第9話:ガートナー教官
目を覚ますと、そこは見慣れた俺の部屋だった。寝た時と変わっていない。立ち上がり鏡を覗き込むと、そこには2本の角を生やし、黒い皮膚をした魔族の俺の姿があった。
それにしても、あの円卓議会は何だったんだろうか。でも明瞭に覚えているから夢ではないだろう。まぁ俺の思う通りに動いて問題ないのだから気にする必要は無いだろう。
身支度をしてから部屋を出て、食堂で朝食をいただいていると、あの寮母が醜悪な巨体を揺らして近づいてきた。
「蘭ちゃん、ガートナーちゃんが朝食後に教官部屋に来るようにって言ってたわよ。忘れないでちょうだいね」
教官に呼ばれるよな。ってか教官ってガートナーって名前だったんだ。その教官をちゃん付けで呼ぶ寮母さんって一体何者だ?
何が起こるか。教官と面と向かって戦ったとしてもまだ勝てない気がする。となると、部屋では正体がバレないように細心の注意を払って切り抜けなければならない。
コンコンッ
「第15特務部隊所属の蘭です。招集に応じて参じました」
「入れ」
朝食後に慣れた足取りで教官部屋へとやってきた。
「失礼します」
部屋の奥。机の向こうに座っていたのは、身体つきは細いが、鋼のように引き締まった肉体を持ち、目つきが鋭く、頭から二本の角が上へと伸びている魔族だった。小隊長の記憶通りだ。こんな奴にずっと教わっていたのか。
「戦場から逃げのびていたようだな」
手元の書類に何かを書きながら、俺へと話しかける。
「はい、逃げるので精一杯でした」
自然な会話となるように、一言一句に注意する。
「部隊は全滅したというのに、お前だけが生き残っているか」
教官が不意に顔を上げてこちらを睨みつけた。教官の目つきが更に鋭くなる。こんな目つきの奴と戦場で会いたくない。その威圧感に喉が渇き、心拍数が跳ね上がる。俺は動揺を悟られないように、悔しさをにじませたように言葉を返す。
「……力不足でした」
事実だ。魔王どころか、教官すら倒せるか怪しい。もっと強くならないと。
「のこのこと帰ってきやがって。少しでも多くの敵を倒す事がお前のやる事だ」
何も言えないな。余計な事を言うと、何かボロが出そうだ……
「すぐに部隊編成をして、明日にも再び敵の元へ侵攻せよ」
明日だと? 早すぎる。この拠点についての情報をしっかりと獲得しないといけないんだ。
「すぐは無理です。ここまで帰ってくるのでも体力を使っていますので……」
「すぐに行け!」
話を聞かない奴だな!
俺は足りない脳をフル回転させ……この案ならいけるか?
「……数日下さい。あと、敵の中に強敵がいました。俺ではとても勝てそうにありません。ただ、そいつを倒せば敵陣は崩壊すると思います。それに、戦った印象として教官の方が強く、教官であれば倒せる相手だと思ったんです。そいつを倒すために、教官も一緒に来てもらえませんか? 教官の力を貸して下さい」
どうだ? 乗ってこい。
「他の奴で十分だろう。部隊編成はこっちでやる」
「無駄に味方を失うわけにはいきません! 圧倒的な強者である教官と私の少数精鋭で攻めるべきです!」
俺の言葉の後、教官は何も言葉を発しない。
沈黙の中、教官は俺を品定めするように、長く、重い視線を注ぎ続けた。
「……拠点での仕事を終わらせてから出る。雑魚の露払いのためにも他の兵も連れて行くぞ。4日後の朝に出発するから、準備しておけ」
2人で、とはならないか。まぁ悪くないだろう。
「分かりました。ご判断に感謝します」
「あぁ。ただ、1つ言っておく。圧倒的な強者というのは俺ではなく、レイブン殿のような方に使うべき言葉だ。それを勘違いするな」
教官からしてもレイブン司令官は圧倒的強者という事か。魔王まではまだまだ先が長そうだな。
「分かりました。それでは、4日後に万全の状態となるように準備をしておきます」
そう伝えて部屋を後にする。
必要最低限の成果は得られたと思う。教官という強者を拠点の外に連れ出し、俺もそこに同行する。拠点内で教官を殺害して、逃げ切れるイメージがつかないからな。
蘭が退出した後、静まり返った特務部隊隊長執務室。
「……私に意見をするようになるとはな。呪いはあくまでも認識に影響するだけだから、あいつの人格までは抑えられない。上司に対しても意見を言うような人格だったという事か。それか戦場での経験が、味方の死が、蘭にあの言葉を言わせたのか。
まぁ魔王軍の事を考えて動いているなら構わない。人類軍だと勘違いしながら最後まで役に立ってもらうぞ」
4日後の朝に出発か。今日を含めた4日間で何ができるか考えないと。
休ませて欲しいと言った以上、拠点の外に行くのは難しいだろう。外ならまた偵察部隊を見つけて殺せるタイミングがあるだろうが、拠点内だとな……
拠点内で殺すとしても、出発直前、前日の夜にしないと犯人探しをされたら困る。出発当日が休みで部屋から出てこなくても不自然ではない奴に絞って狙うか。
あとは同じ部隊の奴を行軍中に殺すくらいだな。情報の、記憶のために殺せば良いとはいえ、戦場以外でこっそり殺るのは難しそうだ。
俺が自由に移動できるのは特務部隊のエリアだけだし、訓練場や宿舎で雑談しながら情報収集をするか。
そうしてやってきた訓練場。軽めの訓練なら文句を言われないだろう。
マズイな……人間の姿なら分かるが、今の魔物の姿に見えている状態じゃあ誰が誰だか分からない。迂闊にこちらから声かけられないし、情報収集ってかなり難しいんじゃ……
「蘭! お前生きてたのか!」
誰だよ、こいつ……名前を言わないで何とか乗り切るか。
「何とか生き延びて戻ってきたよ。まぁ4日後に再度出撃だけどな」
「うわっ。教官も鬼畜だな。まぁ敵を倒すためだから仕方ないか。今度もちゃんと戻ってこいよ」
「あぁ。ありがとう」
声をかけてきた奴は俺から離れて、剣の素振りを始めた。
これ、休みの日程を聞けたとしても、誰が誰だか分からないから部屋も分からない。前日夜に部屋に忍び込んで殺すって無理なんじゃないか?
いや、魔族同士の会話を聞いていれば名前が分かるかもしれない。さっきの奴が俺を蘭って呼んだみたいに。
そうなると、魔族がたくさん集まって会話している場所に長くいるしかないな。今の時間は訓練場で、あとは風呂場と食堂か。
頼むぞ、おしゃべりな魔族よ。全員の名前を俺に教えてくれ!
出撃前に俺に暗殺される事になる魔族の名前を聞かせてくれ!




