第16話:議長代理
<ガートナー視点>
ほう、これが蘭の身体か。議長代理というものが何かは理解していたが、実際にこうして蘭の身体を俺が動かしているのは不思議な気分だ。これが人間の身体か。実際に少し動かしてみても、見た目以外には特段変わりはないな。
「どうした、急に止まって黙り込んで。防衛拠点まではまだ数時間はかかるぞ?」
前方を歩く下っ端の兵士が話しかけてくるが、今はそれどころではない。この身体の確認の最中だ。
……ふむ、問題なさそうだな。
「すまない、もう大丈夫だ。では、引き続き防衛拠点への案内を頼む」
蘭の喉を使って、声を出した。
さて、不意に訪れたこの24時間という制限時間。この身体でどうするべきか。
破壊工作をするなら、この下っ端について行き、人類軍の防衛拠点に侵入するのがいいとは分かっている。だが、俺がこの身体の主導権を握っていられるのは24時間だけ。あの蘭に主導権が戻った後に、再び俺が動かせるとは限らないし、俺の破壊工作を引き継ぐとも言い切れない。
引き継がなくても人類軍に敵対する行動をしていれば、なかなか議長解任決議は許可されないようだ。なんとも奇妙なスキルだな、魔喰いというのは。
そうなると、できれば24時間以内に完遂できる行動を取るべきだろう。
防衛拠点の詳細な内部構造を分かっていない状況では、さすがの私も20時間ほどで破壊工作を完遂する事は難しい。しかも、実際は睡眠を取らなければならないし、人類軍の監視がある可能性もあるのだ。
そうなると作戦としては……取るべき行動は……
よし。妥協案ではあるが、これとしよう。
破壊工作や人類軍の強者との戦いはまた次の機会とするか。
左腰に下げている剣へと右手を添える。そして、前方を歩く下っ端兵士へと近づき、
ズシュッ
剣を鞘から抜き出すと同時に居合斬りで下っ端の首を斬り落とした。下っ端の兵士は自分が斬られた事も気づかぬまま死んでいくだろう。返り血を浴びないよう、すぐに距離を取る。
くっ……これが魔喰いスキルによる頭痛か。蘭が苦しんでいたが、確かに中々の痛みだ。
頭痛が治まった所で、死体の身体中に切り傷を刻む。
「一撃で殺したとバレれば、身内の不意打ちが疑われ、蘭が裏切ったのではないかと警戒されるだろう。だが、これだけ傷があれば、敵と交戦した結果として死んだのだと誤認してくれるだろう」
蘭の疑惑を晴らし、人類軍を混乱させる偽装工作をしていく。
それでは進もうか。この身体が動く限り、森に潜む他の兵士を殺しに行くとしよう。
◇◇◇
<蘭視点>
俺の目の前で、俺の身体が人類を殺した……
その光景を見て、胃の底から、焼け付くような胃液がせり上がってくる。
下っ端の兵士の死体に傷がつけられていく光景が、円卓の中央に鮮明に映し出されている。
見ていられない。狂ってしまいそうだ。これがあと24時間近く続くのか……?
耐えられない。俺は人類のために魔王軍を、魔王を倒したいのに、人類を殺すなんて。
「おいおい、しっかり見ろよ。これがお前が議長を解任された結果だ」
隣の席の小隊長が話しかけてくる。分かっている。分かっているが直視できない。
「やめろ……やめてくれ……」
こんな……こんなに心をズタズタに斬り裂かれるような拷問があるのか。
俺が何をしたっていうんだ。自分の敵を倒そうとしただけじゃないか。
こんな状況になったのはなんでだ。魔王が悪いのか、この魔喰いスキルが悪いのか。
……違う、全てだ。
そもそも魔王軍が人類へ侵攻していなければ、こんな事には、俺が苦しむ事は無かった。そしてスキル、いや円卓議会がなければ、俺の身体が人類を殺すこともなかった。
お前らは必ず消し去る!
激しい自己嫌悪の奥底で、復讐の炎が猛烈に燃え上がる。魔王に対する復讐心に加えて、スキルに対する復讐心。その憎悪の力だけで精神を奮い立たせ、なんとか教官の動かす俺の身体の行動を見る事ができた。
幸いと言うべきか、教官はあの後は人類軍と遭遇できず、野営をして1日が終わった。
夜間にも行動するかと思ったが、視界が悪い中での行動は意味がないと思ったのか、または眠気には勝てなかったのか、あっさりと眠りについていた。
教官が眠っている一方で、脳内の俺は眠る事は無かった。いや、眠気とか睡眠欲とかそういうのが無いようで、他の議員たちも席に座り続けていた。静寂の中、脳裏に焼き付いた俺の手が人を殺める残像が頭から離れない。俺の身体が眠っているこの時間はとても長く感じたが、この状況を引き起こした俺の行いを悔いて、自分の中で考えを整理するいい時間になった。
至上命題を無視すれば、今回のように肉体を奪われる。
それなら、俺が相手を選んで殺す方がまだマシなんじゃないか。
人類軍に、人類に敵対する行動をする事が避けられないのなら、せめて俺が主導権を握ったままで、人類へのダメージを少しでも減らしたり、時間稼ぎをしたり、そういう行動に変える事はできるんじゃないか。
円卓議会に逆らうのではなく、俺が上手く使いこなすべきだ。
あの時、軽い気持ちで至上命題に反する行動をした自分を責める気持ちはある。だがそれと同時に、至上命題とどう向き合っていくべきかを考える事ができて、この議長解任という過ちを犯すのがこのタイミングで良かったのではないか、不幸中の幸いだったと思う自分がいた。
そして一夜明けて、教官は立て続けに偵察部隊と思われる人類軍と遭遇して、5人を殺害した。俺が魔王軍の特務部隊の連中を殺したのと同じように、淡々と作業のように殺していく。今はまだ止められない。耐えろ……
それにしても昨日の午後と同じくらいの行動時間なのに今日は5人か。昨日はたまたま遭遇しなかったのかもしれない。そして、見た目が人間の姿だと、人類軍はほとんどこちらを警戒をしない。一番最初の下っ端兵士が一番警戒していたくらいだ。
「24時間が経過しました。蘭が議長に就任します。議長解任決議が提出されないよう、至上命題に沿った行動を心がけて下さい」
アナウンスが鳴り響き、視界が暗転した。
そして、気づけば俺は円卓議会の席ではなく、森の中に立ち尽くしていた。
再び身体の主導権を握った俺は周囲を確認して、身体を軽く動かす。何となく身体が軽い気がする。
これは教官に乗っ取られていた間に倒した6人分の魔力なのだろう。だが、俺のものとなった以上、この魔力をしっかりと俺が使って魔王軍を倒してみせる。
よし、腹は決まった。
二度と議長解任決議を出させるわけにはいかない、いかないんだ。
多少の犠牲を払ってでも、最終目標を達成するために。
「すまないな」
誰にともなく呟いた言葉は、誰の耳にも届くことは無く、森の中へと消えていった。




