↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
2/4

第1話「もう一度、生きる」

――午前6時17分。


鳥の鳴き声が聞こえる。


静かな風が、窓の隙間から部屋へ入り込んでくる。


そして――


「……ん」


少年はゆっくりと目を開けた。


「…………」


白い天井。


木造の壁。


見たことのない部屋。


少年はしばらく天井を見つめていた。


「……ここ、どこだ?」


身体を起こす。


その瞬間――


「……軽い」


違和感。


身体が異様なほど軽かった。


少年は自分の手を見る。


細い指。


小さな手。


「…………」


しばらく固まる。


そして――


「……子供?」


慌ててベッドから降りる。


しかし、足に力が入らず――


「うわっ!」


ドサッ!


床に倒れた。


「……痛っ」


少年は額を押さえながら立ち上がる。


「何なんだよ……」


部屋を見渡す。


鏡がある。


恐る恐る近づく。


そして――


鏡に映った自分を見た瞬間。


「…………誰だ、こいつ」


そこにいたのは、十五歳ほどの少年だった。


以前の自分とはまったく違う。


痩せた身体。


青白かった肌もない。


苦しそうな表情もない。


健康そのものだった。


少年は鏡に触れる。


「……これが、俺?」


その瞬間。


記憶が一気に蘇る。


三十五歳。


何も成し遂げられなかった人生。


いつか変わると思っていた。


明日になれば。


来月になれば。


いつか――。


そして。


人生は終わった。


「……俺、死んだんだよな」


静かな部屋に声だけが響く。


少年は目を閉じる。


「……そうだ」


死んだ。


なのに――


「なんで……生きてる?」


その時。


――コンコン。


ドアを叩く音がした。


「アルス?」


少年が振り返る。


「……アルス?」


ドアが開く。


一人の女性が入ってきた。


そして、少年を見ると――


「アルス!」


女性は驚いたように駆け寄ってきた。


「起きたのね……!」


「え?」


「本当に……よかった……!」


女性の目から涙がこぼれる。


少年は困惑した。


「えっと……」


女性は彼を抱きしめる。


「もう大丈夫よ……」


「…………」


少年は何も言えなかった。


知らない人。


知らない部屋。


知らない身体。


そして――


知らない人生。


――しばらくして。


「……つまり」


少年は椅子に座りながら話を聞いていた。


「俺……いや、アルスは病気だった」


「そうよ」


女性は頷いた。


「ずっと身体が弱くてね。昨日までほとんど起きられなかったの」


「……昨日まで?」


「ええ」


女性はアルスの顔を見る。


「でも、今朝起きたら……まるで別人みたいに元気になっていた」


「…………」


「だから、みんな奇跡だって言ってるわ」


アルスは自分の手を見る。


健康な身体。


自由に動く手足。


痛みのない身体。


「……奇跡、か」


女性は微笑んだ。


「そうよ」


アルスはしばらく黙っていた。


そして、小さく笑う。


「……そっか」


――奇跡。


前の人生では、一度も起きなかったもの。


それが今、自分の目の前にある。


「魔法」


朝食の席。


アルスは周囲を観察していた。


木造の家。


知らない食べ物。


知らない服。


そして――


「ほら、火をつけるわね」


女性が指を軽く動かす。


すると。


ポッ。


小さな炎が指先に灯った。


「…………」


アルスの目が見開かれる。


炎。


間違いない。


「……魔法?」


女性が首を傾げる。


「そうだけど?」


「…………」


アルスは黙り込む。


そして、ゆっくりと椅子から立ち上がった。


「魔法が……本当にあるのか?」


「もちろんあるわよ」


「誰でも使える?」


「基本的な魔法なら、ほとんどの人が使えるわ」


「魔物は?」


「いるわよ」


「王国は?」


「もちろんあるけど……」


「冒険者は?」


「いるけど……」


「ドラゴンは?」


「……アルス?」


「はい」


「あなた、本当に大丈夫?」


「…………」


アルスは真顔で答えた。


「たぶん」


女性は頭を抱えた。


――昼。


アルスは家の外へ出た。


太陽が眩しい。


風が気持ちいい。


街には人がいる。


子供たちが走っている。


商人が声を上げている。


魔法を使って荷物を運んでいる人もいる。


「…………」


アルスは立ち止まった。


ただの街。


ただの日常。


でも――


前の人生では、こんな光景すら遠かった。


「……すごいな」


自然と笑みがこぼれる。


「俺、本当に異世界に来たんだ」


その時。


一人の少年がアルスの横を走り抜けた。


「待てー!」


「捕まえてみろよ!」


「こらー!」


アルスはその光景を見つめる。


そして。


「……楽しそうだな」


小さく呟いた。


――その夜。


アルスは窓辺に座っていた。


月を見上げる。


前の世界とは違う月。


違う星。


違う空。


「……前の人生」


静かに呟く。


「俺はずっと……明日を待ってた」


「明日になれば変わる」


「いつか、本気を出せばいい」


「まだ時間はある」


アルスは目を閉じる。


「でも……」


拳を握る。


「明日は、何も変えてくれなかった」


しばらく沈黙する。


そして――


「だったら」


目を開く。


「今度は俺が変える」


立ち上がる。


「待つだけなんて、もうやめだ」


窓を開く。


夜風が顔に当たる。


「この人生は――」


アルスは空を見上げた。


「俺自身のものだ」


――翌朝。


「魔法を教えてください!」


「……急ね」


アルスは庭に立っていた。


目の前には家族。


「まずは簡単な魔法からね」


「はい!」


アルスは手を前に出す。


「……火!」


何も起こらない。


「…………」


もう一度。


「火!」


何も起こらない。


「…………」


さらに一度。


「火ぁぁぁぁ!」


「力みすぎよ」


「……はい」


アルスは肩を落とす。


「魔法って難しいんだな」


「最初は誰でもそうよ」


「……そうか」


アルスは手を見る。


「じゃあ、もう一回」


手を前へ。


集中する。


魔力を感じる。


――何かが動いた。


「……え?」


一瞬。


アルスの指先に、黒い光が走った。


しかし――


消える。


「…………」


「今、何か出た?」


「……分からない」


アルスは自分の手を見つめる。


「気のせい……かな」


誰も気づかなかった。


ただ一人。


アルス自身だけが感じていた。


胸の奥で。


何かが――


ほんの一瞬だけ反応したことを。


――数日後。


アルスは少しずつ新しい生活に慣れていった。


朝起きる。


食事をする。


魔法を練習する。


家族と話す。


街へ行く。


何気ない毎日。


けれど――


アルスにとっては、その一日一日が新鮮だった。


「……これが」


アルスは街を歩きながら呟く。


「普通の生活ってやつか」


その顔には笑顔があった。


――そして、その帰り道。


「アルス、少し離れるなよ」


「分かってるって」


森の近く。


突然――


ガサッ。


「……?」


アルスが振り向く。


茂みが揺れた。


「何かいる」


「下がれ!」


一匹の小さな魔物が飛び出してくる。


「――っ!」


アルスは驚いて後退する。


魔物が唸る。


しかし。


次の瞬間。


同行していた大人が魔法を放った。


「火炎弾!」


――ドンッ!


魔物は吹き飛び、動かなくなった。


アルスは呆然とする。


「…………」


「大丈夫か?」


「ああ……」


アルスは魔物を見る。


これが――


この世界の現実。


魔法もある。


魔物もいる。


そして。


「……怖いな」


初めて。


この世界がただの夢ではないと実感した。


その時。


魔物が僅かに動いた。


「……?」


アルスが近づく。


魔物の目が開く。


そして――


アルスを見る。


「…………」


魔物の身体が震えた。


「……え?」


アルスが一歩近づく。


魔物は――


一歩後ろへ下がった。


まるで。


何かを恐れているように。


「……どうした?」


魔物は小さく唸った。


しかし、アルスがもう一歩近づいた瞬間。


魔物は怯えるように身を縮めた。


「……変だな」


同行者が呟く。


「何が?」


「いや……」


その人物は魔物とアルスを交互に見る。


「……なんでもない」


アルスは首を傾げた。


「?」


――その夜。


静かな部屋。


アルスは眠っていた。


「…………」


窓から月明かりが差し込む。


風がカーテンを揺らす。


そして――


ドクン。


アルスの心臓が一度だけ強く脈打った。


「……ん」


眠ったまま、胸元を掴む。


「……熱い」


一瞬。


アルスの身体の奥で、何かが蠢いた。


けれど――


すぐに静かになる。


「…………」


アルスは再び眠りについた。


何も知らずに。


何も疑わずに。


ただ、二度目の人生を生きるために。


そして――


その夜。


遠く離れた場所で。


古びた石碑に刻まれていた文字が――


ほんの僅かに光った。


誰も気づかない。


誰も知らない。


何が起きたのかも。


なぜ光ったのかも。


ただ一つだけ。


世界のどこかで――


何かが、静かに目を覚まし始めていた。


次回予告

第2話「初めての魔法」


「俺も……魔法を使えるようになりたい!」


アルスの魔法修行が始まる。


しかし、何度練習しても魔法をまともに発動できない。


そんな中、アルスは自分の中にある「奇妙な感覚」に気づき始める。


――二度目の人生は、まだ始まったばかり。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。