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九話 日常編(過ぎ去る日常一)

 結局、あれからもカオスは延々と続き、昼休みは完全に潰れた。その後、昼休みが終わる頃に合わせて、事前に設定していた自動ログアウトシステムによって、三人は現実へと戻ってきていたのだった。


 そんな状態でのログアウトだ、現実でもそのカオスは続く。かと思いきや、何故か三人はしっかり五時限目へと移行していた。と言うのも、五時限目は冬花の授業である数学だからだ。別段、数学だから真面目に受けるのではない。授業をする人物が冬花だからだ。


 この冬花、普段は美人で生徒思いの良い先生。フェイトのことになると信者の中の信者、狂信者。だが、一度ひとたび怒らせれば般若よりなお恐ろしい鬼と化す。その恐ろしさは、三人が一番よく知っていた。


 喧嘩っ早い上に何気に強い神楽を物理的に制圧し、情報で相手を脅す蒼太には屁理屈、口答えさえも許さず、ただ無言の圧力や迫力で精神的に制圧してしまう。そんな二人の姿を間近で見た運命に至っては、そもそも冬花に逆らおうともしない。素直に謝るのみだ。それでも、二度と怒らせまいとは思うようだったが。


 そんな事もあって、三人の中で共通化した考えが一つ。それは、如月先生の授業だけはどんな事があっても真面目に受ける、と言うものだ。だからこそ、三人は昼休みの事を引きずらない。少なくとも、五時限目が終わるまでは。


 そうして、五時限目は滞ることなく始まり、トラブルもなく終わった。強いて言えば、冬花の暴走が落ち着いていたことくらいか。さすがに、五時限目まであれでは生徒達も困るため、良いことではあるのだが。


 五時限目後の休み時間。間を挟んだことによって、三人はそれぞれ落ち着きを取り戻していた。結局、神楽は蒼太の両頬を休み時間中ムニムニと弄り倒すことで許し、運命はぼんやりそれを眺めるだけだった。蒼太が涙目になっているのは、仕返しとして見なかった事にしたようだが。


 それよりも運命に意識を向けさせたのは、今日一日話し掛けてもこない麗奈だった。普段ならば、それなりに話し掛けてくる麗奈が今日に限っては近寄って来ることもない。運命に話し掛けてこなくとも、神楽や蒼太と挨拶や雑談をすることもあった。それが、今日は一切無い。


 昨日のことをまだ気にしてるのか、と運命は一度だけ教室の一角に居る麗奈へと視線を送る。だが、やはり視線がかち合うことはなかった。運命は軽く息を吐き出すと、馬鹿をやっている友人達に視線を戻す。


 親友で悪友、運命がこの二人と知り合ったのは小学校の時だ。麗奈と知り合ってすぐだった。元々、麗奈と神楽、蒼太が家族ぐるみの幼なじみだったところに、あとから運命が入ったのだ。


 そのため、神楽や蒼太との出会いは劇的なものではなかった。麗奈が紹介すると言って、三人は会っただけのことなのだから。ただ、それでも幼い子供と言う好奇心の塊だった三人が仲良くなるのは、そう難しいことでもなかった。それが今この時も続いているのには驚きを覚えるが。


 そんな事よりも、運命にとって劇的だったのは、麗奈との出会いだったと言えるだろう。出会った場所は病院。出会った時期は冬。そして、出会った瞬間は、まさに事件発生の真っ只中だった。それは下手をすれば大惨事を招きかねなかったほどの出来事だったが、今は省く。またそのことを話す機会があれば、その時に語ろう。


 伝えたいのは、その時の事があったからこそ運命と麗奈は出会うことが出来て、今に至ると言うこと。その出会いがあったからこそ、運命と麗奈の今の関係は存在すると言うことだ。恋人未満友達以上の曖昧な関係が。


 運命は麗奈との出会いを思い出したあと、馬鹿なことをやっている友人達をまた見やる。次いで、微かに笑う。そして、運命は蒼太の髪をくしゃくしゃに撫で回し、いつもと変わらない日常を楽しむのだった。


 放課後には、美羽に謝って仲直りもしなければならない。だが、運命はそこまで深刻に考えてはいなかった。それと言うのも、美羽はふてくされながらも許すだろうから。美羽は何だかんだ言いながらも、運命が美羽を妹として大事に思っているように、運命を兄として大事に思っている。それを分かっている運命は、ひたすら謝るのみだ。蒼太に言われたからではないが、誠心誠意謝れば、美羽は許してくれる、と。


 ◇


 放課後、美羽と連絡をして一緒に帰ることになった運命は、ひたすら謝り倒した。端から見れば、情けなさ過ぎるほどに。その甲斐もあってか、美羽はすんなりと許していた。もしかしたら、美羽もまた思うところがあったのかもしれない。主に、昨日、今日の自身の言動について。


 結局、どっちもどっちだったと言うことだったのだろう。運命もやり過ぎたが、美羽もまたその前にやり過ぎていたのだから。そのわだかまりが無くなれば、あとは早い。家に帰り着くまでには、運命と美羽の関係は元に戻っていた。それだけだ。ただ、運命は美羽にデザートを奢らされていたが。


 家に帰ってきた運命は着替えることもなく、リビングのソファーで財布の中身を確かめていた。うなだれ、虚無感を覚えながら。


「はぁ、財布が寒々しい……」


「今更何言ってるの。お兄ぃは器が小さいなぁ」


 溜め息混じりに財布を閉じる運命に声を掛けたのは、自室で着替えを済ませた美羽だった。両肩が出るほどの襟の広い長袖に下はジャージと、完全に部屋着スタイルだ。手には、きのこの形をしたチョコレートとその箱が。デザートを食べたあとだと言うのに、まだ甘いものを食べるらしい。


 だが、運命が気にしたのはそれではなかった。運命の琴線に触れたのは、美羽の発言の方だった。


「小さくない! 大きいとは思ってないけど、小さくもない! そもそも、デザートに一万以上も使う美羽が容赦なさすぎなんだよ! そりゃ、溜め息も吐きたくなるだろ!」


 運命の悲痛な心からの叫びだった。しかし、その気持ちも分かる。いつもならば、美羽にデザートを奢ったところで、多くても二、三千円で収まるのだ。それを、あろうことか美羽は今回に限って、一万円を越す金額を叩き出してくれた。単価も高い所ではあったが、それにしても限度がある。詰まるところ、容赦なさすぎだった。


 だが、美羽にも言い分があるらしく、チョコレートを口に含みながら反論し始める。それが、まともな言い分かどうかは置いておくとして。


「えぇ、奢ってもらうなら遠慮は逆に失礼だって思ったから、無理して食べたのに」


「無理するなよ! 遠慮して良いんだよ、そこは!」


 落ち込んだ様子の美羽に、しかし、運命はそれを気にも留めない。それがただの演技でしかないことを、分かっているのだ。そうでなくては、チョコレートを持っている意味が分からない。何より、美羽のそれを運命は兄として何度も見てきている。嘘かどうかなど、見破れて当然だった。


 だと言うのに、美羽はまだその演技もとい遊びをやめる気がないようだ。今度は、チョコレートをソファーの前にあるテーブルに置き、祈るように手を組んで涙を浮かべる。そして、悲しみを携えてか細い声で言い募った。


「兄妹で遠慮するなんて、間違ってるよ。血を分けた家族なんだよ? 誰よりも近い存在なんだよ? それなのに……」


「そんな事は……、って、ちっがーう! 違わないけど、そうじゃないだろ! 何、いきなりしんみりした雰囲気出してるんだよ! そんな事じゃ騙されないからな! てか、明らかに論点ズレてるし!」


 そこまで突っ込んだ運命だったが、次第に頭を抱え、心のままに叫びたい衝動に駆られていた。今の運命の心境としては、家の妹はどうしてこうなった、と言った感じだろうか。哀れだ。


 そんな運命に、美羽は小さく舌打ちをする。もちろん、今の運命に聞こえないように。そして、美羽は路線変更とばかりに自身の可愛らしさを全面に押し出して、誤魔化す。両手を口元で握り締め、眉尻を下げて瞳を潤ませ、小首を傾げる。更には、巨乳をアピールするポーズとして状態を屈ませて腕で挟み込み、女の子をアピールしてか内股で膝を軽く折る。所謂、典型的なぶりっこポーズだ。


「ちっ……。お兄ぃは細かいんだよぅ。そこはさらっと流されてくれなきゃ、ね?」


「ね? じゃない。そんなんで流されてたまるかっ」


 運命はそんな美羽に近寄っていき、チョップをすることでその答えとした。かなり良い音が鳴ったあたり、運命もそれなりに本気でやったようだ。また、美羽は潤ました瞳とは別に目尻に涙を浮かべている。その様子から、なかなかにそれが痛いことも窺い知れた。


 美羽はチョップを食らった頭頂部を両手で押さえ、しゃがみ込んだ。何やら呻いているようだったが、何を言っているのか全く聞き取れない。ただ単に、痛みで呻いているだけだろうか。


 運命もそう思ったのか、不用心にも美羽の傍にしゃがみ込み、その様子を窺う。それが美羽の狙いだとも知らずに。


 そして、次の瞬間それは起きた。


「っ、がふっ。み、美羽、お前……」


 運命は苦しそうに美羽を見上げた。そう、見上げたのだ。現在、運命は仰向けに倒れ伏し、その上に美羽がどっかりと体重を掛けて乗っていた。運命の鳩尾付近に、どっかりと。


 果たして、何が起きたのか。それは、一瞬の出来事の結果だった。運命が油断してしゃがみ込んだその瞬間を狙って、美羽は運命の上半身目掛け飛び付いたのだ。それによって運命はバランスを崩し、後ろに重心が移動してしまった。そして、その隙を突かれ、美羽に呆気なく組み伏せられたと言うわけだ。


「チョロいね、お兄ぃ。ふふ、騙されないとか言っておきながら、結局騙されてるし。チョロ過ぎだよ」


 美羽は簡単に組み伏せられた運命を嘲笑う。その様はまるで、にょきにょきと小悪魔の耳と尻尾が生えてくるようだった。


 だが、運命はそんな事を気にしている余裕はなかった。と言うのも、鳩尾付近に乗られ、上半身の身動きは当然ながら、それと同時に息をするのも大変だったからだ。


 だからこそ、運命は言ってやった。それが、女性にとって禁句と言われるものだろうが何だろうが。今は自身の苦しさを取り除く事が先決なのだから。


「くそっ、重い。また体重増えたろ。重いからどけって、美羽」


「やだ。女の子に重いなんて、デリカシーの無いこと言う人の頼みは聞こえませーん」


 しかしながら、美羽が退くことはなかった。当然だ、そんな事を言われて素直に退いてやるほど、美羽はお人好しではないのだから。と言うか、こんな事を言われて素直に退く者が居るとも思えないが。


「聞こえてんじゃん。とにかく、どいてくれ。さすがに苦しいんだって」


「やだ。これからお仕置きするんだもん」


 運命の再度の頼みに、美羽は意地の悪い笑みとともに自身の指をほぐす。宣言通り、運命にお仕置きを与えるため、念入りに。ウネウネ、ワキワキ、と。


 そして、遂にお仕置きは始まった。美羽の高らかなスタートの合図とともに。


「レッツ、お仕置きターイム!」


「っ、やめっ、ぎゃははははは――――」


 運命は脇から脇腹に掛けて、とにかく敏感だった。少しの刺激で身を捩らせるほど、決定的に弱い。それは幼少期からずっとの、生まれつきの体質だった。そして、それを妹の美羽はよく知っている。


 つまり、運命をお仕置きするのにこれほど最適な部分もなく、美羽は当然そこを攻める。指を使って容赦なくいじめ抜く。要するに、くすぐりだ。ただ美羽の場合、妹としての長年の経験による指使いで、それを地獄のくすぐり刑へと昇華させてしまっていた。


 自身の弱い部分を適切な力加減で攻められる。運命にしてみれば、堪ったものではない。実際にやられてしまえば、運命は息を吐く暇もなく笑うことしか出来ないのだから。


 ◇


「ぜぇ……ぜぇ……」


 数分後、運命は焦点の合わない虚ろな瞳をし、死にかけていた。荒く息はするものの、その口から言葉が出てくることはない。時折、ピクッと身体が無意識に痙攣しているが、意識はあるので大丈夫だろう。


 また、そんな運命の上では美羽がやり切った感を惜しげもなく出していた。こちらも息は乱れているが、運命よりも遥かにマシなものだ。何より美羽の場合、適切な運動をし終わった爽快感の方が勝ってもいた。


「いやぁ、久しぶりに本気出しちゃったけど、疲れたぁ」


 美羽はグッと伸びをして運命の上から退き、その傍らに座り直した。そして、運命の頬を暇そうにつつく。だが、運命の反応は芳しくなかった。頬ではピクリともしないのだ。


 仕方なく美羽は反応を求めて脇腹に手を伸ばす。あくまでも仕方なく、渋々として。


 と、その時だ。運命の手が美羽のそれを阻んだのは。次いで、運命はそのまま美羽の手を引っ張り、先程とは逆の立場として押し倒していた。


「えっ、ちょっ、お兄ぃ!?」


「はっ、チョロい、チョロ過ぎだ。油断したな、美羽。さすがは俺の妹だよ、油断するタイミングが同じで笑えてくる」


 驚きで上手く思考出来ない美羽を、運命は意趣返しとばかりに語りながら鼻で笑う。運命のその時の目ときたら、妹への復讐に燃えているようにしか見えなかった。


 だが、そこまで言われれば美羽の思考もクリアになってくる。今何をされたのか、これから何をされるのか、大筋ながら理解したようだ。そして、その直後に美羽は悔しそうな表情を浮かべる。


「なっ、お兄ぃ! こんな事してただで済むと」


「問答無用! さっきの仕返しだ!」


 美羽が罵倒の言葉を吐く前に、運命はそれを遮る。次いで、運命は抵抗されないようにか、美羽の両手を頭の上で一纏めに片手で押さえ込んだ。見ようによってはと言うか、見た目的には強引に犯そうとしているようにしか見えないが、もちろん違う。大切な事なのでもう一度言うが、違うったら違う。運命にそんな意図は断じて無い。運命の意図はただの仕返し、つまりは美羽をくすぐるだけだ。


 だが、やはり端から見れば、そう取られても不思議ではなく、事実そう取られた。誰に。それは母親ともう一人、麗奈にだ。


「あらあら、まぁまぁ」


「さ、運命……」


 リビング入り口付近にて、母親――雫は買い物袋を片手に、もう片方の手で驚きとともに上品そうに口元を隠していた。また、何故か居るその傍らに立ち尽くす麗奈は、学校指定のカバンを手から滑り落とし、茫然自失と言った様子だった。


 これに、運命の視線は二人と美羽を忙しなく行き来させる。見るからに、運命が美羽を押し倒しているこの状況。間違ってはいないが、一つ重大な誤解を生んでいるのは確かで。二人の様子からもそれは一目瞭然だった。


「ち、違うんだ。これは、その……」


 ようやく運命が発した言葉は、その怪しさを増幅させるものでしかなかった。誤解は更に深まるばかり。運命は全身に滝のような嫌な汗をかく。次第に顔色も青ざめていったが、それさえ運命の有罪を確固たるものにしてしまう。冤罪なのだ。冤罪なのだが、この場でそれを証明する事は不可能だった。


 仮に美羽が二人の誤解を解こうと、運命に助け船を出したところで、それが信用される事もない。今のこの状況では、兄である運命を庇ったとしか思われないのだから。だからこそ、美羽は押し黙る。余計な事を口走らぬように。


 決して、運命に組み伏せられた仕返しではない。さすがに美羽も、そこまで悪魔ではない。空気を読むこともあるのだ。


 ただ、だからと言って事態が好転するわけでもない。美羽が喋ろうが喋るまいが結果は変わらず、誤解はされる。運命は一時的にとは言え、鬼畜のレッテルを貼られるのだ。


 リビングには、何とも言い難い空気が流れる。運命の言葉を最後に、誰も口を開けずにいた。この危うい均衡が崩れた時、それが運命の最期だろう。


 嫌な汗が運命の頬を伝い、一滴の雫と化したそれは美羽の顔の近く、リビングの床に落ちた。そして、皮肉にもそれが合図となった。均衡を崩す合図に。


 動いたのは、麗奈だ。身体を戦慄かせ、怒りと嫌悪の眼差しで運命を睨む。次いで、足早に運命へと近寄るなり腕を振り抜き、運命の頬に強烈な平手を飛ばしたのだった。


 あまりに勢いのある平手打ちに、運命は美羽の上から転がってしまう。だが、麗奈はそんな運命を一瞥するに留め、何も言わずにただ息を荒げる。それと同時に麗奈の瞳は潤み、今にも泣き出しそうな有り様だった。


 麗奈はその艶やかな唇を噛み締め、そのままリビングから出て行く。そして、入り口付近に落とされていた鞄を引っ掴むなり、逃げるように去っていった。


 運命はそれを呆然と眺めるほかなく、手を伸ばすことさえ出来なかった。それは美羽も同様で、運命が退かされたと言うのに身じろぎの一つもしない。唯一動けていたのは、いつの間にか運命の傍らにしゃがみ込んでいた雫のみだった。


 そして、その雫が次に取った行動。それは、運命と美羽の頭に軽く拳を落とすことだった。コツン、と。


「駄目でしょ? 誤解されるようなことしちゃ。もう二人も大きくなったんだから、気を付けよう?」


 天然ではあれど、雫も母親だ。自分の子供の事など、一番理解している。だからこそ、二人がふざけ合っていただけだと一目見て気付いていた。気付いていても、咄嗟に麗奈を止められなかったが。その辺りは、やはり天然と言うか、おっとりしていると言うことなのだろう。


 また、今まで雫が困り顔をしていたのは、隣に麗奈が居たからだ。今のこの子では誤解する、と。雫は先頃に偶然会った麗奈の様子を見ていたため、余計にそう感じていた。雫の贔屓目に見ても、その時の麗奈は心が揺れているようだったのだ。そして、その考えは当たっていた。物の見事に、誤解されてしまったのだから。


 とは言え、それでも普段の麗奈ならば雫と同じく、二人のそれがふざけ合っていただけのものだと気付けただろう。麗奈とて運命とは付き合いが長いのだから。ただ、そうして長年想っているからこそ、視野が狭まってしまうとも言える。そこが、家族とは違うのだろう。


 想えば想うほど、疑いを持ってしまう。それが人と言うものだ。麗奈はまだ若い。それが顕著に出ても仕方のないこと。若さ故の青さだった。


 さて、話が逸れてしまった。視点を戻そう。


 雫の言葉に、運命もようやく呆然とした状態から戻ってきた。運命は視線を雫に移す。


「っ、ごめん。ふざけ過ぎた……」


 そして、運命は雫の優しげな面持ちに唇を噛み締め、絞り出すように言った。


 それは小さな呟きだったものの、その言葉をしかと聞き取った雫は頷いた。次いで、ゆっくりと問い掛ける。


「そうね、ふざけ過ぎちゃった。なら、次はどうするの? 美羽さんも」


「えっと、謝りに行く。それで、麗奈さんの誤解を解く、かな」


 運命と同じく呆然とした状態から脱した美羽は、自分なりに考えた結果を伝えた。運命の考えも美羽のそれと同じようだ。賛同するように頷いている。


 二人の出した答えに、雫は満足げな微笑みを浮かべた。


「うん、そうね。正解よ」


 そうして、雫は二人の頭を撫でる。良く出来ました、と。


「さぁ、答えが分かったなら、善は急げ。行ってらっしゃい」


 雫のその言葉に、二人は急いで麗奈を追い掛ける。自宅にいるだろうが、仮に居なくとも、まだ遠くには行っていないはずだ。見付けることは可能だろう。そこから、どうするかは二人次第だが。


 二人が去ったリビングにて、雫はぽつりと独り言を零す。


「よかったぁ。何とか誤魔化せたかしら。実は、途中まで本当に近親相姦してるのかと思っちゃったとか……、言えないわよねぇ。あはは、今日、晩御飯少し豪華にしとこうかしら」


 訂正、雫は全く分かっていなかった。それどころか、麗奈とどっこいどっこいの誤解をしていたようだ。何をとは言わないが、台無しだった。


 そして、雫はもう一度買い物に行く。言わずもがな、豪華な食事を用意するために。



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