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十三話 麗奈救出編(日常の終わる日三)

「ホントに楽に入れちゃった」


 呆然とした様子で名花は現在、地下駐車場の最奥部に居た。その後ろには、お抱え運転手を除いた三人も居る。お抱え運転手はリムジンの中で待機中だ。当初から決めていた通り、ここからは四人での行動となる。


「ふふん、僕の家を舐めちゃ駄目だよ。これでも世界有数の家なんだからね」


 そんな中、名花に蒼太はエンジェル家の凄さを得意気に語る。普段ならばそんな事は言わない蒼太だが、どうやら思いのほか緊張しているらしい。博打に近い作戦を実行するこの状況に。


 そして、それは神楽も同じだった。こんな状況だと言うのに、蒼太に対して軽口を叩いてしまう。出来るだけ普段通りにしようとしたのだろうが、返ってそれがいけなかった。


「お前、親子喧嘩してる最中じゃなかったか?」


「それとこれは別! 神楽だってお姉さんと馬鹿みたいな喧嘩してたじゃん!」


「あれは今関係無いだろ!」


「なら僕だって関係無いもんね!」


 案の定、二人は喧嘩腰の言い争いを始めてしまう。このままでは取っ組み合いにまで発展してしまいそうだった。


「どうどう。落ち着けよ、二人とも。緊張して興奮してんだって。深呼吸しろ、深呼吸」


 と、そこに運命が割って入る。次いで、二人の肩を軽く叩きながら深呼吸を促した。ゆっくりとした呼吸を心掛ければ、精神的なものは落ち着きを取り戻す事が出来る、と。とは言え、二人が落ち着くまではまだ少し掛かりそうだった。


 だが、取り敢えずは大事には至らないで済んだ。そう判断した運命は、二人を引き離した後に名花の下へと向かう。


「二人とも、この状況でよくもまぁ……」


 名花は近寄ってきた運命に、そんな呆れを零す。頭の痛い光景、としか言えないのだから。運命もそれには同じ気持ちなのか、苦笑いしか出来ずにいた。しかし、そうは言っても二人は親しい友人だ。苦笑いしか出来ずとも、運命は庇うほかない。


「しょうがない。俺だって緊張してるし、肩に力が入るのも分かるよ」


「全然そうは見えないけど」


 名花から見た運命の様子は何というか、緊張とは違うかけ離れたものだった。どこか達観したような、穏やかな様子だったのだ。それを見てしまった名花としては、疑問と言うより何か不安な気持ちにさせられた。


 しかし、運命は気の抜けた笑みを浮かべて流す。そして、名花の様子へと話を逸らした。


「ちょっとした覚悟決めてるから。そう言う名花も緊張してなさそうだ」


「私は緊張との付き合い方には慣れてるの。武術の達人とかとやり合ったら、このくらいは平気よ。運命にも紹介してあげようか?」


「懇切丁寧に遠慮しとく」


 話を逸らしたのが間違いだった。運命は引きつった口角を戻すことが出来ない。何だ、武術の達人とかって。現実に居んのか、そもそも闘ったのかよ、と。


 そして、運命はこうも思う。名花、お前は一体どこに行きたいんだ、と。最初の頃はお姉さんキャラと言うか、色香が漂う女子高生キャラだったはすが、今ではこれだ。本当に、名花はどこに行きたいのだろうか。謎は深まるばかりだった。


 ◇


「さて、んじゃ行きますか。この通路を抜けたら、あとはなすがまま。可能性の低い博打も良いところの作戦だけど、本当に良いんだよな」


「もちろんだよ」


「当たり前だ」


「当然でしょ」


 運命が最後の確認と三人を振り返れば、返ってきたのはやる気に満ちた言葉。それ相応の覚悟は皆が出来ていた。これを実行してしまえば、例え成功しようが失敗しようが、何らかの処罰が降るのは必須。それは下手をしたら、四人の今後の人生すらも棒に振りかねない。そんな、失うものが大き過ぎる中での決断だった。それでも麗奈の方が大事だ、と。


 青くさい、子供が粋がっているだけ。後々、後悔することになる。確かにその通りだ。それは間違っていない。だが、彼らは子供だ。本人達が何と言おうと、結局は未成年の子供。だからこそ、この選択もまた間違いではない。何故なら、それは彼らの当然の権利。馬鹿げたことをやれる子供の絶対的な権利なのだから。


「ありがとう」


 運命はそれだけ言って、地下駐車場から通路へと足を踏み出した。神楽、蒼太、名花もそのあとに続く。


 ここから、非常階段までは大体五分程の距離。通常時なら、この通路でこのくらいの距離だと人に遭遇することはない。地下駐車場の名が指すように、ここは地下。正確に言うならば、地下一階だ。そんな場所に来る者は限られ、大抵が車での出入りをする者のみ。人に遭遇する可能性は低かった。


 だが、今回は違った。この非常事態だ。通常時とは状況が違う。運命らは非常階段まであと僅かの所で、人に見付かってしまった。それも最悪のことに、S&G社の警備員にだ。


「君達、一体どこから入ったんだ。今はどこの入口も制限が掛かっているはずだが……。がふっ」


 ただし、それは警備員にも同じことが言えた。胸元の辺りに装備された通信端末に警備員の手が伸びた瞬間、名花の拳が警備員の鳩尾に収まっていたのだから。警備員にとっても、最悪の相手に遭遇した。つまりはそう言うことだ。


「危なかったわ」


 警備員の意識を一瞬で奪った名花の振り抜いた拳をそのままに、この一言を残す。だが、後ろで棒立ちだった三人は思う。お前の方がよっぽど危ないわ、と。実に正しい思いだった。


「久しぶりで加減間違えたけど、大丈夫よね。あ、ちゃんと生きてる。良かったぁ、死んでたらどうしようかと思っちゃった。さすが粒揃いの警備員。警備員の鏡よね」


 警備員の生死確認を行う名花の発言は、しかし、運命らを恐怖のどん底に突き落とすものにしか成り得なかった。下手したら死んでたのかよっ、とはこれを見た者の総意だろう。全くもって、遺憾である。


 通常の警備員では有り得ない戦闘力を持つS&G社製の警備員。だが、その活躍の場は用意すらされていなかった。哀れ、警備員。さらば、警備員。


「さ、そろそろ行こうよ。非常階段はここなんだし」


 そうこうしているうちに、名花がいつの間にか非常階段の扉の所に居た。既に扉も開けられてしまっているようだ。


 仕方なく、運命らはそこに向かう。そんな時だ。蒼太が運命の背中を叩いてきた。振り向く運命。そこで見たもの。それは、蒼太の何かを悟った表情だった。


「……ねぇ、運命。僕って本当に必要だったの?」


「…………。ごめん」


 運命はそれしか言えなかった。視線を逸らす運命。乾いた笑い声の蒼太。


「あはは……」


「えへへ……」


 何とも虚しい二人だった。


「早く来いよ。名花の奴、もう行っちまったぞ」


 非常階段から顔を出して、神楽が二人を呼ぶ。二人は何故か無性に泣きたくなるのだった。


 ◇


 地下三階フロアに到着した四人。しかし、非常階段から出ることが出来ないでいた。


「やっぱり、人が居るな。警備員だけじゃないか」


「まぁ、よくよく考えりゃ当然だな。セカンドにシステム奪われたんだ。サーバー室にも人を向かわせるだろ」


 運命と神楽の二人が非常階段の扉を僅かに開き、通路の様子を窺う。だが、サーバー室付近の通路には、警備員数名の他にも社員と思わしき人々が更に数名。通路でこれだ。サーバー室にもどれくらいかは分からないが、人が居るのは想像出来た。


 運命は顔を曇らせる。どうするべきか悩んでいるようだ。


 と、そこに名花が同じく僅かに開いた扉から外を窺う。そして、運命と同様に悩む仕草をする。運命とはまた別の意味で。


「全員気絶させるとして、どうしようかしら。先に警備員を」


「名花、それだけはやめろっ。警備員はともかく、他は一般人だぞっ。殺す気かっ」


 悩んだ末に唐突なことを口走り始めた名花に、神楽は小声で怒鳴った。


「他の人は僕が何とかするよ。名花ちゃんは警備員をお願い。ねっ?」


 蒼太もこれは不味いとでも思ったのか、慌てて神楽に加勢する。それによって、名花が突飛な行動に出ることはなかったが、少々不満げだったのは気のせいではない。


 そんな危ない話が繰り広げられていた中、運命の考えは纏まった。


「名花、それでいこう」


「はぁ?」


「へっ?」


「マジ?」


 何と、名花の案に運命は乗ったのだ。三人は思わず驚きを口に出してしまう。と言うか、自分で言い出したはずの名花すら驚くのは何故だ。意味が分からない。


「正直、悩んだ。でも、蒼太の脅しは大勢の前じゃ出来ない。蒼太は分かるだろ?」


「……まぁね。その人の弱みとか秘密に付け入るんだから、下手したらその人を追い込んじゃうし。それが他の人の前なら尚更だよね」


 蒼太の苦い表情とともに出た言葉に、運命も頷く。人間関係にひびを入れ、職場に居られなくなる。それこそ、人生を狂わされる結果になりかねない。


 何より、蒼太にその責を背負わせるなど、運命には到底無理だった。それならば、この作戦が失敗しても何とか情状酌量の余地も残る、名花の一撃で気絶してくれた方がマシだ。可能性は高くないが、成功すれば処罰さえ免れることも可能性なのだから。


「脅した相手の人生を狂わしかねないんだ。直接的にしろ、間接的にしろ。だから、今は名花の方が適任だと思ったんだ。とうだろ、駄目か?」


「いや、良いんじゃないか。元々名花もその気だったんだろ?」


「そうね、やっていいなら引き受ける」


「僕もそれで良いと思う。ただ一つだけ、僕って要らない子みたいな扱いなんだけど。そこのところはどうなの、運命」


 三人は一様に快諾してみせた。ただ、蒼太だけはその後に冗談半分に運命を問い詰めていたが。


「うん、悪い。その通りだ」


 運命はそれをからかうような調子で答える。端的かつ簡潔に。


「ちょっ、事実でも酷くないっ。もう少しオブラートに包んでくれても良いと思うな!?」


 自分でも分かってはいたが、あまりにもあっさりと認めてしまった運命に、蒼太はいつもの調子で抗議の声を上げた。すぐに神楽が蒼太を止めに掛かっていたが。


「ばっ、声が大きい。バレたらどうすんだっ」


「ちょっ、神楽。首締め付けてるからっ」


「はは、いや、本当に悪い。蒼太のもそうだけど、みんなを巻き込んだことも。神楽や蒼太、名花は迷惑なんて考えずに巻き込んでるくせに、他の人の迷惑は気にして。覚悟してるなんて言っておきながら、全く出来てないみたいだよな」


 二人のじゃれ合いに、運命は普段を思い出す。今のこの二人の光景が当たり前の日常だったんだな、と。そして、その直後に出たその言葉が運命の本心そのものだった。


 だが、運命のその本心から出た言葉は、笑って否定されてしまった。まだそんな事を気にしているのか、と言わんばかりに。


「気にするなって言っただろ。こっちは巻き込まれたくて巻き込まれてんだ。人生棒に振る? 上等だ。一世一代の大勝負に参加出来んなら、それくらい賭けたことにもならねぇよ」


「隣に同じくぅ」


「私は別に何でも良いんだけどね、麗奈が助かるなら。そもそも、大学には進学しようとは思ってるけど、別に会社に就職する気はないし。それに、こんな事で人生棒に振れるような生き方じゃないから」


 ただ、相変わらず名花はどこに行こうとしてるのか分からなかった。いや、大学には行きたいようだが。


 それはさておき、四人の意志が固まった今、動くには最適な時分だ。作戦とも言えない作戦が、実行に移される。


「それじゃあ、行くわよ。後ろに付いて来てっ」


 名花はそれだけ言って、非常階段の扉を蹴り飛ばして開け放った。次いで、驚き硬直する社員や警戒態勢に入る警備員に向け、名花は駆ける。あとに続くは運命、神楽、蒼太の三人。サーバー室まで全力疾走だ。


 そして、それを合図として名花の大立ち回りが始まったのだった。


「あれ、何無双だよっ」


「そのまんまだろっ。名花無双!」


 全力疾走をしているにも関わらず、運命らは名花の後ろ姿について行くだけで精一杯だった。走りながら、下らない事を言うくらいには余裕も有りそうだが。


「すごっ。この人達死んでないよねっ」


「多分!」


「多分な!」


 感嘆とした調子で発せられた蒼太のそれに、運命と神楽の両者は同時に答えた。


「サーバー室っ、見えた!」


「よしっ、あと少しだ!」


「ちょっ、僕はそんなに速く走れないってば!」


 ◇


 全力疾走はものの十数秒で幕を閉じた。結果的に言えば、非常階段からサーバー室まではそれ程離れていないのだから当然と言えば当然だった。


 サーバー室前に到着した四人は、神楽を除いて辺りの警戒に当たる。ここからは神楽の出番だ。やはり暗証番号とIDが必要らしく、到着するや神楽は解析を始めていた。


 と、そこに名花が徐に近寄っていく。


「神楽、まだ時間掛かる?」


「もう少し時間くれ。そんなには掛からねぇから」


 解析の手を休めず、神楽は名花の問い掛けに答えた。しかし、名花の次の言葉にはそうも言っていられなくなる。


「早くした方がいいわよ。さっき、警備員に通信端末で連絡されたみたいだから」


「それを先に言えっ」


 神楽は思わず名花の方に視線を移すが、それもほんの僅かな時間だけだった。吐き捨てるようにそれだけ言って、神楽は作業の手を速める。何とも大変そうであった。


 だが、その発破のお陰だろうか。サーバー室のロックは物の見事に解除された。ロックを示す赤いランプが、オープンを示す緑のランプに切り替わる。


「さてと、サーバー室のドア開くぞ。早く来い」


「さすが、ナイスタイミング!」


「エレベーターからちょうど警備員の集団が来たところだしねぇ」


 サーバー室のロックが解除されるとともに、運命と蒼太の二人が神楽と名花の所に駆け寄る。その背後からは、警備員がエレベーターから降りてきているのが見受けられた。


「暢気なこと言ってないで、さっさとあんたらはサーバー室に行きなさいよ」


 警備員を目視した名花の追い立てに、運命と蒼太は悲鳴を上げる間もなく、開け放たれたサーバー室の中に転がり込んだ。蹴りが飛んできていたのだ。ヤクザな蹴りが。


 だが、本気じゃないその蹴りに神楽はぎりぎり反応できたが故、名花の意図を問う。


「あ? 名花はどうすんだよ」


「私? 私はもちろん自分の役割全うするけど?」


 名花は足を下ろしながら何の躊躇もなく、そう答えた。


「は? 何言って……」


「あのね、少し考えたら分かるでしょ。例えサーバー室に入れても、すぐに開けられるのが落ちなの。なら、誰かが足止めしなきゃいけない。それで、それは戦闘要員として居る私の役目なの。分かったら、さっさと運命と蒼太のあと追い掛けるっ。ほら行った行ったっ」


 呆然とする神楽に、呆れた様子の名花の説明が届く。そして、それでさえ固まったままの神楽に今度こそ名花の押し出すような蹴りが。この時になって、神楽はようやく我に返る。時すでに遅かったが。


 サーバー室の中に倒れ込む神楽だったが、顔だけは名花の方を向いていた。


「名花っ。くそっ、ぜってぇ怪我だけはすんなよ! あとで言いてぇことがあんだからな!」


「当然! 私を誰だと思ってるの? 普段はか弱い女子高生。でも、真なる姿は地下闘技場切っての達人アイドルなんだからっ」


 サーバー室が閉まり始める直前に、名花は神楽にからかうようなウインクを贈る。それが合図のように、サーバー室はまた閉ざされるのだった。


 ちなみに、地下闘技場とは名花の冗談である。何となく言いたかっただけだ。


「さて、麗奈のこともあるし。ちょっと頑張っちゃおうかな」


 名花は十人を越す精鋭揃いの警備員らを前にして、しかし、固まった身体を解す大きな伸びをする。まだまだ警備員は後続の集団が来るだろうに、その姿はまさに余裕そのものだ。


「さぁ、来なさいよ。全員沈めてあげる」


 それが名花の合図だった。


 ◇


 ところ変わってサーバー室内。そこでは、運命らを含めて八人の人物が対峙していた。いや、それは語弊があるだろうか。実際には五人の社員兼エンジニアは、蒼太との対話をしている最中なのだから。


「――と言うわけで、ちょっとサーバー室の隅の方で大人しくしててね?」


 短いその対話は終わったのだろう。蒼太はそう言って締めくくった。


 だが、それで五人の社員が従うのか。そう、従ったのだ。それも大人しく何を言うでもなく。


「蒼太、お前って奴は……」


 それを間近で見ていた運命は、最早何を言ってやればいいのやら言葉に詰まってしまう。


「どうしたの、運命。別に脅してはいないよ? さっきの今でそんな真似はしないよ。ちょっとお話しただけ」


「どこの口がそう言うのかな? この口か? この口」


 得意気に語る蒼太の両頬を運命は引っ張りあげる。


「いふぁい、いふぁい!」


「そうか、良かったな?」


「それぐらいにしとけ、運命。蒼太の言ってることも間違っちゃいない。確かに個人に対しては脅しちゃいないわけだしな」


 神楽はいつまでも頬を引っ張る運命の肩を叩く。今はそれどころではないとして。運命もそれは分かっているのか、渋々手を離した。


「仕方ない。でもあとで謝っとけよ、蒼太。S&G社にきっちりな」


「分かったよ、もう。酷いなぁ。ほっぺが赤くなるじゃん」


 ようやく頬の自由を取り戻した蒼太は、涙目で痛みを取るために頬をさする。


「んじゃ、俺はさっさとハッキングしちまう。そのあとは運命、任せっからな。どうするかは知らねぇが、良いんだよな?」


「ああ、大丈夫。任せてくれ」


 神楽は運命との最終確認をしながら、エンジニアがサーバー本体に接続していた機器を取り外す。次いで、自分の物を代わりに接続する。ノートパソコンを起こし、指を解す。そうして、神楽のハッキングは開始を告げた。


 その数分後。神楽の顔に鬼気迫るものが浮かび上がることと相成ったわけだが。



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