十四話 麗奈救出編(日常の終わる日四)
「――ざけんなっ! どんな性能してやがんだ!」
「あーと、神楽?」
「んだよっ! こっちは忙しいんだ、用件あんなら手短に言え!」
「まさかとは思うけど、ハッキング出来ない?」
「出来るわ! セカンドの野郎が締め出すまではなっ! ちくしょう、またかっ!」
蒼太は意を決して神楽に声を掛けるが、返ってくるのは鬼気迫る表情とそれに付随した言葉。どうやら、かなりの苦戦を強いられているらしい。今もまた締め出されたようだ。
髪をぐしゃぐしゃに掻き乱す神楽のストレスはかなりのものだろう。しかし、そこに運命は蒼太同様に声を掛けた。二人にはどんな状況なのか分からないからだ。
「どういうことか説明してくれないか」
「っ……構わねぇよ。ちょうど締め出されたばっかりだからな」
神楽は苛々を飲み込んで、二人へと振り返る。次いで、一つ息を吐いてから現状を告げ始めた。
「簡単に説明するとだ。S&Gサーバーのセキュリティー自体はどうにでもなる。難易度の高いセキュリティーつっても、仕組みが変わるわけじゃねぇからな。入んのは簡単だ。けどな、サーバーから締め出されんのがハンパなく早い。一分も入ってらんねぇ。良くて数十秒ってところか。全くふざけてやがる」
いっそのこと、データ消去型のウイルスでも仕込んでやろうか、とも考えた神楽だったが、それだけはどんなに感情的になっても出来ない。そんな事をすれば、自分自身が人殺しとなってしまうからだ。
VRにおいて、人は意識をデータに変換する事でVR内に存在する事が出来る。人の意識データを消すことは、それは即ち、現実でその人物を植物状態や脳死状態にする事と同義なのだ。ただ、意識データを消去されても目覚めるケースはある。が、それは本当に稀なケースだ。何より、そうして目覚めてもその人物の記憶、人格は失われている事が殆どだった。
それ故に、VRを扱う企業には最高峰のセキュリティーと最高質の管理が求められている。また、そもそもの前提として、ハッキングやクラッキングはされると言うのは安全管理の条項に含まれている。それを前提に仮にセキュリティーを突破されても、その前にプレイヤーを強制ログアウト出来るようにされているのだ。今回は、それすらさせてもらえなかったが。
と、話が脱線してしまった。神楽の話はまだ続く。
「んでもって、システムコントロールに必要な認証パスワードがまた馬鹿げてる。十桁の数字を打ち込まなきゃいけないわけだが。今までの感じだと数秒。いや、下手したら一、二秒でパスワードが変更されてるのかもな。正直予測するより当てずっぽうにやった方がまだマシなレベルだ」
神楽は己の不甲斐なさ、セカンドの能力の馬鹿さ加減にげんなりとしていた。作業を投げ出さないだけ、まだ何とか自分を律しられている。だが、それもいつまで保つか。
「何より、それをクリアしてシステムコントロールを奪い返したとしても、多分維持出来んのは持って数秒。最悪その瞬間ってことも有り得る。それを過ぎたらまた振り出しだ。ああ、ぶっちゃけてやるよ。正直お手上げだ。んな短い間にプレイヤー全員を強制ログアウトなんざ無理だ。数十秒でもありゃ、話は変わってくんだけどな」
ここで神楽の本音が零れた。苦々しい思いの籠もるそれは、言った本人である神楽に重くのし掛かった。
「神楽……」
蒼太も言葉に詰まる。
だが、運命だけは平然とした様子でもって告げた。問題ない、と。
「大丈夫だ、神楽。それで問題ない」
「は……?」
呆気に取られたのは神楽。何を根拠にそんな事が言えるのか、そもそも運命は何と言ったのか、理解することが出来なかった。
そんな神楽に、運命はもう一度告げる。
「だから問題ないって言ったんだよ。数秒あればだけど」
今度は神楽もしっかりと聞き取り、理解した。しかし、理解してなおのこと、その根拠と意味だけは分からなかった。故に聞き返す。
「ちょっと待て。話聞いてたか? 数秒じゃ全員のログアウトなんざ到底無理だっつったろ!?」
「でも、一人のログインなら十分間に合う。違うか?」
「運命、お前まさか……」
だが、運命のこの言葉に神楽は心臓を掴まれるような思いだった。運命が問題ないと言った意味、根拠を理解させられてしまったのだ。神楽の身体が戦慄く。
それを見ていてなお、運命はあっけらかんと伝える。今思い付いた考えではないのだ、として。
「元々、そうしようって考えてた。それが一番可能性の高い方法だって」
「ざけんなっ! んなこと認められるわけねぇだろうが! 閉じ込められる人間が一人増えるだけだぞ!?」
「運命、本気?」
怒鳴る神楽。不安げな蒼太。だが、運命の意志は変わらない。それはある一つの考えがあったからこそ。
「大丈夫、考えがあるんだ。セカンドをどうにかする方法の」
具体的にどうするかは口にしない。それでも信じてほしい。そんなエゴでしかない想いを、運命は神楽と蒼太の二人に押し付ける。
普通ならば到底受け入れられるわけがない。そんなエゴなど、早々に切り捨てるべきだ。しかし、二人はそれを受け入れた。そうせざるを得なかった。
今で一度も見たこともない運命の真剣な眼差しと、頑なな意志が表すその表情に。何より、そのあとの頭を下げる行為。今までも悪ふざけで頭を下げたり土下座したりとあったが、これはそんな生易しいものではなかった。運命は絶対に譲らない。二人が頷かない限り、それが終わることはないのだ。エゴならエゴで、それを貫き通す。頭を下げた運命から、そんな意志が伝わってくるようだった。
「……分かった、分かったっての! いつまでも頭下げてんじゃねぇよ! 鬱陶しい」
先に根負けしたのは神楽だった。神楽は髪をぐしゃぐしゃに掻き乱し、愛用のヘアターバンを毟り取る。
だが、運命は未だ頭を上げない。足りない。あと一人、まだ頷いていないのだ。それでは頭は上げられない。
「……はぁ、運命ってどうしようもない馬鹿だよね。やってらんないよ、まったく。いいよ、勝手に助け行ってきなよ。でも、僕は絶対責任取らないからね。自己責任だよ?」
そして、遂に蒼太も折れた。溜め息混じりの渋々と言った体を崩すことはなかったが、それでも認めたことには変わりない。
運命はようやく頭を上げた。そこにあったのは、微かに笑んだ柔らかな表情。
「たくっ。次に同じような真似しやがったら、そん時は縁切るからなっ」
「僕も、今回だけだからね。次は絶対許さないから」
運命のその表情に、二人の不満げな声が飛ぶ。どちらもやはり、ふてくされたような様子だった。
「分かってる。今回のこと全部ひっくるめて、二度とこんな馬鹿な真似はしないって誓うよ」
腰に手を当て、苦笑とともに運命は頷いた。
次いで、ぽつりと呟いた。
「多分、俺に次はないだろうしな…………」
それが神楽や蒼太の耳に届くことはなかった。この時これが聞こえていたなら、運命を引き留められたかもしれないと言うに。いや、今更仮の話をしても仕方がない。既に賽は投げられたのだから。
◇
「準備はいいか、運命。こっからはお前次第だ。ちゃんと俺の言ったことは覚えてるか?」
運命のスマートビジョンをノートパソコンに繋ぎ終え、神楽は隣の運命に確認を取る。
「分かってる。S&Gにログインして持っていけるデータは、スマートビジョン内に保存されてるデッキデータだけ。だったよな?」
運命はスマートビジョンを片手に頷く。
現在、二人は諸々の最終調整も終わり、最後の確認を行っている最中だった。
「そうだ。システムをコントロール出来ても、外部との回線を復帰させてる暇はないし、S&Gのシステムから運命のプレイヤーデータを引き出してる暇もない。だから、セカンドがいるはずの第五サーバーに直接不正アクセスする必要がある」
これにも運命は頷きを返す。そして、続きを促すように神楽を見やった。
神楽は促されずともと言った様子で続きを話し出す。
「するとだ、ログインは出来てもプレイヤーデータは引き出せない。そうなると、今の運命の姿がそのまま反映されちまう。何より、今回みたいな急拵えの不正アクセスって事になると、セーフティーも何もなしの裸同然の状態でのログインになる。正直、かなり危ない橋を渡ることになるはずだ」
通常なら、スマートビジョンからS&Gのシステムを経由し、プレイヤーデータを引き出した状態から、第一から第五までのサーバーのいずれかにログインと言った流れだ。それを無視すると言うことは即ち、ウイルスやバグが発生しても安全性がまるで確保出来ない。そんな状態になると言うことなのだ。ましてや、今回のような状況下でそれをやるなど普通ならば自殺行為でしかない。神楽も自分がやるわけではないが、正直躊躇から二の足を踏んでしまいそうだった。
そして、神楽は告げる。それでもやるのか、と。
「当たり前だろ。そんなもん百も承知で頼んだんだから。やるさ、やり遂げてやる」
躊躇など一切見受けられない。運命のそれは確かに意志の籠もった言葉だった。
神楽はここでも折れることになった。最後の、この引き留めに応じてくれない運命に。
後方では蒼太の溜め息が聞こえてくるようだった。
「なら、あとはパスワードだけだ。本当に任せていいんだな?」
「任せてくれ。俺の運の良さは付き合いの長いお前らが一番良く知ってるだろ?」
最後の最後、しつこいほどの神楽に、運命は無邪気な笑みを浮かべる。場違いだ。場違いだが、それがまた場を気楽な雰囲気にしてくれる。神楽と蒼太も釣られて笑みを作れる程度には、三人の間の緊張感は解れていた。
「まぁな。いいか、パスワードがクリアになったら、すぐにスマートビジョンのログインパネル押せよ。じゃないと弾かれる可能性もあんだから」
「了解、上手くやるよ」
運命のその言葉が合図だった。神楽の何度目かになるハッキングが始まった。
◇
「――今だ、運命!」
「任せろ! これでどうだ!」
パスワード画面まで持って行った神楽の合図とともに、運命は数字を打ち込む。そして、力強くエンターキーを押し込んだ。
果たして、運命のパスワードは何の障害もなく、何の躊躇もなく通ってしまった。
「マジかよ……。っ、じゃねぇ、すぐに……」
神楽は一瞬呆けたように画面を見つめる。だが、すぐさま運命の方へと振り向いた。
「……もうログインしちゃったみたい。成功?」
そこにあったもの。それは意識を失い地べたに倒れ込みそうな運命と、それを寝かせている蒼太の姿だった。
蒼太の問い掛けに神楽は口元を緩め、その直後には堪えきれない笑いが零れ落ちていた。
「蒼太。ああ、成功だ。くっくっ、にしても、まさか本当に。あいつの運って、もう運じゃねぇよ。さっきのパスワードも馬鹿げてやがるし。何だよ、零と一って。十桁じゃねぇしっ」
「あはは、確かにねぇ。どんだけって話っ」
運命が打ち込んだ数字。それは零と一、その二桁のみ。神楽と蒼太の二人は揃いも揃って、喉元から這い上がってくる笑い声を止めることが出来なかった。それとともに、何とも言い知れぬ胸の痛みを。笑い声とは別に這い上がってくる嗚咽を、二人は止められずにいた。
そんな折りだった。サーバー室の扉が再び開け放たれたのは。
開け放たれたそこには人影が。そして、そこから現れた人物とは。
短い黒髪に所々ある白髪、若干強面ではあるが暖かなものも併せ持ち、それでいて精悍な顔つき。また、筋肉隆々と言ったガッシリとしたものではないが、服の上からでも分かる均整の取れた体格。それはまるで、脱げばまだまだ若い者には負けないと言っているようだった。御年四十七歳、良い年の取り方をした人物。霧島 大二郎その人。S&G社社長であり、麗奈の父親でもある人物だった。
大二郎はサーバー室の中を見渡し、そして、運命の寝かされた場所。つまりは運命、神楽、蒼太の三人が集まる場所に視線を合わせ、言った。
「やはり、こうなったか……」
大二郎は苦い表情で、悔いるように歯軋りする。それと同時に神楽と蒼太の泣きっ面を見やり、踵を返す。その際、通路にいるのだろう警備員に告げる。
「寝かされている眼鏡を掛けた少年は医務室に。他の三人は私の所に連れてきてくれ。私は先に戻る」
それだけ言って、大二郎は去っていった。
代わりにサーバー室に入ってきたのは、警備員が数名。二手に別れた警備員は、一組が隅の方で大人しく座っていた社員五名に。もう一組が運命らの方へとやってきた。
神楽と蒼太の二人は警備員に促され、サーバー室から出される。運命もまた、二人とは別に運ばれていく。既にスマートビジョンとS&Gとの接続はセカンドによって切られているため、こうして運び出せると言うわけだ。
そうして二人が通路に出ると、気まずそうな名花の姿があった。その周囲には、警備員の死屍累々がそこかしこに。いや、死んではいないのだが。
「ごめん……、さすがに麗奈のお父さんは無理だった。あれだけ啖呵切っといて、情けないよね」
「いや、周り見て。頼むから」
「あはは……。警備員さん、本当にごめんなさい。多分、あの子はっちゃけただけなんです。悪気はなかったんです。ごめんなさい」
申し訳なさそうな名花の様子。しかし、神楽と蒼太はガクブル状態だった。蒼太に至っては、後ろにいる警備員に頭を下げる始末。
だが、驚きはまだ続く。
「さすがに麗奈のお父さんには勝てなかった」
「えっ、やり合ったの!?」
「麗奈の親だから殴れなかったとかじゃねぇのかよ!!」
運命がS&Gに単身潜り込んだ事など、二人からは吹き飛んでしまった。いや、そもそも先程の死屍累々を見た時には吹き飛んでいたか。何とも報われない話だ。
◇
「……ここは。ああ、そっか。ログイン出来たのか、俺」
手前には石垣で作られた重厚な検問所。奧には石畳の大通りに建ち並ぶショップに、NPCの活気溢れる屋台や路上売り。そのずっと先にはクリスタルの王城に、更に奥を見やれば世界樹とも呼ばれている大樹が見える。そこから天を見上げれば、爽快な青空にちらほらと白い雲。その先にある天空に浮かぶ島々と。S&G、第五サーバーの世界観がそこにあった。
ようやく確かな一歩を踏み出せた。運命はそれを噛みしめるように感じ取っていた。
うん、なんかすみません。麗奈救出編の序盤がこんなんで。名花のキャラ崩壊なんて予定には無かったはずなのに。
やはり、深夜二時以降の執筆は危ないですね。意味不明なテンションで書き上げてるっていう……。
次回は、S&G内部にログインした運命が活躍?します。多分、きっと。




