をこれでもかと言うほど睨み付ける。
「額にも撃ち込んだんだぞっ。無事でいられるわけが……」
「んなもん防いだに決まってんだろ。おかげで、こいつの眼鏡が消し飛ばされたけどな。まぁ、俺には関係ねぇから良いんだけどよ」
「お前は一体何なんだ」
「答える義務はねぇ。こっちは七面倒な状況に苛立ってんだよっ」
セカンドは左腕を振り抜く。それだけで男の銃がその手から弾かれる。
「なっ、今のは……まさか!?」
「おい、そこの幼女。そこのショタセカンドと爆乳もどきを離れた所に連れて行け」
セカンドは男の驚きなど無視し、視線を移して冬花に告げる。
しかし、冬花は突然のことに頭が回らず、呆然としたまま。これにセカンドは呆れたとばかりに右手で首元を揉み、再度言い放った。
「まだ死にたい訳じゃねぇだろ。さっさとしろっ」
「えっ……あっ、はい」
今度は冬花も反応する事が出来たようだ。オドオドとした様子ではあるが、ショタセカンドと麗奈を引っ張ってその場から離れていく。ただ、麗奈だけは頻りに対峙する二人へと振り返っていたが。
「さてと、あとはお前だ。どうする? 今なら今後二度と手出ししないって誓えば、見逃してやっても構わないが」
セカンドは麗奈の視線に気付いていながらも、それを敢えて無視し続ける。面倒事は目の前の男だけで十分だとばかりに。
「セカンドでも冗談は言えんだな。初めて知ったよ。いつもは知る前に消しちまうからな」
「ほう、そりゃ凄い。よくできましたを進呈してやろう。所で、今回はどうやって消してくれるんだ? 仕込みは終わってるようだが」
「ちっ、気付いててその態度か。舐められたもんだな」
嫌みの応酬はセカンドに軍配が上がったようだ。男は舌打ちを鳴らし、セカンドに怒気の籠もった眼差しを向ける。
しかし、セカンドは気にも留めない様子で促す。その仕込みの成果と言うものを。
「ほら、さっさと起動したらどうだ」
「言われなくてもっ」
男はいきり立ったまま、いつの間にか手に持っていたスイッチを力強く押す。
次の瞬間、セカンドの周辺には数字や記号などが規則的な動きで羅列されていく。次いで、それは高速でセカンドの周辺を回転し始めた。徐々に狭まりながら。
瞬く間にセカンドを包囲した羅列は、そのまま点滅を繰り返す。その点滅もまた、動きと同様に間隔が短くなり始めた。
そして、その時が来た。高速で点滅を繰り返していた羅列は周辺のデータ諸共、セカンドを飲み込む。
次に羅列が消えた時には、その場を構築していたはずのデータは消滅していた。ただし、セカンドの立っている場所以外は、だが。
セカンドは欠伸でもしているような仕草を交え、男に尋ねる。「これで終わりか?」と。期待外れだとでも言いたいような態度だった。
「……化け物がっ」
男は歯軋りするほどに悔しさを表す。
「つまんねぇ。こんだけのために俺を待たしたのかよ」
セカンドは呆れたとばかりに首を振る。
そんなセカンドに、男は俯いてしまう。それは悔しさから、ではない。何か、カウントダウンをしていた。
「……五、四、三」
「あ゛? てめぇ、何数えてやがる」
セカンドもその事に気付き、男を訝しげに見つめる。まさか、それが悪手とは思わずに。
そして、遂に男のカウントダウンはゼロを迎える。
その時だ。男が俯いていた顔を上げ、口角を釣り上げたのは。それと同時に、セカンドにも異変が起きていた。
「がっ! ぐっ……な、何しやがったっ」
セカンドは突然の身体を蝕まれるような痛みに、動揺を隠せないようだ。あまりの痛みに、床に片膝をついてしまう。
「形勢逆転だな、化け物。セカンドっつっても、この程度。二重トラップにも気付けねぇなんてな」
「二重トラップ……っ! そう言うことかっ。トロイの木馬型のっ」
「気付いたか。だが、もう遅い。お前は終わりだ」
男は愉快で仕方ないと言った様子だ。セカンドをせせら笑っている。
その間にもセカンドは身体が悲鳴を上げ、再び活発化し始めたウイルスに蝕まれていく。苦しさは増していくばかりだった。
「くそがっ……なんて言うと思ったのか?」
そのはずだと言うのに、セカンドは笑みを作る。勝ち誇った顔で、男を馬鹿にするように。
「どういう意味だ」
男は眉をピクリと動かす。警戒感は見せるものの、その一方ではどこかセカンドを侮っているようにも見えた。それは幾多ものセカンドを葬ってきた男の経験から来る自信だった。
しかし、それこそが慢心だったと言える。セカンドの全てを同一視してしまったがための驕りであり、過信だったのだ。
セカンドは笑う。声も高らかに。
「くっくっく、俺は別にてめぇをどうこうする気なんざ最初から無かったんだよ。ただ、時間さえ稼げればな」
「……っ! 何をする気だ!」
ここにきて、ようやく男は自らの過ちに気づいた。
だが、それを叫んだところで時すでに遅く、男はセカンドの術中にいた。
「だーかーらー、言ってんだろ。俺は何もしねぇって。やるのは、ここを運営してる人間どもだ。分からないか? てめぇらの二流ハッカーがハッキング出来たんだ。ここの運営がシステムコントロールを奪い返せないとでも? サーバーにアクセス出来ないとでも?」
「ちっ、そう言うことか!」
男は気付く。いや、気付かされた。セカンドはただの囮でしかなかったのだ、と。本体は別のところ。つまりは、強制ログアウトにあったのだ、と。
セカンドは更に語る。男を挑発するように。必要以上に情報を垂れ流す。
「残念、手遅れだ。俺はセカンドだからな。このサーバー内の状況なんざ簡単に把握出来る。プレイヤーの強制ログアウトまで、一分は切ってるぞ? さて、どうする?」
「なら、その一分以内にあいつらを消すまで!」
セカンドを無視して男が視線を向けた先に在ったものは、すでに強制ログアウトの段階に入っている麗奈と冬花の姿だった。
そして、それもほんの僅かな時とともに終わり、二人の姿は消えていた。
「そう。てめぇはそう来る。んで、自分の過ちに気付く。俺は一分切ってるとは言ったが、正確には十秒前だったわけだ。馬鹿だ、馬鹿過ぎる。敵に正確な情報流すわけねぇだろ」
「くそがっ!」
男は顔を憎々しげに歪め、セカンドは不敵にそれを見据える。
その場には、もう正規プレイヤーは残っていなかった。居るのはセカンド(運命)とショタセカンド、そして男の三人のみ。最早、男の負けは変えようの無い事実と化していたのだった。
だが、男は完全に負けたわけでもなかった。それは男の本来の目的故に。
男の目的はセカンドの抹殺であり、目撃者の排除は目的の過程かつ後始末の一つに過ぎない。ならば、男の次に取る行動は決まっていた。
本来の目的を遂行するだけだ。一体でも多くのセカンドを抹殺する。それだけのことだった。
「覚悟はいいか、化け物」
「好きにすりゃあいい。こいつとの約束は果たしたし、やることも終えた。消したきゃ消せ」
男の手に再び握られていた銃を突き付けられたセカンドは、床に身体を投げ出したまま答える。
しかし、このセカンドの行動に男は勘ぐる。また罠なのでは、と。
男の躊躇はセカンドにも分かった。だからこそ、セカンドは正直に告げる。
「勘ぐるな。裏なんかねぇよ。俺はどの道助からん。さすがにこのウイルスを排除するには手遅れだ。やることはやった。俺は消える。今更、抵抗する気は微塵もねぇよ」
「……そうか。なら、心置きなく消えろ。最後の手向けだ。俺の手で消してやろう」
「けっ、何が手向けだよ。てめぇの手で葬りたいだけだろ」
セカンドの言葉を熟考し、真実であると判断した男は銃の引き金に指を掛けた。セカンドの悪態など、最早気にすることもない。あとは引き金を引くだけ。それだけでセカンドは消滅する。残ったもう一体のセカンドもすぐに消滅させられるだろう。
男は口角を微かに釣り上げ、そして、引き金は引かれる。撃ち出されるは、死そのもの。
抗いようのない終わりだった。




