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十話 日常編(過ぎ去る日常二)

 あのあと、結局どうなったのか。結果だけ言えば、二人は駅近くで見事に麗奈を見付け、誤解は解けた。また、麗奈側からも運命への謝罪もあった。


 万事解決、丸く収まった。と、いけば良いのだが、実際には一つの問題が図らずも残ってしまった。それは、運命と麗奈の距離。物理的ではない。心の距離だ。


 運命としては、元の関係に戻りたいと願っているのだ。だが、麗奈の方が気にしてしまっていた。今回の件だけではない。昨日の件も、それ以前の細かな件も積み重なった結果だった。


 普段は運命を手中に納めようと動いたり、ある意味行動力のある活発で勝気な麗奈。だが、それと同時に弱く脆い部分も内包していた。いや、そもそもその弱く脆い部分と言うのが、麗奈の本当の姿なのだ。


 本来の麗奈は、臆病で寂しがりの気弱な女の子だった。活発で勝気と言うのは、それを表に出さないための壁そのもの。一つのある出来事から、麗奈はそうしてきた。そうしなければならなかった。


 今回の事がきっかけで、それが心の表層に現れてしまったようなのだ。それによって、麗奈は運命に一歩下がった状態を取ってしまうようだった。


 ただ、だからと言って、それはわだかまりと言うほどのものでもない。今はまだ、麗奈自身の折り合いが付かないだけのこと。しばらくすれば、麗奈も折り合いを付けることが出来るだろう。これに関しては、時間が解決してくれるはずだった。そう、だった、だ。それが叶うことは、少なくとも事件が起こる前にはなかったのだから。


 ◇


 とある研究所での事だ。そこはセカンドを研究、解明する事を目的に作られた施設だった。表向きは、だが。


 実際は、人工的にセカンドを開発する事を主題とした研究が、日夜行われていた。もっと突き詰めれば、セカンドの中でも突出した能力を有するヒューマンタイプの開発を、だ。


 そして、それは成功してしまった。狂気に満ち満ちた禁忌を犯す事によって。犠牲がいくら出たか、一人や二人では済まされない。数えるのも馬鹿らしい人数が犠牲になった。お分かりだろうか、つまり禁忌とは、人体実験だ。詳細は省くが、それは非合法かつ悪質な。人を人と思わぬ、命を命とも思わぬ、腐ったやり方で。


 何より、この人体実験の要となったのは、人の意識を限定的にとは言え、インターネットの世界に直接現すことの出来るVRだったのだから、皮肉と言うものだ。新しい可能性として、VRが発展したがための悲劇なのだから。


 だが、そんな悲劇もまた終わりを迎えていた。ちょうど、今この時に。


 施設の最奥部、その場には二人の人物が居た。一人は短い黒髪に陰のある顔立ち。黒のスーツを着込み、ネクタイまで黒の格好をしている男だ。さながら、死神のようだ。そして、もう一人。そちらは白髪に青白い顔。白衣に割れた老眼鏡。初老の男性研究者ようだ。


 黒髪の男はオートマチックの銃を突き付け、白髪の男性はそれを目前に跪いていた。


「――さてと、残りはアンタだけだな。言い残すことはあるか?」


 黒髪の男はネクタイを緩めながら、銃口を白髪の男性の額に押し当てる。その気になればいつでも撃てるだろうに、黒髪の男は未だ撃たない。白髪の男性に、辞世の句を詠ませたいわけではない。白髪の男性に声を掛けたのも、ただ単に待っているからだ。白髪の男性を撃つ、その時を。全てが片付く、その時を。


 だからこそ、白髪の男性もまた憎悪の眼差しとともに、黒髪の男性に食って掛かったのだ。


「っ、貴様らは誰に手を出したのか分かっているのかっ!」


「あん? 分かってるに決まってんだろうが、腐れ外道。クソみたいな研究してる腐った研究者どもに制裁を加えてんだからな」


 だが、それは黒髪の男を苛立たせるだけだった。黒髪の男は吐き捨てるように告げ、白髪の男性に足蹴を食らわした。そして、倒れ込む白髪の男性の頭を踏みつける。


「ぐっ……、私達の背後には貴様らでは到底太刀打ち出来ない後ろ盾がいるんだぞ。それをこんな……」


「残念」


「は?」


 白髪の男性は黒髪の男の一言に、思考が止まる。脅しをかけたはずが、ただ一言に遮られたのだ。当然と言えば当然か。


 そんな白髪の男性に、黒髪の男は意地の悪い笑みを浮かべる。そして、頭を踏みつけたまましゃがみ込み、白髪の男性の顔に銃口を数回落とした。


「お前ら、後ろ盾が強大だからって調子に乗り過ぎたんだよ。今回の依頼は、その後ろ盾様からの依頼なわけだ。秘密裏に始末してくれってな。どういう意味か分かるか? お前らは、切り捨てられたんだよ。あっさりとな!」


 黒髪の男はそれこそ高笑いしたい気分だった。信じていたはずの後ろ盾にあっさりと裏切られた。この白髪の男性の愚かさと惨めさに。何よりも、絶望を浮かばせたその表情に。


 白髪の男性は叫ぶ。違う、そんなわけがない、と。


「嘘だ! 有り得ない、そんな事があっていいわけがっ」


「事実だ、正真正銘のな。笑えるよなぁ。その後ろ盾様の依頼で研究してたのに、あっさり切り捨てられたんだから。でもまぁ、自業自得だ。お前らは禁忌を犯した、それも独断で。その時点で、見限られて当然だろうさ」


「何故、何故だ。そんな……」


「まぁ、巻き込まれたくはないだろうよ。お前らが勝手に仕出かした犯罪行為なんかは特に。足が着かないならまだしも、お前らはそこかしこに証拠残してやがったからな。芋づる式に被害が及ぶなんざ、あちらさんも御免ってことだ。って、聞いちゃいねぇか」


 黒髪の男は、あまりに哀れな白髪の男性に一瞥をくれてやるが、それだけだった。すでに話など聞いてはいない白髪の男性を、黒髪の男は最期の情けとばかりに撃ち抜いた。眉間に一発だった。


 それから数分後。黒髪の男は煙草をくゆらせ、その場に佇んでいた。室内にて、部下からの報告を待っていたのだ。事後処理の報告を。


 黒髪の男の背後にある入り口から、一人の人物が入ってきた。耳に掛かる程度の黒髪に、シルバーフレームの眼鏡をした青年だ。服装もまた、黒髪の男に似たスーツを着込んでいる。片手には電子端末機を持っていることや、黒髪の男と似た服装をしているあたり、この人物が部下なのだろう。


 青年はやはり部下らしく、端末機を確認しながら黒髪の男に報告を始める。


「最終確認は終了しました。全てのフロアにて、生存者は居ません。また、爆破準備も開始しています。データの消去も一斉に行われているため、万が一にも抜かりは……」


 と、その時だった。けたたましいアラーム音が室内に、いや、そこかしこから響き渡ったのは。室内にあったモニターには、緊急事態発生の文字が赤く浮かび上がる。また、室内や廊下に設置された赤いランプも、頻りに点滅を繰り返している。何かあったことは容易に想像できた。


 黒髪の男は煙草を床に放り、黒い革靴で踏み消す。そして、青年に近寄って首を片手で掴み、笑みを浮かべた。恐怖にしかならない笑みを。


「抜かりは、何だって?」


 黒髪の男のその一言に、青年は青ざめた顔色とともに一歩後ろに下がる。黒髪の男は、それに合わせて首から手を外してやった。


「っ、し、至急調べます!」


 すると、青年は一礼するなり脱兎の如く去っていった。


「たくっ、このうるせぇのも何とかしとけ!!」


 黒髪の男は逃げ去る青年に叫ぶや否や、八つ当たり気味にモニターに銃弾を何発も撃ち込む。次いで、苛ついた様子のまま自身も室内から出て行った。ここで報告を待つよりも、青年を追って自分で状況を見ることにしたようだ。


 そして、数分後に状況を確認して折り返してきた青年と、ばったり遭遇する。その時の青年の顔の何と情けないことか。脅えを隠そうともしていなかった。


「んで、報告は。何、黙ってんだ。さっさと状況報告しろ!」


 一向に話そうとしない青年に痺れを切らした黒髪の男は、苛つきも相まって怒鳴り声を上げた。


「は、はひ。どうやら、セカンドの一体がこの研究所のサーバー内にまだ居たようで、それが逃亡したようですっ」


「おい……、お前言ったよな。生存者は居なかった、と」


 黒髪の男は眉を釣り上げ、青年を見据える。その様子は、明らかに苛立ちを通り越して、怒りを覚えているものだった。


 青年にもそれが伝わったのだろう。一層の脅えを見せる。


「あ、あれはですね。現実での事で、セカンドの方までは確認していなかったと言うか……」


「ふざけるなよ、お前にはしっかり言ったはずだ。生存者の有無を確認後、全て処理しておけ、とな。セカンドの有無も含まれるに決まってんだろうが!」


「すみません! ですが、被験者(人間)を処理してなお、被験者セカンドが生きているとは思わず。まさか、そこまで実験が進んでいるとは知らされていなかったんですっ」


 青年が哀れに思えてくるほどの脅えを見せると、黒髪の男も舌打ち混じりに怒りを静めた。青年に怒鳴り散らしたところで、状況は変わらない。最早、手遅れなのだ。ならば、やるべきは逃亡したセカンドの追跡。黒髪の男は、青年を追い払うような仕草とともに命令を下した。


「ちっ、もういい。逃げ出したセカンドの詳細を調べるのと、追跡をしておけ。一時間後にはここは爆破だ。いいなっ」


「はい! すぐに取り掛かります!」


 青年は今度も脱兎の如く、その場を逃げていった。これ以上居ても、黒髪の男の怒りを買うだけであるため、それは正しい選択だった。


 青年が去ったあと、そこでは黒髪の男が壁を力一杯殴っていた。


「くそがっ!」


 黒髪の男はそれだけ吐き捨てると、通信端末をスーツの胸ポケットから取り出した。どこかに連絡を入れるようだ。数回のコールの後に、その人物が出た。


『何か問題が起きたのか』


「はい、セカンドの一体を取り逃がしました。追跡はしているので、対処は出来るかと」


『……くれぐれも、露見するような真似はするなよ。今はまだ共存派の力の方が上だからな。これが公になれば、我々は一気に窮地に追い込まれる』


「分かっています。すぐ対処しますので。では、失礼します」


 短い通信を終え、黒髪の男はいつの間にか手に持っていた煙草に火を付ける。そうして、煙草をくゆらせながら、再び歩み出すのだった。


 この数日後、事態は急展開を見せることになる。ゴールデンウイーク初日の出来事だった。


 ◇


「麗奈! 起きろ、起きてくれよ! 麗奈、麗奈!!」


 ベッドで意識の戻らない麗奈を、運命は必死に揺さぶる。起きろ、起きろ、と。運命は憤った様子を麗奈に向けていた。


 それが起きたのはゴールデンウイーク初日。まだ太陽が昇りきらない時間帯。午前十時頃のことだった。


 麗奈がS&Gにログインした直後に、事件は起きた。突如として何者かに、いや、最早分かり切っている。研究所から逃亡したセカンドに、S&Gの全システムが乗っ取られたのだ。GM側がプレイヤーに対し、強制ログアウトを行う暇さえなかったほどだ。その制圧速度の凄まじさが分かるというもの。


 そして、麗奈はS&Gに閉じ込められた。ログインしていた多数のプレイヤー達とともに。


「頼むから、起きてくれよ。頼むから……。麗奈……」


 運命は力無く麗奈を抱き締める。その瞳には、涙が滲んでいた。



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