第47話
リリアが落ち着いてきた頃、彼女はツバサから体を少し離し、口を開いた。二人が横並びで座る。
「わたしも知らなかったの、自分がこんな体だって……」
目は赤く腫れ、視線は下を向いている。
「だから驚いた。いきなり自分が人魚の姿になった時は」
ツバサは小さく頷くだけに留め、彼女の話に傾聴する。
「わたしが六歳の頃だった。その時はマザーも一緒で、どこか外出先からの帰りだったの。ほとんど教会も目の前って時に、強い風が吹いて、いつもしてるケープのフードが後ろに翻ってしまったの……。その日は晴れていて、月もよく見える夜だったわ。人魚の姿になって混乱状態に陥っているわたしを、マザーは急いで抱きかかえて教会に入った。幸い誰も見ている人はいなかったみたいだけど」
リリアが肌身離さず身に付けているフード付ケープ。これは、フードを被っている時に全身を月明かりから遮断してくれる魔法がかけられた特殊なものらしい。マザーの知り合いに魔法技師がいるらしく、その人に頼んで作ってもらったようだ。
服が消えたのは、そのケープに備えられた副次効果らしい。人魚の姿になれば勿論下半身の服がズタボロになってしまう。人魚から人間の姿に戻った時に服が無いのは困りものだ。そんな事態を想定して、フードが外れた場合に、その時身に付けていた服一式をケープ諸共、違う場所に転移させるような魔法が組み込まれているらしい。
「わたし、マザーに何も訊かなかったの。凄く怖い答えしか返ってこなさそうって思ってたから……。でも、マザーの方から色々教えてくれたわ」
ブラッディ・サンセットの時、マザーは命からがらミスティ湖へ逃げたらしい。戦火を見て水を求めたのだろう。彼女が湖に辿り着いた時、淵にほど近い場所に赤ん坊がタオルに包まれて置かれていたらしい。それがリリアだ。
リリアが普通でないと知ったのは、それから間もなくのことだった。リリアを抱きながら逃げている最中、夜になって月光を浴びたリリアの姿が人魚のそれになったのだ。マザーは大いに驚き、戸惑ったようだが、それでもリリアは戦争という闇に希望をもたらす一縷の光のように思えたらしい。修道女であるということから結婚や出産が叶わず、子供を育ててみたいという思いもあったのだろう。
「自分が人魚になるって解ってから、わたし凄く怖くなったの。わたしがこんな存在だって知ったら、みんなわたしから遠ざかってしまうんじゃないかって。それで、そんな風に怯えてるなら、自分からみんなと距離を取った方が楽だと思った。でも本当は、みんながお洒落の話したり、恋愛の話したりしてるのが羨ましかった。わたしもそこに混ざりたいって思った。だけど、できなかった……。わたしにはその勇気がなかったから……」
苦しそうに無理やり笑顔を作ろうとするリリアがツバサの瞳に痛々しく映る。