第17話:帰還
主導権を取り戻した身体を動かす前に、気になった2つの事を確認する。
目を閉じて、自分の脳に語りかける。
(教官、あんたどうして防衛拠点に行かなかったんだ? そこならもっと沢山の人類軍がいるのだから、殺す相手を探す手間が省けただろう)
俺の身体を支配していた教官に向かって問いかけた。
『確かに防衛拠点に行けば人間は沢山いる。だが、そんな所で殺せば、確実に強者が出てきてお前の身体は死ぬ。それでは我らも消えてしまうから困るのだ。
死してなお、我らは魔王様のご意向に基づき、人類軍を攻め滅ぼすために動く。だからお前も死ぬなら魔王様のために死ね。それ以外で死ぬ事は許さん』
俺を殺せば再び魔王軍へ攻め込む事が無くなっていいと思うが、魔王軍がダメージを受ける事よりも、人類軍にダメージを与える事を望んでいるのか。
まぁ俺も人類軍を害する可能性があっても、魔王軍を倒すためにこうして進み続けようとしているんだから、同じようなものだな。
気になっていた1つ目は教官に聞いた通り。
そしてもう1つも確認できた。それは、脳内にいる取り込んだ人格と会話ができる事だ。実際に俺自身が議長を解任されて、円卓議会から教官が動かす俺の身体の言動を見ていたから気づいた。今の俺の言動をあの議会のメンバーも見聞きしているはずであり、それならば俺の問いかけに対して彼らが反応し、記憶と同じ形で会話ができるのではないかと思ったのだ。
俺が気づいていない事も脳内の誰かが気づいているかもしれない。俺の知識の無さやアイデアを脳内にいる彼らにカバーしてもらえるのは、今後の活動の大きな武器になり得る。
確認を終えたので、俺は行動を開始する。まずは、偵察部隊を探して動いていく。
昨夜身体が寝ている間に考えたが、円卓議会の事を考えると、人類側の議員数、投票数を増やす必要がある。そのためには人類を殺して吸収しなければならないが、誰を殺すべきか。
魔王軍を倒す事を考えると、尾田部隊長のような戦闘部隊は残さなければならない。ならば、非戦闘員か偵察部隊を優先して殺すべきだろう。
非戦闘員だけを殺せればいいが、非戦闘員が防衛拠点の外にいる事は無いだろう。少なくとも防衛拠点の中か、戦場の最前線である防衛拠点から遠い場所にいるはずだ。
そして防衛拠点の中で殺害をする事は、俺の犯行だとバレる可能性が高い。そんな事態になれば、魔王を殺すという最終目標の達成に支障をきたす事になる。
そのため、まずはある程度偵察部隊で数を稼ぎたい。そして、非戦闘員を殺す方法を考えたい。ただ、それを至上命題に反しないようにしないといけない。どこまでが許されて、どこからが許されないのか。こればかりはやりながら探るしかない。
偵察部隊を探して歩くが、中々見つからない。
午前中に教官が5人も見つけたのは、偶然偵察部隊の多いエリアだったのだろうか。真っ直ぐ拠点へと向かって歩いてきたが、少し右側に進路をズラしてみるか。
『ヴィーヴィー』
えっ? ここであの音?
足を止めて脳内を確認する。この音は何なんだ?
『お前が防衛拠点から離れようとしたからな。防衛拠点に行かなければ、防衛拠点への潜入という至上命題に明確に反するから警報音が鳴ったんだ。そのまま離れてくれればまた議長解任決議を提出できるから、是非そのまま離れてくれ』
俺の質問に答えたのは、不敵な笑みを浮かべていそうな小隊長だった。
(教官が動かしている時は許されていただろうが。なんで俺はダメなんだよ)
『ガートナー部隊長と一緒にするな。あの方が魔王軍のためにならない事をするわけがない。防衛拠点から離れるのも、様々な事を考えた上での行動に違いないと信じられる。だから解任決議を提出する事もない。
だがお前は違う。魔王軍にも人類軍にも敵対する存在だ。しっかりと至上命題に沿っているか、逐一判断させてもらうぞ』
ダメか。教官の行動実績を盾にして、森の偵察部隊を自由に間引こうと思ったが、近づく中でたまたま見つけるようにしないといけないのか。
進行方向を少し左側に変えて、警報音が消えるギリギリのラインを保ちながら、防衛拠点から離れないようにして偵察部隊を探し続けた。
その日は防衛拠点に到着せずに野営となった。ただ、偵察部隊も見つからなかった。殺せなかったと残念がるべきか、殺さずに済んだと喜ぶべきか。
そして翌日。第2回の円卓議会から3日目。
午前中も偵察部隊を探していくが、見つけたのは3人で動いていた部隊だった。1人ずつでないとリスクが高い。更に、
「尾田部隊長の所にいた奴か! 戻ってきたなら、尾田部隊長に報告してもらおう」
と有無を言わさぬ勢いで、防衛拠点まで案内されてしまった。防衛拠点まで1時間もかからない場所だったようで、ここからは防衛拠点での破壊工作と非戦闘員の殺害に目的を切り替えるしかなさそうだ。
「ちゃんと戻ってきたか。それでは、魔王軍の拠点での成果を報告してもらおうか」
防衛拠点に到着すると、すぐに尾田部隊長の執務室へと案内された。
ここからが重要だ。ここで魔王軍に不利になる情報を与えれば、再び議長解任決議が提出されてしまう。そのため、偽情報や知られても問題ない情報だけを伝えなければならない。
「まず、魔王軍の防衛拠点についてだが、以前伝えた俺の記憶と同じく、高い城壁に囲われていて、四隅にも高い監視用の塔があった。呪いの効果は人間と魔族の認識が変わるだけで、建物や地形などには影響が無かった事が証明された」
ここまでは以前伝えているからか、警報音は鳴っていない。問題はここからだ。
「俺がここに戻ってこれたのは魔王軍の侵攻部隊に選ばれたからだ。個人行動を許されていたから、部隊から抜け出してここまで逃げてきた。ちなみに血がついているのは、俺を尾行してきた魔王軍の偵察部隊を殺したからだ」
この血は、教官が俺の身体で人類軍の偵察部隊を殺した時のものだけどな。
だが、俺の口から出た言葉は魔王軍の兵を殺したという嘘。円卓議会は、人類軍を騙して潜入するための嘘として判定されたのだろう。
「魔王軍の部隊がこの拠点に向けて近づいてきている。侵攻部隊には偵察部隊と攻撃部隊がおり、敵将の強さは私を鍛えていた教官が全く歯が立たないと言っていたくらいで、詳細は不明だ。とにかく、魔王軍が攻め込んできいるから、今すぐに警戒態勢に入るべきだ」
攻め込んでくる事は無い。全員俺が殺したからな。
「……なるほど、そういうことだったか。話が繋がったぞ」
尾田部隊長は、机を叩いて深く得心したように頷いた。
「一昨日から偵察部隊で連絡が取れなくなったものが数人いる。魔王軍の偵察部隊と接触して、殺された可能性が高いと考えていた。そこでお前の報告だ。我らの予想と一致する。奴らは既に本格的な進軍を開始したと見るべきだな。今すぐに警戒態勢に入れ!
蘭。お前にも働いてもらうぞ。偵察部隊に入って魔王軍の接近があれば知らせるように」
教官が殺し、傷をつけたあの下っ端の兵士の死体。その凄惨な工作が、巡り巡って、俺のついた大嘘にこの上ない説得力を与えてしまっている。なんという悪魔的な噛み合い方だ。
尾田部隊長は俺に偵察部隊に入るように言っているが、防衛拠点に残れないだろうか。そうしないと非戦闘員を殺す事ができない。ここで逆らっても大丈夫か? 許可しろよ、円卓議会。
「分かった。今日は休ませてもらって、明日から偵察に行こう。ただ、できれば1人行動を許可してもらえるか。俺の姿が変わる所を見たら混乱しそうだからな」
「姿を変えるつもりなのか?」
「姿を変えれば、魔王軍の偵察部隊と遭遇しても、味方のフリをして近づいて不意打ちで殺せるだろ。それにもし人類軍のやつと一緒だと、魔王軍を欺くために魔族の姿になった瞬間に味方を攻撃しないといけないだろ」
「ふむ、一理あるな。お前のあの姿は味方を混乱させるだろうし、魔王軍の防衛拠点でも気づかれなかった実績があるなら、戦場でも1人行動の方が有利に動けるだろう。よし、1人行動を許可しよう」
脳内で警報音も鳴らなかったから、円卓議会も許可してくれたようだ。
「利用価値があると示せよ。今回の情報は悪くないが、お前にはもっと魔王軍を削ってもらいたいからな」
利用価値は示すさ。ただ、俺の目的のために、しばらくは人類軍の敵として動かせてもらうけどな。




