↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無能の逆襲 ~無能は回帰しても無能のままだった~  作者: にゅん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
42/53

未来で流行る食べ物

 学院祭で販売する料理の案を出した翌日、シオンは昼休みになるなりノアに呼び止められた。どうやら昨日のうちに材料の値段を調べてきたらしく、その手には数字の書き込まれた紙が握られている。


「シオン、昨日の料理について聞きたいことがあるんだけど。生地は小麦粉で作るんだよね? それとも別の穀物を使っているのかな?」


「そこから聞かれると困るな。食べたことはあるけど、作っているところを見たわけじゃないから」


 シオンが正直に答えると、ノアは少し考えてから紙へ何かを書き加えた。どうやら材料の候補をいくつか用意して、実際に試すつもりらしい。


 ディランはその横から紙を覗き込み、肉の種類について熱心に質問している。昨日から彼の関心は肉のことばかりだった。


「俺は牛肉がいいと思うぞ。焼きたての牛肉を薄い生地で包むんだろ? 絶対に美味いじゃないか」


「牛肉を使ったら値段が上がるよ。学院祭で売るなら、学生でも気軽に買える価格にしたいんだけど」


「だったら鶏肉はどうだ? それなら少し安くなるだろ!」


 ディランが次々と提案する一方、ノアは材料費の計算を始めていた。二人とも楽しそうだが、この調子では肉の種類を決めるだけで昼休みが終わってしまいそうだった。


「とりあえず、最初は鶏肉で試してみよう。俺が覚えている料理も、確か鶏肉を使ったものがあったはずだから」


「よし! それなら決まりだな。ところで、いつ作るんだ?」


「そこはまだ決まってないよ。学院の厨房を借りられるか、先生に確認しないといけないし」


 シオンがそう答えると、ノアは待っていましたとばかりに別の紙を取り出した。どうやら厨房の利用についても、すでに調べていたらしい。


「昨日の放課後に確認しておいたよ。来週の休日なら、調理実習室を借りられるって。ただし、担当教師の立ち会いが必要だそうだ」


「……仕事が早すぎない?」


「商売は準備が大切だからね。それに、面白そうな商品を思いついたのに、何もしないで待っているのはもったいないじゃないか」


 ノアは当然のように答えたが、シオンは思わず苦笑した。未来で大商人として知られる人物が、十四歳の時点からこれほど積極的だったのだから、将来の成功にも納得できる。


 もっとも、今回は学院祭の出し物を決めるだけだ。大きな商売へ発展させるつもりはないし、まずは自分たちが楽しめることを優先したかった。


 その日の放課後、シオンたちは担任教師へ相談し、翌週の休日に調理実習室を使用する許可を得た。試作へ参加する生徒も募ったところ、予想以上に多くの希望者が集まってしまった。


 料理が得意な生徒だけでなく、普段は厨房へ入る機会のない貴族の子弟まで興味を示している。どうやら自分たちで料理を作るという経験そのものが、珍しく感じられるらしい。


「これだけ人数がいるなら、班を分けた方がよさそうですね。全員で同じ料理を作っても、厨房が混雑してしまいますから」


 セレナが提案すると、ノアもすぐに賛成した。最初は生地を作る班と具材を用意する班に分け、それぞれ複数の方法を試してみることになった。


 ディランは当然のように肉を調理する班へ立候補したが、ヴァルターから待ったがかかった。


「お前、料理の経験はあるのか? 食べることと作ることは違うんだぞ」


「肉を焼くくらいならできるって言ってるだろ! 野外実習でもやったじゃないか!」


「あの時はシオンが火加減を確認していただろう。自分一人でできたことにするな」


 ヴァルターの指摘にディランが言葉を詰まらせ、周囲から笑い声が上がった。結局、料理経験のある生徒と組むことを条件に、ディランも肉の調理を担当することになった。


 シオンは全体の試作品を確認する役割を引き受けた。完成品の味を知っているのは自分だけなので、材料を扱うよりも、出来上がった料理を比較する方が役に立てそうだった。


 ただし、未来で食べた料理を完全に再現できるとは思っていない。そもそも当時の自分は、仕事帰りに屋台で買って食べていただけなのだから。


 週末を待つ間、シオンは母のエレノアへ手紙を書いた。内容は学院祭で販売する料理についてで、未来視で知った商品を試作することになったと説明した。


 もちろん、料理の名前や詳しい製法については分からないことも正直に伝えている。未来で流行していたというだけで、必ず現在でも売れるとは限らない。


 数日後、エレノアから返事が届いた。


 シオンは授業を終えて自室へ戻ると、机の上に置かれていた封筒を開いた。母からの手紙は相変わらず丁寧な文字で書かれていたが、内容は予想以上に積極的だった。


『面白そうな料理ね。学院祭で販売するだけなら、まずは皆さんで試作を楽しみなさい。ただし、未来で流行していたという理由だけで成功すると考えてはいけませんよ』


 そこまではシオンも同意できた。ところが、その次の文章を読んだところで思わず笑ってしまった。


『それから、もし美味しいものが完成したら、私にも食べさせてちょうだい。商会で扱うかどうかは、その後に考えましょう』


「……やっぱり、そっちにも興味があるんだ」


 母らしい返事だった。未来視の情報を利用して事業を広げてきた経験があるため、今回の料理についても商売としての可能性を考えているのだろう。


 ただし、学院祭の準備を優先していいと書かれていたことには安心した。今回は自分一人の商品開発ではなく、友人たちと楽しむための行事なのだから。


 シオンは手紙を机へ戻し、試作当日までに覚えている味を整理しておくことにした。


 そして迎えた休日、調理実習室には朝から賑やかな声が響いていた。普段は講義を受けている生徒たちが、それぞれ前掛けを身につけ、慣れない手つきで調理器具を並べている。


 シオンが到着すると、すでにノアは材料の確認を始めていた。机の上には小麦粉、野菜、鶏肉、香辛料などが並び、試作品ごとに使う量まで記録されている。


「おはよう、シオン。今日は三種類の生地と、二種類の味付けを試す予定だよ。全部組み合わせれば、六種類の試作品ができる計算になるね」


「最初からそんなに作るの? 食べ切れるかな」


「大丈夫だよ。ディランがいるから」


 ノアが当然のように答えると、少し離れたところからディランの声が飛んできた。本人はすでに前掛けを身につけ、鶏肉の入った容器を抱えている。


「おい! 俺を残飯処理係みたいに扱うなよ!」


「違うよ。試食担当として期待しているんだ」


「それなら最初からそう言え!」


 二人のやり取りに笑いながら、シオンは自分も前掛けを身につけた。学院祭まで時間はあるものの、今日の結果次第では料理そのものを変更する可能性もある。


 セレナは生地を作る班へ加わり、ヴァルターは野菜の下準備を担当していた。最初は料理に乗り気ではなかったヴァルターだが、いざ始まるとなると妙に真剣な表情をしている。


「ヴァルター、包丁を持つ手が随分と慎重だね。普段の魔法訓練でも、そんな顔をしてるの?」


「料理と魔法を一緒にするな。失敗したら材料が無駄になるんだから、慎重になるのは当然だろう」


「意外と家庭的なんだね」


「……お前、今日は余計なことを言わない方がいいぞ」


 ヴァルターが睨んできたため、シオンは笑いながら別の調理台へ移動した。どうやら今日も、友人たちと静かに過ごすのは難しそうだった。


 最初に問題が起きたのは、生地を作る班だった。


 薄く伸ばした生地を焼こうとしたものの、最初の試作品は予想以上に硬くなってしまった。見た目はそれなりだったが、具材を包もうとすると簡単に割れてしまう。


「これでは包めませんね。もう少し柔らかくする必要がありそうです」


 セレナが残念そうに生地を眺めると、料理経験のある女子生徒が水分量を増やしてみようと提案した。ところが、今度は生地が柔らかくなりすぎて、焼く前から調理台へ張り付いてしまった。


 シオンも試作品を触ってみたが、未来で食べた料理とは明らかに違っていた。記憶にある生地は、薄くても破れにくく、焼きたてなら簡単に折り曲げられたはずだ。


「小麦粉だけじゃなくて、別の材料が入っていたのかもしれないな。少し油を加えたらどうだろう?」


 シオンが提案すると、担当の生徒たちは早速新しい生地を作り始めた。今度は水分量を調整し、少量の油を加えてから薄く伸ばしてみる。


 しばらくして焼き上がった生地は、最初のものより随分と柔らかかった。まだ記憶にある料理とは少し違うものの、具材を包むことはできそうだった。


「これなら使えそうですね。シオン、どうですか?」


「うん。かなり近づいたと思う。ただ、もう少し香ばしかった気がするんだよね」


「それなら、焼き方を変えてみましょうか」


 セレナは楽しそうに提案し、再び調理台へ向かった。普段は魔法の訓練で見せる真剣な表情を、今日は料理の試作に向けている。


 シオンはその姿を見ながら、未来の記憶がなくても十分に楽しめる時間だと感じていた。


 一方、肉を担当する班では別の問題が発生していた。


 ディランが焼いた鶏肉は、見た目こそ美味しそうだったものの、味付けが濃すぎたのである。最初の一口を食べたノアが水を求め、周囲の生徒たちまで慌てて飲み物を用意する騒ぎになった。


「ディラン、香辛料をどれだけ入れたの?」


「少しだけだぞ! 俺はちゃんと教えてもらった通りにやったんだからな!」


 ディランが必死に弁解すると、一緒に調理していた生徒が申し訳なさそうに手を挙げた。どうやら材料を混ぜる順番を間違えたらしく、味付けが一部へ偏ってしまったらしい。


 シオンは水を飲んでいるノアを見ながら、思わず笑ってしまった。未来で食べた料理を再現する以前に、まず普通に美味しい料理を作るところから始める必要がありそうだった。


「とりあえず、最初は薄めの味付けにしよう。あとから調整する方が簡単だし、失敗しても食べられるからね」


「それは賛成だよ。今日だけで水を何杯飲むことになるのか、少し心配になってきた」


 ノアが真剣な顔で答えたため、ディランまで笑い始めた。本人も失敗したことは理解しているらしく、今度は慎重に調味料を量っている。


 何度か試作を繰り返した結果、ようやく全員が納得できる味付けに近づいてきた。甘みと香辛料の割合を調整し、刻んだ野菜を加えることで、肉だけでは出せなかった食感も生まれている。


 ただし、ここで新しい問題が見つかった。


 生地と具材を別々に食べると美味しいのに、実際に包んでみると味が薄く感じられたのである。


「不思議ですね。先ほどは十分に味が付いていたと思ったのですが」


 セレナが首を傾げると、シオンも試作品を一口食べてみた。確かに、生地の味が加わったことで全体の印象が変わっている。


 未来で食べた料理は、もう少し濃厚な味だった気がする。肉の味付けだけでなく、何か別の調味料が使われていたのかもしれない。


「たぶん、具材だけじゃなくて、最後に何かかけていたんだと思う。甘辛い味だったのは覚えているんだけど、細かい材料までは分からないな」


「だったら、調味料を混ぜて試してみようよ。僕の実家でも、商品の味を決める時は何度も試作するらしいからね」


 ノアの提案に全員が賛成し、今度は調味料を組み合わせる作業が始まった。料理経験のある生徒たちが中心となり、甘みや酸味の異なる数種類の調味液を用意していく。


 シオンはそれぞれを少しずつ試食し、記憶にある味と比較した。最初の二種類は明らかに違っていたが、三種類目を口にしたところで、思わず手が止まった。


「……あ、これだ」


 その言葉を聞いた瞬間、周囲の生徒たちが一斉に振り返った。ディランなどは、まだ自分の試作品を食べ終えていないのに、急いでこちらへ近づいてくる。


「本当か!? それなら完成じゃないか!」


「いや、まだ少し違う。でも、かなり近いと思う。もう少し甘みを抑えたら、記憶にある味になるかもしれない」


 シオンがそう説明すると、ノアは早速調味料の配合を記録し始めた。試作品を作った生徒たちも嬉しそうで、調理実習室には再び活気が戻ってくる。


 結局、その日の試作は夕方近くまで続いた。


 全員で後片付けを終える頃には、調理実習室の机に大量の記録用紙が積み上がっていた。生地の配合、具材の味付け、焼き方、包装方法など、今日だけで随分と多くのことが分かった。


 ノアは記録を整理しながら、満足そうに頷いている。まだ完成品とは言えないものの、商品としての形が見えてきたことが嬉しいらしい。


「これなら学院祭までに間に合いそうだね。次は実際に販売することを考えて、調理時間と材料費を確認したいところだけど」


「今日はもう勘弁してくれ。俺、肉を焼きすぎて腕が疲れたぞ」


 ディランが椅子へ腰を下ろすと、ヴァルターが呆れたように肩をすくめた。もっとも、彼自身も大量の野菜を刻んでいたため、普段より少し疲れた顔をしている。


 シオンも椅子へ座り、完成に近づいた試作品を改めて眺めた。薄い生地で肉と野菜を包んだ料理は、未来で食べたものと完全に同じではない。


 それでも、今日一日で随分と美味しくなった。


 自分一人では、おそらくここまで再現できなかっただろう。料理の知識があるわけでもなく、材料の配合についてもほとんど覚えていなかったのだから。


「シオン、どうしました?」


 隣へ座ったセレナが、不思議そうに顔を覗き込んできた。シオンは手元の試作品を見せながら、素直に思ったことを口にする。


「いや、俺が覚えている料理より、こっちの方が美味しくなるかもしれないなって」


「それは嬉しいですね。皆さんで考えた料理ですから、そうなったら素敵だと思います」


 セレナはそう答え、残っていた試作品を小さく一口食べた。少し考えるように視線を落とした後、満足そうに微笑んでいる。


「私は、もう十分に美味しいと思いますけれど」


「まだ改良できるよ。せっかくだから、学院祭では一番美味しいものを出したいしね」


 シオンがそう言うと、セレナは少し驚いたような顔をした。普段のシオンは面倒なことを避けたがるため、料理の試作にこれほど積極的になるとは思っていなかったらしい。


「シオンがそこまでやる気になるなんて、少し意外です」


「俺だって、楽しいことなら頑張るよ」


「それなら、私も最後までお付き合いしますね」


 二人が笑い合っていると、離れたところからノアの声が聞こえてきた。どうやら次回の試作日程について、すでに相談を始めているらしい。


 シオンは苦笑しながら立ち上がり、友人たちの輪へ戻っていった。


 未来の料理を再現するという小さな挑戦は、いつの間にかクラス全体の楽しみになり始めていた。完成品を知っているのはシオンだけだったが、そこへ近づくための方法は、誰か一人の記憶から生まれるものではない。


 それぞれが知恵を出し、失敗を重ね、少しずつ形にしていく。


 十四歳のシオンは、そんな当たり前の共同作業が、思っていた以上に面白いことを知ったのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。