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十一話 麗奈救出編(日常が終わった日一)

 その日、運命はゴールデンウイーク初日とあって、十二時過ぎまで惰眠を貪っていた。時間にして十二時間程だ。正直、寝過ぎとしか言えない。起きたのも自力ではなく、美羽による強制起床だった。それも、最悪の知らせで起こされた。


「お兄ぃっ! 麗奈さんがっ、麗奈さんがっ! S&Gに閉じ込められた!!」


 泣きじゃくりながら、運命を揺さぶり起こす。美羽のそんな状態に、運命は寝ぼける暇もなく覚醒する。


 そして、逆に美羽の肩を掴み怒鳴る。一体何があったのだ、と。


「説明しろ、美羽! 何だよ、それ! 意味が分かるように言え!」


「私だって知らないよ! さっき、S&Gにログインしようとしたら回線が繋がらなかったの! それで、ホームページとか色々調べてたら、テレビで……」


「何だよ、何があったんだ」


 口ごもる美羽に、運命は問いただした。これ以上は聞くな、と自身の心が警笛を鳴らしてくる。それに合わせて、口の中が乾いていく。だが、運命は固唾をのんでその時を待った。覚悟があったわけではない。ただ、聞かなければならない、そんな気がしたのだ。


 美羽は涙を浮かべた。だが、それでも言うべきだと意を決して口を開いた。


「S&Gの全システムが、乗っ取られたって。乗っ取ったのは、セカンドの可能性が高いって。それで、外との回線を全部切ってログインしてた人達と一緒に閉じこもったって……」


 そこまでだった。美羽は堪えきれずに、涙を流して俯いてしまった。


「何だよ、それ……」


 運命の手が美羽の肩から滑り落ちる。愕然とした様子だった。口から零れ落ちた言葉も、力が無い。


「分かんないよ。でも、そう言ってた。そのあと、麗奈さんもログインしてるって知って、だからお兄ぃに知らせなきゃって」


 力の抜けた美羽は泣きながら床に膝から崩れ落ちた。いくら涙を拭っても、次々に涙が零れてくる。美羽の目元は、既に赤くなっていた。


「っ! 悪い、美羽」


 運命は、最早なりふり構っていられなかった。美羽に一言謝り、着の身着のまま部屋から駆け出していく。階段を駆け、玄関を靴も履かずに飛び出し、向かいの霧島家へと。一秒すら、今の運命には惜しかった。


 運命はチャイムを鳴らすのも惜しいのか、霧島家の玄関先に着いた瞬間にはドアノブに触れていた。だが、ドアが開くことはなかった。鍵が掛かっていたのだ。


 運命はドアを叩く。手が痛みを訴えかけてくるほど必死に。何度も何度もドアに手を打ち付け続けた。開けろ、開けてくれ、と。


 そこに、遅れてやって来た美羽の姿が。運命のその姿に、美羽は悲鳴じみた声を上げてしまう。


「お兄ぃ! やめて、手から血が出てる! 麗奈さんは病院に運ばれて行ったの! ここには居ないよ、お兄ぃ! 落ち着いてよ、お願いだから……」


「っ! ちくしょう……」


 後ろから抱き付いて、ドアから引き離そうとしてくる美羽に、運命は従うほかなかった。ドアから離された運命は小さく吐き捨てると、そのままどっかりと座り込んでしまう。そして、俯いた状態で額に拳を何度もぶつける。端から見ても後悔していると分かり、痛ましかった。


 だが、その痛ましい姿を見せられる方も堪らない。そんな兄の有り様に美羽の瞳がまた潤みを帯びる。


「お兄ぃ……」


「……国枝病院」


「えっ?」


 そんな時だ。運命が額から拳を下ろし、呟いたのは。


 美羽は突然のことに困惑を示す。呆けたような様子を見せていた。


 運命は俯いた顔を上げ、今度は美羽にも答えられるように言い直した。


「麗奈が運ばれて行ったのは、国枝病院なのか」


「た、多分。麗子さんの話だと国枝だって言ってたけど……」


 運命の真剣な眼差しに、美羽は戸惑いながらも頷く。今の運命は寝起きとあって、眼鏡もしていない。そのため、余計に美羽はその眼差しに戸惑いを見せてしまう。


 だが、当の本人はそれに気付かず、身体に力を入れ直していた。向かう気なのだろう。その国枝病院に。


 国枝病院は、運命らの住むこの町では有名な個人病院だ。規模も大きく、医者の質も良い。深夜診療や救急も受け入れているため、救急車での搬送先にもまずここが選ばれる事が多い。さすがに、一流の大学病院とは比べるべくもないが、それでも個人病院としては突出した存在だった。


 また、国枝病院は霧島家の掛かり付けの病院でもあった。それを鑑みれば、まず間違いなく麗奈は国枝病院に搬送されていると分かる。


 そして、美羽の証言によって運命は確信を得た。ならば、行かないと言う選択肢は運命の中には無かった。


 運命は再び駆け出す。今度は自室へと。さすがに、運命も寝間着のままで向かうほど馬鹿ではない。それくらいならば、まだ思考も働いていた。


「もう、お兄ぃ! ちょっとは落ち着いてよ!」


 そうして、自ずと美羽も運命のあとを追うことに。事件が発生した時だと言うのに、相も変わらず騒がしい二人だった。


 ちなみに、二人の両親はと言うと。雫は、麗奈の母親である麗子に付き添い、病院へ。靖春は急遽休日出勤となったらしく、朝早くから仕事に出掛けていっていた。


 ◇


 それから数十分後には、運命と美羽は国枝病院の前にいた。運命が支度をしている最中、美羽が機転を利かせてタクシーを呼んでおいたのだ。そうでもしなければ、運命は走ってでも病院に向かっていただろうから。タクシーでも十数分程度は掛かる距離を全速力で。


「お兄ぃ、お母さんと連絡取れたから病室分かったよ。五〇一号室だって。一人部屋みたい」


 病院に入ってすぐ、美羽が雫との連絡で得た情報を運命に伝える。運命がまた無茶なことをしないようにと牽制の意味合いもあったが、何よりも早く連れて行ってやりたかったのだ。この馬鹿で仕方のない兄を、麗奈の病室に。


 だが、美羽の心配を余所に、麗奈の病室に着くまで運命が口を開くことは無かった。その様は何かをぐっと堪えているようだった。いや、何かではない。正体は分かっている。運命自身の中で様々な感情が入り乱れ、暴れまわる激情をだ。運命はそれに折り合いを付けられずにいるのだろう。


 美羽の目から見てもそれは明らかだった。だからこそ、余計に心配してしまう。麗奈の心配もしていると言うのに、運命の心配までしなければならない。美羽も難儀なものだった。


 そうして、一言の会話もなく麗奈の病室に二人は到着していた。だが、病室の中に居たのは運命と眠る麗奈だけだった。美羽は気を利かせて、雫と麗子の居る担当医の所へと向かったのだ。とは言っても、病室から出たすぐ近くの所なのだが。端的に言えば、病室から数歩の距離の廊下だ。そこで、今後のことを話し合っているようだった。


 運命はそれを横目に、病室の扉を閉めた。そして、麗奈が眠るベッドの脇にある椅子に腰掛ける。次いで祈るように膝の上で手を組んで、麗奈に話し掛け始めた。


「麗奈、ごめんな。二回もメール送ってくれてたのに、俺、全然気付かなかった。あれに気付いてたら、もしかしたらこんな事には……。ごめん、ごめんな、麗奈……」


 それは懺悔のような光景だった。悔やみ、苦しみ、許しを請うような悲痛に満ちていた。運命に非はない。どうしようもなかったことだ。


 だが、運命は唇を噛み締める。自分の不甲斐なさに、愚かさに。しかし、泣くことだけはしなかった。泣けば、それさえも己から流れ出ていってしまう気がしたのだ。涙とともに。


 運命のスマートビジョンには、麗奈からのメールが二通届いていた。どちらも、事件発生以前の物だ。


 一通目は午前十二時過ぎに送られてきたメール。内容は『明日、ゴールデンウイーク初日のS&G連休イベントに一緒に参加しよう』といった感じのものだった。


 明日だ。このメールは日をまたぐ前に作成されていたのだ。送信を躊躇したのか、それともメールを作るのに手間取ったのかは分からないが、麗奈の精一杯は運命に十分伝わっていた。


 そして、二通目。二通目は事件発生のほんの数分前のことだった。内容は『ごめん。自分から距離置いといて、勝手過ぎるよね。でも、この約束楽しみだったから。どうしても、一緒に行きたいんだ。だから、待ってます。先にS&Gにログインしてるね?』だった。その内容は一通目のものと被る部分もあったが、そこには麗奈の悲しみが確かにあった。


 だからこそ、運命は自分の不甲斐なさを嘆く。自分の愚かさを憤る。悔やみ、苦しみ、許しを請いながらも、悲痛なまでに自分を責める。あの時、メールを返せていれば。いや、そもそもあの時に起きていたら。引き留められたかもしれないのに、と。


 だが、結局は仮の話でしかない。最早、覆しようのない過去でしかないのだ。運命が自分を責めたところで、意味をなすことは無いのだった。


 運命は、麗奈の手を握る。麗奈の頬に触れる。麗奈の髪を撫でる。ほんの僅かでもいい。運命は希望が欲しかった。麗奈が僅かでも反応を示してくれれば、それで希望が持てるのだ。


 頼む、頼む、と運命は麗奈に触れ続ける。だが、麗奈が反応を示すことは無かった。ほんの僅かも、人が意識とは関係無くする反射さえも、麗奈が示すことはなかった。


 そして、運命は負けた。自分の中で暴れまわる激情に、衝動に。何よりその苦しさに堪えきれなかった。


 運命は麗奈の肩を掴む。揺する。強く揺する。激しく揺する。麗奈が反応するまで何度でも。その様はまるで、言い様のない苦痛から逃げ回っているようだった。


「麗奈! 起きろ、起きてくれよ! 麗奈、麗奈!!」


 そうして、揺すっては叫び、揺すっては嘆く。だが、それも暫くすれば収まってくる。運命とて人間だ。疲れだけはどうすることも出来なかった。


 麗奈を揺すっていた運命の力が緩む。


「頼むから、起きてくれよ。頼むから……。麗奈……」


 運命は力無く麗奈を抱き締める。その瞳には、涙が滲んでいた。泣かない。その意志だけがこんな状況であっても、運命に涙を流させなかった。


 ◇


 それから暫くして、病室に美羽達三人が戻ってきた。この時にはもう、運命も椅子に座ってうなだれるだけになっていた。ただ、それでも麗奈の手だけは握っていた。


 戻ってきた三人はその光景に言い様のない悲しみを覚える。麗奈の母親、麗子は特に。麗子は麗奈の目覚めが絶望的だと担当医に告げられ、この光景に再度それを告げられたようなものなのだから。その辛さは計り知れない。


 麗子は服の胸の辺りをしわが出来るほど強く握る。雫がそっと肩を撫でると、麗子が微かに震えているのが分かった。


 霧島きりしま 麗子れいこ、麗奈の母親だ。艶やかな黒髪は短く切りそろえられ、濃い茶色の瞳が整った顔立ちに映える。四十三歳と年を経ても、麗奈とよく似たその顔立ちは、二人が親子であることを如実に表していた。身長こそ麗奈よりも若干低いものの、その体型は子供のいる女性とは思えない美しいものだった。そんな麗子も、麗奈が昏睡状態となった今では、どこか雰囲気や顔に陰りが見て取れた。


 麗奈の名は麗子の名から一字を取って付けられたものだ。自分の名の一字を贈り、産まれた当時から、大事にして育ててきた愛娘。それが、もう目を覚まさないかもしれない。少なくとも、事件が何事もなく解決するまでは。


 麗子はそれが有り得ないことだと知っていた。セカンドの関わった事件が何事もなく終わることはないのだから。


 それは数少ない前例が証明している。これまでにセカンドの関わった事件、その全てにおいて犠牲者が大なり小なり出ているのだ。何より、事件解決に掛かる時間も総じて長い。それこそ、長引けば一週間や二週間などでは到底足りないほど。それだけあれば、どれだけの犠牲者が出るか予想も付かない。


 特に、今回はVRでの出来事だ。数少ない前例の中でも、更に少ない分類になる。ただ一つ言えるのは、VRで起きたセカンドによる事件において、巻き込まれた人々が助かった例は一度しかないと言うことだろう。


 また、もう一つ言うならば、麗奈は二度目だ。セカンドの事件に巻き込まれたのは。一度目はまだ幼かった頃、運命と出会った切っ掛け。病院で遭遇した事件、あれがそうだ。あの時は運良く助かった。だが、今回はどうだ。正直、分からない。それが、麗子の包み隠しようのない本音だった。


 麗奈が無事だと信じたい。だがその実、信じられない。母親だからこそ、安易に期待したくとも出来ない。だが、それと同時に、麗子は泣き崩れそうになってもそれだけはしない。それはひとえに、麗奈の母親だから。


 我が子が一番辛い目にあっている。麗子とて出来ることなら代わってやりたいが、それは出来ない。ならば、自分が泣き崩れるわけにはいかない。それくらいしか、してやれないのだから、と。


 強く、気丈な人だ。こんな時でさえ、自分を律しているのだから。ただ、だからこそ、麗子は悲しみに暮れ、何も出来ない自分を責める。だからこそ、それが言葉として外に出てしまうほど、余裕を無くす。気丈な人ほど、弱くもあると言うことだ。今の麗子がそうであるように。


「麗奈……。お願い、無事に戻ってきて。麗奈、お願い……」


 零れ落ちた言葉は、静かな病室に波紋して消えていく。雫が、美羽が、顔を俯かせる。響くのだ、そうした言葉は。胸に、心に。目の当たりにしているからこそ、余計に。


 そして、それは運命にも。運命の握られた手に力がこもる。座ったままに、身体が強張る。何も出来ない現実が、運命を蝕んだ。


 蝕む? 本当に蝕まれているのか?


「……そうだ」


 ……何も出来ない?


「そうだ」


 本当にそうか?


「そうだっ」


 やらないだけじゃないのか?


「……違う」


 本当は出来るんじゃないのか?


「違う」


 やりたくないから、目をそらしてるだけじゃ……ないのか?


「違うっ」


 出来るはずだろう? ピースは揃ってるんだ。あとは組み立てるだけ。それで、全ては終わる。違うか?


「違……わない!」


 運命はそこで俯いていた顔を勢い良く上げた。そこで気付く。今のは何だったんだ、と。自問自答、それとは似て非なる何かだった。あれは一体、と運命は一瞬考えるも、今は関係無いとばかりに頭を振る。


 今は麗奈だ。その思いのもと、運命は再び立ち上がって麗奈の顔に触れた。その直後、病室に居る三人が運命の突然の言動に驚きを示す中、運命は麗奈に語り掛ける。


「麗奈、お前も本当に運の無い奴だよな。人生で二度もセカンドの事件に巻き込まれる奴なんか、世界中探したって滅多に居ないぞ。そういう意味じゃ、凄い運の持ち主なんだろうけどな。まぁ、そんな事はいいか。待ってろよ、今から助けに行ってやる。約束、守るから」


 運命は愛おしげに麗奈の頬を撫で、そして、麗奈の額に口付けを落とした。


「寝てる奴の唇奪うなんて野暮なマネはしない。起きたら、いの一番に奪ってやる。だから、曖昧な関係はもう終わりだ。今日をもって、そんな関係は終わらせる。……愛してる、麗奈」


 運命はもう一度、麗奈の額に口付けを落とす。次いで、三人の方に向き直るや微笑みとともに言った。


「それじゃ、ちょっと助けに行ってきますね。なるべく、今日中に片付けてきますから」


 運命のこの言葉に、三人は呆然とするしかなかった。いきなり過ぎる展開に、思考が追いつかないのだ。だが、運命の方はそれを待っているつもりもないのか、三人の間を歩んで病室から出て行ってしまう。


 呆然とした状態から立ち直り、すぐに追い掛けてきた美羽が言い募る。今のは何だ、何をするつもりなんだ、と。


 運命は言う。


「当てがあるんだよ。助けられる当てが」


 それだけ言って美羽の頭を撫でると、運命はそのままエレベーターの中に消えていく。美羽は追い掛ける事をやめた。運命のそれを信じたからではない。ただ、運命の目が本気だったからだ。本気で麗奈を助けようとしている。その意志が伝わってきたからだった。


 美羽は祈る。全て無事に終わってくれることを。



 麗奈救出編始まりました。ここからカードバトルも出てくるようになります。と言っても、まだもう少し先になりますが。


 稚拙な作品ではありますが、またお付き合い頂けるよう、精一杯頑張ります。何卒、よろしくお願いします。


 以上、後書きでした。



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