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二十一話 エピローグ(完結)

 国枝病院の一室。一人部屋の病室だ。


 半分ほど開けられた窓からは暖かな日差しとともに、涼やかな風がカーテンを揺らす。窓際の棚、花瓶に入れられた見舞いの花が微かに揺れる。


 清潔感のある室内は、ベッドが一つにソファーやクローゼット、華美になり過ぎない程度の調度品などが置かれている。病室と言うよりは、ホテルのような印象だ。ベッドに横たわる人物の傍らに、点滴や機械類が置かれていなければ、だが。


 そのベッドの傍らに、椅子に座った一人の少女が居た。その少女は、ベッドに横たわる人物の手を両手で握り、頻りに話しかけていた。


「ねぇ、運命。あれから色々あったんだよ? 名花とか蒼太とか神楽は夏休みまで停学で、反省文も一杯書かされたんだ。それで、課題も一杯出されたんだって。夏休み中は毎日登校だし、あっ、でも半日授業なんだけどね? 運命も起きたら、覚悟しなきゃ駄目だからね」


 少女――麗奈はそこまで言って、不意に言葉に詰まる。


「……って、あはは。こんな事言ったら起きたくなくなるよね。ごめん。早く起きてほしいのに、私何言っちゃってるんだろ。ホント、馬鹿だなぁ。運命のこと、言えないや。本当に、運命のこと、言えない……」


 握った手に力が入るのが分かる。しかし、麗奈は力を緩められなかった。涙を堪えるには、そうしているほかなかったのだ。


 悲しみ、後悔。それだけでは言い表せない想いが渦巻く。だが、その中で麗奈が望むことは一つ。運命が再び、その眼差しを自分に向けてくれること。ただ、それだけだった。


「……大好きだよ、運命。ミューに聞いたの。私が眠ってる間のこと。だから、私も、曖昧な関係のままなんて嫌だからっ。そんな関係、終わらせるっ」


 目元を拭い、麗奈は誓う。口に出して、自分に告げる。その想いを、その気持ちを。


「大好きだよ、運命――」


 麗奈は運命の頬に手を当てもう一度、その想いを告げる。そして、自分の唇を運命のそれに合わせた。触れる程度に、だが、何時までも。


 ◇


 零と一の世界。そして、区切られた世界。バックアップデータ保存領域。


 そこには宙を漂う存在と、その存在の周りを飛ぶセカンドが。運命達だ。


「あぁ、たくっ。目覚めねぇな、こいつ。いい加減起きても良いってのに」


 データの復旧が行われ、意識を取り戻したセカンドとは異なり、未だ運命の意識は戻らない。復旧自体は既に終わっている。だが、運命が目覚めることはない。この事態には、セカンドも悪態を吐いてしまう。


 だがその一方では、この事態の原因を察してもいた。


「やっぱ、意識データだけ復旧しても駄目だったか。あっちの脳にも刺激与えれば繋がるかもしれねぇけど。どうすっかなぁ、こいつ起きねぇとここから出れねぇしなぁ。あっちに伝えようにも、伝えようがねぇし」


 解明出来ていたとして、問題の解決が成されるかは別問題のようだ。


「はぁ、気付いてくれんの待つしかねぇか」


 セカンドは溜め息混じりに動くことをやめた。動いたところで意味をなさないのだから、合理的だ。


 セカンドはデータの世界を漂う。区切られてなお広い、データの世界を。流されるがままに。


 そんな時がどれほど流れたのだろうか。不意にセカンドが何かに反応し、次いで運命を見やる。そして、気付いた。運命が覚醒しかかっているのだ、と。


「っ! 来たかっ!」


 そう、あちらの世界で運命の脳に刺激が与えられたのだ。セカンドのその様はまさに喜色満面。思わず叫んでしまうほどのものだった。


「だが、まだ足りねぇ。まだ、繋がらねぇ! もっとだ、もっとっ!」


 セカンドの言葉に呼応するかのように、運命は覚醒に近付いていく。時折、ピクリと反応を示すようになっていき、それは目蓋においても同様だ。


 そして、遂にその時は来た。運命の目蓋がうっすらと開き、その瞳には光が宿る。静かに、だが、着実に運命の意識は戻り始めていた。また、それに合わせるかのように、運命の姿が薄れていく。セカンドも同様だ。これは、現実世界と意識が繋がり始めた証でもあった。


 ◇


 時を同じくして、現実世界。病室。


 唇を離した麗奈の吐息が運命を撫でる。そんな状況で未だ目を覚まさない運命を、麗奈は潤んだ瞳で見つめ続けた。


 そして、麗奈は顔に掛かった髪を耳の後ろに掛け、もう一度唇を落とす。無意識に、目蓋は閉じていた。


 故に気付かなかった。運命が覚醒しかかっていることに。目蓋がうっすらと開き始めていたことに。


 直後、運命の意識はぼんやりとだが戻り、薄ぼけた視界には麗奈の顔が。ぼんやりとした意識の中、運命は声を出そうと口を開く。だが、唇は思うように動かない。それはそうだ。麗奈によって塞がれているのだから。それでも、ほんの少し開いた口からは吐息が漏れる。

 そこでようやく麗奈は気付いた。ハッと目蓋を開け、唇を離して運命の顔を凝視する。


「麗……奈」


 かすれた声だった。だが、麗奈にとってそんな事はどうでもよかった。運命が目を覚まし、声を掛けてくれる。この奇跡に比べれば、そんな事は些細なことなのだから。


「っ! 運命!」


 麗奈の眦からは涙が幾粒も流れ、一筋の跡を残す。麗奈は無我夢中で運命に覆い被さり、抱き締めた。そして、もう離さないとばかりに運命の温もりを腕の中に閉じ込める。


 そんな麗奈に運命は困ったように微笑む。心配を掛けた、と。だからだろう。運命はされるがまま、動きの悪い手でぎこちなく麗奈の頭を撫で続けた。少しでも麗奈の心が安らぐように。


 そんな良い雰囲気の中、運命は思う。うん、これどうしよう、と。


 今はいい。まだ麗奈も弱っていて優しい。だが、その後は運命にも予想出来ない。そもそも、運命には麗奈が泣く理由に心当たりがない上に、何故自分はベッドに寝かされているのかも分かっていなかった。


 意識データのバックアップ。それは確かに成功していた。しかし、それはあくまで元々用意していたバックアップデータの復元に限られる。つまり、最終更新データまでの記憶しか、今の運命にはなかったのだ。


 更に言うのならバックアップの存在自体、運命は知らない。あのS&G内での出来事の際に、ぎりぎりでセカンドから告げられて初めて知った裏技だからだ。故に、運命にはS&G内での記憶は一切存在しない。在るのは、麗奈救出のためにS&G社に侵入したところまで。その後の記憶は抜け落ちていた。


 そこで不意に運命は思い至る。うん、諦めよう、と。分からないのだから仕方ない。そんな諦観からだった。


 そうして、ゆったりとした時間は流れっていく。いつもと変わらない日常が戻ってきた瞬間だった。



 ここまで読んで頂き、ありがとうございました。

 最後はもう強引に纏めたような仕上がりになりましたが、取り敢えずはこれでこの話は終わりになります。

 最新作は早ければ四月辺りから投稿していきたいと思っています。次の作品もまたよろしくお願いします。

 最後にもう一度、ありがとうございました。



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