十八話 麗奈救出編(結末一)
あれから、運命は麗奈によって強制的に鎮静化させられていた。具体的な手法は省くとして、鎮静化させられた運命は毎度の事ながら、正座にてお説教中だった。
「――運命、私の言いたい事は理解したわね?」
「さっきから分かったって言ってんだろ。たく、一々うるせぇなぁ」
だが、運命は反省する事もなく、あまつさえ悪態を吐く始末。運命の様子がおかしいとは分かっていた。しかし、麗奈は怒りを抑えられずに再加熱させ、怒鳴りつける。
「っ、何なのその態度は!」
「ちっ、こっちは助けに来てやったってのに、そっちが何様だよ」
「それは……」
「はいはい、すみませんでしたね。麗奈に助けはいらなかったみたいだし? ホント、ただのお節介ですみません」
運命の台詞に、最初は言い返せず言葉に詰まった麗奈。しかし、そのあとに言われた台詞についカッとなって、麗奈は運命の頬を叩いていた。気付いたのは叩き終わった直後。
「っ! あ……、ごめん。そんなつもりじゃ」
麗奈は自分の仕出かしてしまったことに驚き、思わず後退る。それと同時に、胸の辺りで振るってしまった手をもう一方の手で覆い隠す。
だが、そんな麗奈とは裏腹に、運命は頬をさするものの怒りは見せない。それどころか、先ほどまでの態度から豹変したように、いつもの運命に戻っていた。
「痛〜、効いたぁ。悪いな、麗奈。マジで助かった」
「えっ? あ、いや、どう致しまして?」
「俺、危うくコレに塗り潰されるところだったんだよ。何とか今ので奥に押し込めたから。だから、サンキュ」
何故お礼を言われるのか分からない様子の麗奈に、運命は頭を叩く仕草でもって答えた。そして、麗奈はそれだけで運命の言いたいことが理解出来たようだ。
それは運命と麗奈の出会いのきっかけ。病院での事件が始まりだった。
リラクゼーションやリハビリテーションの一環として取り入られていたVR。そこで事件は起きた。リラクゼーションとしてVRにログインしていた運命と麗奈の二人。そこに、ヒューマンタイプのセカンドが突如として侵入してきたのだ。病院側は侵入されたことにさえ気付けず、二人は無防備にもセカンドの脅威に晒された。
だが、二人がセカンドに襲われることはなかった。それはひとえにセカンドが深手を追っていたのと、その事が原因で逃亡していたからだ。そして、何よりセカンドが運命達に強制してきたからだろう。自分を匿え、と。
運命達に断る選択肢はなかった。幼く判断力の無い二人では、それしか考えられなかったのだ。
そうして、二人のうちどちらかが犠牲を払わなくてはならなくなった。セカンドの「匿え」とは、つまり二人のどちらか一方の意識データ深層に潜り込ませろと言うことだからだ。それはその人物の人格を最悪乗っ取られることも有り得る、危険なものだった。
そして、犠牲を払ったのは運命だった。別段、麗奈が嫌がったからではない。いや、確かに怯えてはいたが。ただ、麗奈が何か言う前に運命が名乗り出たのだ。「俺が匿ってやる」と言って。
その時、麗奈は怯えの中に安堵と縋るような思いで運命を見やった。それと同時に、酷い罪悪感と自身の醜さを麗奈は幼いながらに知ってしまった。助かった、そう思ってしまったのだ。麗奈は幼い子供だ。そんな事、気にするべきではないと言うのに。だが、この事が今の麗奈を作り上げた。強くあろうとする女性に変えさせたのだ。
また何より、麗奈は運命の事を支えてやれるような人間になることを目指した。そのうちに、恋愛感情まで芽生えてきてしまったが。それは不可抗力、仕方のないことだろう。
さて、話が逸れてしまったが、麗奈が理解したのは運命の中の存在についてだ。運命の中のセカンドが浸食を始めている。それも急激に。それが麗奈の理解したことだった。
前兆はあったのだ。ここ何年かは特に。VRを用いたS&Gでは気の高ぶりによって言動が豹変する。これは明らかな兆候と言える。それでも、運命は現実に戻れば元に戻る上、VR内でもある程度落ち着けば元に戻っていた。
運命もだが、麗奈は油断していたのだ。早々、セカンドに浸食はされないものだとばかり。だが、現実は甘くはない。少なくとも今回に限っては。
「多分、次は保たないかもしれないな。けどその前に、お前だけは助け出すからさ」
麗奈にそれを告げた運命は、どこか諦めを含んだ弱音を吐く。
運命のその言葉に麗奈の表情は曇り、悲痛なものとなった。麗奈は俯きながら手を握り締め、首を横に振る。
「そんな……。駄目、そんなの絶対駄目っ」
「駄目って言われてもな」
「……だったら、その時は私が運命を助ける。あの時、運命が助けてくれたように、今度は私が助けるっ」
麗奈は運命に近寄ってその手を掴む。
「……ありがとう、期待してる」
運命もまた、その手をもう一方の手で覆ってそれに応えた。だが、そこにあったのは偽りのみ。運命の言葉には、真実は含まれていなかった。
と、そこに置いてけぼりにされていた冬花の姿が。
「話は終わったか、二人とも」
運命が説教を受けている間に冷静さを取り戻していた冬花は、普通の幼女に戻っていた。
「スノー、いつの間に」
「私とてTPOは弁えているつもりなんだがな」
どこがだ。それが運命の返答だった。もちろん声には出さず、心の内でのものだが。
運命は麗奈の手を離す。次いで、未だ黙したままの少年へと視線を移した。それに伴って、麗奈と冬花の視線も自然と少年へと向けられる。
「それじゃ、そろそろ本題にいこうか。大体の察しはついてる。この子が、今回の事件を引き起こした張本人。セカンドなんだよな?」
運命は視線をそのままに、麗奈に問い掛ける。その眼差しと口調は真剣そのものだ。
だが、それに対して麗奈の返答は曖昧だった。
「そうらしいんだけど……」
「けど、何だ。霧島」
「何か、この子はどこかの研究施設から逃げ出しただけみたいで。その逃げ出した状況も可哀想なくらいって言うか」
「歯切れが悪いな。どうしたんだよ、麗奈」
その歯切れの悪さに冬花、次いで運命と言葉を投げ掛けた。しかし、麗奈の表情は曇るばかり。それでも続きを話し出す。
「その、この子。その研究施設で実験台だったみたいなの……」
「実験台? セカンドを捕まえて何かやってたのか」
「違う。現実の子供を攫って来て、実験台にしてたの。人工的にセカンドを造り出す研究だったみたいで、この子もその一人だったみたい……」
麗奈は唇を噛み締めて俯く。自分の事ではないとは言え、麗奈は辛そうだ。
「冗談だろ……」
「そんな事が……。なら、この少年は元は人間なのか。その研究施設とやらに肉体があると?」
そして、それを聞いた二人もまた、愕然とした様子だった。ただ、冬花の方は大人としてすぐにそれは脱したようだが。
「いえ、それは」
「っ! 危ないっ!」
麗奈が重々しく口を開こうとした時だった。迫り来る何かを感じ取った運命が麗奈を強引に引き倒し、代わりにそれを受けたのだ。運命はその何かによる衝撃で仰向けに倒れ込む。
「えっ!? 嘘、運命!?」
「なっ、どこから!?」
「ここだ。そこの倒れている奴は気付いていたようだがな」
運命を抱き寄せる麗奈にそこは任せ、冬花は辺りを見渡した。すると、頂上の入り口から一人の男が姿を現した。その男は、研究施設で命令を下していたあの男だった。
だが、当然ながら運命達はそれを知らない。唯一知っているセカンドも、今は麗奈にしがみついて怯えてしまい、それを伝えることが出来なかった。いや、そもそも運命達が来た当初から全く口を開かないのだ。そう考えると、どちらにしろ伝えることは出来なかったかもしれない。
だからこそ運命は痛みを押して立ち上がり、警戒感を露わにしてその男を睨む。
「ぐっ、あんた誰だよ。いつの間に」
「つい先ほどだ。そこのセカンドがシステムコントロールとセキュリティーを緩めてくれたおかげで、ハッキングは容易かった。お前たちが活躍してくれたおかげだ。礼を言おう」
男は嘲笑を浮かべ、運命に視線を合わせる。この返答からして、名乗る気は無さそうだ。
運命はそれをさして問題にはしなかった。それよりも先に聞かなければならない事があるからだ。運命は名前を伏せて麗奈を指差し、男に問い掛ける。
「なら、次だ。何でいきなり襲撃してきた。何か銃弾みたいのをこいつに向けて放ったのは何でだ」
「何故? お前たちは知らなくていいことを知ろうとした。そこの女を標的にしたのは、既にそれを知ってしまった者だからだ。知られたからには消す。知ろうとしたからには消す。知らなくともその場に居たなら、やはり消す。それが何か問題か?」
愕然とした。運命だけではない。その場で男の話を聞いていた者全てが。
問題だらけだ。ふざけている。そう告げようにも、その言葉は喉元で支えてしまい、口から出てこない。それはひとえに、男の異常さを全員が感じ取ってしまったから。
運命は歯軋りする。運命の後ろには、麗奈も冬花もセカンドもいるのだ。下手なまねは出来ない。それは発言も同じこと。
「質問は終わったな。それじゃあ、消えてもらおうか」
男は笑っていた。声には出さず、口元だけで。それもすぐに無表情へと変わったが。そして、男はオートマチックの銃のような形をした何かを運命達に向けた。
「っ、みんな伏せろ!」
運命が叫んだのはそれと同時だった。あれが先ほどの何かだと容易に想像がついたからだ。だが、運命は叫んだが故に間に合わなかった。一瞬、動きが痛みによって止まってしまったのだ。
男の放った何かは、運命の脇腹を抉る。銃弾で身体を貫くと言うよりは、その部位のデータを消し飛ばすような光景だった。だが、それで終わりではなかった。男は立て続けに運命へとそれを放った。右腕、両脚、そして、額。避ける間もなかった。
運命は倒れ伏し、そのまま身体の至る所が消え去っていった。そして、残された部分もまた。
「うそっ……運命。嘘でしょ……ねぇ、起きてよ! 運命! 嫌、嫌、嫌ぁああ!!」
運命の叫び声に反応の遅れた麗奈は、その一部始終を間近で見てしまった。運命へと伸ばされた手は、冬花によって阻まれる。
「駄目だっ、霧島。今は堪えろ。頼むからっ」
冬花は小さな身体で必死に麗奈を抱き締め、押さえつける。次いで、麗奈だけに聞こえるよう耳打ちをした。そうしている本人もまた、憤怒と悔しさ、悲痛の入り混じった表情を浮かべていた。冬花とて、麗奈と同じ気持ちなのだ。
だが、麗奈はなおも冬花を振り解こうと暴れる。麗奈の想いは冬花の比ではない。長年積み重ねてきた。長年募らせてきた。それほどの想いだ。割り切れるわけもなかった。
「っ、駄目だ! 行っては駄目だっ!」
そして、遂に冬花を振り解き、麗奈は運命の所へ。
「運命、運命っ! しっかりして! お願い、起きて!」
麗奈は懸命に運命を揺さぶり、声を掛け続ける。しかし、無情にも運命には反応なく、代わりに身体の崩壊ばかりが進む。
と、そこにいつの間に近寄って来たのだろうか。男が二人を見下ろしていた。
「ふん、手間を掛けさせる。安心しろ、お前らもそいつと同じ場所に送ってやる」
男は馬鹿にしたように鼻を鳴らす。まるで下らない茶番劇でも見ているような眼差しだ。
「っ、この人でなし! こんな事して、ただで済むと思ってるの!?」
これに麗奈は食ってかかる。先ほど抱いた恐怖など微塵も感じさせない。
だが、男はまた鼻を鳴らす。今度ははっきりとした嘲笑も交えて。
「当たり前だろ。ただで済む。何故? そりゃ当然だ。ここにいる奴は全員、セカンドに殺されたんだからな。そこにいる、セカンドにな」
「貴様、何を言っている……。あの子に全てなすり付けるのか。貴様の罪も何もかも」
男が二人に近寄って来たのと同時に、麗奈に振り解かれてしまった冬花もまた二人の傍に来ていた。そして、男のその言葉に再び愕然とする。
「違うな。なすり付けるわけじゃない。それが事実なんだから、なすり付けようがないだろ?」
「そんな事」
「認められるし、有り得る。それが世の常、簡単に出来るさ。このS&Gだっけか。その全データを消去しちまうからな。俺の痕跡は一切残らない。そうすりゃ、証拠は無い。全てはセカンドが仕出かしたこと。それで事件は片付く。一件落着だ」
冬花の言葉を遮った男は口元を緩め、冥土のみやげとばかりに語る。
「そうやって、今までも同じことしてきたの? そうやって、セカンドに全部なすり付けて終わらせてきたの? 人でなしなんてもんじゃない。人間じゃない、化け物だよ」
二人の会話を黙って聞いていた麗奈が男を蔑む。男に向けた麗奈の憎悪は計り知れないものがあった。
だが、男はそれを怠そうな様子で受け止めるだけ。麗奈に化け物と言われ、男が視線を向けた先には、怯えきったセカンドの姿が。男は視線を戻し、麗奈に答える。
「化け物ね。そこにいるセカンドの方がよっぽど化け物なんだがな。まぁいい、話は終わりだ。時間を掛け過ぎた。一思いに消し去ってやるよ」
次いで、麗奈に銃を向けた。まずい、とこれに冬花が麗奈を庇おうと反応する。麗奈の前に立ちふさがろうとしたのだ。
しかし、それはあと一歩の所で間に合わなかった。
「じゃあな」
冬花のそれよりも先に、男が引き金を引く。それは何の障害もなく撃ち出される。
全てがスローモーションのようだった。少なくとも、麗奈にはそう見えていた。




