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十五話 麗奈救出編(S&G一)

「メニューオープン。なるほど、一応メニューは開くのか。まぁ、不正アクセスって言っても過程をすっ飛ばしただけで、スマートビジョンの正規アプリからログインしたわけだし。出来ても可笑しくはない……か?」


 運命は大通りの端でショップの壁に寄りかかりながら、空中に浮かんだメニューを弄っていた。他人からは見えないよう、不可視化も忘れずに。と、そこで不意に気付く。


「あ、やっぱりプレイヤーデータとログアウトは無いか。他は……、フレンドリストもか。チャットもコールも駄目ってのは痛いな。麗奈……じゃなくて、レーナに連絡も取れないか」


 メニューを確認していた運命だったが、こうもメニュー操作が限定されるのは困りもののようだ。


「まぁ、使えるだけマシか。にしても……」


 運命はメニューについては無理矢理納得し、今度は大通りに目を向けた。そこにはNPCの活気溢れる姿。一見して賑やかな光景だ。しかし、それだけでもあった。


 居ないのだ。プレイヤーが一人も。普段ならば、それこそ大型イベントの際にはそこら中に居るプレイヤーが、この時ばかりは一人も見当たらない。これは明らかにおかしかった。


 NPCには逆三角形の薄い黄色のマークが頭上に付いており、プレイヤーと見間違えることはない。しかし、その場にはマークの付いた人物しか見受けられないのも確かで。


 運命の頭には疑問符しか浮かばなかった。


「どうなってるんだ、一体。どっか、違う場所に集まった? それにしては規模が大き過ぎるだろ。なら、どうして……。っ、がっ」


 この状況にあれこれと思考を巡らせていた運命。しかし、突如として跳ね上がるような鼓動とともに、悲鳴も上げられないほどの頭痛が走る。あまりの激痛に、運命は頭を押さえながら膝を折った。崩れ落ちる運命だが、その痛みは増していくばかりで一向に治まる気配を見せない。


「いくら何でも、まだ早いだろうがっ。俺にもやることがあるんだよっ!!」


 意識を失いそうな痛み。だが、運命はそれを強引に抑え込むようにして叫ぶ。


「っ、はぁ、はぁ……」


 どうやら痛みは引いていったようだ。荒く息を吐き続ける運命は、壁を背に座り直した。


「予想以上に、キツい……」


 まだ序盤も序盤。手掛かりも何も手に入れていないこの状況で、この有り様だ。運命はしばらく動けそうになかった。


 と、そこに。うなだれる運命に近寄る人物が。


「君、大丈夫かっ。しっかり、えっ……」


 座り込む運命と同じくらいの身長。零れ落ちそうなほど大きな紅の瞳。小さな蕾のような可愛らしい唇。柔らかそうな真っ白い頬は朱に染まり、一つの動作で揺れ動く絹糸のような銀色の長髪。それはまさしく。


「……幼……女?」


 だった。


 その幼女だが、心配そうに声を掛けたと思いきや、何か驚いた様子で硬直してしまっていた。その小さな唇をこれでもかと言わんばかりに開け放ち、大きな瞳をこじ開けて。


「……っ、神野!?」


 だが、それもほんの僅かな時だけだった。次の瞬間には、運命の名字を叫んで掴み掛かってくる。


 これに驚いたのは運命だ。当然と言えば当然か。いきなり見知らぬ幼女に自身の名前を呼ばれ、肩を掴まれたのだから。今の運命は生身の、つまりは現実の姿をしている。それを考慮すれば自ずと現実での知り合いか何かだとは分かるが。


「な、何だ!? いきなり何なんだよ!?」


 この幼女に関しては、運命にも心当たりがまるで無かった。


「神野、お前神野だよな!?」


「そうだけど、だから何なんだよ!? てか、あんた誰なんだよぉ!?」


 それは、運命の心の叫びだった。


 幼女と運命、二人はそれぞれに混乱の絶頂に。いや、違った。運命は確かに混乱の絶頂だが、幼女は興奮の絶頂だった。幼女は興奮の絶頂。何だろうか、急に犯罪臭が。この話はここまでにしておいた方が良さそうだ。


 それはともかくとして。二人の会話が噛み合うまでは、まだもう少し時間が掛かりそうだった。


 数分後。


「はぁ、はぁ……」


「はぁ、はぁ……」


 二人は息を切らしながらも落ち着きは取り戻していた。幼女は運命から一歩下がり、運命もしっかりと幼女を見据える。


「で、結局君はどなた? 現実リアルの知り合いか何かなんだろうけど。俺、君みたいな子と知り合ったことあったっけ」


「週の大半は顔を合わせているんだがな」


 幼女は何やら難しそうな表情を浮かべ、ぼそりと零す。それを聞き取った運命は、心当たりを探し始めた。


「ん? 通学路か? もしかして、電車の中とかで? いや、でも」


「違う。聖グラドル学園でだ」


 だが、運命には心当たりなどなく、その様子は幼女も呆れるものだった。幼女は仕方なく更にヒントを与える。と言うか、呆れるならさっさと名乗れば良いだけだと思うのだが、そこは何となく当ててもらいたいのだろう。


「聖グラドル学園? えーと、教師の子ども。いや、学園に連れてくるわけないか。なら、理事長の孫……はあいつだしなぁ。まさかの隠し子なら……、ないか。うん、さすがに無いな」


「だから違うっ。何故お前はそんな発想しか出来ないんだ!」


「じゃあ誰なんだよ」


 さすがに運命も限界だった。皆目見当もつかない。もう直接聞いた方が早い、と幼女に聞き返してしまう。


 幼女は唇を尖らせ不満げだ。しかし、それでもふてくされた様子で告げる。


「……如月 冬花、お前の担任だ。……何だその残念なものを見るような目はっ。私がロリをやっていたらそんなに可笑しいのかっ」


「いや、ただ何て言うか。合法ロリ(ババア)だなぁ、と」


「あ゛?」


「いえ、何でもありません! 素晴らしいまでの美幼女です! 現実でも思わず惚れちゃいそうな美人ですが、VRでも完璧な美幼女であります!」


 幼女改め冬花を下から上まで眺めた運命の何の気なしな軽口だった。だが、冬花の幼女の姿にあるまじき形相に、運命は早々に撤回の言葉を口にする。口は災いの元だと言うが、言い得て妙だ。先人達の残した言葉とは、なるほど、素晴らしい格言である。


「それで? 神野、お前どうやってここに来た。外との回線が途絶え連絡も出来ず、ログアウトも不能。それはログインも同じこと。完全に閉ざされたこの世界に、どうやって入ってきた。答えろ、神野」


「セカンドにS&Gが乗っ取られる前。最初からログインしてた、じゃ駄目ですよね……」


 最初から居た、とは冬花は口にしなかった。冬花はそれが無い事を予め知っていたのだから。故に、運命のこの台詞は意味を為さない。それは運命もすぐに理解した。そして、それは言葉にも現れている。


「……分かりましたよ。答えます。答えますから、その幼女にあるまじき顔はやめて下さい。何か知らないけど、胸が痛いです」


 何より、運命が押し黙った瞬間に見た冬花の表情。運命は正直に白状するほかなかった。


「ここじゃ何なんで、このショップ通り過ぎた所にある喫茶店にでも入りません?」


 それでも、こんな場所で話すようなことではないのも確か。運命は溜め息を尽きながら立ち上がり、その言葉通り喫茶店へと歩み始めた。冬花もそれに従う。言質は取ったのだ。このくらいの移動ならば問題はなかった。


 ◇


「――――まったく、三人とも最近は大人しくなったと思ったんだがな。お前らはまた馬鹿を仕出かしたのか。今回は天宮まで巻き込んで」


 冬花は運命達の引き起こした事態に頭痛を覚えそうだった。溜め息でも吐きたい、そんな様子だ。


 二人は大通りの通称ショップ通りを少し行った先にあるモダンな喫茶店に居た。そこで四人用の席に座った二人。運命はコーヒーを、冬花は紅茶を注文してしばらく。現在は、冬花が運命から今に至るまでの経緯を洗いざらい吐かせたところだった。


「またって、そんな何回も問題起こしましたっけ」


 冬花のそんな様子に、運命は苦笑を浮かべる。


「ほう、私が尻拭いしてやったことも忘れたのか。いい度胸だな、神野」


「忘れてません! あの時は本当に助かりました! ありがとうございます!」


「……お前は本当に。まぁいい、どちらにしろVRここでは制裁も加えられんからな」


「はは、現実あっちでも勘弁して下さい。やるなら神楽か蒼太で頼みますよ」


 気分転換に、と気を利かせたつもりの運命が振った話題は、しかし、冬花の機嫌を損ねただけのようだ。運命も友人二人を売って、この話を打ち切る。


「で、だ。霧島を助けると言うが、どう助ける気だ? 結局のところ、お前も閉じ込められただけじゃないか」


 冬花も馬鹿らしくなったのか、本題へと話を戻した。運命もまたそれに合わせる。


「まぁ、今はそうですね。でも、考えがあるんです。その考えを話す前に何個か聞いても良いですか?」


「何だ、言ってみろ」


 冬花は温くなった紅茶を口に含み、運命に続きを促す。


「それじゃあ、プレイヤーはどこに消えたんですか。今日はゴールデンウイークの大型イベント初日。かなりの数のプレイヤーがログインしていたはずです。それが一人も見掛けない。これは一体何があったんですか」


「それか……。別にセカンドに消されたわけではないから安心しろ。今はほとんどのプレイヤーがシェルターに避難しているだけだ」


「シェルターですか?」


「そうだ。どうやら、万が一に備えて緊急用の物を用意していたらしい。安全のため非公式にだがな。ログインしていたGMゲームマスター達が先ほどまで誘導していたよ」


 場所は王城の一角だ、と冬花は付け足す。次いで、紅茶をNPCのウェイトレスに注文する。


「なるほど、なら麗奈もそこに居ると思いますか?」


「いや、霧島はそこには居ない」


「えっと、プレイヤー名ならレーナなんですけど。金髪の巻き髪で、これぞお嬢様って感じの」


「居ない。何度も言わせるな」


 冬花は何度も聞いてくる運命に、苦い表情とともに吐き捨てる。苛立ちを覚えているのか、テーブルを人差し指で叩いていた。


「なんで言い切れるんですか!?」


「閉じ込められた当初だ。プレイヤーをシェルターに誘導していたGMと、そこで揉めていた霧島に会っているからだ。事情を聞いて、レーナが霧島だとすぐに分かった」


「麗奈はどこに……」


「セカンドの居る百戦錬磨の塔に単身乗り込んでいった」


 運命の心の揺らぎとは裏腹に、冬花は淡々とその出来事を告げる。しかし、それは必死に感情を抑え込んだ結果のようにも見えた。


「なっ、なんで引き留めなか」


「引き留めようとしたさ! だが、私のこの容姿を見ろ! 簡単に振り切られてしまったんだよっ。何より、あそこは一度入ってしまうと同じグループでもない限り、他のプレイヤーは一切干渉出来ない仕組みになっているっ。頂上に辿り着けば話は別だが、私は観戦メインのプレイヤーだ。頂上には到底辿り着けないっ。そんな私にどうしろと言うんだっ、神野」


 運命の何気ない一言が引き金だった。冬花は思わずと言った様子で、苦しい胸の内を吐露してしまう。


 運命は何も答えられなかった。テーブルに乗り出していた身を戻す。二人の間には重い沈黙が流れる。


「ストレートティーになります。ご注文は以上でよろしいでしょうか」


「ありがとう」


 そこにウェイトレスが冬花の前に紅茶をそっと置いてきた。冬花が礼を言うと、ウェイトレスは一礼して居なくなる。


「ふぅ……、すまない。存外、私は短気なようだ。カッとなってしまった」


 温かい紅茶に心を静めた冬花がまず口を開いた。


「いえ、俺の方が余裕無くしてました。すみません」


 運命も冬花のそれをきっかけに、謝罪の言葉を伝える。


「それで、神野。先ほども聞いたが、お前はどうする気だ」


「麗奈を追います。百戦錬磨の塔ならここから近いですし」


 冬花の問い掛けに、運命は悩むそぶりすら見せずに告げる。それはすでに決めていたことであり、そのためにここに来たのだから。運命としては当然の結論だった。


「待て、行ってどうなる。相手は人じゃないんだ。セカンドだ。専門の機関でさえ四苦八苦している相手だぞ。お前が行ってどうこう出来る存在じゃない」


 しかし、冬花とて素直に頷いて行かせるわけにはいかない。仮にも運命は大事な生徒だ。引き留めはする。


「大丈夫です。セカンド用の切り札がありますから。それより今の問題は、百戦錬磨の塔の攻略ですよ。あれはかなり辛いですし」


 そうして、冬花が引き留めようとしているにも関わらず、運命の今の問題は百戦錬磨の塔の攻略だと言う。


 百戦錬磨の塔とは、S&Gのゴールデンウイーク限定特別イベントだ。正式名称――百戦錬磨〜神々の試練〜は、一ステージに一体の番人が存在し、それが百ステージある連戦イベントだ。一から十までの層が一つのジャンルで区切られ、全部で十ジャンルのバトルを強いられる。また、一度バトルで使ったデッキは百戦錬磨の塔をクリア、もしくは出ない限り使う事が出来ない。つまりは、一つのジャンルに付き最低十個のデッキが必要とされる上級者向け、いや、時間も相当掛かる事から廃人向けのイベントと言える。


 運命はそんなふざけたイベントの攻略に頭を悩ませていた。


「はぁ……。教師として止めても無駄か?」


 冬花は運命のその様子に、溜め息混じりに聞いた。


「ですね。ここに来るのも無茶したんです。今更もう一度無茶するくらい、何でもないですから」


 運命は苦笑を浮かべて答える。これに、冬花は急にしおらしくなる。教師としてが駄目なら、女としてなら、と。


「……なら、一人の女としての頼みなら、どうだ」


「……すみません。止められないです。て言うか、ちょっと本気にしちゃったんですけど。そもそも如月先生、恋人居るじゃないですか」


 迫真の演技だった。運命も冬花に恋人が居る事実を知っていなければ、危うく騙されるところだっただろう。汗はかいていないが、何となく額を拭う運命。


「ちっ、駄目か。この頑固者」


 騙されなかったと分かるや、冬花の態度は元に戻る。この様子に、まったくもって油断ならない、と運命は小さな溜め息を吐く。


「ただ単に一途なだけです」


「それを本人に言ってやれ。すぐにデレデレになるぞ」


「嫌ですよ。恥ずかしいし」


 運命のこの言葉に、冬花も何と言ってやればいいのか分からなかった。無作法にもテーブルに両肘を乗せ、頭を抱えてしまう。


「お前って奴は……。知っているか。クラスの奴らがお前らの焦れったい恋愛もどきに、苛立ちを通り越して殺意を覚え始めているのを」


「……テヘッ」


「あ゛?」


「すみません」


「まったくっ。私からの命令だ。霧島を助けたら、告れ」


「いつか必ず」


「助けたらすぐにだっ!」


 どうしようもないなこの馬鹿は、と冬花はテーブルにうなだれる。最早、本格的に頭痛でもしてきそうな冬花だった。


 だが、運命が更にそれを追い込む。何となく面白そうだから、と。


「……どうしても?」

「……どうしても」


「必ず?」


「必ず」


「絶対?」


「絶対っ」


「合法ロリ(ババア)」


「合法ロリ(ババア)……っ! 神野、貴様!」


 言って気付いた。冬花はダレ切った状態から強引に身体を起こし、怒気を撒き散らす。だが、運命は逆に大笑いだ。笑い過ぎて涙さえ浮かべている。まだしばらく収拾はつきそうになかった。



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