第18話
「で、ツバサは退学決定か? 寂しくなるなー」
「誰が退学するか!」
ボルドー教官からの話が終わり〝攻撃スペル実学〟の教室で席に着くと、早速ディノがニヤニヤしながら話しかけてきた。授業が始まるまでまだ少し時間があり、教室は生徒たちで割とガヤガヤしている。
一年次はスペルやモンスター、攻撃や防御方法などの基礎論を学ぶ。二年次以降はより細分化され、分野毎に決められた単位数を履修するというシステムとなっている。ツバサとディノの履修教科はほぼ一緒だ。
「良かったな」
笑いの表情を保ちながら、ツバサの肩をポンポンと叩くディノ。
「それで? ボルドー教官の話は何だったの?」
「この間の試験結果の話。ネチネチと嫌味を言われたよ。あの人、ストレスの捌け口をカノン班に向けてんだ」
ツバサは机に設置された電子版のスイッチを押して起動させながら、さらりと言う。
言い訳を考えていたわけではなかった。すんなりと嘘偽りが口から出たことに多少のショックを感じる。常日頃からボルドー教官に嫌味を言われ続けているからだろう。
ふーん、と鼻を鳴らすディノはツバサの台詞に納得したようだった。
「そんなことよりさ、ディノが受けたセルバーンの任務って結局なんなんだよ」
ボルドー教官からの呼び出しの前、ディノに訊こうと思っていた質問を今する。
「うーんとね、一言でいうと――〝人魚狩り規制〟かな」
「人魚狩り!?」
ツバサは驚きで目を瞬かせる。
「人魚って童話の世界だけじゃないの!? ホントにいんの!?」
「シーッ! ツバサ声大きいよ!」
ディノが人差し指を口元に当てて慌ててツバサを黙らせる。それに対して口元を手で覆い、ごめん、と小声で謝る。
「ツバサの言ってる童話って?」
「コペン童話」
「コペンさんの出身ってセルバーンなんだよ」
ツバサは、マジか……、と呟き、息を呑む。
「俺も見たことあるわけじゃないから詳しくは分からないんだけど、セルバーンには昔から人魚の伝説があるんだ」
最近、クリーン活動という大義名分で様々な湖を探索している団体がいるらしい。湖の深くに潜って何かを調べている。それはどうやら人魚を捕らえるためらしいという情報がセルバーン議会に入って来たようなのだ。
ディノの任務は、セルバーンの東側にあるドロマ地区に存在する森林湖の監視および湖捜索団体の拘束らしい。
「でも何でその団体を拘束する必要があるんだ?」
そんなことをするなんて、まるで人魚が本当に存在すると言っているみたいではないか。
「さあ? 俺には分からないよ」
両手を上げて、ディノは軽く息を吐く。そして腑に落ちない顔で続けた。
「それに、監視や拘束なんて仕事、わざわざWGSに頼まなくてもいいと思わない?」
チャペルの鐘の音が授業開始を告げる。それとほぼ同時に女性教官が教室に入って来た。彼女が教卓のスイッチを押すと、カーテンがスライドし、教室の照明が落ちてデジ板にWGSの校章が眩く映し出された。
背中に立派な翼を生やして空へ翔け上がる馬。本来地を駆ける馬だが、空という通常では行くことが叶わない場所であっても自身の力で向かって行けるだけの力を持つ集団。そういう思いが込められているらしい。
天馬のエンブレムの入った制服を身に付けながら、ツバサは授業中、ボルドー教官から伝達された任務、ディノの班に命じられた任務に思考を巡らせていた。




