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十六話 麗奈救出編(S&G二)

 都から少し離れた位置にある森林。そこは木漏れ日の差す、清らかな空間だった。その中心部。ぽっかりと開いた空間に、百戦錬磨の塔は存在していた。その様は正式名称の通り、まさに神々の造りし塔を彷彿とさせる幻想的なイメージだ。何の穢れもない白さ、辺りに漂う光の粒子。ある種の神々しさが、そこにはあった。


 そんな場所に足を踏み入れる人物達が居た。


「あの、如月先生? ここまで来て何ですけど、別について来なくてもいいですよ?」


「うるさい。ついて行くと決めたんだ。神野は黙って扉を開けろっ」


 運命と冬花の二人だ。喫茶店で揉めていたが、ここでもそれは同じらしい。


 運命は冬花の指示に渋々頷いたものの、その冬花の居る位置に苦言を呈する。


「ならせめて、自分の足で歩いてもらえません?」


 冬花は今、運命に背負ってもらっているのだ。所謂、おんぶである。幼女故に、歩幅の差は大きかったと言うことだ。


「……置いていかれそうだから断る」


「同じグループに入ったんだから置いていけませんって……」


 運命は口には出さないが、内心溜め息の連発だった。


 グループ、それはS&Gの親しいフレンド同士で結成するチームのことだ。分かり易く言うなら、RPGで言うところのパーティーだろうか。他にもコミュニティーと言う何個かのグループが集まったものもあるが、こちらは言うなれば一つの派閥だ。ハーレム好きの集まりや巨乳好きの集まり、幼女好きの集まり等々。グループもコミュニティーも所属は複数でも問題無く、好きな所に所属出来る。あまり多く所属してしまうと厄介なことにもなるため、そこはプレイヤー次第といったところか。


 と、話が逸れてしまった。冬花が運命を促しているようだ。どうやら降りる気はないらしい。


「ほら、さっさと中に入れ。長い道のりになるぞ」


「はぁ……、仕方ないか。それじゃあ行きます。『試練開始』!」


 運命も冬花を降ろすことはひとまず諦め、塔の入り口に手を伸ばした。そこは何も無いただの空間。されど、運命の言葉を合図にそこには美しい蔓と花の装飾が施された扉が現れる。そして、その扉は勢い良く開け放たれ、中からは光の粒子が。いや、すでにそれは光の放流と化している。運命は目を閉じ、そこに迷わず飛び込む。冬花もまた、同様だ。この扉こそが入り口そのものなのだから。


 次に運命と冬花が目を開け、視界に収めたもの。それは大理石調に纏められた広間。四方には轟々と燃える松明。窓などは無いその広間だが、高く作られた天井付近に漂う光の粒子によって、その光量は確かなものだった。広間には飾りなどは無いようだが、その代わりに広間の中心には筋肉隆々のオネェらしき形をした石像が一体。身に纏っているものは、ブーメラン一枚のみ。下半身に履いただけのほぼ裸体の身体をくねらせ、ウインクに投げキッスと言ったポーズまでしている始末だ。ちなみに、この他にも様々なバリエーションのポーズがあるのだが、無駄なので省く。


「……うーわ、最悪」


「……神野、あれは何の冗談だ」


 引いた。これにはとにかく引いた。それぞれに思うことは別ではあるが。


 冬花の場合は、ただ単にその異様さにと言うだけなのだ。しかし、運命の場合は。


「如月先生、知らないんですか。あれは冗談なんかじゃないです。ガチです。ガチムチです。何より最悪なのは、あれが百戦錬磨の塔最高レベルの番人だって事です」


「あれが……か?」


 冬花は我が目を疑う。あれが、あんなのが、と。


「はい。百戦錬磨の塔はステージ毎にランダムに番人のレベルが設定されるんですが、あれはその中でも最高レベル。良くあるでしょう? オカマが実はもの凄く強い小説とか。モチーフはあれらしいです。一説には現実に存在する人をモデルにしたなんてのもありますけどね」


「なぁ、神野。私のプレイヤー名はな、スノーフェアリーと言うんだ。これからはスノーかフェアリーと呼んでくれ」


 冬花はいそいそと運命の背中から降りて、明後日の方向を虚ろな瞳で見つめる。何なら、掠れるような笑い声も付け足しそうな様子だ。


「いや、いきなり現実逃避しないで下さいよっ。なんで今更プレイヤー名!? 一緒のグループなんだからそんなこと知ってますよ!」


 ギョッとしたのは運命。まさか、冬花がここまで拒絶反応を示すとは露ほども考えていなかった。


「いや、何。先ほどから神野がリアル名を言うから気になっていてな。お前はそのままの姿だから構わないが、私は困るんだ。ほら、私って教師だろ? だから、な?」


「だから何ですか! 何でそんな視線逸らしてるんですか!? 何でそんな遠ざかるんですか!?」


 最早、何を言いたいのかも分からない。だが、運命にも分かることが一つ。明らかに冬花は、運命と石像から遠ざかっていると言うことだ。


「大丈夫だ、神野。お前が仮に掘られても、私は心の中に閉まっておこう」


「掘られませんよ!? 何勝手に掘られる前提で話進めてるんですか!」


「いや、だが、やるんだろう?」


「S&Gで戦うだけですよ! ヤるわけじゃないですからね!?」


 そう言う運命も無意識にだろうが、石像に背を向ける際に尻を両手で押さえていた。それはつまり、無意識にだとしてもそのイメージを思い浮かべてしまったと言うこと。冬花は小さい歩幅でもって運命から距離を置くのだった。


 これには運命も冬花のことは諦めるほかなく、改めて石像と向き合う。


「あー、調子狂う……。こういうのは蒼太の役割だろ、まったく。……さっさと始めよ。『試練開始』……、あれ? 『試練開始』! ん? 何で起動しないんだ」


 だが、対戦を始めるためのキーワードを口にしても、石像に動きがない。運命は小首を傾げ、冬花に視線を送ってみる。


 行け、行くんだ神野。冬花の視線がそう言ってくる。嫌ですよっ、絶対何かあるに決まってるっ。運命の視線がそう訴える。二人はアイコンタクトを繰り返し、そしてとうとう。


「分かりましたよっ! 行きます、行けばいいんですよね!!」


 運命が折れることになるのだった。


 そうして石像に向き直った運命は、ゴクリと唾を飲み込む。次いで、一歩また一歩と慎重に、だが確実に石像へと歩み寄っていった。そして、ぼどなく運命は辿り着く。石像の真っ正面に。


「……何も仕掛けは無いみたいなんだけどなぁ」


 近寄っても変化がないことに悩む運命は、石像の周りを一周して不自然な物が無いか探る。しかし、やはりそれらしき物は無い。そもそも、キーワードだけで起動する仕組みなのだ。そんな物が有っても困る。そんなこんなで困り果てた運命は、また正面から石像を見据える。


「おかしいな。まさかセカンドの影響とか? いや、なら麗奈だってここで立ち往生か、引き返してくるはずか。てか、そもそもセカンドがここに居るって根拠が……」


「それなら一応の根拠はある」


「うわっ。キサじゃなくてスノー、いつの間に」


「いや、まったく変化が無いみたいだからな。私も調べに来た」


 本当にいつの間にか近寄ってきた冬花。しかし、運命はそれに非難の籠もった眼差しを送る。先ほど遠くに逃げたからではない。


「の、わりに……。今もまぁまぁ遠くないですか」


 今もなお、その距離は健在だったからだ。


「これが私の精一杯だ。それより、今は根拠だろう?」


 だが、冬花は開き直ったように端的な一言でそれを切り捨てた。そして、運命が何か反論してくる前にさっさと話を進めるのだった。


「一応の根拠として、頂上に詰めていたGMが塔から叩き出されたからだ。そのGMの話を聞くと、人型の何かが頂上にいきなり現れ、GMを塔の入り口に強制的に飛ばされたらしい。まぁ、伝え聞いた内容だから確かな事は言えんが、霧島も乗り込んだんだ。セカンドの可能性は高いだろう?」


「……そうですね」


 運命はもう何も言わないことにしたらしい。棒読みな物言いで頷いていた。


「それで? 今はこっちだろう? どうする気だ。ピクリとも動かないが」


 だが、肯定は肯定だ。口には出さないが、この距離を運命も認めたのだ。ならば、と冬花は本題である運命の後ろに存在する石像を指差す。


「そうなんですよ。もしかしたらバグったのかも。キーワード言っても反応示さないし、どうしたらいいのか。はぁ……『試練開始』で起動するはずなんですけどねぇ」


 運命も黙認した自覚はある。故に、そのまま何も言わずに冬花の問い掛けに答えた。それが何を呼び起こすのかも知らずに。


 そんな中だった。突如として、冬花が震えた指先で指し示したのは。


「……っ、か、神野」


「どうしました?」


 小首を傾げる運命。訝しげに冬花を見つめた。


「う、後ろ。後ろっ!」


 だが、冬花はそれどころではない様子で、頻りに運命の後ろを指差す。運命の後ろで動かない石像を。いや、動かなかったと言うべきか。


「えっ? どわっ、あぶ、危なっ! いきなりか!?」


「避ケチャ、イヤン」


 間一髪、運命は気が付いた。その悪寒の走るような嫌な気配に。前方に飛び込むようにして回避した運命は、しかし、背後から聞こえてきた不気味な台詞に、全身に鳥肌が浮かび上がる。


 それでも、出来るだけそこから離れながら吐き捨てる。石像の正体が掴めたようだ。


「くそっ、そう言うことかっ」


「何がそう言うことなんだっ、神野!」


「このオカマ石像には何種類かポーズのバリエーションがあるんですが、それ以外にもシークレットモードって言うのがあるらしいんです」


 運命が襲われるとともに逃げ出していた冬花の隣まで、彼は来ていた。次いで、何故か追い掛けて来ずその場に留まる石像を見据えながら伝える。


「これがそうだと?」


「多分。生憎、情報元が都市伝説レベルの噂なんで、確かなことは言えないんですけど。このモードを引き当てる確率って、宝くじの一等当てるのと同じくらいみたいですよ」


「神野、お前……」


「ある意味、強運ですよね」


「いや、だが」


「ポジティブに考えれば、最高の引き運なんです。ポジティブに、何事もポジティブに」


 冬花が何か言ってしまう前に、運命は何度もそれを強調した。その姿は、どこか自分に暗示を掛けているようだった。


 これには流石に冬花も押し黙る。その哀れな強運、不憫な引き運に。それが、冬花の慈悲だった。


 ◇


「…………で、何度も同じ質問をするが、どうする気だ」


「この噂に詳細な情報はありません。が、全く情報が無いわけでもないんです。攻略情報として、S&G掲示板に一人の書き込みがあったんです。曰く、絶対に抱き付かれるな。それさえ守れば、あとは普通にS&Gで対戦するだけ。ただし、負けると強制的に熱烈なハグと情熱的なキスが待っている。要約すると、こんな感じですね」


「神野、それは……」


「その考えは多分合ってます」


 運命と冬花の脳裏を過ぎった実体験と言う言葉。しかし、二人はそれを口に出すことはなかった。踏み入れてはいけない領域も存在するとして。


 それからしばらく、二人は身体をくねらせ続けている石像を、死んだ魚ような目でもって見つめていた。だが、一向に動こうとしない運命に、冬花は視線を送る。


「……行かないのか」


「……行きますよ」


 運命は現実を受け入れた。もう一度、石像に近寄る。


「来タワネン。サァ、始メマショ? アア、後モウ少シ。快楽ハ直グソコヨ? ウフン」


「っ、逃げるな。逃げるな、俺! 勝てばいい、勝つことだけを考えろ!」


 そこで待っていたのは、抗いようのない恐怖。迫り来る喪失。運命は自身を叱咤し、鼓舞をして奮い立たせる。


 ゲームスタート。


 ジャンル――ファンタジー。


 縛り制限――無し。


 番人――オネェな番人シークレットモード


 先攻――挑戦者。


 後攻――番人。


 コスト値――百。



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